31.正義の味方 アナザー2 川島芳子
-正義の味方を続けて、数ヶ月-
学校帰り、草津駅の近くのコンビニエンスストアで話しかけられる。
『始めまして、南 光太郎君。』
髪の長いスーツを着た女性が話しかけてきた。
スーツを着ているが、どことなくだらしない。
茶髪が整っていない性だろうか。寝癖か?
ともかく、親族じゃない。知り合い…でもないな。
『どちら様ですか?』
女性は近寄ってきて、耳元でこう囁く。
『”月影”を造ったものです。』
『!!!』
僕は驚き、一歩後ずさる。
確かにあんな物が自然発生する訳がない。
誰かが造ったのだろうと思ってはいたが…
何で僕だと?僕が持っていると分かったんだ。
ここで変身する訳にはいかない。生身で逃げ切れるか?
『あぁ、気にしないで。
別にあなたを咎めたり、捕らえたりしたい訳じゃないの。
少し、話を聞いてほしいのよ。』
女性は、穏やかに、顔に笑みを湛え、話してくる。
僕は、逃げようかとも考えたが、女性の話を聞く事にした。
万が一、戦闘になったら、変身するしかないが…
女性の後に付いて行き、駅前のスターバックスに入る。
適当に注文し、店内の奥のソファに腰掛ける。
周りからは、微妙なカップルに見えただろう。
『さて、改めて、始めまして。私の名前は、川島芳子。
”月影”の研究、開発、製造の指揮者だったのよ。』
『だった?もう、違うんですか?』
『残念ながらね。』
川島は苦笑する。
『なら、どうして僕に声をかけたんです?』
『実はね。その指揮者をやめた事と関係があるのよ。
少し、長くなるけど、聞いてくれるかしら。
そもそも、”月影”は、とある組織で考案され、研究、
開発されたプロジェクトの一つだった。
つまり、その他にもコンペ…競争相手がいたのよ。
でも、”月影”の優位性は揺るがなかった。
性能的には圧倒的だったわ。
問題は、適合者の不在及びコスト、お金の問題。
そして、採用検討中、何者かに
”月影”のコアユニットを盗まれてしまったの。
そして、回収に手間取っている内に、他社に競争で負けてしまった。
不戦敗という無様な形でね。』
『そうだったんですか…』
なるほど、あの血まみれの男が盗み出し、僕が引継いだという訳か。
『そこで、南君にお願いがあるの。』
急に川島が目を輝かせた。
『私は、”月影”の研究に人生を捧げてきた。
そして、性能上、”月影”は無敵、最強のはずだわ。
きっと、適合者のあなたなら分かってくれるでしょ?
だからこそ、その最強を証明したいのよ。』
『その…つまり…もしかして、その競争相手と戦えと?』
『そう!飲み込みが早くて助かるわ。』
川島が僕の両手を手に取る。
『別に、僕は、最強になりたい訳じゃないですよ。』
川島の手をゆっくりとほどく。
『でも、正義の味方なんでしょ?
”月影”の競合…競争相手だった、
通称”黒陽”は量産化されるみたい。
しかも、悪用される可能性大。
実験的に各地に配置させ、暴れさせるみたい。』
『なんでそんな事が分かる?』
『仮にもそこそこの地位に居たのよ、私は。
今でもある程度の情報は入ってくるわ。
チンピラは倒せても同じタイプの力を持った敵は怖い?
ヒーロー君?』
川島が意地悪く笑う。
『安い挑発ですね。』
僕も笑い返す。
『もちろん。ただでとは言わないわ。
先程、言ったけど、”月影”は盗まれて、紆余曲折を経て、
あなたの元にある。
コアユニット”だけ”の完成”前”の状態でね。
私なら、”月影”をメンテ、サポート、100%の力を
開放させてあげれるわ。』
『今で…、100%じゃない?』
僕は、驚きを隠せない。今でも十分、いや、十二分だぞ。
チンピラ程度では、文字通り手も足もでない。
数度、銃で撃たれたが、傷すらつかなかったぞ。
まだ、100%じゃない…
『一応、今でも稼動自体には問題ないと思うけど…
”黒陽”が相手となると…どうかしら?
あっちも戦闘用の強化スーツだしね。
更に、装着する人間は、軍人らしいわ。その道のプロ。
どう?お互いに退けないと思わない?
