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ジュピタル王国英雄奇譚  作者: ヤー子
第六章 閑話ークリストフ四天王編

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意志あるところに道は開ける

第6章はこれで完結です。


アレクシスが着いたシャーロットの居る場所は、簡易病院の中で、多くの負傷者が次々と送られてくる。騎士にまぎれてシャーロットを探した。探せたはいいが、その女は嬉々として負傷者を治療する仕事バカだった。

「逃げる?とんでもない、私は魔装兵団お抱えの聖女としてとにかく尽くすのみだわ。」

「なら敵ってことで、捕虜としてお前を連れてこいって算段なのか」

アルベルトの真意はわからない。転移ゲートの場所はすぐわかった。ゲートからひっきりなし怪我人が来るからだ。シャーロットは休む間もなく聖なる力を使い続けている。聖女というものはそんなに無尽蔵に聖なる力を出せる者だろうか。この使い方はきっと命と引き換えになっているとアレクシスでも分かる。

「もしかして人質をとられているのか」

シャーロットはいきなり来たイケメンを無視して仕事に専念していたが、驚いて、アレクシスを見た。

「この先三里ほどいったところの村がクリストフの魔装兵に占拠されてる。私を助けたいなら、その村を救ってくれなきゃ。でも無理よ。クリストフの魔装兵はメリッサと手を組んでから強化されて・・・あいつらって人を人とも思わないの。この人たち、自分の意志で動いているわけじゃない。限界まで戦わされて、動かなくなったらここへ送られてくる。だから私、この戦って傷ついている人たちが可哀そうで仕方ないわ。治す私も非情よね、治ったら、また送られていくんだもの。いっそ殺してくれって何人にも言われてきた。」

その魔装兵を動かす魔法を解かなければ、この地獄は終わらないのだそうだ。


「クリストフはサブリナのところだったらしいが、ここも相当、厄介だな。」

「お前は厄介じゃなったのかよ」

セドリックがやって来る。ユズの方にナターシャがいるからだろう。アレクシスは彼を信用はしていなかったが、能力が高いのは認めている。

「ああ、アナスタシアの自殺を止めろとは言われていないからな。」

薄情な鬼だと思った。鬼に情などは必要ないのだろうが。アレクシスは割り切って考えることができるが、ユズなら怒っているだろうと彼女を思い浮かべてしまうのはもはや癖だった。

「俺は先に魔装兵の謎を解く・・・お前は村に向かってくれ。」

セドリックはそう言って、消えた。

「誰、あのイケメン、いやあんたもイケメンだけど。」

転移が自由自在に使えるのは相当高位な魔法使いか、相当高位な妖精か、だ。きっとセドリックはおおまかには妖精のくくりに入るのだろう。ただ、聖獣由来の力を源としている点では妖精ともまた一線を画している。西にはあまり霊力スポットがないらしく、妖の存在はあまり認知されていないようだった。

「あれは人間じゃない。」

「あんたも?」

「もうそれでいい。」

アレクシスはめんどくさくなって、旅支度をして、魔石からジャスティスを召喚する。

「村に行ったら、私は生きてるって伝えてほしいの!」

シャーロットは馬上に跨るアレクシスに初めて関心を持ったようだ。その必死な様子に一瞬目を奪われる。自分に近づく女は打算しか考えていないようなものばかりだったから、純粋に家族、村のためにこんな無体を強いられている自分よりも他人を心配する彼女は美しいと思った。こういう心がなければきっと聖女など務まらないのだろう、なんてアレクシスは自分勝手に理由を付けて、一つ頷いて馬を走らせた。

シャーロットの心の中はしかし暴れまくっていた。

「・・・イケメンすぎる・・・尊い!あの人とあの人はきっと、恋人なのね!」

ととんでもない妄想が繰り広げられる。そしてまた力が湧いてくるのだった。


アレクシスは15分ほどで村についた。見張りの魔装兵が銃弾を撃ち込んできたが、躱して切り抜ける。シャーロットの言うようにロボットのように動き続けるなら、攻撃しても無駄である。

