千年の恋
最終章前半はここまでです。
アレクシスは将と思われる人物を狙ってことごとくねじ伏せて行ったが、当のクリストフの姿はどこにも確認できない。拠点はやはり城なのか、と思えばアルベルトは違う、と首をふる。城を囲んでいるこちらを挟み撃ちにするのがクリストフの役割で、本体の魔力も感じる。ただ、分散されているように薄いのは確かである。目くらましか、とアルベルトは考えた。兵法においてそれを使うとき、目的は違う場所にある。
「別動隊が動いてる、西に向かってる」
空から見えたのか、ニコラスが報告に来た。
「・・・アレク、今うちで一番手薄になっているところはどこだ。」
「・・・メビウスの国境か。」
そこにはウラヌスタリアの国民がこちらの安否を気にして危険も顧みずに避難所で待っているのだ。
「しくじった、飛ぶぞ。ウィル殿下、ここをしばし任せる!」
「ああ、武運を祈る」
ウィリアムは三本の矢を同時につがえ、敵を射抜いた。
アレクシスは妖精兵団とその別動隊の近距離50メートルもない位置に飛ばされた。そのままジャスティスで駆け抜けていく。先陣を切っている大将兜の男とギン!と剣をぶつけ合った。太刀筋はかなり重い。跳ねのけ合ったが、アレクシスがわずかに力負けしている。男が止まったからか、後ろの魔装兵団も歩を止め、銃や大砲を向けている。
「いい剣筋だ。名を名乗れ」
「アレクシス・アンダーソンだ」
名乗る意味は、死をもって戦うことの意思表示だ。
「俺はエドワード・ハワード。クリストフ五世を賜っている」
「やあ、テッド。久しぶり」
アルベルトはアレクシスの後ろから顔を出した。兜の中の目は若干引きつった。
「これは妖精王。こんなところで奇遇ですな」
「なぜメリッサに降った?お前の武力でねじ伏せることはできたんじゃないか?」
アルベルトは疑問だった。緑化計画と一番無縁の男だ。武力とそれを潤す色とがあればいいのだから。
「もみ消すべき不祥事でも掴まれたか?アナスタシアの婚約者が同盟国の王太子だったもんな?もう公にして、国際指名手配されている。おとなしく投降すれば、少しは罪を軽くするように進言してやるぞ」
「軽くても重くても幽閉は免れない、なら、世界を壊すのもありだろう」
クリストフは鉾に魔力を込めて、ぶんっと振るう。風圧だけで妖精兵たちが斬撃に散っていく。アルベルトがシールドを張ったがそれも一撃でばらばらと崩れた。食らったらひとたまりもないか、とアレクシスはジャスティスを下がらせた。
「骨のある男を連れてきたじゃないか、だけど若く、細身だな。よくあんな力が出せたものだ。この若い力を、俺が手折ってしまうのは、なんとも儚いことだ。」
「ここは通さねえ。国民に手出しはさせない。」
「貴様らは妖精王を殺せ」
アルベルトはふわっと宙に浮いた。
魔装兵の攻撃は引きつけてくれるようだ。
「アレク、援護はするから、奴を仕留めてくれ」
「了解。」
クリストフはまた鉾で斬撃を飛ばす。風が見える。見えれば避けられるし、ぶった切ることはできる。アレクシスはクリストフに踏み込んだ。二発、三発連続で打ち込む。さすがにクリストフもよろける。
「バカ力が・・・太刀筋が、こないだの女と一緒だな」
ユズのことだろうか。全然歯が立たなかったと報告は受けていた。最近はそんなことばかりでユズは落ち込んでいることが多い。
「あの女は良い目をしていた、捕虜になったら性奴隷に「お前、ユズに手ェ出したら幽閉なんて甘っちょろい刑では済まさねえぞ」
「魔法使いをさばくのは、ウィザードランドの法務官だ」
アレクシスは口元に笑みを浮かべ、ガシャン、と彼を鎧ごと斬り伏せ、馬から引きずり下ろす。
「お前を殺しても側近が死ぬだけと言ったか。側近がいなくなればいいってことだよな?」
「テッド。誰からやってく?お前は無慈悲で薄情だから側近に愛着はないだろ。囲っているやつらも全員連れてきた」
アルベルトがパチンと指を鳴らせば、檻に入れられたクリストフの側近が十数人現れた。
「鬼畜な、博愛の妖精王の所業とは思えんな」
「アルの意見じゃない。博愛の妖精王はお前にも愛情はあるようだぜ。」
博愛とは、みんな愛しているようで、その実みんなに不平等である。
「俺なら情けをかけることはない。人間は業が深いよな。」
