第20話 辺境の灯
冬は相変わらず厳しかった。
吹雪は止まない。
空は灰色。
寒さは骨まで刺さる。
だが。
ノルディア辺境
の空気は、
去年までとは明らかに違っていた。
朝。
中央市場。
以前は空だった露店に、
今は商品が並んでいる。
保存食。
防寒布。
乾燥薬草。
焼き立ての黒パン。
人々の顔色も変わっていた。
痩せ細っていた頬に、
少しだけ生気が戻っている。
「最近、仕事が切れねぇな」
荷運びの男が笑う。
「除雪終わったと思ったら倉庫整備だ」
「鉱山まで動き始めたぞ」
別の男も肩をすくめた。
「忙しすぎて酒飲む暇もねぇ」
だがその顔には、
以前みたいな絶望がなかった。
働けば金が出る。
その当たり前が、
この辺境では革命だった。
役所前の掲示板には、
新しい求人票が貼られている。
鉱山補助員募集
加工場増員
鉄道調査補佐
人が集まり、
仕事が生まれ、
金が回る。
止まっていた辺境が、
ようやく動き始めていた。
領主館。
役人たちも忙しい。
「失業率、先月比で改善」
「食糧配給依存率も減少しています」
報告を聞きながら、
エレノア・ヴァレンシュタイン
は資料へ目を通していた。
「飢餓人数は?」
「半減しました」
部屋が静かになる。
半年前なら考えられない数字だった。
レオン・グレイハルト
レオン・グレイハルト
が感心したように笑う。
「本当に立て直しやがったな」
「まだ途中です」
エレノアの返答はいつも通り淡々としている。
だが。
役人たちはもう知っていた。
この女は、
口だけでは終わらない。
必ず結果を出す。
だから今、
辺境全体が動いている。
その日の夕方。
街外れに新しく作られた食堂では、
小さな笑い声が響いていた。
暖炉。
温かなスープ。
焼きたてのパン。
そこには孤児たちが集まっている。
以前まで、
雪の中で震えていた子供たちだ。
「おかわりある!?」
「走るな、危ねぇぞ!」
世話係が苦笑する。
子供たちは夢中で食べていた。
温かい食事。
暖房。
安心できる場所。
それはこの辺境では、
贅沢品だった。
食堂の入口で、
一人の少女が外を見ていた。
視線の先には、
黒いコート姿。
エレノアだった。
彼女は食堂の様子を確認しに来ただけだ。
特別なことではない。
だが。
少女は恐る恐る近づく。
「……あの」
エレノアが視線を向ける。
少女は緊張した顔で、
小さく頭を下げた。
「ありがとう」
ほんの小さな声だった。
エレノアは少しだけ沈黙する。
返事に困ったみたいに。
やがて彼女は静かに言った。
「感謝は不要です」
いつもの口調。
「必要な投資をしているだけなので」
少女は意味が分からなかったらしい。
だが。
嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ていた周囲の大人たちも、
静かに視線を交わす。
誰も口には出さない。
けれど。
辺境の人々は、
少しずつ理解し始めていた。
この女は、
自分たちを見捨てない。
夜。
雪の降る街に、
暖かな灯りが増えていた。
それは小さい。
まだ弱い。
だが確かに。
エレノア・ヴァレンシュタイン
が灯した光だった。




