覚醒
俺がおばあちゃんと出会ってから二日が経過していた。相変わらず天気は良く、今日も雲ひとつない快晴だった。
今日は月曜日で学院に向かわなくてはならない。しかし、朝に滅法弱い俺は結局凜奈に起してもらう結果になった。そして二人で朝ごはんを食べて学園に向かった。
教室に入るとほとんどの生徒が席に座っているか、あるいは各自仲のいい友達と昨日のテレビの話題なので盛り上がっていた。俺は席に座り、机の横に鞄を掛けて、机に体を預けて目を閉じると直ぐに睡魔が襲い掛かってきた。反撃も出来ないまま、睡魔に体を委ねようとした時にHRの開始を告げるチャイムが学園になり響いた。
仕方ないので体を起して目を擦り、頬を勢い良く叩いた。まだ眠いが多少目が覚めたのでHR中ぐらいは持つだろう。後は授業中にでも寝れば昼には眠気が取れるだろう。
「席に着け。HRを始めるぞ!」
声を出しながら扉を開けて水瀬先生がやってきた。お馴染みの白衣を着ており、いかにも科学の先生に見える。
「それじゃあ。始めは出席を取るぞ」
それから十分ほどでHRが終了し、授業が始まった。
俺が座っているのは窓側の後ろから二つ目の席で、なかなかいい場所に座っている。しかし、今日みたいな晴れの日は光がちょうど良く射してきてものすごく眠くなる。
成績があまりよくないので頑張って睡魔と闘っていたのだが、開始二十分ほどで睡魔には勝てないと察し、机に体を預けて眠ろうとした時、後ろの席の奴から背中を叩かれ、白い紙が渡された。
眠い目を擦り紙の内容を見ると、どうでもいい内容だった。
『一週間後にこのクラスに転校生がやってくるらしい。それでクラスの男子で可愛い子か賭けようぜ。負けた方は買ったほうに飲み物を奢るルールでどうだ。参加するならどちらかに自分の名前を書け。以上だ!』
などと言った心底どうでもいい情報だった。クラスに転校してくるそいつの気持ちなど関係なく賭けをやろうとしていることもどうかと思ったが、とりあえずブサイクの方に表を入れた。
理由などは特にはなく、ただそうそう可愛い子が転校してくるなんていうイベントは起こらないだろうし、俺の周りには何でも出来る可愛い幼馴染が居るので、可愛い子は十分だ。それに、凜奈を毎日見ている俺の可愛いの基準も上がっているだろうから並の子じゃそうは思わないだろう。
紙を前の奴に渡し、夢の世界に旅立った。
*********
「起きてってば。昼休みだよ」
やさしく肩を揺すられると同時に睡眠から目覚めた。もちろん起されていることに気がついていたし、起してくれている人物にも気がついていた。俺を起す人なんて凜奈ぐらいしか居ない。
「もー。睡眠不足なんじゃない?」
先ほどよりも少しだけ強く揺すられ、俺は体を起して目を開けた。目の前にはお弁当箱を持った凜奈が立っており、少し拗ねた様子で頬を膨らましていた。
「昼休みだよ。一緒にお弁当食べよ。」
「……ああ」
俺の机と前の席の机をくっつけてお弁当を広げた。色とりどりのおいしそうなおかずに、眠気など直ぐに忘れて変りにお腹が空いていることを急に自覚し始めた。
最近、凜奈は良く俺と一緒に行動することが多くなった。前から多いが、最近は前にもまして行動することが多くなった。実際は、昼休みに黒いローブの召喚者が現れてからだ。
友達との約束を断り、俺の部屋に来て門限ぎりぎりまで帰らないことが多い。後、あれ以降屋上に行くことがなくなった。凜奈との昼ご飯はいつも屋上だったのに急に教室に変ったのだ。別に教室でもいいのだが、凜奈が恥かしいから屋上で食べようと言って来たのが最初だったのに急に教室に変えたのだから始めは驚いたものだ。
お弁当が空になるとくだらない話を凜奈と楽しく話し、昼休みが終わって授業が始めり、気が付けば放課後だった。
寮までの短い時間を二人で帰り、一旦別れてから凜奈は再び俺の部屋に来た。