クリストフは罅が入った鎧を脱ぎ捨て、その強靭な肉体をあらわにした。兜も脱ぎ捨てる。彼の鉾は杖も代替しているようだ。
「ふ、ならばもうそれらは生かしておく価値もない。全部俺に取り込んで、思う存分殺り合おうじゃないか。」
バタバタと側近が死んでいく。命の前借り、という魔法だ。この数をすべて取り込める人間はいない。もうこいつも禁忌魔術に手を出している、ということだ。
「アレク、相手はもはや人間じゃない。捕まえるのは言った通り、温い。この化け物はここで駆逐する」
「了解、妖精王」
***
この城内で、メリッサが研究開発できそうな設備があるとすれば、おそらく地下である。地下は東側と西側にそれぞれ作られていて、東側には緊急災害時の備蓄が主で、西側に今地下都市にあるような魔法研究施設が設置されていた。おそらくそこをメリッサが占拠している状態だ。ウラヌスタリアは王国だが、貴族制度は廃止しているおり、民主主義を採用している先進的な国で、そういう魔法技術の研究も盛んに行われていた。リンファはこの非常時に至る前までは研究職筆頭を担い、大魔法使いの任務で国を開けることが多いエルドラドの代わりにフェイト国王の参謀として取り立てられていた。魔法騎士団長だったロンウェンと結婚して、ジークが生まれてからも仕事と家事育児の両立を目標にして来たが、もう非常時においてはプライベートをないがしろにしても、国を立て直さなければならないと必死だった。フェイトもいない、夫もいない、ジェイドは旅に出た、カサブランカは成人前、エルドラドは尊敬に値するけれど、実際国政となると今までノータッチで来た分、リンファの負担は大きかった。魔力量の関係から、魔法騎士団も率いることになったし、家に帰る時間などほとんど取れなかった。その生活も、もうすぐで終わるのかもしれないとリンファは漠然と思った。どう終わるのかは分からない。この戦いに勝って国が元通りにするために尽力してはいるけれど、世界が終わる結末だってある。それをメリッサが望んでいるのだ。
まずは王城西側を目指す。中庭を切り抜けていくのが近道だ。
中庭は悪魔の植物で埋め尽くされて、通り抜けられる状況ではなかった。
「迂回しますか」
リンファはエルドラドに確認する。
「いや、ぶった切る。」
答えたのはオニキスだ。聖獣の加護が付随したセレスの剣は一振りで悪魔の植物を燃やし尽くした。普通の炎では燃えないけれど、聖獣の聖なる力は覿面効果があるようだ。
それでも獲物を見つけたと言わんばかりに悪魔の植物は弦や蔦、枝や根をこちらに向けてきた。リンファとエルドラドも応戦しながらだが、普通の魔力は餌食になる。リンファはまだ聖魔法が使えるが、エルドラドは妖精魔法に特化して、魔力量も膨大であるから、悪魔はその魔力をこぞって欲しがった。そしてそれにむらがる悪魔をラルフがねじ伏せる。
「お前はお前で、悪魔をおびき寄せるのにいいな」
寄ってきた下級悪魔の頭を捕まえながらラルフはエルドラドを褒めた。
「・・・なんか、ゴ〇ブリを捕まえるあれみたいな扱いだな」
ラルフが掴んだところから悪魔は核だけ残して消え失せる。オニキスが五、六体やったのか、そのくらいのビー玉のような黒いものをラルフに投げ、ラルフはそれを片手で掴む。阿吽の呼吸というか、いるのが当たり前というか、ラルフとの会話はあまりないのだが、オニキスには不思議な感覚だった。オニキスはリンファを援護しながら、中庭を切り開いていく。切っても切っても何を根源としているのか、植物は無尽蔵に再生される。聖なる力は覿面なのだが、キリがない。ようやっと西の塔に到着し、後ろを振り返ればまた中庭は鬱蒼とした悪魔の植物で埋め尽くされていた。
「地中に十体くらい埋められているみたいだな。」
ラルフは掘り起こして、それを取ればなくなるだろうと言う。
「・・・悪魔自体をエネルギー源にしてるってこと・・・ちょっと恐ろしいわね」
「悪魔を実験体にしてるのか。」
メリッサの考えることはぶっ飛んでいて、エルドラドには理解不能だ。自分の息子さえも、爆弾の容れものにするのだ。
「掘り起こすか?」
「後にしよう。とりあえず進む。」