「アレク、問題ない。ナターシャがクリストフから杖を奪った。」

「なら、やっちまって問題ないってことだな」

「ユズちゃんが破壊しちまったそうだ、魔装兵の契約魔法が切れたはずだ」

「ユズんとこに本命がいたのか、杖なんて奪っちまったらバレるんじゃないか」

「逆にカムフラージュになるんじゃないか。転移ゲートじゃなく、杖の奪取が目的だったってことにするつもりで。」

転移ゲートは敷布を組み込んだだけでまだ使えるのだ。アルベルトの采配で破壊できるようになっただけである。

「あいつに危険がないなら、いい。」

「しかしアレク。」

アレクシスは向かってくる魔装兵を倒しながら、セドリックと背中合わせになった。

「ユズちゃんは、自分より強い男は恋愛対象にならんそうだ」

「・・・・は?」

「俺も1500年生きてきて、そんな由々しいこと宣った女子は初めてだ」

セドリックは心なしか茫然として、魔装兵を蹴散らす。もう茫然としすぎて言葉も古めかしくなってしまった。

「ジェイドが勝ち誇ったように喜んでいたとナターシャから言われて、早く死ねば良いと思ったのはここだけの話だ」

「・・・いや、あれは俺が殺すわ。」

アレクシスは据わった目で、魔装兵の斧を叩き折る。魔装兵はおろおろしていたので、蹴りでぐしゃりと潰した。魔装兵は混乱していた。魔法による拘束力がない。ということは自由である。その混乱をアレクシスは見逃さなかった。

「聞け!クリストフの杖はこっちが制圧した。お前たちは戦うのか戦わないのか!」

「俺は、クリストフを討ちたい!」

「パトリオットに取り次いでくれ!!」

魔装兵は鍛え上げられたものとそうではないものの烏合の衆で構成されていた。元奴隷もいるようだ。逃げたいものは逃げ出し、戦いたいものはゲートでメビウスの国境に飛ばす。ウラヌスタリアの地下都市に軍備を集めるのも与えられている重要な任務である。村の人質は解放された。シャーロットのところの魔装兵もすべてメビウスに移し、シャーロットも協力すると申し出てくれた。

「で、残るは王様の奪還か。ここにもいねえってなると、アルのところになるのか。」

「もともとあの殿下もそこに捕らえられていたんだろ。可能性はある。じゃ、ユズちゃんのところに行こうか。」


***


ナターシャの転移の術で、ユズたちはまたハインデリヒの館へ来た。サブリナはアナスタシアのいる病院へ一時避難となった。

館の回りは魔装騎士団でがっちり警備されている。アルベルトとウィリアムは中に潜入済み、なのだろう。

「あたし、クリストフに化けてみようかしら」

「・・・どんなプレイしたんだよ、血も採取したのか」

「聞きたいの?」

「いや、遠慮します」

「またまたー純情ぶっちゃってー」

警備の一番手薄なところをユズがまた締め落として、中に潜入した。この館は変身術を無効化する魔法がかけられているようで、透明になるのも効かないようだ。もう真っ向勝負しかない。ハインデリヒがアルベルトと交戦中とのことで、ユズたちは王様の捜索に奔走した。後ろから騎士団が追いかけて来るのをナターシャが足止めする、と申し出る。ナターシャと離れるのは心もとないが、ユズを一人にするのはもっとだめだ、とジェイドは追いかけた。

「とりあえず・・・上を目指そう!」

「もうお前の勘頼みだよ」

グリフォンの勘を信じて、ユズとジェイドは上を目指した。

「ユズ・・・着替えないか、ペチコートが丸見えだ」

階段を上るユズの後ろからジェイドは言う。

「役得と思って、ついて来て」

ユズは動きやすいから、メイド服は気に入っていた。剣を持ってとにかく上に迎える階段があれば上っていく。途中で出会った騎士はすぐ倒す。侵入者だー!と情報共有されるが、広間でドンパチやっているアルベルトのほうにも人を割かねばならない。パトリオット七世が来たのだ、ハインデリヒがいくら秀でた騎士であっても大魔法使い妖精王には数で挑むしかない。今すぐクリストフに応援要請を出しているが、まだ応答はない。最上階の奥の部屋まで来た。そこに一人女の騎士がいた。綺麗な金髪にアイスブルーの目、口紅はうっすら桃色で、本当に美しい騎士だった。

