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30.悪の手先 その十二 蟲卑雌(ムシヒメ) 様

-学校-


 『担任の内田先生が産休に入られた。


  今日から私が担任、ホームルームをする。』


 朝一、クラスにいきなり高橋が入って来て宣言する。


 そう言えば、クラスの女子がなんか言ってたな。


 男の子だかなんだか…、興味がないので聞いてなかったが。


 自分自身の安全すら保障されてませんし、それどころじゃない。


 『もう一つ、今日からクラスに編入する子を紹介する。


 入りなさい。』


 『おぉ~。』


 クラスの男子がざわめく。


 『吉野 桜です。よろしくお願いします。』


 腰までロングの黒髪、こいつが連絡のあった”吉野 桜”か。


 確かに色白で顔立ちはきれいな方だが、いかんせんガリガリだ。


 異常に細い。そして、なにより左手首に包帯を巻いてる。


 まさか、リストカットとかしてねぇだろうな。


 目も虚ろだ。笑顔のはずが笑ってねぇ。


 自分自身、一杯一杯で極力関わりたくないのに、


 こんなんのサポートしなきゃいかんのか…


 『席は、そうだな。柊の後ろに座りなさい。』


 高橋が僕を指差す。


 『はじめまして。』


 吉野は、弱々しく挨拶をする。


 『柊です。よろしく。』


 僕は、笑って挨拶する。


 うわっ、左手の包帯が嫌でも目に入る。嫌過ぎる。


 後ろに座られると落ち着かない。


 ゴルゴの気持ちが分かるわ。このザワザワ感。


 『吉野さんは、体が弱いそうだ。


  あぁ、そう言えば、このクラスの保健委員は柊だったな。


  後で場所を教えてあげなさい。』


 げっ、そうでしたね。


 一番、楽そうな委員を選んだはずがここで裏目に。


 『…わかりました。』

 

 僕は、渋々、返事をする。

  



-昼休み-


 『あの…、すみません、柊さん。保健室に行きたいのですが…』


 僕が林と飯を食っているのに…空気も読まず、のたまいやがる。


 このアマァ…


 『私が案内しましょうか?』


 宇梶が僕に気を使って、提案する。


 ナイス!宇梶!


 『いえ、私は、柊さんに案内して頂きたいのですが…』

 

 『柊君、ご飯食べてるでしょ、だから…』


 『私は、今!柊さんに!お願いしているんです!』


 『…………』 


 クラスに重い沈黙が訪れる。

 

 林が目で、僕に合図を送る。


 仕方なく、チョココロネを咥えながら、僕は首を縦に振る。


 こいつ……、協調性ってヤツをだな。


 上履きのかかとを踏み、ぺたぺた歩く僕の後ろを静かに吉野は着いて来る。


 この沈黙が嫌だ、後ろの視線が。


 『白鞘の……術者ごときが……私に指示を……』


 なんか後ろでブツブツ言ってる。


 もう、マジ勘弁してくれよ。


 保健室が遠い…




-保健室-


 『あのさ、もう少~し、クラスでは目立たないようにしてくんない?』


 保健室が、吉野と2人である事を確認してから僕は、話しだす。


 『白鞘ごときと馴れ合う必要がありますか。』


 吉野は、自らの髪をいじりながら即答する。


 『僕の立場を考慮してほしいんだけど。』


 『柊さんが、私への接し方を改善すべきです。』


 あんた、何様?マジ、お姫さまかよ…


 『そりゃ、君の保護も任務ですよ。けどね…』


 『私を優先して下さい。』


 『だからね…』


 『私を最優先すべきです。分かってますか!柊さん!』


 『ですよねー。』


 ダメだ、コイツ。早くなんとかしないと。

 

 しかもなんで、僕がキレられてんの?


 日本語も通じねぇ。


 なんつーもんを寄越したんだ、カラスめ…


 『では、早速、お願いします。』


 吉野は、言い終わるが早いか左手首の包帯を解き始める。


 細く白い手首に予想通り、無残なリストカット痕がある。


 思わず僕は、目を逸らす。


 『僕は…、具体的にどうすればいい?』


 『私の血液を採取します。その後、傷の治癒をお願いします。』 


 吉野は、ポケットから、小さな空ビンとカミソリを出す。


 慣れた手つきで、躊躇う事なく、自らの左手首をカミソリで斬る。


 だが、傷口からは、血よりも先に蟲が…ウジ蟲のような物が出てくる。


 『うげっ、な!』


 僕は、とっさに右手を構える。


 『大丈夫です。他人は襲いませんから…』


 ビビる僕とは対照的に吉野は、穏やかに答える。


 蟲は、震え始め、血のような物を吐き出し始めた。


 吉野は血をこぼさぬようを空ビンに入れていく。


 『私の家系は、蟲寄りなんです。


  蟲師とも言います。聞いた事ありませんか?


  こうやって、蟲を寄生させる事により体内で


  特殊な液体を精製します。


  その血を、液体を売る事で生計を立ています。


  私達に効果はありませんが、一般の方には珍味で、


  老化停滞の効果もあるそうです。


  高価ですし、希少なものだと術に使われる事もあるそうです。』


 『見た目がグロいんだが…』


 『それは慣れて下さい。これ以外に採取する方法がありませんので…』


 吉野が苦笑する。


 戦闘でケガをするのとはまた、違った痛みを連想させる。


 『僕が言うのもなんだが…、仕事は選んだ方がいいぞ。』


 『………』


 吉野は、何も答えない。


 蟲が血?液体?を吐きだし終えて、吉野の体内に戻っていく。


 吉野の左手から血が噴出し始める。


 『すみません、治癒をお願いします。』


 『お、おう。”慈恩”』


 吉野の左手首に手をかざし、術を施す。


 今回の傷はふさがったが、以前からある傷までは治せない。 


 かなりの数の傷跡がある。


 僕は、たまらず吉野に提案する。


 『その~、こんな仕事、やめたほうがいいぞ。


  顔色が良くないのもこれの性だろ?