基本的に学校内を移動する時は制服厳守なので凜奈は制服のままだ。教科書などの入った鞄だけを置いてきて、手ぶらだ。夜ご飯は凜奈に作ってもらうのだが、俺の部屋には凜奈が買ってきた食材と、凜奈お気に入りのエプロンなのが常備されているので、準備は満タンだ。
二人でくだらない日常生活や、思い出話などで盛り上がっていると、お腹が空いていることに気がついた。時刻は七時前。そろそろお腹が空いてくる時間だったのでちょうどいい。
時計を見ていることで察したのか凜奈は立ち上がり、花柄の可愛らしいエプロンを手に取った。
「待っててね?今から作るから」
「ああ。楽しみにしてる」
「うん!頑張っておいしいの作るから!」
そう言いキッチンに入っていく凜奈。後ろ姿だけでも上機嫌だとわかるほどに浮かれているようだった。料理をするだけでどうして上機嫌になるのか理解出来ない……いや、卵焼きがおいしく作れるかのレベルの俺が凜奈ほどの腕の持ち主の考えなど理解できるはずがないか。
それに、鼻歌を歌いながら笑顔で料理をする姿が見れるだけで心は落ち着く。
二十分ほどしたら部屋中にいい匂いが漂い、空腹の胃をくすぐる。
「お待たせー。出来たよー」
お皿に盛り付けられたものは本当においしそうだった。大好物のから揚げに野菜炒めなど、お肉と野菜がバランス良く取れる料理だった。
「本当にうまそうだな。もう食べていいか?」
「もう少しだけ待って。今からご飯いれるから」
凜奈が作った料理を半分ぐらい食べた所で最近のことを聞いてみることにした。
「最近どうしてずっと俺と居るんだ?今日だって友達に部屋に来ないかって誘われてただろ?俺のことなんか気にしないで友達と一緒に遊べよ」
凜奈はクラスの中で人気者だ。性格が良いのはもちろんだが、頭も良く世話焼きだからだ。
「駄目。私は海人と一緒に居るの。最低でも後一ヶ月はこのままだと思う。もしかして……迷惑?」
「迷惑な訳ないだろ?ただどうしてか気になっただけだ」
理由は大体想像は付くが、そこまで心配しなくてもいいだろう。あの黒魔導師が本当に召喚者なら俺や凜奈ではどうすることも出来ないだろうし。それよりも、いつもお世話になっている凜奈にこれ以上心配ごとなどを増やしたくない。
「理由はいえない。けど、最悪の結界になってからでは遅いの。だから、迷惑でなければこのままでもいい?」
「いいよ。凜奈がそうしたいなら。凜奈が近くに居たら暇しないで済むし」
「うん!ありがとね!」
お礼を言うのはこっちなのに満面の笑みでありがとうと言う凜奈に笑顔が零れる。俺達はきっとかなり仲が良い幼馴染なのだろう。凜奈とこういう関係になれて心からうれしいと思う。
二人してご飯を食べて、静かな空間で話をしているといつの間にか門限の時間が迫っていたので凜奈は女子寮に帰り、部屋に沈黙が訪れた。
時刻は九時半。寝るには少しは早い時間だったので、沈黙を消すようにテレビをつけ、ニュース番組に変えた。ここ何日もニュースを見ているが、一向に工場に関しての情報が入ってこない。凜奈にしばらく夜の散歩はやめてほしいと言われて最近は行っていないので工場の様子があれ以降どうなっているかわかならいのだ。瓦礫になったままだと思うが、気になって仕方がない。明日、ニュースに出ていなかったら凜奈には悪いけどこっそり見に行こうと考えている。
テレビを消してベットに横になった。一人で部屋に居てもやることがないので目を閉じ、先ほどまで居た凜奈の話を思い出していた。
「最悪の結果、か……」
その意味は良くわからなかったが、凜奈は少なからず何かを知っているようだ。しかし、聞いてもはぐらかされる気がするので聞かないでおく。時期が来ればきっと俺にも話してくれるだろうと信じているからだ。
「やっぱり眠いわ」
時間はまだ遅くなが、ベットに横になると急に眠気が襲ってきた。俺はそのまま眠気に任せ夢の世界に旅立った。
