↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

131/173

第131話:痛い

 廊下の音で分かった。


 三人だ。息子の足音がいちばん前で、いちばん落ち着きがない。二十二にもなって、走るときの癖が九つの頃と変わっていない。


 扉の前で止まった。止まってから、少し長かった。何か話している。声は届かない。


 俺は天井を見ていた。天井の梁は、俺が伯爵を継いだ年に入れ替えたものだ。三十年経っても割れていない。良い材だった。あのとき王都から運ばせた。


 あの頃は、運べたのだ。


     *


 扉が開いた。


「エイブラム殿」


 二十年ぶりでもない。去年来られなかっただけだ。それなのに、ずいぶん長く聞いていなかった気がした。


「ベルナール殿」


「お顔を拝見できて、何よりでございます」


 この人は嘘を言わない。だから「お元気そうで」とは言わなかった。俺の顔を見て、言えることだけを言った。


「どうぞ、お掛けに」


「では、失礼を」


     *


 寝台の脇に椅子がある。息子が朝から置いていた椅子だ。


 この二日、あれはそこに座って動かなかった。


 俺は寝たふりをしていた。目を開ければ、あれが何か言おうとする。言おうとして、言えないのを見るのが、こたえた。


「ライアン殿は、ご立派になられました」


「まだまだです」


「二年で、ずいぶん」


 俺は返事をしなかった。返事の代わりに、息を継いだ。二度継がないと、次が出ない。


「頼みが」


「伺っております」


「そうですか」


 書かせた二行を、あれを読んですぐ発ったのだろう。


 二年、道が塞がって来られなかった人が、二行で来た。


「祈りを」


「はい」


     *


 司祭様は立ち上がって、俺の枕元に立たれた。手を組まれる音がした。


     *


 すべては大地より生まれ、大地に帰る。


     *


 この句を、俺は何百回も聞いた。部下の上で。村の者の上で。父の上で。


 自分の上で聞くのは、初めてだ。


 悪くない。


 畑になる。麦が生える。誰も刈らない。あの領の墓地は、よそから来た者が畑と間違える。俺はそれを、ずっと誇りに思ってきた。


 あそこへ行く。


     *


 司祭様の声が止まった。止まってから、少し間があった。


 この人は、祈りのあとで間を置く人ではなかったはずだ。


「もう一人、お連れしております」


「聞きました」


「お会いになりますか」


「是非とも」


     *


 入ってきたのは、子供だった。


 いや、子供ではない。十六か七か、そのくらいだ。息子より若い。


 埃をかぶっている。袖が擦れている。歩き方で分かる。この子は歩いてきた。


 王が歩いてくる。


「エリアスです」


「ロロア領主、エイブラム伯爵です。伏せたままで失礼を」


「楽にしていてください」


 この子は、俺の顔を見た。


 病人を見る目ではなかった。見舞いに来た者は、たいてい一度目を逸らす。傷の話をするか、天気の話をするかを決めるために逸らす。


 この子は逸らさなかった。


     *


「痛いですか」


     *


 俺は、去年の夏から、それを聞かれるたびに同じ返事をしてきた。


 痛くない、と言ってきた。


 言えば楽になる者がいるからだ。息子がそうだ。モーリスもそうだ。あれらは、俺が痛くないと言うと、少し息を吐く。


 そうしてきた。


 俺は口を開けた。


     *


「痛い、です」


     *


 この子は困った顔をしなかった。うなずいた。


「そうですよね」


 そして、俺の手を取った。


 温かい手だった。この二日、俺に触れたのは息子だけだ。息子の手はいつも冷たい。緊張しているからだ。


 この子の手は、温かかった。


「すみません」


 と、この子は言った。


「私では、痛いのは治せません」


 俺は笑おうとした。笑うと胸が動く。動くと切れる。だから笑わないようにしてきた。


 それでも、少し笑った。


「勿体ないお言葉」


 言ってから、次を継ごうとした。


 継げなかった。


     *


 最後に息子の名を呼んでおくべきだった、と思った。


 二日そこにいてくれたのに。


 だが、悪くない。


 あの畑へ行く時間だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。