  せっかく、美人なのにもったいないよ。』


 一呼吸置いて、吉野が話し始める。 


 『あなたになにがわかるんですか。

 

  あなたのように先天性の天賦の才を持ってないんです。

 

  あなたのように選択肢がないんです。


  こういう生き方しかできないんです。


  ずっと、こうしてきたんです。


  これからもずっとこうしていくしかないんです。


  親も!私も!私の子供も!』


 『………』


 僕には、返す言葉が見つからない。


 『すみません、その…、…ごめんなさい。』


 吉野は、うつむき僕に頭を下げる。


 『ごめん、僕も…その…知らなくて…』


 罪悪感や無力感、いろんな感情がごっちゃになって泣きそうになる。


 『知らなくていい事もあります。知りたくない事も…


  柊さんの任務も知ってます。


  ですが、血液が採取できるタイミングもランダムなんです。


  無理を言いますが、お付き合い願います。』


 『…分かった。』


 知るんじゃなかった。知りたくなかった。


 カラスは、高橋は、この事を…知っているんだろうな。


 くそっ、胸糞悪ぃ。


 くそっ、くそっ、くそっ!




 『普通に高校生して普通に大学に行きなよ。


  行けるんだから。』


 『そっか…。良かったじゃん!』


 『家柄が…家系がそういう家系なの。』


 以前、熊野が、宇梶が僕に言ったさりげない一言が僕の胸をえぐった。




 僕は、特別で…


 力を手に入れて…


 選ばれた人間で…


 でも、無力な高校生のままだ。




-自宅-


 その夜、横になりながら考える。


 なんとかならないのか。

 

 少しでもいい方向に。あまりにも不幸すぎる。


 宇梶が言った。僕はイレギュラーだと。


 吉野が言った。僕には天賦の才があると。


 できるはず、できるはずだ。


 体を起こし、パソコンを立ち上げる。


 USBメモリを読み込み、黒連の術の教本を起動させる。


 『坊や、やめときな。』


 左手から”テケテケ”の声が聞こえた。


 『どういう事だ?』


 僕は、術のリストを見つつ、聞き返す。


 『あの娘はねぇ、まぁ、あの一族といった方がいいかねぇ。


  ずっと、あぁやって生きている。ずぅ~っとね。


  それこそ、坊やや、あたしが生まれる前から蟲師の一族なんだ。


  そうやって、この世界と付き合っているんだ。


  今更、戻れないさね。戻れっこない。


  私も見たけどが、あの娘も、もう戻れないよ。手遅れさねぇ。』


 『手遅れとは?』


 『体内に蟲を飼ってる。そりゃあ、もう、体中に。


  今更、普通の体には戻れないよ。』  


 『あんた、黒連、白鞘の術を全部知っているのかよ?』


 『ははは、そりゃあ、全部を知らないけどねぇ。


  蟲師が足を洗ったなんて話、聞いた事がないねぇ。』


 『前例がないだけだ!僕が初めてに、吉野が初めてになってもいいはずだ!』


 『例え、あの娘が蟲師じゃなくなっても、また、新しい蟲師が生まれるだけさ。


  その娘はどうするんだい?』


 『正論が聞きたいわけじゃねぇ。僕は、吉野を救いたいだけだ。』


 『本当にそれが救いになるのかねぇ?あの娘がそれを望んだのかい?』


 『…………』


 くそっ、面倒臭い。禅問答だ。


 『あいつだって言ってたろ、選択肢がないって。


  なら、僕が選択肢を、選択肢のひとつになってもいいはずだろ!』


 『おやおや。坊や、屁たれかと思ってたが、中々どうして。ひひひ。』


 『力を貸してくれ。このリストの中で効きそうなやつはあるか?』


 『あたしを発現させな。』


 『百鬼夜行テラーテイル テケテケ。』


 左手がどす黒く光り、鎌が出現する。


 心なしか、以前より鎌の刃が光りを増している。


 『ふ~む………、あぁ、これだ。


  ”玲呪”っていうのがあるだろ、こいつが、呪いを断ち切る術さ。


  もしかしたら、もしかするかもだ。』


 『サンキュー。”玲呪”だな。他に心当たりは?』


 『もう一つは、かなりの精度と練度がいるがねぇ。


  あたしを使いこなして見せな。鎌ってのは、紡ぎを、繋がりを断ち切るもんだ。


  坊やが、稀代の術者ならば、あの娘から蟲だけを切り裂く事ができるさね。』


 『いいじゃん!いいじゃん!


  2つも選択肢がある!どちらも僕の努力次第ってワケだ。


  いいぜ、俄然、ヤル気が沸いてきたぜ。』

 

 『できるとは言い切ってないよ、坊や。』


 『僕、一人じゃ、その案すらでなかった。前進だよ、すげえ、前進。』 

 

 『やれやれ、現金な坊やさねぇ。』


 よし、今から特訓だ。


 あの森にもう一度行こう。


 術は無理でも鎌は練習できる。


 僕ならできる。僕が、吉野を救うんだ!

 

 スウェットを脱ぎ、手早く着替え、僕は家を出た。 


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