凜奈が言っていた最悪の結果はきっとこのことだったのだろうと翌日になってからわかった。そして俺の平和な日常は今日で終わりを迎えることになってしまった。
***********
『早く起きなさい……』
知らない人の声が聞こえた。少し幼い感じが残るアニメ声の少女の声は俺にしっかりと聞こええていた。どうやったかはわからないが、俺の夢の中に語りかけてきているように感じる。なぜなら俺は寝ているとはっきりと自覚しているからだ。
『いいから早く起きなさい……じゃないと……』
少しずつ小さくなっていく声。頭の中に山彦のように何回も響く声に少しずつ意識が戻ってきているからだ。早く起きろと言っている声に俺はゆっくりと目を覚ました。
目を開くといつもと同じ寮のベットだった。一年半近く毎日のように寝起きしているベットは何も新鮮さなど感じなかったが、何かいつもと違うと直感で感じるものがあった。何かはわからない。しかし違うのだ。
体を起して時計に目を向けると時刻は七時前。凜奈が起しに来る少し前の時間だ。
こんな時間に目覚めるのは珍しく、何か嫌な予感がする。しかし、カーテンを開けるとそこからは柔らかく優しい日差しが部屋に射して来る。それは昨日となんら変らないものだったので少しだけ安心した。
立ち上がり、座布団に座った俺はテレビのニュースに目を向けた。最近の日課になっている工場のニュースが出ているかを確認するためだ。しかし、ニュースにはいつもと同じく、誰一人映ってなかった……。
「一体どうなっているんだ!」
思わず声を上げた俺はもう一度しっかりテレビを確認した。しかしそこには誰も映ってなかった。
ニュース自体は放送されているのだが、それ以外何もない。スタジオなのでカメラが回っているのに無人なのだ。チャンネルを変えてみても、どのニュースもカメラだけ回っていてテレビには誰も映っていなかった。
壊れているのかと思いテレビを叩いたら電波が届かなくなったのか白黒のノイズが流れるだけになった。
とりあえずうるさいのでテレビの電源を消してキッチンに水を飲みに行った。コップ一杯の水を喉に通してから深呼吸した俺は再びテレビをつけた。しかし、先ほどと同じノイズが流れているだけだった。
「一体どうなっているんだ……テレビが壊れたのか?」
テレビは元々この寮に来た時からあった付属のものでかなり古いように見える。なので壊れてもおかしくないのだが、電源が付いたりするのでその線は薄いだろう。
「ところで、今日の凜奈はやけに来るのが遅いな。珍しく寝坊でもしたのか」
俺が記憶している間では一回も寝坊などなかったはずだと思いながら時計に目を向けると、時刻は七時前。先ほどから一分も……いや、実際は一秒も時間は経過していなかった。時間が止まっているのだ。
「時計も壊れているのか?」
立ち上がり時計を少しだけ弄ってみたが結局動かなかった。
「まさか、な……」
開いたカーテンから外の風景を眺めた。学園の敷地内なので町の様子は良く見えないが、すぐに異常だということがわかった。電車や車なのが駅や信号もない場所で止まっているのだ。まるで時間が止まった見たいに。
「嘘だろ……」
俺は急いで着替えて部屋を飛び出した瞬間、何かに包み込まれるような感覚を覚えた。それは別の世界に来たかのような不思議な感覚で経験したことのないものだったが、俺はこの空間が何かを知っていた。
魔術閉鎖空間と呼ばれる魔術を練り込み形成する空間のことだ。召喚者が人間に存在が認知されないようにするための空間で、この空間は現実にもう一つの世界を作り、時間軸をズラす効果がある。
時間をズラすので人間は空間内に侵入は出来ないし、ここで壊した物は全て現実に影響しないので何を壊しても空間を解けば元通りに戻っている便利な空間だ。しかし、人間には空間の確認は出来ないが、召喚者には簡単にできるため自身の身に危険が及ぶ可能性があるのだ。