私は研究者として…、あなたは、正義の味方として…。』
『今で何%の力が出せているんですか?』
『せいぜい20~30%がいいところよ。』
『はぁ?マジで?』
僕の顔を見て、川島が笑う。
『当然じゃない。あなたがもっているのはあくまで”コアユニット”だけ。』
僕は、右手首にある”月影”のコアユニットを見る。
今までで、ほとんど力が出ていない…
『どう?時間が必要なら、待つけどね。』
『その…”黒陽”が配置されるのはいつ?』
『正確な日程までは開示されていないけど、
恐らく来月か再来月ぐらいから順次、配備じゃないかしら。』
こんな力を持ったのがゴロゴロ、街中で暴れたら…
『一応、連絡先渡しておくわね。いつでも…』
『今からだ!』
『!』
川島が驚く。
『力を手に入れたから、僕は、正義の味方になった。
この力を悪用させる訳にはいかない。
この力の危険性は僕が一番知っている。
サポートをお願いしたい。』
『忙しくなるわよ。』
『上等です。』
僕と川島は、二人で席を立ち、川島の家に向かった。
-川島の家-
川島の家は、南草津駅前のマンションだった。
そこまでは、川島の車で向かったのだが、車は、メルセデス・ベンツだ。
本当に相当な人物だったようだ。
7階の川島の部屋に入る。
『お邪魔します。』
『一人暮らしよ。気にせずくつろいで、正義の味方君。』
『そのさ…、ヒーロー君といい、
正義の味方君とかいう呼び方やめて下さい。』
『ごめんなさい。別にからかっている訳じゃないの。
研究べったりだったんで、あまり、その、空気が読めないのよ。
なんて呼んでほしいの?』
『南でいいですよ。』
『では、南君、早速、変身しちゃって、正義の味方に。
私の”月影”を見せて!』
この人は、本当にもう…仕方ない。
僕は、右手首の緑色のボタン(コアユニット)を押し、変身する。
いつものように銀色に変色、形状変化、最後に緑色のラインが入る。
『うんうん。いいわよ~。
私が最後に確認した時とちょっと形状が変わっているけど。
そうね…
体に違和感ないかしら?
握力はどのくらい出た?
最高速度はいくつ?
変身可能時間は?
変身開始から完了までの時間は?
今まで何回変身した?
装甲の硬度はどのくらい?』
川島の目が輝き、僕の体を舐めまわす様に見て、触る。
『そんな一気に聞かないで下さいよ。
あぁ、もう!くすぐったい!どこ触ってんすか!』
『ごめんなさい。久々でつい、興奮しちゃって…』
口ではそういうものの、川島は、相変わらず僕の体を触り続ける。
変態だ。研究者ってみんなこんなものなのか?
『体に違和感はありません。
握力や速度、硬度を測った事はありません。
今までに20回ぐらい変身しました。
変身可能時間は、だいたい1時間前後。
変身は、今見てもらった通り、
ボタンを押して3秒くらいで完了します。』
川島の質問に一通り、回答する。
『なるほど。なるほど。』
川島は、一人でふんふん、頷いている。
『コアユニットのみでここまで形状を発現、
固定化できるのは大した物だわ。その状態を1時間保持。
あなたは、私が見てきた中で一番、最高の適合者。
いいわ。いいわよ。
今、各部を確認したけど、破損、修復が必要な箇所はなし。
メンテナンスは今のところ必要ないわね。
早速、付属、追加パーツの接続、設定をしましょう。』
『いきなり、そんな簡単にできるもんなんですか?』
僕は、拍子抜けする。
『乱暴に言えば、パソコンのソフトのインストールみたいな物よ。
ちょっと待ってね。』
川島は、部屋のパソコンを起動させ、なにやら準備している。
『このまま変身しておけばいいんですか?』
『うん、そのまま、そうそう。
このケーブルをコアユニットに接続して頂戴。』
川島がこちらを見向きもせず、ケーブルを投げつけてくる。
ん?どうやって接続するんだ?
