第47話 失ったもの
王城は、
静かだった。
かつては。
貴族たちの笑い声。
楽団の演奏。
使用人たちの足音。
華やかな空気で満ちていた場所。
だが今は違う。
ルクスバリア
王城内部。
廊下を歩く人間は少ない。
残っているのは、
疲弊した兵士と、
逃げ遅れた使用人ばかり。
窓の外では、
王都が燃えていた。
赤い炎。
黒煙。
遠くから聞こえる悲鳴。
まるで別世界だった。
その崩壊した城を、
一人の男が歩いている。
ユリウス・アルヴェイン
。
顔色は悪い。
目の下には深い隈。
数ヶ月で、
別人のようにやつれていた。
以前の彼は、
何も見ていなかった。
国家運営。
財政。
物流。
民衆。
全部。
誰かが勝手に回していると思っていた。
だが今。
現実が、
全部目の前にある。
財務院。
扉を開ける。
中は酷かった。
書類散乱。
空の金庫。
怒鳴り合う官僚。
「予算が足りません!」
「だから金がないと言っているだろ!」
「軍への支払いは!?」
「不可能だ!」
ユリウスは呆然と立ち尽くす。
金がない。
本当に。
王家にはもう、
国家を支える金すら残っていなかった。
さらに軍部。
廊下で兵士たちが揉めている。
「俺たちは王家につく!」
「ふざけるな!
改革派が正しい!」
「裏切り者!」
怒声。
殴り合い。
軍すら割れていた。
そして。
貴族たちは逃げ始めている。
昨日まで忠誠を誓っていた人間たちが、
今は財産だけ持って王都を出ていく。
誰も王家を守らない。
誰も責任を取らない。
ユリウスは初めて理解する。
王族とは。
何もしなくても守られる存在ではない。
守る価値がなくなれば、
誰も支えない。
王城を出る。
下層区へ向かう。
そこにあったのは、
さらに酷い現実だった。
飢えた子供。
崩れた店。
倒れた老人。
食料を奪い合う群衆。
民衆は苦しんでいた。
そして彼らは、
王家を憎んでいた。
「全部貴族のせいだ!」
「俺たちを見捨てやがって!」
石が飛ぶ。
護衛兵が慌てて庇う。
ユリウスは何も言えなかった。
言い返せない。
全部、
事実だからだ。
夜。
王城書庫。
避難準備の混乱で、
誰もいない。
ユリウスはふらつくように棚を見ていた。
その時。
一つの箱が目に入る。
『王都改善提案書』
差出人。
エレノア・ヴァレンシュタイン
エレノア・ヴァレンシュタイン
。
ユリウスの手が止まる。
箱を開ける。
中には大量の資料。
穀物備蓄改革案
地方税制改善
軍補給再編
商会流通最適化
技術投資計画
労働改善提案
どれも詳細だった。
予算。
効果予測。
リスク管理。
全部書かれている。
しかも。
日付は数年前。
ユリウスは震える手で資料をめくる。
そこには、
彼自身の書き込みが残っていた。
『不要』
『後回し』
『そこまで必要か?』
『面白みに欠ける』
息が止まる。
全部。
全部。
昔の自分が無視したものだった。
もし、
これを読んでいれば。
もし、
耳を傾けていれば。
王国はここまで壊れなかったかもしれない。
ユリウスは崩れるように椅子へ座る。
そして。
初めて認めた。
「……エレノアを失った時点で」
声が震える。
「国は終わっていた」
静寂。
外ではまだ、
王都が燃えている。
だが。
本当の崩壊は、
もっと前から始まっていた。
そして深夜。
ユリウスは、
一人で王城を出る。
護衛なし。
王太子の装飾も外した。
もう。
ここにはいられなかった。
背後で、
崩壊寸前の王都が燃えている。
彼は振り返らない。
ただ。
雪の降る夜道を、
一人で歩き始めた。




