第162話:仲直りができます
ドゥエの壁は、思っていたより低かった。
石を三段積んで、その上は土を固めてある。ソルの壁のほうが高い。梯子があれば越えられるだろうし、無くても崩せる。攻める者の目で見れば、そういう壁だった。
門は閉まっていた。
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使者が入ってから、半刻が過ぎた。
父上はソルに残られた。ソルの兵隊長であるガリンド殿と話をつけることがあるのだと仰っていた。
列の後ろに、ヴォルフ殿の兵がいる。半刻のあいだ、誰も座らず、誰も水を飲まなかった。
日は高い。ソルからここまで歩いてきて、そのまま立っている。
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門が開いた。
使者が出てきた。歩き方が、入っていったときと変わらない。乱暴に扱われた様子はなかった。
手に書付を持っている。折り目のついた、まだ新しい紙だった。中で書かれたものだ。
我々は、少し離れたところに張った天幕へ向かった。
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「読みあげてください」
ファティマ様が仰った。
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「ドゥエより、セフォー王国ファティマ・デン・セフォー殿下へ」
「当家は三代にわたりセフォーを主と仰ぎ、税を納め、兵を出してまいりました」
「昨年の秋、旗を替えました。国境が保たれず、当家の畑と民を守る術が他になかったためにございます」
「言い訳はいたしません。裏切りにございます」
使者は、そこで一度息を継いだ。
「此度、その当家に降伏をお勧めくださいました。裏切りたる者に、なお道をお示しくださるご寛大さに、深く礼を申し上げます」
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「そのうえで、お断り申し上げます」
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「ドゥエは門を開けません」
「すべては大地より生まれ、大地に帰ります」
「降伏をお受けすれば、当家の死んだ者が大地に帰れぬものとなりましょう。それだけはお許し願いたく存じます」
「また、一度替えた旗を、二度替えることの恥を知っております」
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使者が書付を下ろした。
誰も何も言わなかった。ファティマ様も、ゴンサロ将軍も、しばらくそのまま立っておられた。
私は、この教えで育った。
毎朝、女神テラリーズに祈っている。ロロアの教会で、司祭様から一つずつ習った。
大地から生まれ、大地へ帰る。それが順であり、順を乱さぬことが敬いである、と。
いま読み上げられたものは、私が習ったことと、一つも違っていなかった。
旗を替えた家が、筋を通していた。
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「ご苦労でした」
ファティマ様が使者を下がらせようとして、一つだけ聞かれた。
「中で、乱暴はありませんでしたか」
「茶を出していただきました」
「そうですか」
ファティマ様は書付を受け取られた。
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「ファティマさん」
エリアス陛下だった。
この方は、ずっと列の脇に立っておられた。書付が読まれているあいだも、何も仰らなかった。
「はい、陛下」
「痛がっている人は、いますか」
ファティマ様が、少し黙られた。
「……おりません」
「怪我をした人は」
「まだ、誰も」
陛下は頷かれた。
「まだ喧嘩をしていないんですね。では、助けはいらないですね」
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私は、その言い方に少しだけ引っかかりを覚えた。
まだ、と仰った。順序が先にある人の言い方だった。
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「でも、これから攻めるんですよね」
「……はい」
「じゃあ、怪我をする人が出ますね」
「出ます」
ファティマ様は、そこを濁されなかった。この方は、こういうところで嘘を仰らない。
陛下は少し考えておられるようだった。
「村でもそうでした」
「村、でございますか」
「ピエールが、一度そうなったことがあります。自分が悪いと分かっているのに、言い出せない。三日、口をききませんでした」
皆、反応に困っている。もちろん私もだ。
ピエールという名に心当たりはないが、陛下がときどき仰る、村の話に出てくる名の一つだろう。
「一度意地を張ってしまうと、引っ込みがつかなくなるんです」
少しの間のあとで、エリアス陛下は『思いついた』という顔をされた。
「では、こうしましょう」
困っている人の前で、この方はよく、この顔をされる。
「喧嘩が終わったら、助けてあげましょう。そうすれば、あの人たちも謝りやすくなると思います」
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「仲直りが、できます」
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陛下は、そこで初めてこちらを向かれた。
嬉しそうだった。
私は、頭を下げた。ほかにどうすればいいのか分からなかったからである。
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「陛下」
ファティマ様だった。
声の調子が、さっきまでと違っていた。不安と心配が入り混じったような声だった。
「はい」
「ドゥエの書状ですが……お気を悪くされてはおりませんか」
「どうしてですか」
問い掛けたファティマ様の方が言葉に詰まる。
ヴォルフ殿は微動だにしない。
ゴンサロ将軍は、やり取りを終始、不思議そうに見つめておられた。
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「なるほどなるほど」
セヴィだった。鞄から冊子を出して、何か書いている。
「何が、なるほどなんだ」
「別に」
「別に、で書くやつがあるか」
「そういうことになるんだな、って思っただけだよ」
「どういうことだ」
セヴィは冊子を閉じた。閉じてから、私のほうを見ずに言った。
「真面目は、真面目のままでいたほうがいいよ」
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ベルナール司祭様は、頷いておられた。
驚いておられなかった。書付が読まれているあいだも、陛下が仰っているあいだも、あの方の表情はほとんど変わらなかった。
そして、セヴィのほうを見ておられた。
王都の中庭のときと、同じ目だった。
*
私は、おかしいと思った。
何がおかしいのかは、分からなかった。