なぜ知っているのか気になったがとりあえず寮を出て、校門を全速で駆け抜けて町に出てみることにした。先ほど部屋から確認した通り、電車や車などが道路など関係なしに止まっている。町の中心部なのに猫一匹ところか人が一人も存在しない。
午前七時などサラリーマンなどの通勤時間なのに人一人居ないなど考えられない。しかし目の前に誰も居ない現状は、先ほど頭に自動的に流れてきた情報、魔術閉鎖空間が本当のことだと証明しているようだった。
しかし、にわかに信じられずに人が多く集まる場所に向かった。少し大きな駅や、大きな交差点など息を切らしながら走り確認していったが人の居る気配など感じられない。本当に人が居たのかさえわからなくなるほどに。
色々な場所を探し、最後に来たのがお婆ちゃんを手伝った場所だ。ここは町で一番人通りが多くていつも混み合っている場所なのだが、他の場所と同じくまるで人の気配など感じられない。
町全体を全て探すなんて一人では出来るはずがないので、俺が探していない場所に誰か隠れているのだと自分の心に言い聞かせて、あきらめなかった。しかし、二度同じ場所を探すなどして見たが誰も居なかった。
「何がどうなってるんだよ……」
小さく呟いた問いに誰も答えてくれない。焦って凜奈の部屋を確認することさへ忘れていたが、俺の中に居る誰かが探しても無駄だ、ここには誰も居ないと言っている。俺はそれをなぜか納得している。何もかもわからないことだらけだった。
どうして召喚者のことを知っているのか?魔術閉鎖空間など部屋を出る前は知らなかったのに出た瞬間、なぜそれを知っているのが当たり前……もとから知っているかのように情報が流れてきたのか……などわからないことだらけだった。
「何がどうなってるんだよ!誰か教えてくれよ!!」
今までに出したことのない声で叫んでみたが、やはり誰も居ない空間では反応はないかと思われた瞬間、
「だったら教えてあげるわよ」
背後から声が聞こえた。少し幼い感じが残るアニメ声の少女の声。誰も返事がなかった静かな空間でその声は大きく響いた。
声に反応して背後を振り向くとそこには小さな少女が居た。身長は百五十センチはないかと思われる少女で肩のラインまで伸びた白銀の髪に雪のように白い肌。白いドレスのような服装に右手には黄色の球体が嵌められているガントレットを嵌めた少女は可愛らしい笑顔を向けてゆっくりと近づいてくる。
今まで一人だった空間に現れた少女に安心して肩の力が抜けた。この空間にはまだ人が居ることに安心を覚えた。まだ探せば俺と少女のように普通の人が居るかもしれない。
「よかったー。俺以外に誰も居ないかと思った……」
心は安心しているが体全体から警報が鳴っている。少女をこれ以上近づけるなっという警報がループで鳴っているのだ。
なぜかと思い考えてみると瞬時に理解できた。普通に考えてみればよかったのだ。少女は『だったら教えてあげるわよ』と口にしたのだ。普通の人間がこの空間のことなど知っている訳がない。そうしたら単純に考えて、この少女がこの空間を形成した召喚者だ。
その考えに至った刹那、背後から騒音が聞こえたので振り返ってみるとビルなどの建造物が真っ二つになっていた。驚きに目を見開いた俺だったがしょう少女は待ってくれなかった。
「魔法召喚術式」
少女がそう口にした瞬間に強風が吹き、再び少女のほうを向いた。足元には青白い光が発生してゲームなどで良く見かける魔法陣が浮かんでいた。魔法陣は回転しながらさらに強い光を発し始めた。
「魔法形成」
さらに勢い良く回転し始め、少女の周りから暴風が発生している。台風の日に外に出歩いたかのような風。それは人間が行為に作り出せるものではなく、間違いなく少女が唱えているものに関係しているはずだ。
