第76話:ご案内いたします
通りを半日歩いた。
城へ行くつもりはなかった。
斥候が最初にやるのは、外から見て回ることである。門の数を数え、壁の切れ目を探し、水の出入りを見る。
城はそのあとでいい。
*
日が傾いたころ、男が一人、前に立った。
城の者だと分かる着物だった。武器は持っていない。
「ご案内いたします」
おれは何も言っていない。名も名乗っていない。誰にも道を尋ねていない。
「どこへ」
「城へ」
男は先に立って歩き出した。振り返らなかった。おれがついてくるかどうかを、確かめなかった。
おれはついていった。ほかに手がなかったからではない。
断った時の反応を、見たくなかったからである。
*
城の門も、開いていた。
石段を上がって、扉を抜けて、広い間に出た。天井が高い。壁に沿って人が立っている。
おれが通ると、順に頭を下げた。去年と同じである。
歩きながら数えた。
扉が四つ。階段が二つ。
武器を持った者は、まだ一人も見ていない。
去年は縛られていた。今年は自由に歩いている。
自由に歩けるほうが、始末に困る。
縛られていれば、こちらは何もしなくてよかった。
*
途中で、扉の開いた部屋の前を通った。
その部屋を、おれは知っている。
去年、両手を縛られて真ん中まで歩かされた。百人が壁際に並んでいた。そこで二度吐いた。
いまは誰もいなかった。
案内の男は、その前で足を止めなかった。おれも止まらなかった。
止まらなかったことを、少しだけ考えた。
*
通されたのは、小さい部屋だった。卓が一つ、椅子が二つ。窓が高いところにある。
しばらくして、扉が開いた。
*
背の高い男が入ってきた。
痩せている。髪を後ろで束ねている。服は上等だが、飾りが少ない。
この顔は、覚えている。去年、玉座の間にいた。
おれを連れてきた兵に、何か指図をしていた。
「三番隊の、ミカ殿とお見受けいたします」
おれは答えなかった。
「宰相のヴァレリーと申します」
「なぜ、おれの名を」
「昨年、私が縄を打たせました」
この男は卓の向こうに座った。こちらの顔を見て話す。逸らさない。
*
「何をしに来たか、聞かないのか」
「伺いません」
「なぜだ」
「伺えば、あなた様はお答えになります」
おれはその意味をしばらく考えたが、分からなかった。
「去年、あんたはおれを帰すことに反対した」
「いたしました」
「今年は」
「反対いたしません」
「なぜだ」
ヴァレリーは、少し間を置いた。
「去年は、まだ間に合うと思うておりました」
何にだ、とおれは聞かなかった。
聞けば答えるだろうと思った。
そして、答えを聞いてどうにかなる話ではないことも、なんとなく分かった。
*
湯が運ばれてきた。
運んできた者の手を、おれは見た。
爪の根に白い筋がある。ここまでの村と同じところまで来ていた。
城の者も、村の者も、同じだけ乾いている。
「お部屋を用意させました」
「要らん」
「日が落ちます」
「外で寝る」
「ミカ殿」
ヴァレリーは言った。
「この国において野宿されますと、私どもが困ります」
困る、という言葉を、この男は使った。
おれは申し出を受けた。
*
案内の男について廊下を歩いた。
窓のない廊下で、灯りがない。
それでも壁際に人が立っていて、通れば同じことをした。
暗い中で、布の擦れる音だけがした。
*
角を曲がったところで、女とすれ違った。
おれは足を止めて振り返った。
乾いていない?
手の甲の皮が薄くなっていない。目のくぼみも落ちていない。頬に色がある。
三十半ばくらいだった。髪を無造作に束ねて、洗い物の桶を抱えていた。
女はおれを見た。見て、目を逸らした。
頭を、下げなかった。
この国に入ってから、頭を下げなかったのは、この女が初めてだった。
女は行ってしまった。
「あの女は」
「城の者にございます」
それだけだった。
*
部屋に入る前に、ヴァレリーが言った。
「明朝、陛下がお会いになります」
「おれが会いたいと言ったか」
「いいえ」
扉が閉まった。
*
おれは寝台に座って、しばらく動かなかった。
去年、この城で三日目に食えなくなった。四日目に帰された。
今日は、腹が減っている。




