77.悪の手先 アナザー24 To the beginnning
『やべっ、小便してえ。』
濵口は身震いし、ズボンのチャックを下げ始める。
『ちょっ、あんた、何してんすか!』
『いや、出そうなんだが。』
『出そうなんだが?じゃねぇよ。あそこにトイレあるじゃねぇーか!
頼むわ!何考えてるんだよ!』
僕は、右手首から視線を戻し、オーバーな仕草と共に非難した。
『はいはい、じゃあ、ちょっと行ってくるよー。』
『マジでどうなってんだよ!』
右手をヒラヒラ動かし、トイレに移動する男を見ながら悪態をつく。
『残り、7分42秒。』
手首の時計を再確認し、一人呟く。
足元のギャルは未だ、白目を剥いたまま、痙攣している。
『どくん!どくん!』
心臓の鼓動が一層激しくなる。少し痛む胸を叩く。
初めての初花発現。
これが、期待で胸がいっぱいと言う状況なんだろうか。
時計に気を取られていた。
周囲に気を配っていなかった。
そう、完全に僕は油断していたんだ。
『ゴッ!』
硬い物が後頭部に当たり、膝をつく。
『ぐっ、なっ、ん~!』
右手で頭部を押さえながら、襲撃者を睨むが、
恨みの声は、女の手で塞がれた。
いてえてててぇ。頭が、顎が割れる。
女の外人、だが握力が半端ない。
顔もキレイ系だが、なんか整形っぽくて不気味に見えた。
頭に血が上り、顔が発熱していく。
『んんんー!!』
濵口に助けを呼びたいが、情けの無い声しか出せない。
『あなたは、何者でしょうか。
ここで何をしているのでしょうか。
この少女には、何の意味がありますか。』
この外人、日本語は不得手なのか、英語の教科書みたいな話し方をする。
しかし、今現在、ピンチなのは変わらない。
左手はスマホ、右手は初花発動中。
完全なる無防備。まぁ、武器あっても大して強くないんですけど。
横目でトイレを確認すると、2つの人影が見えた。
やべぇ、濵口もやられる!
『I got a package.Clear!』
『Marine Go!Go!Go!』
外人が何かしゃべってる。聞き取れねぇ。
ゴッ、パックリ?何だ、そりゃ?マリーン?
ヒュンッ!
僕は気付いてなかったが、ハイエースの陰にいた外人がトイレに向かって走り出した。
凄まじい握力女は、腰から銃を抜き、ゆっくりと”ヤナ”の頭に照準に合わせる。
『私の名前は、ケリーと言うでしょう。
私は、今からこの手を離すつもりです。
しかしながら、動かないで下さい。
もし、あなたが動いたら、私はあなたを撃つでしょう。
よろしいでしょうか?』
僕は、首を縦に振る。
万力のような手がゆっくりと顔から離れた。
『では、聞きます。アゲイン。
あなたはここで何をしているのでしたか?』
『……』
言えねぇ。つーか、言っても信じないだろうし。
『私は、撃ちたくないのですが、撃つべきかもしれません。』
ケリーが銃を操作すると、カチリと音が響いた。
『スリー秒、待つでしょう。1……、2……』
やべぇ、どうしよう。
右手をチラリと見るが、残り5分13秒。全然、間に合わない。
黒い穴が僕を睨み続ける。
『タァン!タァン!』
炸裂音が続いた。
僕は、体を強張らせたが、まだ、生きている。
音は、ここからじゃない。トイレの方だ!