「我は雷鳴を司る者。我の願に具現せよ」
少女が手をかざすと白い光で鎌のシルエットが浮かび上がる。その鎌はどこかでみたことのある鎌だった。夜の散歩に行った時に黒い人影と戦っていた少女が振るっていた鎌と同じだったのだ。
「召喚!」
白い光だった鎌は黒く禍々しい鎌へと変化した。魔王が持っていそうな鎌は二メートルほどの巨大な鎌で、少女はそれを片手で持ちあげている。そして、鎌を正面に構えた瞬間ーーー
ものすごい量の雷鳴が迸る。周囲にバチバチと音を立てて迸る雷鳴は鎌を覆い隠し、雷の鎌へと変身したのだ。
少女との距離は五十メートルほどある。この距離を有効活用しない手はない。
俺は少女に背を向けて全速力で駆け出した。ホームなど気にしないでただ少女から逃げるために我武者羅に走った。
しかし、人間と召喚者の差はあまりにも大きかった。
「どこ行くの?」
先ほどまで後ろにいた少女が俺の前に立ち、笑顔を向けていた。笑顔は可愛らしいもので、何もない状況なら頬が緩み笑い返していたのだが、少女の手には確かに雷の鎌が握られていた。先ほど建造物を一瞬で真っ二つにした鎌は人間なんてゴミ屑のように簡単に殺してしまうだろう。サバンナで空腹のライオンとネズミを戦わせるようなもの。いや、確実にそれ以上の差が存在する。
知らない訳ではなかった.頭の中には召喚者の情報が、元から知っていたかのように当たり前に存在しているからだ。異常なまでの身体能力に五感も人間のそれを超越している召喚者。しかし、俺は知っているだけで生で対峙するのはまだ二回目なのだ。黒いローブに目の前の少女。しかし、黒いローブは何もしてこなかったので召喚者の力をまともに見るのは初めてなのでどのぐらい差があるかまるでわからないのだ。
俺は自分自身の認識を上書きした。そして人間は召喚者には絶対どうすることもできないことを確認したのだ。
五十メートルあったさは五メートルほどまでに近づいていた。先ほどよりも雷鳴の出力を落としているのだろう。俺が居る場所まで雷鳴はやってこない。しかし、鎌を召喚した時は俺が居る範囲まで軽々雷鳴が迸っていたので注意が必要だ。
「どうしたの?驚いたでしょ?」
依然として笑顔を向けてくる少女に殺意すら覚える。俺は必死にどうすればいいか考えているのにその考えは無駄だと言っているように感じるからだ。
「俺に何のようだ!?どうして俺を襲う!」
まだ高校生で死にたいなど思う奴はたぶん居ないだろう。俺だってまだまだ生きて居たいし凜奈のことも心配なので。理由もわからずに殺されてようとしている状況に理由を求めた。
なぜならいくら考えても少女から逃げる道が見つからず、このままでは死ぬことが確実だからだ。何事もあきらめが肝心だ。人間と怪物が戦ったところで勝ち目がないのは明確だ。人間は弱者、召喚者は強者なのだから。
俺の言葉に笑顔が消える少女。そして右手に嵌めているガントレットに向かって話しかけ始めた。
「ちょっと、ロー!どういうことなの!あなたの言う通りに笑顔で近づいたのにばりばり警戒されてるじゃない!」
それは一人事のように感じた。しかしどこからもなく声が返ってきた。
『当たり前だ。誰が召喚してやれといった。誰でも鎌を持って近づいたら警戒するに決まってるだろ。馬鹿なのか?』
周囲に人はいないが声が返っくる。少女を目を凝らし見据えると黄色い球体が少しだけ点滅しているのが目に見えた。そして声がどっから返ってきたかも瞬時に判断した。
黄色い球体には意識のようなものが埋め込まれているのだろう。
少女が鎌を両手で正面に構えた。出力が上がる雷鳴に恐怖を感じながら睨むように目を見据える。
『まぁ、作戦通りにやればいいさ』
「そうね。私には願いがあるんだからやるしかない」
