第7話 聖女の違和感
王都
ルクスバリア
には二つの顔がある。
一つは、
王城周辺の華やかな世界。
白い石畳。
煌びやかな店。
笑う貴族たち。
そしてもう一つは、
決して貴族が近づかない場所。
下層区。
聖女
ミリア
がそこを訪れたのは、
半ば衝動だった。
「本当に大丈夫なんでしょうか……」
最近ずっと、
胸騒ぎがしていた。
市場の値上がり。
王城の慌ただしさ。
疲れ切った官僚たち。
誰も「問題ない」と言う。
けれど、
本当に問題ないなら、
どうして皆あんな顔をしているのだろう。
石畳が途切れる。
空気が変わる。
湿った臭い。
古びた建物。
痩せた子供たち。
ミリアは思わず足を止めた。
「……え」
そこにいたのは、
彼女の知らない王都だった。
炊き出しの列。
咳き込む老人。
空になった食料箱。
道端で座り込む母親。
「パンはまだか!」
「昨日より減ってるじゃねぇか!」
「押すな!」
怒号が飛び交う。
兵士たちも苛立っている。
今にも暴動になりそうな空気だった。
ミリアは呆然とする。
「どうして……」
王都は豊かなはずだ。
誰もがそう言っていた。
なのに。
どうしてこんなことになっているのか。
彼女は急いで炊き出し場へ向かった。
「大丈夫ですか!?」
癒やしの魔法を使う。
淡い光が病人を包み込む。
周囲から歓声が上がる。
「聖女様だ!」
「助かった……!」
だが、
ミリアの胸は重かった。
治しても、
また病人が増える。
食べ物がない。
薬も足りない。
根本が壊れている。
その時。
近くで座っていた老人が、
掠れた声で言った。
「嬢ちゃん」
ミリアが振り向く。
年老いた商人だった。
使い古された外套。
荒れた手。
長年、物流に関わってきた人間特有の目。
「どうして急にこんなことに……?」
ミリアが聞くと、
老人は苦く笑った。
「急じゃねぇよ」
「え……?」
「皆、知らなかっただけだ」
老人は空になった荷車を見る。
「北部の穀物も」
「薬の流通も」
「冬の備蓄も」
ゆっくり続ける。
「あの令嬢が支えてただけだ」
ミリアの呼吸が止まる。
令嬢。
それが誰を指すのか、
すぐ分かった。
エレノア・ヴァレンシュタイン
。
婚約破棄された、
“悪役令嬢”。
ミリアは小さく首を振る。
「でも、エレノア様は……」
冷酷で。
厳しくて。
皆に嫌われていて。
ユリウスも、
「人の心がない女だ」と言っていた。
老人は鼻を鳴らす。
「そりゃ怖ぇ女だったさ」
意外な答えだった。
「値切りは許さねぇし、
契約違反には容赦ねぇ。
商人からすりゃ悪魔みてぇな人だった」
だが。
老人は遠くを見るように続ける。
「でもな」
「冬に飢えることもなかった」
「薬が消えることもなかった」
「荷が止まることもなかった」
静かな声だった。
「怖ぇけど、信用はできた」
ミリアは何も言えない。
胸の奥がざわつく。
あの日の舞踏会。
エレノアは、
最後まで取り乱さなかった。
まるで、
全て分かっていたみたいに。
老人が立ち上がる。
「嬢ちゃんは優しいな」
「……」
「でも、優しいだけじゃ腹は膨れねぇ」
その言葉が、
ミリアの胸に深く刺さった。
帰り道。
夕暮れの王都を歩きながら、
ミリアは初めて考えていた。
自分は、
本当に何も知らなかったのではないかと。
そして初めて。
彼女は、
エレノア・ヴァレンシュタイン
という女を意識した。