オニキスが言うと、エルドラドはこっちだと案内する。西は後宮だったころの名残があって、奥の間と評され、王妃をはじめ、女性の親族や家族がそこで暮らす用の塔だった。ウラヌスタリアは貴族制度はないが、男性王族はそのまま降下しても、国の要職を担いながら生活するが、女性王族は他国に貴族あるいは王族として嫁ぐことが多いのだ。王妃にいたっても他国から娶るのが習わしであり、その際、たくさんの侍女や侍従がやってくる。その者たちの暮らしをこの西の塔で担っている。そして西の塔の地下に研究施設があり、西の塔の入り口付近にエレベータがある。西の塔へはそういう限られたものしか入室できないので、そこが入口になっている。
「ふうん、じゃあ、今は無人ってことなのか」
「ああ、王妃はカサブランカを産んですぐに亡くなってしまい、そのあと大部分は国へ帰って行った。カサブランカの侍女はこちら側から付けたからな。ちなみにアルテミシアの出身だったぞ。ウィル殿下の伯母にあたる人だな。無人と言っても要人などが来た時はここで接待や寝泊りはしてもらっていた。」
「もしだぞ、もし、ユズがこっちへ嫁いだとしたら」
「結婚式のときはここを使ってもらっていただろうな。」
「じゃあ、ちょっと見たい」
「オニキス、寄り道してる場合じゃないって急いできたはずよ」
リンファはぎろりとオニキスを睨み、オニキスは膨れた。
「でも珍しいわね、ユズちゃんをこっちに寄越す気になったの?」
「いや断じてそれはないんだが」
リンファはエルドラドと目を合わせて肩をすくめる。オニキスの兄心も複雑なのは否めない。
「ジェイド様にはしばらくは王城に留まってもらわないとだめですよね、エル様よりは国政に詳しいから」
「リンファ、痛いところを突かないでくれ。私もこれでも頑張ったつもりだ。・・・代理はジェイドにしてもらいたいのが本音だがな。」
ジェイドに未来があるのなら、そういう話も弾むのに、とエルドラドは首を振る。
「エル、リンファには教えてないのか」
オニキスはエルドラドに耳打ちした。
「ああ。ジェイドのことは私とアルベルトとお前くらいしか知らないことだ」
国民だって知らない。後知っているのはアレクシスか。アレクシスがクリストフ討伐前にジェイドと抱擁を交わしていたのを遠目に見たことを思い出す。
オニキスは邪念を振り払い、じゃあ、行くかとエレベータ横の階段のある扉をこじ開ける。エレベータなんて使って中に閉じ込められたら面倒だ。しかし扉を開けた瞬間トラップかというほど複数触手が出てきて、オニキスはなぜか避けられたが、魔力を目指してまっすぐリンファとエルドラドに伸びてきた。エルドラドはラルフが近くにいたし自分でもシールドを張れたが、リンファのシールドは突破されて、手首にそれが巻き付き、すごい力で引っ張られる。抵抗もままならずに引きずり込まれた。
ガシっと、触手に掴まれた腕をオニキスが掴み、リンファの身体ごと抱え込む。引きずられながらもその触手を剣で斬るが、もはや身体全体を何かに取り込まれていた。
「と、閉じ込められた?」
とりあえず一人じゃなく、オニキスがいるけれど、エルドラドが一人残されてしまったことが心配だ。
「・・・ラルフがいるから、大丈夫だろ。お前、手首は大丈夫か」
「なんだろこれ、なんか黒くなってるけど・・・」
こすっても消えないようだ。オニキスはこのセレスの剣がジェイドの聖剣のようなものになっているのなら、使えるのだろうかと思い、剣をそれに宛ててみるが、やはりオニキス自身が加護を集めたわけではないから、治癒の力があるドラゴンとフェニックスのものは使えないようだ。リンファは自分に聖魔法を当てることは出来ない。
「別に動きに支障はないようだし、それよりここからはどうやって出たらいいのかしら」
壁は鋼鉄でどこにも出口はない。別空間に移動させられたのだろうか。
「こっち側からの解呪方法がないのなら、エル側に任せるしかないだろ。」
「あんたってこういうとき変に冷静ね。」
リンファは自分の不甲斐なさに落ち込む。オニキスはエルドラドの護衛である。自分なんかを庇ってこんな状態にしておくべきじゃない。
「あ!転移を使えるかも!」
リンファは杖を持って、魔法を使えば、その手首から魔力が吸い取られていく。
「・・・なるほど、魔法が使えないってわけ」
