あるかもしれない世界では
if話です。男女逆転させてみました。
「ふざけんなぁぁぁ!」
冒頭から叫んだのはこの俺、木下有理。普通の事なかれ主義な日本人で現役高校生だったが、何故か今は異世界で王子様になっている。
意味がわからない。大事なことなので二度言おう、意味がわからない。どうしてこうなった?
いつも通りに友達とバカやって家に帰って寝ただけだ。確かに門限には多少遅れたが、15分くらい多目に見てほしい。門限の為に必死で走った俺はとても偉いと主張する。特に善行を積んだとは言わないが、こんな目にあうほどの悪行だってしていないはずだ。それなのに、目覚めたらシワだらけのじいさん達に囲まれていたのだ。
明らかに自室とは違う無駄に豪奢なベッドの上で、状況が全くわからずに呆然とする俺に対して、囲んでいた3人のじいさん達はにこやかに笑いながらお互いを労っていた。
「成功ですな」
「いやはや、3日も目覚めんのでうっかり死なせてしまったかとヒヤヒヤしましたわ」
「無事に生きてて何よりですなぁ」
・・・ちょっと待て、じいさんズ。何か不穏な言葉が聞こえたぞ?
え、何これ?俺は知らない間にうっかり死ぬような目にあわされてたのか?何で?てか、3日も寝てたって何だよそれ。
色んな疑問が浮かんできて何も言えない俺にお構いなしに、じいさんズは使用人らしき人達を呼んで命令していた。
「これから陛下に謁見じゃからな」
「見映えよく着飾らせてやってくれ」
「陛下に失礼のないようにするんじゃよ?」
最後のじいさんだけは俺に対して忠告するように言っていたが、1つだけ俺にも言わせてくれ。失礼のないようにってんなら事情の説明くらいしてけやぁぁぁ!
そんなこんなで連れてこられた謁見室。何か疲れきった草臥れたおっさんが座っていた。しかし、おっさん全身から疲れたオーラが出てるのに目力すげぇ。これが王様だと、誰に言われなくてもわかる程の存在感。思わず直立不動で固まっちまった。
そんな俺に王様が言ったのは一言。
「この国を、頼んだ」
そう言って深く頭を下げる王様に、何の事ですかなんてとてもじゃないけど言える雰囲気じゃない。結果として俺は、何もわからないままに「ああ、はい」と答えてしまった。
この事を俺は後でとても後悔することになる。
そうして再びさっき起きた部屋に戻ってきたわけだが、そこでやっとじいさんズに事情を聞くことが出来た。
この国とは海を挟んだ向こうの大陸には、とても大きな帝国がある。そしてその帝国には1人の皇女様がいるらしい。
皇女様の名前はノエル。通称を災厄皇女という、その時点で嫌な予感しかしなくなる通称をお持ちの皇女様だ。
詳しい説明は省かれたが、その皇女様はとてもとても強い魔力の持ち主で、女性には魔力持ちが少なく、いても極弱い魔力しか持たないという常識を打ち破り、そこらの王族でも太刀打ち出来ないほどの魔力を持って生まれてきたという。
因みにこの世界、魔力持ちが優遇されるので王族や貴族は強い魔力持ちがほとんどらしい。
そんな王族でも勝てないかもしれない皇女様は、是非とも自国の嫁にと各国から熱烈なアプローチを受けているとのこと。まぁ、強大な帝国との繋がりが出来て自国の防衛にもなる上、強い魔力持ちが1人増えるだけで政策にも余裕ができ、尚且つ優秀な次代が生まれる可能性が高まるとなれば納得だ。
皇女様は16歳の誕生日に相手を決める為に、15歳の誕生日から1年かけて相手を選ぶ。その15歳の誕生パーティーに呼ばれたのがこの国の王子様であるユリウスを含む6人の婚約者候補の王子様達だ。
運良く候補者に自国の王子が選ばれたと知って、この国の人達はとても喜んだらしい。何故なら、この国は悲しくなるほど弱小国だからだ。常に周りの大国に狙われ続けてきたこの国は、藁にもすがる思いで皇女様に求婚したらしい。実際に、皇女様の婚約者候補になってからは周囲の国々も様子見とばかりに大人しくなったんだとか。
しかし、その恩恵も正式に皇女様の婚約者が決まってしまったらなくなってしまう。そうならないための方法は唯1つだけ。皇女様の相手にユリウスがなることだ。そうしてユリウス王子を改めて見た城中の誰もが思った。
これは無理だ
ユリウス王子は確かに魔力は強い方だが、努力を嫌って折角の才能を伸ばそうともしなかった。故に魔力量では劣る使用人にすら、実戦では勝てないだろう。
更にユリウス王子はかなりの女好きだった。今はまだ候補とはいえ一応婚約者のいる身。禁欲を貫けとは言わないが慎みを持てと言っても、まるで気にしていない。それどころか、選ぶのは皇女様だという現実をわかっていないのか、この俺の妻になりたいんだったらこの程度受け入れられるだろうと、馬鹿丸出しの発言まで飛び出る始末。
こんな馬鹿を国の代表として送り出す訳にはいかない。しかし、影武者になりそうな人材もいない。何せユリウス王子は魔力だけは凄いから、その条件を満たせる代わりなんてそうそういないのだ。絵姿は既に送られているから、背格好の似た者をとなると更に絶望的だった。
そうして皆が悩んでいたところに、城の筆頭魔術師を含む3人の高位魔術師が、城の奥底に眠っていた書物を見つけ出してきた。
それは肉体と魂を切り離し、別人の魂と入れ換える術の書かれた書物だった。禁術と知りながらも、もうこの国に残された手段はこれしかないと誰もが思った。
そうして本人達の了承を得ないままに、2人の魂は入れ換えられたのである。ここまで来て、冒頭の俺の叫びに繋がるわけだ。
ひとしきり叫んだ俺が少し落ち着いた頃を見計らって、じいさんズはいきなり土下座してきた。
「お前さんには本当にすまんと思っとるんじゃよ」
「しかし、儂らにはこれしか方法が思い浮かばなかったんじゃ」
「身勝手なのは承知の上じゃが、どうかこの国を助けてくれんか」
流石の俺もヨボヨボのじいさんズに土下座をされて怒鳴り続けることは出来ない。俺は慌ててじいさんズに立つように言ったが、俺に許してもらえるまでは立てないと言い出すじいさんズに、許すから立ってくれと言った次の瞬間、じいさんズはアッサリと立ち上がった。
「良かった良かった」
「これで肩の荷がおりた」
「後はお主に任せたぞ」
にこやかに笑うじいさんズに、謀られたことを悟った俺はやっぱり嫌だと言おうとしたが、じいさんズは俺より何枚も上手だった。
「陛下も喜んでおられたしな」
「お主に詰られても当然じゃと身構えておられたが」
「快く引き受けてもらえて安心しておる様子じゃった」
ふっと浮かんだのはあの謁見室での王様の様子。疲れきった顔が、俺がはいと言った瞬間安堵したように綻んでいた。
畜生!あんな顔見た後で断るとか俺が冷血漢みたいじゃねえかよ。
「明日から教育開始じゃからな」
「この国の王子として、恥ずかしくないように仕込むからのぅ」
「今日だけはゆっくり休むとええ」
フォッフォッフォッと笑うじいさんズの声を聞きながら、俺はもう後戻り出来ない状況に追い込まれていることを自覚させられたのだった。
本当に、どうしてこうなったんだ畜生!
続きません