67.悪の手先 その二十 ルージュの伝言
-柊の高校 職員室-
高橋(光田)が一人の若い女性と話している。
『説明は以上だ。何か質問は?』
『この…待機期間はいつまでになりますか?』
女性は少し苛立ち気味に聞き返す。
『未定だ。”濵口”は、上が追っている。
残念だが、リベンジマッチはない。
忘れられなくても、もう会うことはない。』
『そう…ですか。』
女性は、高橋から視線を外し、肩を落とす。
『勝屋の捜索もしているんですよね?』
『優先度は下がるが、行方は追っている。
そっちは見つけ次第、情報を回してくれるだろう。』
『ありがとうございます。』
『では、教室へ向かおう。』
高橋が、女性を職員室の出口に促す。
-教室-
『柊、聞いたか?何かな、新しい教師来るらしいで。』
林が僕の机に腰掛け、話し出す。
『えっ?そうなん?』
僕は、スマホをイジリながら、興味が含まれない適当な返事を返す。
ふと、教室を見渡すと、”南”がいない。今日は、休みか…月影で出張ってるのか?
『今日から赴任されるみたい。ちょっと変な時期よね。』
僕の質問に前の席の宇梶が補足する。
最近、宇梶の接し方が変わってきた。前の様にツッケンドンじゃない。
まぁ、これが普通だと思うけど…
『まぁ、そんな細かい事はええねん。若い女教師らしい。
しかも、巨・乳!夢、膨らむやろ!』
林が、オーバーに胸を揉む仕草をする。
『最っ低。』
宇梶は、なぜか僕に軽蔑の言葉を吐く。
『僕じゃない、林だ。僕は、言ってない。』
僕は、林を指して冤罪を主張する。
『イイ子ぶんなや!好きやろ、柊も。』
林が、強引に肩を組んでくる。
『あのな…!!!』
凄まじい殺気を感じる。
前にいる宇梶じゃない…右後方…
恐らく…吉野…
こ、怖すぎる。振り向けない。
汗が…脇腹を伝って行く。
なんとか、この場を凌がないと、つーか、林、空気読めよ!
『お前ら~、席つけぇ~。』
高橋が教室に入ってきて、怒鳴る。
殺気は、消え、林は自分の席に戻る。
僕は、ほっと胸を撫で下ろす。
『知ってるヤツもいるかもしれんが、今日から新しい先生が来られる。
このクラスの副担任としてだ。天井先生、どうぞ。』
高橋が紹介すると、若い女性が教室に入ってくる。
『『『おぉっ!』』』
クラスの男子から歓声が上がる。
茶髪と金髪の中間ぐらいで前髪パッツンの20代か。
ちと、若すぎるような…教育実習生でもないのに、童顔のせいか?
ヒールを差し引いても、足は長いな。うらやましい。
美人だけど、どことなく陰がある。
高橋の紹介って事は、黒連関係者なのかな?
だが!
林の事前情報通り、胸は…デカイ!スーツのせいで、更にエロい!
『ヒュンッ、カッ!』
『いっ!』
右後方からシャーペンが飛来し、僕の頭頂部で着地する。
僕は、急いでシャーペンを抜いて、頭を擦る。
振り返ると吉野が鬼の形相でこちらを睨んでいる。
こぇぇぇよ。
僕は、シャーペンを引き出しにしまい、前に向きなおす。
仕方ないじゃん。見ちゃいますよ。
『天井 乙音です。
今日からこのクラスの副担任を務めます。よろしくお願いします。』
『『『おねがっしゃっす!』』』
クラスの男達の調子の良い声が響いた。
-進路指導室-
『天井。あれが、柊だ。』
『事前に聞いていたのと違い、割と抜けていますね。』
天井は、先程の教室でのやり取りを思い出し、少し笑いながら指摘する。
『普段はな。だが、あの”濵口”を二度に渡り迎撃している。
集中力と爆発力が違う。』
『あの様子を見る限り、にわかに信じられませんが。』
『今は、白鞘にスパイとして潜入させている。
が、最近、アイツも忙しくなってきてな。
有名人というか、賞金首というか。
戦闘以外でもいろいろとサポートしてやりたい。
天井は、尾行し、連絡係を頼む。
情報はまず、俺に入れてくれ。』
『了解しました。』
『柊が白鞘で戦闘している場合は、まず様子見だ。俺の指示を待て。』
『彼が死にかけても?』
『…状況によるな。最悪、援護し、柊は、白鞘から回収だ。』
『………随分、気にかけてらっしゃるのですね。』