少女から感じたことのない空気が流れ出る。全身の毛穴から汗が流れ出て、痙攣しているように体が震える。それは少女からの明確な殺気だった。
数日前に屋上で凜奈の殺気も感じたが、それとはまるで別次元の殺気だった。全身の細胞が死にたいと思わせる強力な殺気だった。
少し後ろに下がった少女は鎌を肩に担ぐように持つと、強力な雷鳴と共に眼前から完璧に姿を消した。姿を探そうと周囲を見渡そうとしたがそんな一瞬の暇もなく勘で右に転がるように回避した。
俺が居た場所は振るった鎌の軌道上であり、その周囲には迸る雷鳴と、鎌の軌道上に存在した物は全て真っ二つになり騒音を立てて崩れ落ちていく。背後を確認する暇もなくさらに右に飛び込み、駆け出した。
しかし先ほどと同じく一瞬で先回りした少女は俺の首一直線に鎌を振るった。
俺の目には少女の姿や鎌を確認することが出来ない。人間に捉えられる速度を軽く超えているためにまるで風のように見えないが音だけは大きく聞こえる状態だった。しかし俺は普通なら避けることは絶対に無理な一撃を二度も避けている、これは普通のことではなかった。
姿や攻撃はまるで見えないがわかるのだ。少女が振るう鎌の軌道が手に取るようにわかる。
人間には視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚と五感が存在する。しかし、それらを超える第六感というものが存在する。俺は今、少女の攻撃を第六感で避けているのだろう。
軌道は完璧に読めていたので腰をかがめて回避した。軌道上には雷鳴が迸り、建造物が崩れ落ちる。周囲は天災があった後のような瓦礫の山に変化している。
「へぇー。今のも回避するんだ……」
鎌を下ろして少し驚いたような声を出す少女。しかし少女は巨大な鎌を振り回してあれだけ動いていたのに息一つ乱れがなく、疲れた様子がまるでない。
『うむ。覚醒の時が近いためか、普通なら避けられない一撃を軽々避けているように見える。』
「そうね。でもそうでなくちゃ意味がないわ」
『ああ。お前の願いを叶える為ならな』
俺のことなど気にもしていないように無警戒で話をする少女。俺が何か反撃することなど考えても居ない様子だった。しかし、この状況で反撃を警戒するほうがおかしい。実力差は圧倒的にあって避けるので精一杯な俺なのだ、反撃など出来ないことは少女自身が一番理解しているのだろう。
「めんどくさいから、そろそろ本気で殺すよ?」
笑顔で言う少女とは反対に俺の顔は凍りついていた。先ほどまでは本気で殺すつもりはなかったと少女は言っているのだ。それは先ほどまでは遊んでいたということにほかならない。俺は死を覚悟して回避していたのにだ。
鎌を再び構えて今までにない出力で迸る雷鳴に畏怖しながらも自分がもっとも回避しやすい体勢になり、鋭く少女を見据えた。俺は再び攻撃を回避しようとしていた。
しかし直感では理解していた。次の一撃は今までとは比較にならない力と速度で人間である俺には絶対に回避など出来るはずがないと。だが、高校二年生……十七才という短い人生で満足出来るほど人生楽しんだ訳ではない。それにもし死んだら凜奈はきっと泣いてしまうだろうからまだ死ぬわけにはいかない。生きるためには無理だと理解していても回避するほか選択肢は存在しないのだ。
「今回は絶対に避けられないよ。それじゃ、バイバイ」
笑顔で言い終わると同時に少女の姿が再び眼前から消えた。鎌の軌道は完璧に読めていたが、人間が反射で回避出来る速度を超えていた。俺は死んだと自覚した瞬間---
ノイズが流れた。
始めは小さいノイズだったが、少しずつ大きさが増して今は頭の中にザザザという音が鳴り響き、体全体が悲鳴を上げていた。
このノイズは人間が死ぬ前に聞く音だと感じた俺は死ぬ瞬間を待った。しかしいくら待っても死なないことに異変を感じた俺はゆっくりと閉じていた目を開いた。先ほどいた少女の姿がない代わりに暗い遺跡のような場所に変化していた。