これは詰んだと言っても過言ではない。本当にただの足手まといである。
「魔力が吸い取られるだけなのかしら、オニキス、どこか怪我してない?」
あいにくしていない。
「傷なら作れるぞ」
「わざわざ怪我しろって言ってるわけじゃないわよ」
指からは聖なる魔法は出せるようだ。純粋に魔力だけを吸い取る類の呪いなのだろう。オニキスは壁に寄り掛かり、隣に座れとリンファを呼んだ。リンファは別に行く必要は感じなかったので、距離を開けて向かい側に座る。
「また襲われたらどうすんだよ、隣にいろ」
その黒くなった手首を引かれて、オニキスに倒れ込むようになってしまった。
「引っ張んないで、相変わらず乱暴なんだから」
憎まれ口を聞かないと、意識していることがばれそうで、リンファは喧嘩腰になる。あの日一線超えてから、避けに避け続けていたのだが、今こんなに近くに二人きりでいることが信じられない。
「え、ちょ」
至近距離で目が合えば、逃げられない。
「暇なら、するか」
「・・・なに、を」
にやりとオニキスは笑う。可愛くなんてない。うそでしょ、こんな非常時に何を考えているのだろうか。頬に手を添えられて、端正な顔が近づいて来る。リンファは目をぎゅっとつぶった。
「無事か、二人とも!」
空間が消えて、エルドラドの声が聞こえた。
「エル、空気を読め。」
リンファはバチン!とオニキスの頬を平手打ちした。紅葉は出来たが、悪びれがなさそうだ。
リンファの平手など、やはり蚊のようなものだ。
「終わってから存分に励め。一時はどうなることかと」
「ここは?」
「地下空間だ。」
少しこんがらがった空間魔法で、解呪が遅くなった、とエルドラドは言うが、早すぎるだろ、とオニキスは立ち上がる。悍ましい光景だった。悪魔が謎の液体につけられて並べられてある。本当に生成されているようだ。あの三つ目の悪魔もいる。これは不死身ではなくクローンだったのだろうか。
「創世記終末ルシファー降臨。これを造りたいんだけど、魔力が圧倒的に不足しているのよ、ヘルメス。」
ラボの最奥に人影がある。
「ジュピタルの魔力はベリアルの復活で使っちゃったし、やっぱりアーセナル級の国を落とす必要があるかしらね。でも人柱を立てる方法もあるわ、それこそヘルメスとパトリオットの魔力があればふふふ、人間世界から悪魔世界に成り代わるのね。」
女は酷い隈で灰色の肌で真っ黒な髪をした老婆だった。言葉遣いが老婆らしくないのも、気味が悪い。
「酷い容姿だな、禁術の代償か、メリッサ」
「そうなの、リリスを召喚するのに魔力ごと持ってかれちゃってねぇ。あなたはいつも美しいわね、ヘルメス。若さって一番の魔法だわ」
確かにあるときからメリッサの魔力は米粒程度のものしか把握できない、とジュリアナが言っていた。彼女は手足がメカニックになっているようだ。自分の身体の一部を悪魔の召喚に使っているのだろう。そして彼女は発明の魔女。魔力がなくとも魔道具を駆使して何かしら開発に時間を費やしている。
「でも、得しちゃったわ、百年前に、ベリアルを召喚して話を持ちかけたとき、ずっとリリスを取り戻したかったんですって、愛よねェ。」
ベリアルを召喚したのはやはりメリッサで、そこはまだ復活を遂げる魔力を引き換えにしなければ悪魔は地上には出てこられないのだ。ベリアルは九百年前に封印されてしまった妻を呼び戻せるならとそれからジュピタルの魔力を地底から吸い上げ続け、三年前に復活を遂げた。ジュピタルを狙ったのは妻を封印した国、というのは建前で、少しでも天敵である聖獣の力を弱めたいという願望もあったが、国自身の魔力を奪ったぐらいでは聖獣たちはなんとも思わなかったのはベリアルには誤算だったろう。リリスを呼び戻すにも相当な魔力が必要になり、それはメリッサが負担したようだ。大魔法使いと言われる自身の膨大な魔力と側近たちの骸を捧げることにはなったが。
「ふうん、悪魔にも愛とかってあるんだな」
オニキスは純粋に話を捉えた。
「違うわオニキス。ベリアルとリリスの関係はそんな純粋なものじゃない。食うか食われるかの世界よ。」
「別々に倒すべきではある。吸収されれば、それこそサタン級になるぞ。」
オニキスは悪魔には詳しくないので、肩をすくめる。
