第8話 崩れる王都
王都
ルクスバリア
は、目に見えて壊れ始めていた。
中央市場。
かつて人で溢れていた通りには、
閉じられた店が増えている。
「本日休業」
その札が、
まるで伝染病のように広がっていた。
荷が来ない。
物がない。
売れない。
商人たちは次々に店を畳み、
労働者は仕事を失っていく。
「仕事をくれ!」
「三日も食ってねぇんだぞ!」
「もう終わりだ……」
広場には失業者が溢れていた。
倉庫街も酷かった。
本来なら、
何百台もの荷馬車が行き交う場所。
だが今は静かだ。
積荷は半分以下。
御者たちは煙草を吸いながら愚痴をこぼす。
「北部ルートが死んでる」
「南も動かねぇ」
「保険契約が切れたせいだ」
誰もが苛立っていた。
原因が分からないまま、
王都全体が麻痺していく。
貴族社会も崩れ始めていた。
「そちらの商会が契約を反故にしたのでしょう!」
「違う! そちらが支払いを止めたんだ!」
晩餐会では怒鳴り合い。
派閥同士の責任転嫁。
笑顔の裏で、
互いを疑い始めている。
もはや社交界ではなく、
沈む船の席取り合戦だった。
王城でも空気は最悪だった。
「税収減少、前月比三二%」
「港湾物流、半停止状態」
「地方領主から救援要請が――」
報告が飛び交う。
王太子
ユリウス・アルヴェイン
は顔を歪めた。
「なぜこんなことになる!」
誰も答えられない。
財務官僚たちは目を逸らす。
答えを知っているからだ。
その時。
若手官僚
アレン・フォルク
が震える声で言った。
「殿下……」
「何だ」
「ヴァレンシュタイン家との再交渉を行うべきかと」
部屋が静まり返る。
ユリウスの顔が険しくなる。
「……今さら戻れと言うのか?」
誰も口を開けない。
プライドが邪魔をする。
だが現実は、
そんなものを待ってくれなかった。
グランツ宰相
グランツ宰相
が低く告げる。
「戻すしかありますまい」
老宰相の目は冷静だった。
「今の王国には、
あの娘の代わりが存在しない」
ユリウスは拳を握る。
屈辱だった。
婚約破棄した相手を、
自分から呼び戻すなど。
だが、
もうそんなことを言っている状況ではない。
「……使者を出せ」
重い声だった。
「エレノアを呼び戻せ。
条件は問わん」
官僚たちが慌てて動き出す。
馬を準備し、
北街道へ伝令を走らせる。
その頃。
王都から遥か北。
雪原を進む巨大な荷馬車隊があった。
白い息。
軋む車輪。
吹雪の中を、
黒い列が静かに進んでいく。
先頭車両の中。
エレノア・ヴァレンシュタイン
は書類を読んでいた。
揺れるランタンの光。
隣では
シャルロッテ
が苦笑している。
「……そろそろ王都が泣き始める頃ですね」
「でしょうね」
淡々とした返答。
まるで天気の話だった。
その時、
後方から騎馬の音が近づく。
「使者です!」
護衛が叫ぶ。
だが、
エレノアは視線すら上げない。
「止まりません」
「ですよね」
荷馬車隊は速度を落とさず、
雪原を進み続ける。
数時間後。
王城。
伝令騎士が息を切らしながら飛び込んできた。
「申し上げます!」
ユリウスが立ち上がる。
「どうだった!」
騎士は青ざめた顔で叫んだ。
「ヴァレンシュタイン公爵令嬢一行、
既に北方街道を越えております!」
一瞬の沈黙。
そして。
「追いつけません!」