『この距離なら外すわけないよなぁ~。』
大柄な黒人が腹部を押さえて倒れるのを確認し、濵口は笑った。
『お、おまえ……』
黒人が顔を上げるが、
『タァン!』
3発目の銃弾で黒人は動くのをやめた。
『お前ら黒人、怖いんだよ、睨まないでくれ。』
『Shiiiiiiit!!』
女の外人がトイレに突入してきた。
濵口は、即座に個室に身を隠す。
『タタタッ!タタタッ!タァン!タァン!』
女は、個室に向かって自動小銃を乱射する。
扉や壁の破片が舞い踊り、
カランカランと薬莢がトイレのタイルで踊った。
『KIA(戦死者)! Warning! Enemy!Ene……』
『くっそ、ゴミが目に入ったじゃねぇか、ビッチ!』
濵口は、壁に背中を預け、入り口に向かって左腕を向ける。
『ゴッシャァン!!』
轟音とともにで女の姿は掻き消えた。
僕の目には、トイレの半分が一瞬で砂煙に化したように映った。
少しづつ止んでいく煙の中から、濵口が出てくる。
左腕が黒い筒の様な形に変わっていた。あれも何かの能力なのか。
『タァン!タァン!』
先程、ハイエースの陰から出てきた女が濵口に発砲するが、
それを気にも留めず、左手に悪魔を宿した男は、黒い筒を外人に向ける。
『バグォッオン!』
炸裂音と共に女は、真っ二つに分かれた。
下半身は、アスファルトで転びまわり、上半身は宙を舞い、無様に着地した。
初めて聞く耳障りな音に吐き気を覚える。
『ガリガリガリ……』
黒い筒で地面を削りながら、悪魔は笑って僕に近付いてくる。
ある種の絶頂すら感じさせる、歪んだ笑みを前にして、
今日、二度目の失禁をする。
『Freeze!それ以上、近付くと、私はこの少年を殺すでしょう!』
ケリーが僕の首を絞めながら、こめかみに銃を向ける。
『えっ、ちょっ、ちょっと!』
金属で頭をこづかれ、僕はパニックになる。
『あぁ?面倒くせぇな、一緒にバラしてやろうか?』
濵口は、鼻で笑い、黒い筒を僕らに向ける。
『ちょっ、ちょっ、助けて下さいよ。見捨てないで!』
『ユーは、黙って下さい!』
懇願する僕をケリーが怒鳴る。
『死にたくない、死にたくない!!』
『おい、”ヤナ”。泣くな。うっとうしい。これ、どうした?』
濵口が右手を大げさに振る。
これ?右手?
僕は、視線だけ動かし、右手首を見る。
あと、12秒!!
『私達は、これから移動つもりです。
あなたは動かない事を約束する必要があります!』
ケリーは、僕に構わず、濵口に怒鳴り続ける。
『ピピピ!告知です。
レベルが”6”になりました。
出産により、新しい能力を実装します。
初花 一ノ羽 蛆花です!』
僕の右手首から機械音声が聞こえた。
『んー!ん!!んー!!!。』
足元のギャルが一際大きく痙攣し始め、奇声を発した後、動かなくなった。
『うっううぐぅっ、何をしたですか!』
ケリーは、僕の首から手を離し、胸ぐらを掴み直す。
『ぼ、僕じゃない。』
言い訳をしながら、僕は異変に気付いた。
ケリーの顔面が肥大化、左側が大きく腫れている。
こんな顔じゃなかったはずだ。
腫れた皮膚から、黒い毛虫のような物が数匹、生えている。
『これは、なんだ!?』
『知らないよ!(気持ち悪い、消えろ!!)』
嫌悪感から僕が顔を逸らすと、右腕から機械音声が響く。
『開花!』
『ぷちっ、ぶちゅっちゅっ!!』
均整のとれて”いた”ケリーの顔が一瞬膨らみ、破裂する。
『ギャャッアアアアアアア!』
ケリーは、顔を抑えてわめき散らし、怒りの形相のまま、僕に銃口を向ける。
『お前……ファアッーーク!』
しかし、この隙をあの男が見過ごす訳もなく、
『終~了~!』
ケリーの顔面に大きな鋏が吸い込まれる。
金色の髪をなびかせ、ゆっくりと、糸が切れた人形のように横になった。
『それが、初花の力か?』
女を足蹴にし、得物を強引に引き抜きながら、濵口は僕に尋ねてくる。
鋏にゼリーのような物がついているのが嫌でも目に入ってしまった。
僕は、喉まで来た吐瀉物を強引に飲み込む。
『うんぐっ、そ、そうみたい、ですね。』
緊張と安堵と、ゲロの性で、呼吸がうまくできず、どもりながら答える。
『あ、えっと、スマホに情報来ました。
えっと、一ノ羽 蛆花というそうです。
僕が対象者に触れる事で発現。