「どっちも食えば問題ないだろ。リスクーザが繁栄する」
ラルフが言う。
「お前それだけだな。ジュピタルを繁栄させようとかは思わないのか」
「思わん。俺はジュピタルなんぞどうでもいい。」
「まあいいけど。」
オニキス自身も自分の回りが無事ならば良いとは思う。けれどオニキスの場合は国の防衛を担う騎士団の将だから立場的には国を守らないといけない。
「軒並み破壊していく、いいなエル」
「ああ」
「しなくていいわ、全部動かしてあげる。」
ぽちっとメリッサがスイッチを押して、ガシャンと悪魔の入っている容器が割れた。総勢五十体はいるだろうか。
「入れ食いか」
ラルフは目を輝かせる。
「やめとけ、何が入ってるか分かんねえだろ。」
純粋な悪魔とは違う。先ほどのシヴァルーナの核を取り込んだバジリスクに異変はないようだが、オニキスは躊躇した。こういう勘は働くほうだ。
「なら、集めるだけなら良かろう」
ラルフはオニキスの言うことは聞くらしい。
「集めたら寄越せ、俺が壊す」
ラルフは少し不服そうだったが、悪魔狩りにバジリスクを繰り出した。バジリスクが出ればあの靄がすぐに黒いバジリスクになって、化身に襲い掛かる。目から出る光線も再現されるようで、飛びかう石化光線やら猛毒やらを回避しながらエルドラドやリンファも悪魔と対峙する。魔法の類が効かないので、必然と物理になるのだが、エルドラドは多少かじっていてもリンファは辛うじて使える聖魔法で盾を作るのが精いっぱいだった。
「エル!魔力がねえなら、あの女とっ捕まえりゃあいい話だな!?」
「そうです、エルドラド様、ここは任せて、メリッサを!」
「わかった」
「ラルフ、エルにつけ」
「・・・え」
「行け」
「ち」
ラルフの舌打ちが響き、懐に忍ばせていた黒いビー玉のような悪魔の核がぼろぼろ零れ落ちる。さきほど寄越されたのは三つだったが、だいぶ隠し持っていたらしい。オニキスは聖獣相手に一発拳骨を見舞い、すべて核を没収したうえでラルフにエルドラドの後を追わせた。
***
「ナターシャ」
ユズが駆け寄ろうとしたのをセドリックが制する。タマモがいるから霊力は問題なく、鬼の姿で全力を開放しているようだ。
「苦戦しているようね、セドリック」
「だまれ化け狐。お前は手を出すな。」
セドリックの低い声に部屋全体が揺れる。怒りに満ちた灰色の目は、やはり人ならざる者というだけあって、恐ろしい。
「セド、冷静になれ!相手の思うつぼだ。」
「ナターシャをやられた、冷静には考えられない!」
こんなセドリックは初めてで、ユズには泣いているように見えた。もしかしたら・・・だけどユズは考えたことを振り切って、悪魔を見た。
「なら、少し休んでて。」
「ユズちゃんには無理だ。」
「無理でも挑む。悪しきを挫くのはグリフォンの騎士の誉れだ」
ユズが踏み出せば、リリスはニヤリと笑って、さっと姿を消して、そしてすぐ目の前まで来る。素早い攻撃に反応する、相手から仕掛けられユズが防戦になる状態はあまり経験がなかった。長い爪が左右から串刺しにしようと伸びて来る。床をも突き刺す威力は凄まじい。隙をユズは見極めていた。疲れ知らずなリリスは攻撃を緩めることがない。
「お前もあの女みたいに死ね」
リリスは女が嫌いだ。とりわけ若くて美しい容姿の女は大嫌いだ。
「死ぬのはお前だ」
口を開いたら、隙が出来た。ユズは距離をとりいったん刀を鞘に納める。すごいスピードでリリスは向かってくる。ズバンっと居合を繰り出せば、その斬撃をひょいと宙返りでリリスが避けた。そこをセドリックが首を吹き飛ばす勢いで頬を殴打し、リリスは王座の背面の壁に埋まった。普通なら死んでいる。
「うふふふ、あなたこの顔殴れたの?あのときの鬼さんでしょお?」
ユズはうつろな目で倒れているナターシャに駆け寄った。息はしていない。感傷に浸っている場合ではないのに、涙が出て来る。ナターシャのピンクゴールドの目をそっと閉じてやる。
「千年経ったら驚くほど強くなっちゃって。お姉さんびっくりだわ。」
『ジェイド、ベリアルを探しましょう。』
ノルンがジェイドに言う。ユズを置いて行くのは心配だったが、セドリックとタマモがついているなら、と自分を鼓舞した。自分がそばにいるよりも戦力的には申し分ない。だけどジェイドだってナターシャのことは気になっている。意外と長い付き合いだからだ。ぐいっと滲んだ涙をぬぐう。