暗く少し先もあまり見えない通路を進んで少しすると、大きく拓いた場所に出た。そこは大きな公園の広場のように広い場所で、両端には大きな石柱な何本も立っている。
広場の中心には色鮮やかな花が地面に突き刺さった一本の剣を中心に咲いている。
俺は無意識に剣に向かって歩き始めた。地面に突き刺さっている剣はゲームなどに出てくる聖剣を思い浮かべる。
そして俺は剣を自分の物だと無意識に理解していた。初めて見た剣なのにどうして自分の物だと確信を持てるのかは理解できないが、自分の中に居る誰かがそれは俺の物だと強く訴えているのだ。
伸ばせば剣に手が届く場所まで来た俺は剣を見つめていた。白銀に輝き、均等のとれた形は普通の剣に見えるが、雰囲気が違うように感じる。そもそも剣のように鉄で出来ているようには見えない。
ゆっくりと手を伸ばす。この剣は俺の物だから簡単に抜けるだろう。しかし、抜いてしまうと俺は人間ではなくなる。
この遺跡は一種の夢のような場所なのだろう。そして先ほどまで鎌を持った少女に殺されかけているほうが現実だと自覚している。このまま現実に戻れば俺は死ぬだろう。しかし、剣を抜けば俺は少女と同じ舞台に立つことができ、死を回避出来るはずだ。
迷いはなかったと言えば嘘になる。これから凜奈に嘘をつき続けて生きていくことになるからだ。しかし、凜奈に会えなくなるよりかは何百倍もマシだった。
伸ばした手が剣に触れそうになった時、反射的に手を引っ込めた。
再びノイズが流れたのだった。だが、前回の音だけとは違い目の前にも白黒のノイズが流れている。ノイズの置くには男か女か判断できないが、人影のようなものが映っている。
だんだんと大きくなるノイズに頭が割れるほど痛かったが、少しすると俺らが話す言語……日本語になり、問いかけるように口にした。
---努力とは無駄であることを知っているだろう?
人を馬鹿にするような男の声。ノイズの中に映る人影は必然的に男になる。
---だが、どうして人は無駄である努力をすると思う?何をやっても無駄。どんなに頑張っても何もかわらない。なぜならはじめから決まっているからだ。俺は男の声を宗教団体の信者であるかのように男の話に魅せられた。なぜなら男の言う通りだからだ。
---世界の大企業の社長のように成功するのと同じだ。それは努力などではなく必然。生まれながらそうなる素質があるから成功する。決して努力などではなく、生まれながら持っているのだ。
そう俺は知っていたのだ。どれだけ自分が人を手伝ったりしても、すぐ横には困っている人が居ることに。
親に言われたからとか、自分が困っている時に助けてほしいなどはただの偽善だ。俺はただヒーローのようになりたかっただけだった。
ーーーお前も同じだ霧沢海人。お前は生まれながら弱者になれる素質と強者になれる素質。その二つを持って生まれてきた。
俺の胸が熱に浮かされるように激しく高鳴った。
---お前の人生で一度も強者に出会わなければ弱者として平和な人生を送り、弱者として死んでいけるはずだった。
無意識に凜奈との日常を思い浮かべていた。幼少期からずっと一緒に居た家族のような幼馴染。可愛くて賢くて世話焼きな大切な幼馴染との平和な日常。朝、昼、夜とほとんど一緒にいる凜奈との生活は本当に楽しいもので、今俺が体験している非現実とは違う平和な日常。
---だが、お前は平和な日常を送る権利を失った。理由は簡単で、お前の目の前に現れた少女は強者だったからだ。
人間の動きを遥かに凌駕した動きに、巨大な鎌を木の棒見たいに振るっていた小さな少女。あれは間違いなく強者で俺は弱者だった。
---さぁ、どうする?このまま強者に殺されて弱者のまま人生を終えるか、強者になり少女と同じ舞台に立つかーー答えは二つで一つのようなものだろう?
