第1話 死より来たりて太陽の紋
百目鬼 明彦は死にかけていた。
血を吐く。意識が急速に遠のいていく。
ーーーなんでこうなったんだっけ?
考えてもただ帰ろうとしてただけだったなと思い、苦笑する。
夕方 学校の帰り道
いつもの家路を歩いていた。
そこにナイフを持った人影が立っていた。
口元だけ見える。
けれど性別がわからない。
というより色が見えない。
黒のようで白のようで赤のようでーーーまるで世界から隔絶されたかのごとき異様な人影。
けれど口元だけが見て取れた。
その口が醜悪に歪んでいた。
人殺しなど簡単にできると言うかのように。
ナイフを投げて、柄の部分を無造作に掴む。
手が少し薄皮捲れようがお構いなしの様子だった。
気味が悪い。
逃げようとした。
けれど、刺された感触があった。一気に間合いを詰められた。逃げる余裕がなかった。
いや、あったはずなのに逃げられなかった。
脇腹に深々とナイフが刺さるのが分かる。
真っ赤に染まる腹部。
内臓も少し見えたんじゃないかと、激痛に苛まれながらも少し他人事のように明彦は思った。
その人影がゲラゲラと笑う。
声が機械音声のようだった。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も突き刺され、血の海に沈む。
滅多刺しってやつだっけこれと苦笑するも、
遠くなっていく意識の中、額に何かを刻まれた気がした。
『ようこそ。呪法インカナムの人柱に貴様は選ばれた』
そう、囁かれた気もした。
意味がわからないと叫ぶことも叶わず、色のない人影が遠ざかっていく。
(どうしようもない、人生だった)
そう思って明彦は笑った。
好きな女の子に告白ぐらいしとくんだったなぁ
そんなことを思いながら。
そして、『現実世界では明彦は死んだ』
目が覚めると、そこは異世界だった。
「どこ、ここ?」
妖怪も、着物を着た外国人たちも、宇宙人も江戸時代のような街の中を闊歩している。
そもそもなぜ自分は生きてる?
服をめくってみれば傷がない。
血も戻っているようで、身体に生気が満ちているのが分かる。
赤みがあるからだ。
立ち上がり、アキヒコは空を見上げた。
太陽が四つある。
俺は異世界転移した?
「いやいや、バカな」
苦笑するも
「ーーーまじで?」
世界が現実に戻ることはない。夢ではなく、本当に自分は異世界にいることが決定づけられた瞬間だった。
冷や汗が伝い、背を濡らす。
ーーー世界の扉が今、開かれる。
太陽の紋
呪法インカナム
そして『四世』を巡る、運命の輪が今、動き始めた。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「だれ?」
歩いていると、声をかけられた。
女性の声だ。鈴の音のように心地のいい声。
振り返ると、魚顔(比喩ではなく本当に魚)で体は女性が立っていた。
睡蓮の花を基調とした綺麗な服を着ている。
妖怪か?
と内心びっくりしたが、アキヒコは深呼吸すると彼女に聞いた。
「君こそだれだ? 」
魚がなんで喋れんだよ
と思うが、色んな生物が闊歩している世界でこういう思うことは場違いだ。
思った瞬間ーーー魚顔の女が服を脱ぎ出した。
「ちょっ、ま!! いきなりなにしてんだよ!」
慌てて女の両手を掴み、服を正す。
胸が見えた気がして、少年は赤くなった。
魚顔の女が言う。
「意中の相手に出会ったら、もとの人間に戻れる呪いをかけられまして……それで戻るかなと。手をどかしてくれませんこと?」
「いやいやいやいや! ここじゃまずいって、ほらあそこの宿で?」
「あらあら行為までしてくださるの? 嬉しいわ」
目をキラキラさせる魚顔
顔まで紅潮させていて、まるで鯛になったかのような……。
いやいやそうじゃない!
「ちが!! ……ああもう! さっさと来い!」
恥ずかしいわとでも言うかのように右手で自分の頬に触れている魚顔の女の左手を、半ば強引に引いて少年は宿屋に来た。
「ほら、宿の部屋借りたしうしろ向いてるからさっさと浴衣に着替えちまえ。後ろ向いてたって俺が意中の人の判定があれば元に戻るだろ?」
「そうねーーー戻ったわ。ありがとう、ウブな人」
声の調子が変わった。低く、それでいて人を小馬鹿にするような態度。
は?
そう思いながら振り返ると、
「……!」
雪女かと思うほどの美人が全裸でそこに立っていた。
声を失う。
口をただ開閉していると、ツユラは
「私はツユラ。サムライジャンパーズという自警団をしているわ。3人しかいないけど、来たる日の災厄である『四世』を巡る呪法インカナムの謎を解き明かし、未然に防ぐことを目的としているの」
そう言って艶やかな笑みを浮かべる。
ーーー呪法インカナム
妙に頭に残る響きだった。
ツユラが、手を差し出す。
「よろしくね、奇怪な格好をしたお人」
「俺は、ドウメキ アキヒコ。好きに呼んでくれ。ーーー服着ろ」