『ベリアルがリリスを呼んだ理由は単に食うためだわ。でもリリスが強すぎて、食われる側になる可能性があって、身を潜めているのよ。』
王座の次の間から二階に上がる階段がある。そこを目指せばたくさんの杭のようなものが飛んできて、グリフォンがシールドを出して守ってくれた。次の間への入り口は無残にも閉ざされた。
「行かせないわよ、あの男は私の獲物だから」
どうやら立場が逆転して、ベリアルはリリスに幽閉されているようだ。
「殺されると、自分の立場も危ういからだろ」
「あいつの核を取り込めば、完全に私が頂点だわ!」
リリスはジェイドに狙いを定めたらしかった。
「ジェイドどけ」
入口の障害物はセドリックが爆風で吹き飛ばし、ジェイドもついでに爆風で遠ざけられた。
ユズはまたリリスと一騎打ちしていて、今度は彼女が攻めに転じているらしい。女の悪魔だからか力で負けることはない。
「ナターシャの敵を取る!」
「二の舞だわ!魔力なしどもに興味はないの!!」
だから微力な魔力だけどジェイドを狙いたいようなのだ。
「あら・・・でもお嬢ちゃんは綺麗な魂を持ってるのね・・・でも容姿は、やっぱりこの子が気に入ってるし・・・魂だけならもらってあげてもいいわよ」
リリスの目は魔眼となって、ユズを品定めした。ジェイドを逃した今、食えそうなのはこの人間の魂ぐらいである。ナターシャとかいう美しい女の吸血鬼とこの鬼にだいぶ魔力を削られたから補給はしなければいけない。下級・中級悪魔が自ら傅いてくるのをリリスは取り込んだ。これが人間の魂なら百倍の力が補給できるのだ。
切り結んで、剣で薙ぎ払う。相手はすごい速さでまた攻撃に転じて来る。ユズも負けないで、攻めの姿勢を崩さなかった。攻撃を剣で受け、相手が振りかぶるのと同時に薙ぎ払う。切っ先がリリスの胸のあたりを掠り、それだけでも悪魔には大打撃のようだ。
「その剣、邪魔ね」
リリスは睨みつけて雷を落としてくる。ユズは避けながら、しかもリリスも殴りかかって来るから、掌で受ける。膝が思い切りみぞおち付近に入れられて、先ほどのリリスのように壁まで飛ばされる。タマモが受けてくれて、大事には至らなかったが、肋骨が何本かいったかもしれない。
「水筒の水を飲みなさい。」
タマモがさきほどジェイドがフェニックスの飾り羽をいれた水筒を差し出し、ユズはそれを飲み干した。痛みはじわじわと和らいでいく。リリスは今はセドリックと組みあっては避けて、魔法で攻撃し合っていた。
「小賢しいわね、これでどう」
リリスの後ろから巨大な魔獣が現れた。聖獣のキメラのようだ。獅子の胴体にドラゴンの足、羽は二対、赤いのと緑のと、顔は三つあって、フェニックスとグリフォンとドラゴンが並ぶ。尻尾は九尾のもので、背中から無数に蛇の頭が生えている。しかも一つの足でユズたちなど踏みつぶせそうなくらいの大きさに息をのむ。魔法空間なのか、いくら巨大になろうと天井にぶつかることはないようだ。
「文字通り、化け物だな」
セドリックは目を細めた。
「やるしかない・・・」
「妾はリリス本体を叩くか。」
タマモが今度は出て行った。彼女が戦闘要員になるのはおよそ二千年ぶりらしい。妖怪頂上決戦で頂点に立った以来だという。そのくらいの実力がタマモにはあるのだと言う。突きが落ち、天地がひっくり返るような幻影や妖術、そして体術ですべてタマモが上回っており、リリスはだいぶ憔悴していた。
ユズはセドリックとキメラを相手に持てる力を出し尽くしていた。セドリックが氷柱の杭を無数に撃ち込む、キメラはシールドを扱い蛇の目が四方八方に光線を出す。銀鏡でセドリックはそれを跳ね返し、もろに浴びた聖獣は一瞬石化した。グリフォンの額の宝石をユズは叩き割ったが、ドラゴンが灼熱の火を吹いた。セドリックが寸でで氷のシールドを張ってくれなかったら燃え尽きていた。右頬と右腕はちりちりに焦げてしまった。ドラゴンの頭に剣を突き刺し、引っこ抜きがてらに背中の蛇を切り落とした。緑と赤い飾り羽が太い針になってユズの全身を突き刺した。九尾は火の玉をまとっている。満身創痍になって、剣を振るう、限界だと思ったところでセドリックに引っ張り出された。