天井は、一呼吸置いて、高橋に質問する。
『かわいい生徒で愛弟子だ。少々、ひねくれているが。』
高橋は、苦笑する。
『ハンや勝屋は、見捨てられたのに…黒連でも人の扱いに差があるな。』
天井は、ふと思ったが、口には出さなかった。
-午後 体育の授業-
僕は、マラソンを終えて、一人、日陰に腰を下ろす。
黒連や白鞘での任務のお陰か体力は、鰻上りで向上している。
手は抜いたが、クラスの中では、No.2でゴールできた。
以前とは大違いだ。
クラストップの下谷が僕をじっと見ている。
アイツが関西選抜だったっけ。
マラソン中、何度か僕を振り切ろうとペースを変えたが、僕はずっとついて行った。
宇梶や平田みたいな戦闘タイプなら兎も角、一般人に遅れは取らんよ。
下谷とは、視線を合わさず、僕は、心の中で笑う。
コースの方を見ると、まだ、林は走っていた。
体はフラフラ、膝はガクガク。生まれたての小鹿みたいだ。
吐きそうだな………。あっ、吐きやがった。あぁーあ。
しゃあーねぇ、タオルと水、持って行くか。
僕が腰を上げると、
『おぃーす。』
ゆるい挨拶と共に南が近づいてくる。
『おっす。随分な重役出勤じゃねぇか。』
僕は、右手を上げて軽口を叩く。
『まぁ、いろいろあってよ。』
南は、頭を掻きながら笑う。
『正義の味方は、多忙なワケね。』
『まぁ、そうなんだけどよ。
テロリストの嫌いな所は、こちらの事情を考慮せず暴れるところだな。』
『また、黒陽か?』
『うんにゃ、別件だ。そっちが本命なんだが、最近出てこなくてよ。』
『リベンジマッチは、叶わずか。』
『残念ながら。そうだ、柊。
黒連と白鞘以外にも狙われてるぞ。
お前を拉致したい模様。』
『マジかよ。』
僕は、顔をしかめる。
『人気者はツライな。』
『笑い事じゃねぇ。』
頭を押さえながらため息をつく。
『相手の情報ある?』
『外人。ヨーロッパ系の。』
『えっ?中国人じゃなく?』
僕は、聞き直す。
『あぁ、ヨーロッパ系の…なんかの宗教。
結構、有名でさ、あっ、ど忘れした…あれっ、ここまで出てる…』
南が喉を指しながら、眉間にシワを寄せる。
有名所…
『…長老教会?』
『それだ!』
南が、僕を指差す。
『嘘だろ…』
僕は、肩を落とす。
『ネットでも流れてるだろ?宗教旗つーのか、あのマーク。同じマークだったぜ。
俺も月影がなければ、信じない所だが、マジだ。』
南が、右の拳を握り、真剣な目で僕を見る。
『黒連や白鞘みたいのがいるんだ、
あんなデカイ宗教にそういうのが居たとしてもおかしくはないけど。
でも、なんで僕なんだ?
動き始めたのは最近だし、戦闘力だってトップと言う訳じゃない。』
『そこまでは、知らんよ。』
南は、両手でお手上げの仕草をする。
『まぁ、用心するに越した事はないな。それと、お前の他にもう一人狙われてる。
データじゃなくて、報告書の残骸だったから、一部の文字だけ。
少女で名前は、ツキ…なんとか。
悪いがこれだけ、思い当たる節あるか?』
『ツキ…月影、違うな。
白鞘のメンバー…違うな。黒連のメンバー…あいつら本名か?
偽名だとしたら特定できん。
悪い。今は分からん。』
『まぁ、ツキなんとかはついでだ。まずは、お前の命を守る事が優先だぜ。』
『サンキュー。』
『♪~』
チャイムが鳴り、僕らは教室に向かった。
-商店街-
柊が、蟲卑雌を自転車の後ろに乗せて走っていくのが見える。
二人とも笑っている。
”裏切り者”と”機密情報”。何と言うか、シュールだな。
もう少し、危機感を持つべきだろう。
ミナトは、館のジジイから支給された、懐かしい”ガバメント”を回しながら、一人愚痴る。
『ナナ、もっとスピード、アァップ!』
『もう無理だって、エリカ!』
一瞬、柊と蟲卑雌に過去の自分とエリカの姿がダブる。
ミナトは、ため息をつく。
『滋賀に…戻ってくるんじゃなかったな。』
門脇も殺し損ね、また、黒連の子飼いに逆戻り。
仮に長老教会に戻ったところで…
『あぁ~あ、なんでこうなるかな。』
ミナトは、ガバメントを腰に仕舞い、車に乗った。