「ここは通せない」

「通してもらう!」

メイドバーサス騎士の見た目は珍妙な戦いである。女と戦うのは初めてだった。力で勝てるのかと思ったら、彼女は往なして、切り込んでくる。ユズも受けて下がって交戦した。後ろから来る騎士団はジェイドが止めるしかない。自分の剣技で通用するかは分からないが、グリフォンが加護をくれているおかげか、普段よりも数倍力が増強されている気がする。

女性騎士は身のこなしが素早く、ユズと互角に渡り合う。

「ユリア!とっとと蹴りを付けろ!!」

「っ」

ジェイドにねじ伏せられた騎士が叫ぶ。ジェイドは蹴っ飛ばして気絶させた。

「くそが、こいつ強いんだよ!」

ユリアと呼ばれた女騎士は上段から袈裟を狙う。メイド服の胸元が破れる。ちりっと胸に切り傷ができたが、ユズは気にしないで皮膚一枚を犠牲に騎士の剣を抑え込み、ねじりあげ、拘束する。痛みに美女はうめいて、そのまま気を失った。

間髪入れずにユズは剣で奥の扉を開けた。檻の中で衰弱しきった男性がいる。檻は断ち切って、意識を確かめる。

「万病薬を飲ませて・・・あとは栄養の点滴を投与するしかない」

ジェイドは虫の息の男性と近くに金銀の弓と矢筒を確認した。

「ユズちゃん、わーお、ずいぶんいい恰好」

「セド、この人きっと王様!助けてあげて」

ジェイドは自分のマントでユズをさっと包んだ。これはこれで卑猥な気もする。セドリックはアレクシスをアルベルトのところに置いてきたのだろう。ユズを眼福と拝んでから、王様を転移させた。

「ユリアを傷つけたのは・・・誰かな?・・・あれ、君はサブリナのメイドじゃないか」

復活したのか、若干顔色が悪いクリストフがゆらっと現れた。

「いや、あれはサブリナじゃない・・・この俺が、この俺があんな屈辱的な」

「喋らないんでいいんで、」

ジェイドはその話はユズには聞かせたくないのだ。

「こいつ今は杖がないなら、なんとかなるかもしれん」

ユズは剣を構える。

「・・・下のハインデリヒ卿は兄の方か。ハインデリヒ卿が寵愛を受けているのは思い違いで、実際はあの子に手を付けてるってところだな」

セドリックは推測する。

「あの子、美人だものね」

「お前たち、パトリオットの手のものか。」

「だったら」

ユズは好戦的ににらんだ。

「良い目だな、初期のユリアのようだ、泣かせたくなる」

「え・・・気持ち悪い」

「彼は、非人道的のようだよ、アレクシスのところも酷かった。」

セドリックは人間相手には自分も非道なところがあるが、彼ほどではないと思いたい。妖界において、とくに非魔法族の女の子は丁重に扱っているつもりなのだ。それを生み出す非魔法族は貴重である。セドリックはジュピタルの国民には博愛の精神で接するようにしているのだ。ジェイドにはあたりが厳しいのはそういう面もある。

ジェイドは忽然と消えていた。ユズはセドリックに任せられたのだろう。

「ユズちゃん、帷子着てないんだから、ほどほどにな。」

「わかった、援護して!」

クリストフは元々騎士団長なので、剣技はウィザードランド史上最高峰を誇る。杖がなくてもユズよりは数段格上の相手だ。だけど挑まずにいられない。それはグリフォンの騎士の性である。弱きを守り、悪しきを挫く。この男は絶対的な悪だ。女性の尊厳を踏みにじり、人間を人間と思わないその言動すべてが許せない。

踏み込み、居合を繰り出す、彼の鎧に傷はついた。クリストフが剣を振り落とす。ユズは避けたが、床に穴が開き、みしみしと塔が崩れる音がする。

「ち」とクリストフは舌打ちをする。セドリックは確信した。ジェイドもそれで動いたはずだ。ここ付近に転移ゲートがある。なら、このまま交戦に応じて物理的に破壊することも可能だ。ユズはクリストフに上段から振りかぶった。それは思った通り受けられた。