「無理をするな、気が気じゃない」
「気にせずやれ、勝てない!」
「ユズまで失えない!!」
セドリックが珍しく感情的だ。ユズは泣きそうになって、また剣を取った。
「私は囮になってもいい。セド、こいつを倒せばリリスはだいぶ弱るよ。」
「囮は俺がやる。こいつにもどこか核があるはずだ。目ん玉か・・・」
セドリックはじっとキメラを見つめる。ユズは水筒の水を飲み干してしまった。グリフォンは頭の宝石を割ったら、消失した。それぞれどこかが核になっていて、それを壊せば攻略できそうだ。
セドリックは突っ込んだ。まっすぐにドラゴンに目を狙った。想定済みだとドラゴンは火を吹く。セドリックは燃え尽きたように見せて、フェニックスの頭に移動していた。フェニックスが嘶き、巨大なキメラは宙に浮き、ユズを目掛けて足を振り落とす。フェニックスがユズを乗せ飛ぶ。バジリスクの光線がグリフォン目掛けて放たれるが、グリフォンは上手に避けた。ユズは剣を鏡面にして、光線を跳ね返し、再びキメラに飛び乗る。蛇を投げ払い、羽を切り落とす。フェニックスの羽でひときわ金色になっているものを引っこ抜く。
妖狐の尻尾の霊力はセドリックには力の源になっていた。この尻尾のうち一番霊力のあるものの付け根に青白い石のようなものを見つけた。
キメラはドラゴンとバジリスクの融合体に形を変える。ドラゴンの胴体で尻尾がバジリスクだ。ドラゴンは雄たけびを上げ、火を吹き風を起こし、あたりは焼け野原に様変わりした。バジリスクは毒の牙を振りかざし、ユズを一飲みしようと口を開け突っ込んでくる。かわしたが壁が抉れている。飲まれるのではなく食われるのだな、と解釈しなおした。
「ドラゴンは目だ」
あの虹色に光る左目が弱点である。
「バジリスクは毒牙」
そこの銀色が少し異彩を放っているようにユズには見えた。
「行けるか。死ぬなよ」
ユズは頷いて駆けだす。タマモが飛ばされてきて、ユズは慌てて受け止めたが、すごい力で、受け止めきれずに壁にぶつかる寸前でグリフォンに庇ってもらった。
「大丈夫!?」
『タマモもやられるのか、侮れないやつだな』
タマモは気を失っているようだ。グリフォンはユズとタマモを加えて毒蛇の攻撃を躱した。
『タマモを一回ジェイドに戻す。』
「お願い」
ユズは今やバジリスクだけとなったキメラに立ち向かう。リリスの方にはセドリックが向かった。バジリスクのキメラは背中から無数の頭を出して本体の頭はユズに毒息を吹きかける。掻い潜って、腹に一太刀、尻尾の攻撃を躱して登っていく。背中の蛇はユズを噛み殺そうと伸びてきて、これも大蛇級の大きさだった。舞うように切り殺し、多少噛まれ毒が回ったとしても今は足を止められなかった。天辺にいき、光る眼と対峙する。頭に剣をぶっ刺し、目の攻撃を止め、光る牙に右の拳を撃ち込んだ。ガシャンと牙が折れ、バジリスクが黒い靄になって消えた。
息が上がる。倒れたままのナターシャのそばにへたりこむ。噛まれたところから毒が回ってきた。水筒には水がなくて、羽だけがある。無意識に羽を口に含んだ。毒が消え、身体の傷も癒える。せめて、いつもきれいにしていたナターシャの傷も癒してあげたくて、ユズはまた飾り羽を咀嚼して、ナターシャに口移しであげた。キラキラと心臓の傷がいえて、綺麗にまるで彼女は眠っているように横たわっていた。
ユズは目元をぬぐってセドリックとリリスのほうへ行く。
妖術と魔術が飛び交っていた。リリスはユズに目を付け、ユズの後ろまで瞬間移動し、首に手をかける。セドリックの動きが止まった。
「この子を殺したくないなら、お前、わかる?自分で自分の首を取りなさい」
ユズは初めて、自分がなんらかの術にかかっているのを自覚した。身体がまるで動かない。金縛りである。このレベルの悪魔はユズに魔法をかけられる、とタマモが言っていたのをすっかり失念していた。しかも今はかなり無防備でぼーっとしてしまっていた。キメラを倒して油断していたのだ。しかし、後ろを取っているリリスもだいぶ疲弊しているようだ。ユズの首にかける手の力はだんだん強くなり、爪が皮膚に食い込み、血が流れる。
ユズはセドリックを見つめた。このままリリスをユズごと消し去ってしまえるような、そんな妖術の塊を投げつけようとしていたようだった。
