重ね合わせの殺人6
6.
「本来ならあの場に留まって、警察へ事情を説明するべきだった」
僕はそうカフェで雨坂に指摘された。
「事情はある程度私から話してた。でも、警察を動かすために必要な嘘もついた。鉢木くんと赤崎准教授がトラブルを起こして、争っている……。去るのを許されたのは、ナイフを持っていたおかげ」
「本来なら、そうだったね」
どちらにせよ、あの場に留まることが端から頭になかったので、警察官に止められなければ帰っていたかもしれない。
僕はアイスティーのストローで氷を刺していた。
「騙されたのは分かってる」
そう自分が経験した感想を、十分に理解していないという意味を込めて、主張した。
「私は騙されてくれて驚いてる」
雨坂が向けてくる、すべてを見透かした視線は、射止められると絶対的だった。それだけで自分が間違った発言をしたような気がしてくる。
「違和感は?」雨坂は試すように質問してきた。
「今朝の、二人の死因として、僕の他殺と自殺の推論があまりも飛躍しすぎていたこと」
これは雨坂の情緒を疑うほど、らしくない推理だった。三度の七月二日において、会っている人物は僕だけだった。アリバイから精査すると、最も疑わしい人物は僕になる。
しかし、列車での殺人事件を知っていれば、死因は少なくとも二通りとなる。
「電車での殺人事件については」
「知ってた」
「今朝の時点で、その情報が隠されていたんだ」
僕はまだ雨坂の考えていることが読めなかった。明かされていない話がまだありそうで、明瞭とならない。
「鉢木くんは変だと思わなかった?」
「死因について?」
「そう。恐らく私たちが死んでいるはずの事件を目の前にして、七月二日を繰り返したその理由」
それは、僕も混乱していたことだった。事件を知って帰った次の朝、目覚めたときは七月三日になっていると、思い込んでいた。
「鉢木くんが犯人の可能性はひとまず除外できた」
「根拠は?」
「信頼していたから」
雨坂は自分の冗談が面白かったようで吹き出した。
「嘘」
「取り下げるんだ……」
「本当」
「どっちに対して」
雨坂は「それは置いておいて」と話を進める。
「もちろん、鉢木くんが犯人だった場合も考えた。でも、優先順位は低そうだって言うのが私の予想だった。列車での分かりやすい死因を目の前にして、犠牲者でありながら、犠牲者の自覚がなかった鉢木くんが、犯人である可能性は、考えるなら私は最後にする」
雨坂が「できるから」とほほ笑んで、僕は「それが真実である限り、繰り返しが続くから」と理解した。
「言っていなかったけど、三度目の夜、私はもう一人、会っていた人物がいた」
「それが、赤崎准教授だった」
雨坂は「うん」と肯定する。
そう言えば、波について催促をするという話をカフェでしていたかもしれない。その夜、僕は干渉している可能性があると報告を受けるために赤崎准教授のところへ行っていた。
この二つの話はそこで繋がっている。
「だからってナイフを持って家に来ようとは、思わないけど」
「さっきの説明で、この行動に問題ないことが示されてるよ。私は死んでも問題ない。君が犯人なら」
「もし僕が犯人だったとして雨坂を殺害していたなら、ナイフを持って家に来たときに殺害するチャンスがあった……」
雨坂からしてみれば抵抗されて殺害されても、その後に僕が自殺をするので、七月三日は繰り返されるだけで済む。それが場所、時刻不定の再現性だった。
「こうすると、鉢木くんは何を選択するかな。結果がすべて」
「この現象を唯一理解してくれる、赤崎准教授のところへ行こうとする」
「私は、赤崎准教授が犯人の可能性を排除するために、鉢木くんを騙す必要があった」
だから錯乱したふりをして家を押しかける必要があった。論理の突飛さは、欺くための嘘。
「違和感を違和感のままにしておくのが、鉢木くんの、昔らかの悪い癖」
「それは、そうだね……」
細部を詰めるのが雨坂なら、感覚で考えているのが僕だった。それは今も変わらない。
雨坂は緊張を解くように両腕を天井に向けて伸ばした。肩の力と一緒に息を吐きだすと、スイッチを切り替えたように、くつろぎだした。
「ところで、事情聴衆のことだけど……」
雨坂は、「夏休みになってからにして欲しいよね」とアイスコーヒーを飲みだす。
そんな雨坂を僕は見つめていた。雨坂は不快感を示すように「どうしたの」と目を細める。
「まだ聞いていないことがあると思って」
「もう話すことは話したけど」
「いや……」
確実にまだ聞いていないことがあった。
「赤崎准教授が犯人だったことは分かったけど……。けど、そもそもの話がまだだと思う」
「赤崎准教授の動機について?」
「そうじゃなくて。雨坂の動機について」
雨坂はここ最近で一番の不可解な表情を見せた。僕の言いたいことに、まったく見当がついていない様子だった。
「この繰り返す現象は、僕と雨坂が死ななければ成立しなかった」
これはおおよそ正しいとされる事実だった。
「だから赤崎准教授が犯人だったとしても、僕たちは近づきさえしなければ、七月三日を迎えることができた」
赤崎准教授のところへ行かなくても、僕たちは列車を避け、普段と変わらない日常を送っていれば繰り返しを止めることができた。
「要するに、雨坂がリスクをとってまで、今回の行動にでた理由が分からない」
「私の動機って、そんなことだったの」
そう言うと、雨坂は本気で驚いたリアクションする。それから、その理由を一言で回答した。
「どうして私たちを一度殺した人間を何の罪もなく生かすことができるかな」
それ以上の補足はなく、雨坂はアイスコーヒーの氷を回して遊びだす。
僕はその理由があまりにも単純で頭が空になった。それと同時に、雨坂らしさを思い出す。
考えの具体性はやはり僕のほうが欠けているかもしれない。そんなことを思った。