対象者の体内の”澱み”を爆破できる。……みたいです。
今回は、”にきび”を破裂させたのかな?』
『また、微妙に使いづらいな。』
濵口は、鋏を左手に戻し、髪を梳かしている。
恐らく、トイレの粉塵でくちゃくちゃになったのだろう。
毛先で指が引っかかっている。
『一人目でこれって事は、次は、もっと……』
『悪いが今日はここまでだ。さっきの増援が近付いてる。
目立つ車と女はココにおいて逃げるぞ。』
興奮する僕をよそに、濵口は冷静に指示を出してきた。
『えっ?』
『命が惜しくないなら別だぜ。
僕一人なら、迎撃できん事もないと思うがね?』
『帰りましょう。』
僕らは、山道を進んでいく。
少し歩いた後、濵口は振り返り、あの”黒い筒”で白いハイエースを砲撃した。
車はバラバラ、黒煙を上げていく。
この男、油断、慢心しているようでも”強い”。
周りが見ている。
僕は、”まだ”勝てない。
数時間の行進で山道を抜け、タクシーでセブンイレブンまで戻ってきた。
今日は、本当に大変だった。
早く帰って、風呂入りたい。ズボンなんかもう、酷いぜ。
『……速報です。
桑名厚生病院で火災発生。
現在、確認した情報では、
重軽傷者多数、死者、2名。
神谷 智さん、滝澤 竜也さん。……』
『マジかよ。』
RX-7のカーナビに映ったを画像を見て僕は、絶句する。
『ん?どーした?』
『その、”かみやん”と”タッキー”が……』
どもって、うまく説明できない。
『もう回復したのか?随分早いな。』
濵口は、画面を一瞥、ギヤをダウンシフトをしながらこともなげに呟く。
『えっ?いや、死んだって。』
モニターを指差し、再度説明しようとするが、
『火炎術者が焼死するか?
瞬間移動能力者が火災なんかに巻き込まれるか?
よく考えろ、”ヤナ”。ダミーだよ。
どっかの組織と合流か、自身復活の狼煙だろうな。
まぁ、前者か。
剥がれよ現世の仮面(フェイス/オフ)はどこかの組織と繋がってないのか?
(拉致の線もあるがね……)』
『分からない。』
右手のスマホを見つめ、僕はは呟く。
『まぁ、あの二人と組んでた事がバレタら、次狙われるのはお前かな?』
『ちょっ、なんで?』
『口封じか、人質だろ?
現時点では、汎用性もなく、戦闘能力も低いしな~。』
『助けて下さいよ!』
笑うドライバーの肩を揺すりながら、必死に懇願する。
『助けてくれと言ってもなぁ、賞金首、敵となるべき人間と組んでるし。
あっ、これもバレタら狙われるな、ははは。』
『ははは、じゃねぇーよ。助けて下さいよ!』
『落ち着け、”ヤナ”。
簡単な事だ、覚悟を決めろ。
今更、警察なんぞ行ったところでお察しだろ?
後は、言わなくても分かるな?』
『助けてくれるんですよね?!』
『まぁ、出来うる範囲で?』
『なんで疑問形なんだよ!』
口角泡を飛ばし、絶叫する僕を引き離しながら、濵口が続ける。
『冗談だ、”ヤナ”。お前、意外に面白いな。
まぁ、これからは運命共同体だしな。
助けてやるよ、当然、お前も初花を使って身を守れ。』
『まだ、そこまで強く……』
『そんな言い訳なんざしてる暇はねぇ。
さっき、銃で脅されたろ?今後は、撃ってくるぜ。
死にたくなけりゃ、死に物狂いで強くなれ。
他者より強く、他者を喰らえ!
文字通り、仮面を剥ぎな!
プロローグは仕舞、これからが本チャンだ。
はじまりの終わりってやつさ。』
僕の目に、怯えた自分と正反対の、自信に満ちた化け物の王の顔が映った。
-”ヤナ”の自室-
茶髪の少年が学習机の椅子に座り、クルクルと廻っている。
ドアが開き、もう一人、少年が入ってきた。
右目に眼帯をしている。
『居ないな。』
『どっかほっつき歩いてんのかな~?』
『かもな。
まぁ、一応、土産は置いたし。取りあえず引き上げるぜ。』
『新しい番号、置いてく?』
『ヒントだけにしとこうぜ。』
後から入ってきたツンツン頭の少年が笑う。
『仕事って、何だろうね?』
『さぁな。まぁ、しばらくは付き合ってやればいいさ。
”ヤナ”と合流できたら良かったが、また、来るとするか。
待たせるとあの神経質な女がうるさい。』
『了~解!』
少年達は、一瞬で姿を消した。
”ヤナ”の学習机の上には、
缶コーヒーの『FIRE』。
そして、右のレンズが割れたサングラスが光っていた。




