第6話 悪役令嬢の置き土産
王都
ルクスバリア
の空気が変わり始めていた。
誰もが、
なんとなく気づいている。
何かがおかしい。
市場の品は減り、
商人たちは苛立ち、
貴族たちは落ち着きを失っていた。
だがまだ、
本当の原因を理解している者は少ない。
王城西部。
鉱業管理局では朝から怒鳴り声が響いていた。
「西方鉱山が操業停止だと!?」
役人が青ざめた顔で報告書を差し出す。
「融資元が撤退しました! 採掘用魔導機材の維持費も払えません!」
「代替資金は!?」
「ありません!」
机を叩く音。
怒号。
混乱。
西方鉱山は王国最大級の魔鉱石供給地だ。
そこが止まる。
それはつまり、
魔導工業停止
武器生産低下
流通機能悪化
すべてに繋がる。
だが問題は、
誰もその連鎖を把握できていないことだった。
同じ頃。
中央商業区。
巨大商会の看板が、
次々と王都から消え始めていた。
「南部交易商会、本部移転」
「ルーメル貿易、契約停止」
「北方運輸組合、営業縮小」
張り紙を見ながら、
商人たちがざわめく。
「おいおい……」
「なんで皆逃げてる?」
「王都だぞ、ここ」
しかし、
大手商会ほど理解していた。
この国はもう危ない。
そして彼らは、
感情ではなく利益で動く。
沈む船から降りるのは当然だった。
税務局も地獄だった。
「税収が前月比二割減です!」
「なんでだ!」
「商会活動縮小と物流停滞の影響で……!」
役人たちは叫び合う。
だが、
叫んだところで金は増えない。
王都全体が、
少しずつ窒息していた。
それでもなお、
多くの貴族は現実逃避していた。
「一時的な混乱だ」
「そのうち戻る」
「ヴァレンシュタイン家が異常だっただけ」
そう。
彼らはまだ勘違いしている。
エレノアが“壊している”のだと。
違う。
エレノア・ヴァレンシュタイン
は何もしていない。
商会を煽ってもいない。
物流を襲ってもいない。
陰謀も破壊工作もない。
ただ、
抜けただけだ。
その結果、
王国が勝手に崩れ始めている。
それが何より恐ろしかった。
そして。
王城最上階、
王族会議室。
重苦しい空気の中、
緊急会議が開かれていた。
王族。
大貴族。
軍部。
財務院。
誰もが険しい顔をしている。
「北部輸送の復旧はまだか!」
「商会側が契約再開を拒否しています!」
「だから代替を使えと言っているだろう!」
怒鳴り合いが続く。
その中心で、
王太子
ユリウス・アルヴェイン
は苛立ちを隠せなかった。
「たかが一人抜けた程度で、なぜここまで混乱する!」
誰も答えられない。
その時。
低い声が会議室に落ちた。
「……理解できていなかったのだな」
全員が振り向く。
そこにいたのは、
王国宰相
グランツ宰相
。
老齢の政治家は、
静かに資料を閉じた。
その目だけが鋭い。
「宰相、何か分かったのですか?」
問いに対し、
グランツはゆっくり息を吐く。
「商会」
「物流」
「軍部補給」
「鉱山融資」
「地方税収」
一つずつ言葉を並べる。
「全てが、一人を中心に繋がっていた」
部屋が静まり返る。
ユリウスが眉をひそめた。
「何が言いたい」
グランツは窓の外を見た。
遠くに見える王都。
繁栄の象徴。
だが今は、
少しずつ腐り始めている。
そして老宰相は、
静かに呟いた。
「……あの娘が国家の心臓だったか」




