10.正義の味方 その二 今宵、月が見えずとも
『柊君、柊君。起きて!』
『う、あぁ、ん?なんで宇梶さん?』
僕はわざと寝ぼけた振りをする。
『起きて、練習!術を習いに来たんでしょ。早く起きて!』
宇梶に布団をひっぺがされる。
意外に乱暴だなぁ。
ホッペにチュウぐらいしてくれてもいいのに。
首をこきこき鳴らしながら起き上がる。
『寝すぎ。さっと、起きて。』
宇梶が文句を言いながら、布団を手早く片付ける。
そりゃ、最初は、狸寝入りだったんでね。
リビングに戻ると、そこには新堂しかいなかった。
『あれ?御門野さんは?』
『仕事で出られました。
術の講義は私が担当します。まず、コレを持って下さい。』
新堂がテーブルの上に置かれた小さな斧のような物を指す。
『なんですか?これ?』
『霊斧 フクロウです。術の効力を上げる事ができます。
しばらくは、これを持って、術を使ってもらいます。』
僕は、それを持ち上げるが、別段、何も感じない。
黒連ではこのようなものは支給されなかったな。
『では、1つ目、”慈恩”について。
怪我した部位、患部に手をかざし、この文字を描き、詠唱します。
”恵みを我らに、今一度、慈恩”。やってみて下さい。』
そう言うが早いか、
新堂は、自分の手のひらをナイフで切る。当然、血が出てくる。
『お、おいっ!』
『はやくお願いします。』
新堂の目は真剣だ。
『は、はい。”恵みを我らに、今一度、慈恩”。』
新堂の手が淡く緑色に光り、傷がふさがっていく。
『お見事です。最初でここまでできるのは驚きです。』
『どうも。でも、やる時はやるって言ってくれ。
僕にも心の準備ってもんがある。』
『でも、結構、冷静だったじゃないですか。』
『心臓がバクバク言いっ放しだよ。』
僕は、なんとか笑って返す。
危ないな、コイツ。
『では、2つ目です。”硬針装”。
今日は、私の右手を強化して下さい。私の手の甲にこの文字を描き
”何者も拒む、硬き意思、硬針装”。どーぞ。』
『”何者も拒む、硬き意思、硬針装”。』
新堂の手が淡く紅色に光る。
新堂はソファから立ち上がり、台所へ。その場にあったりんごを掴む。
『よっ!』
バグッ!りんごは、見事に割れた。
『おぉー。』
僕は、拍手する。
『順調ですね。3つ目 ”鋭針装”。メガネを外してもらえますか。』
言われるまま、僕は、メガネを外す。
目の前の新堂の顔すらぼやける。
『両目を手のひらでふさいで詠唱して下さい。
”見ろ風の動き、聞け草木の響き、鋭針装”。』
『”見ろ風の動き、聞け草木の響き、鋭針装”。』
『手のひらをどけてみて下さい。』
『おぉ!見える!めっちゃ視力が上がってる。』
新堂の顔も、窓の外の景色もくっきりと。
すげぇ、感動する。
メガネフリー。
興奮する僕を見て新堂は笑う。
『最初は、対象を触りながらでないと使えませんし、
強化部位も限られます。
使用して行くうちに体全体に影響を及ぼす事ができますよ。』
『分かった。ありがとう。あり?』
急に視力が落ちてきた。
『最初ですから、持続時間も短いんですよ。
訓練して持続時間を延ばして下さい。今日は以上です。
遅くなると親御さんも心配するでしょう。お開きにしましょう。』
『ありがとう。じゃ、また。』
そう言って、僕は部屋を出た。
『プルル、プルル、ピ!あ、新堂です。
今、柊君を帰しました。予想以上です。
今日一日で3つとも発動させました。3つともですよ!
1つでもうまくいけばいい方だと思っていたのですが。
いつでも同行できると思います。』
『うれしい誤算ね。すぐに仕事を手配するわ。』
『はい。では、失礼します。』
でも、覚えるのが早すぎる。
まるで、陰陽術を以前に使った事があるみたい。
新堂はふと思った。
-マンションからの帰路-
黒連と白鞘。陰陽術と一口に言っても傾向が違うな。
黒連は、攻撃、かく乱系。術には、詠唱と円陣、魔方陣を必要とする。
白鞘は、治癒、強化系。術には、詠唱と梵字みたいなものを必要とする。
お茶で言うところの表千家、裏千家みたいなもんか。
まぁ、いいさ。僕はどちらも使えるんだ。
今までとは違う。
僕は、特別なんだ。
自然にこぼれる笑み。
今夜は、新月。
薄暗いが、自転車のスピードは上がっていく。
-その夜-
カラスがやってきた。
『どう、白鞘の初授業は?』
『3つの術を教わったよ。
”慈恩”、”硬針装”、”鋭針装”。治癒系と強化系だ。』
『メンバーの紹介とかは?』
『リーダー挌の御門野という女、僕の教育係の新堂という女、
そんで遠藤を返り討ちにした宇梶の3人にしかまだ会っていない。』
『御門野ね。』
『知っているのか?』
『結構な有名人よ。腕も立つし、頭もキレる。
でもって、エゲツない。そいつには、気をつけてね。』
『そんな気はしたな。なんとなくだけど。』
『新堂という女は聞いた事ないわね。どんな感じ?』
『制服を着ていたから学生だと思う。
どちらかと言えばお嬢様系かな。髪は茶色がかったパーマ。
制服は、白地に紺のライン。私立高かな?
どこの高校かまではわからなかった。』
『OK。こちらで調べておくわ。』
『そうそう、持ち帰らせてくれなかったが、
霊斧 フクロウというものが支給された。知ってるか?』
『詳しくは知らないけどね。
白鞘のメンバーは、個人の適性に合わせて
何らかの道具を持つ事が多いわね。』
『ふぅーん。御門野は、霊槍 コガラシを持っていた。』
『次回の参加は、いつになるの?』
『現時点では連絡なし。僕の成長具合を見て決めるとさ。』
『なるほど、黒連の計画とブッキングするとマズイわね。
本部に掛け合って、門脇の件は、調整するわ。
柊は、白鞘を優先して頂戴。』
『了解。』
『ブブブ。』
携帯が鳴った。メールだ。
『噂をすれば、なんとやらだ。』
カラスにメールを見せる。
『宇梶です。夜分遅くにすみません。
明日の放課後、草津市役所 地下2階の第2倉庫に集合願います。』
『初仕事ね。頑張って。』
カラスが笑う。
『頑張ってくるよ。』
僕も笑った。