「セド、構わないわ」
「・・・」
「できない、か。」
セドリックは無情な鬼だと、一体誰が言ったんだろう。人間一人見殺しにできない。それが積年の恨みを抱える相手を仕留めるためでも。ユズはうっすらと笑みをたたえた。セドリックの目が見開かれる。加護で悪魔を殺せる剣がにわかにユズの手に現れ、それは一瞬で
「ユズ!やめろっ」
心臓を貫き、後ろの悪魔の急所に突き刺さった。
「う、。。ああああああああああ!」
悲鳴のような雄たけびのようなそんな音で城中が震えあがる。空間魔法がバラバラと崩れ落ちて、そこは元の荒れ果てた城の王の間だった。
ユズは自分から剣を引き抜いて、悪魔を向き、崩れ落ちるのをセドリックが支える。その剣を白い手が取って、とどめと言わんばかりにリリスの首を薙ぎ払った。黒い靄が飛び出て、悪魔本来の形になる。外見を失ったのだ。
「ユズ、・・・ふた・・・り?」
セドリックの支えているユズは、ナターシャの外見に変わっていた。
「セド・・・忘れたの、あたしは首を切らないと死なないわ」
だけどこんなに衰弱して、いまだって血が止まっていない。死にかけであることは確かだ。
「ここからは妾の仕事じゃ」
復活したのが、だけど辛そうにタマモが出てきた。聖なる光の波動のようなものをタマモは悪魔にぶつけた。ただの悪魔ならこれで仕留められるが、相手は特上の名をほしいままにする悪魔である。瘴気を充満させた塊を今にも爆発させようとしている。タマモの聖なる光をユズは剣で後押しした。王座が軒並み破壊されている。
「あいつを、足止めする」
「ナターシャ、無理は」
「セド・・・分かるでしょ。」
ナターシャの身体は発光してた。
「あたし、幸せだったわ。マシロだったころの16年より、ナターシャとしてあなたと過ごせた966年がとっても幸せだった」
「・・・ま、しろ?」
「覚えてるセド・・・初めてあなたと会った場所。あなたがマシロに見せたかった雪の積もった山だったね」
アーセナルの国境のあの山小屋を超えて、深い雪を踏み分けて、ナターシャはその山の頂上を目指した。ナターシャが生まれたノースランドは雪が珍しい国ではなかったのだが、セドリックがマシロに見せたかった景色をナターシャは見てみたかったのだ。山頂には黒髪の美男がいて、この寒空の下、ぼんやりと樹氷を眺めていた。
「初めまして。あたしはナターシャ。あなたと契約しにジュピタルに行こうと思っていたのよ」
初めましてというくせに、女はセドリックを知っているようだった。この雪の中、胸が大きく開いた丈の短いドレスを着ていた。ピンクゴールドの髪と瞳を持つ美しい女だった。人間ではないことはすぐに分かった。そして彼女にも自分が人間ではないことが分かっているようだ。人の形を取っているのに見破られるなんて、ただものじゃないな、とセドリックは女を見た。
「これが・・・(セドがマシロに見せたかった)雪か」
見渡す限り雪で覆われた銀世界に、まるで二人きりでいるような錯覚をナターシャは覚えた。あのとき、二人でここに来られていたら、マシロはきっとどんなにはしゃいだことだろう、と前世を思い出す。
「お前、何者だ」
「吸血鬼。会うのは初めて?」
「あの絶滅寸前の?」
訝し気にセドリックは秀麗な眉を寄せた。
「ええ、きっとあなたの役に立つわよ。」
ナターシャは妖艶にカーテシーをする。セドリックはなぜ自分を知っているのか、なんのために北の方からここまで来たのか、全然ナターシャには興味を持っていなかったので、適当に契約を交わした。
それからはナターシャがつかず離れずそばにいるようになった、なんてことを思い出す。
「嘘だろ・・・ずっと、ずっとこんなに近くに」
いたなんて。青天の霹靂だ。
ナターシャは悪魔に向けて、“支配”を発動した。悪魔はぴたりと動きを止める。
タマモとユズの剣の聖なる光が悪魔を飲み込んでいく。セドリックはその聖なる光に霊力すべてつぎ込んだ。聖なる光が王座全体を轟かすように充満した。爆発したかのような勢いだった。
ユズが目を開けると、消えていくナターシャの手を取るセドリックがいた。ナターシャは最後にユズを見て、バイバイとと手を振って笑った。