答えは既に出ていた。俺にはまだやるべきことがあり、こんな場所で死ぬ訳にはいかなかった。
目の前はノイズで何も見えないが、剣がある場所は感じられた。そしてゆっくりと引っ込めた手を前にだした。
---困っている人を助けたい。手伝って上げたい。そんな偽善はもうやめろ。お前はヒーローのようにみんなを守って上げたいなど馬鹿みたいな目標があるだろう。お前はそれをかなえるのだろう?
そうだ。俺はヒーローのようにみんなを守って上げたいと心の底から思っていた。しかし、俺一人に出来ることなど世界からすればゴミのようなものだと知っていた。なので、困っている人を助けたいなどの偽善をしていたのだ。
---だったら死ぬ訳にはいかないのだろう?剣を抜き強者に生まれ変われ。そして思い知れ。お前のような皆を守りたいなど考えている奴は誰一人守れないことを。
俺は剣の柄を握った。その握力は今までとは違い、人間の握力ではなかった。
ーーーお前が生まれてきた意味は少女を命掛けで守り抜くことだ!
掴んだ剣を頭上高く振りぬいた。刹那、目の前を覆っていたノイズは綺麗に晴れて、目に映るものは遺跡などではなく少女の鎌が俺の首を捉えているところだった。
先ほどまで風のように見えなかった鎌がまるでスローモーションのようにゆっくりに見える。それはまるで一流のアスリートが稀に入ることの出来るゾーンの世界のようだった。
鎌の攻撃範囲から逃れるために軽くバックステップをした瞬間に停止世界が終わりを迎えた。
少女は確実に殺すつもりの相手に回避されたことに驚いたのだろう目を見開いている。しかしすぐに元の顔に戻り体勢を立て直していた。
バックステップで回避した俺だったが、あまりに常識はずれの飛距離に目を見開いた。少し前の自分だったら一メートル弱が限界だったはずだ。しかし今は軽く飛んだだけで十メートルほど後ろに飛んだのだ。そして俺は人間ではなく召喚者になったこと自覚した。
体の中から湧き上がる力は人間の頃だった俺には感じることが出来なかったものだ。特に心臓あたりに熱い塊のようなものを感じる。それは召喚者の魔術の源である魔力だとどこからか情報が流れてきた。
そして頭の中にある一つの希望……この状況を抜けだせることが出来る情報が流れてきたのだった。少女が召喚した武器と同じ物を召喚するために必要不可欠な詠唱が浮かび上がってきた。
浮かび上がってきた詠唱をそのまま声に出してみた。
「魔法召喚術式」
突如浮かび上がる青い魔法陣。首元にネックレスも同時に現れる。ネックレスは夢ような場所でみた剣にそっくりだった。これを媒体として召喚者は武器を召喚するのだ。
「魔法形成」
ネックレスが白く淡い光を放ち、魔法陣の回転速度が上がる。それと同時に俺は右手を空に掲げた。
「我の思い答えし剣よ。力を貸したまえ」
掲げた手には白い光で剣のシルエットが出来ていた。俺の周りには魔力が流れ出て、強風が吹き荒れる。
「召喚!」
風がより一層強く吹き荒れると同時に右手には剣の重さを感じていた。そして先ほど夢の中で出てきた剣が召喚されるのだと理解していた。
少女も長年の勘で理解していた。召喚されるものはとてつもなく強い力も持っていると。自分のパートナーに相応しいものが目の前にるという事実に喜びのあまり笑っていた。
剣のシルエットだった光がだんだん薄くなっていき、剣の全貌が見えた。均等に整えられた形にゲームなどで聖剣など言われそうな剣が今、召喚されたはずだった。
「……は?」
少女と俺は同時に間抜けな声を上げてしまった。そこにあった剣は俺が知っている剣とはまるで別だったからだ。少女の想像とはかけ離れていて間抜けな声を上げてしまったのだろう。
「なんだこれ!さっきと全然違うじゃないか!」
召喚を解いた少女は少し可愛そうな目で俺のことを見ていた。そしてゆっくりと俺の元に近づき、そっと肩を叩いて一言。
「ドンマイ」
俺が召喚したのは均等が取れた白銀の剣ではなく、均等の取れた黒く錆付いた剣だった。