僕が戸惑っていると、コアユニットとケーブルが引き合って自動的に接続した。
『OKよ。』
川島が、言うや否や、急に僕の視界が歪んだ。
『なっ!』
『動かない。大丈夫だから。』
『…はい。』
視界にパソコンのウィンドウのような物が勝手に開き、消え、また、開く。
『10分くらいで完了するから。ちょっと、我慢して頂戴。』
『はい。』
耳の奥で何かがカリカリ言ってる。
本当にインストールしているんだな。パソコンになった気分。
それと同時に気分が上がってくる。なんだろ、ふわふわタイム。
『OK!完了。ケーブルを抜いて、一度、変身を解いて頂戴。』
言われたままに僕は従う。
『ふぅ~。』
なんだか体が暑い。喉も渇いた。
『一息、つきましょう。』
川島が僕をリビングに案内する。
随分と生活感のないリビングだ。
開封していないダンボールが転がっている。
『何飲む~?』
『なんでもいいですよ。』
『ビールとボルビックしかない。』
『それ、選択肢ないですよね。』
『大丈夫、変身したらアルコールなんかすぐに分解できるわ。』
『ボルビックでお願いします。』
『正義の味方は、真面目ね。本当に大丈夫なのに。
私の”月影”なんだから、大丈夫だって。』
『僕は、ボルビックがいいんです!』
『はいはい。』
気だるげにボルビックのペットボトルを投げてきた。
この人、ホント、研究以外、ダメ人間なんじゃないか…
『さて、”月影”についてもう少し、説明しましょうか。』
川島は、ビールのカンを片手に話し始めた。
まだ、昼間だぞ…
『是非、お願いします。』
少々、げんなりしながら、僕は、返答する。
『そもそも、”月影”というのは、
黒連という組織において、
二つの目的があって開発され始めたの。
1.国内の陰陽士の絶滅
2.対隣国決戦兵器。』
『陰陽士?』
なんか急におかしな話になってきたぞ。
『信じられないかもしれないけど、あの安倍晴明の陰陽士よ。』
『マジっすか…』
まぁ、僕の”月影”も十分、常識外れだしな。
陰陽師が居てもおかしくはない、か。
『対隣国は…テレビでもやってるでしょ。
不法入国とか領海侵犯とかのあの国とかよ。
戦争も想定してるのよ。』
それで、装甲強度、硬度が気になるわけか…ん?戦争?
『国内には、黒連という組織と対立する組織として、
白鞘という組織があるの。
どちらにも陰陽士が存在していて、
まぁ、それを快く思ってない人達がいる訳よ。
なんとかして、そいつらの数を減らしたいけど、
そいつらは、かなり強い。超能力を使うのよ。陰陽術。
私も動画でしか見た事ないけどね。
そこで、”月影”のような装甲スーツが
開発されることとなりましたとさ。』
『じゃあ、”月影”って暗殺や殺害、戦争の兵器になる予定だった?』
『そうよ。』
平然と川島は答える。
『日本が戦争を?そんなバカな!』
『まぁ、普通の教育を受けてればそういう反応になるわね。
でも、事実。すでに、第2次世界大戦以降、何度か戦争してるわよ~。
民間に情報を流さないだけ。
日本の借金が爆発的に増えるのは、政治家が無能なだけだと思った?』
ビールを飲み干し、次の缶に手を伸ばしながら、川島は続ける。
『そうですか…そうなんですか…』
僕は、言葉が続かない。
『だから、さっき話した”黒陽”が採用されたのよ。
性能で勝る”月影”ではなくてね。
コストが安く、一般人にも装着可能、既存の兵器との互換性有り。
既に量産体制、設備有り。
戦争するには、うってつけ。
某国にもライセンス生産させる事で開発費の回収も簡単でしょうよ。
賄賂ばら撒き、国債、借金返済も視野に入ってくるわなぁ~。ケッ!』
最後に、川島は毒を吐いた。
やはり、悔しいんだな。少し、笑ってしまう。
しかし、スケールがでかい。
いきなり、戦争…正義の味方って問題ではなくないか…
『あら、怖気付いちゃった?
別に、あなたに一人で戦争してほしいわけじゃない。
敵を絶滅させてほしいわけじゃないわよ。』
『分かってる。あくまで”黒陽”の破壊だろ?』
『そうそう、視野を広げすぎるのは危険よ。
目的をしっかり持ってね。ブレちゃダメよ。』
指を立て、川島が指摘する。
『”黒陽”が動くまでまだ時間があるよな。』
『えぇ、あと、1ヶ月ちょっと。何か、思いついた?』
『あぁ、”月影”の試運転も兼ねて件の陰陽士と対決してみたい。
多少なりとも、経験にはなるでしょ?』
『なるほど。いいアイディアね。
ちょっと待ってね、確か…』
川島が部屋を出て行く。何か探しに行ったようだ。
数分後、戻ってきた川島は一つのファイルを持ってきた。
『”月影”、”黒陽”の性能確認用に
何人かの陰陽士と対決させる予定だったのよ。
これが、そのリスト。やってみる?』
僕は、リストをパラパラとめくる。
驚く事に知った顔と名前が記載されている。
『こいつとやってみるよ。』
リスト内の一人を指し、僕は、川島に宣言する。
『あら、知り合い?…同じ高校ね。』
『あぁ、知っている。』
”柊 恭一”。
同じクラスの劣等生。まさか、あいつが陰陽士だったとは。
普段は、三味線弾いているという訳か。
僕は、右手を強く握り、コアユニットを見ながら笑った。