セドリックは氷で彼の腕と剣を固めてしまう。

「ふん、小癪な魔法使いだなっ」

ばきりと彼は筋肉を隆起させて氷を破った。

「いい身体だな。羨ましくはないけど」

「大魔法使いの中では物理的に武力でのし上がった男だからな」

「そこは、尊敬できるんだけど・・・」

歴史に名を遺す人物として、それはカッコいいと思えるのだ。残りは人格の問題である。

「私が叩き直す!元騎士はお姫様に忠誠を誓うものだ!」

ユズはまた踏み込んで、二発三発四発と連続で攻撃を繰り返した。さすがにグリフォンの加護のせいで太刀筋は重い。

「そんなひ弱な身体で、可愛いものだ」

「なんも効いてない!」

ガンとユズはショックを受けた。

「ユズちゃんは、可愛いよ」

セドリックがフォローする。

サクッっとクリストフの頭に矢が刺さって貫通した。普通なら即死だ。彼は矢を引っ張って頭から抜く。血が噴き出している。そしたら第二陣なのか矢が今度は寸分の狂いもなくクリストフの首を刎ねた。すぅっと彼の身体は消えて行った。

「ダミーだな。」

「す、すごくない?矢の命中率!」

「ユズちゃんって・・・」

セドリックははしゃいでいるユズを抱きしめたくなった。

ユズが窓から顔を出せば、ジェイドが手を振っていた。ウィリアムが弓を持っているのが見える。ユズは手を振り返す。

「じゃ、この塔は物理的に破壊していくぞ」

セドリックが言って、ユズは思いっきり剣を床に叩きつけたのだった。


ガラガラと崩れていく塔を見て、ジェイドは一瞬心配になった。でもすぐにセドリックがユズと一緒に現れる。

「殿下!すごかったね!私感動しちゃった!」

「は、な、なんて格好してやがるっ破廉恥だぞ!」

「そうか?ナターシャはもっとすごかったぞ!」

「あの女と張り合うな!目のやり場がないだろ、なんとかしろ!」

一応マントも羽織っているのに、何が問題なのか。アレクシスが飛んできて、また同じ様なことを言うから、ユズは耳が痛くなって、塞いだ。

「て、怪我もして・・・どこに怪我してんだよ!」

胸元を見たと思ったら、アレクシスは自分のマントもかけてユズを覆い隠す。テルテル坊主のようになってしまった。

「な、治すか」

ジェイドが恐る恐る手を上げるが、アレクシスはぎろりと睨んだ。

「見るな」

「もう血は止まってる。薄皮だよ、大丈夫だ」

「大丈夫なわけあるか!」

アレクシスはユズの口に万病治療薬をねじ込んだ。もったいないと思うが、彼が有無を言わせずに飲め、と言うのでごくりと飲み込んだ。身体が光って、傷を癒していく。


アルベルトがハインデリヒ卿を拘束して、魔法憲兵に送りつけた。

「クリストフはダミーだったか。まあ、あいつが俺のいるところにわざわざ来ないよな。」

ハインデリヒの館はこちら側が制圧して決着がついた。


***


その日はウィザードランドのアルベルトの家で休養を取ることになった。アルベルトは事後処理やエルドラドへの連絡などで忙しく、アレクシスは補佐でまたいろいろ動き回っていた。

「明日ウラヌスタリアに戻ったらすぐに交戦準備になる。マルスとのゲートも開通した。いよいよだな。」

アルベルトは神妙に話した。

「・・・一度アルテミシアに戻って、俺も軍を率いてそっちへ向かう。」

「本当に助かる。恩に着るよ、ウィル。」

ジェイドは頷いて礼を述べた。

「俺が助けられたのだ、これは恩返しだ。」

ウィリアムはそういった。ユズのほうを見るのは癖になったのか、彼女を見れば、ナターシャと談笑しているようだ。昨日彼女に助けられたのがもう大分昔のことに思えるほど今日は怒涛の一日だった。

みんなそれぞれ部屋に引き上げて休むというので、ウィリアムは思い切ってユズに声をかけた。

「少し時間はあるだろうか」

「・・・部屋に来る?」

「男を簡単に部屋に上げるな!お前にそういう感覚はないのか」

「ああ・・・ごめん」

ユズは疲れて思考が働いていないようだった。彼の話はアレクシスのようだから、ユズは苦手意識があった。お説教はごめんだ。聞くよりは寝たい。居間からテラスのほうに出ると月明かりは眩しく、湖のような池を照らし、妖精がダンスを踊っている。妖精王の屋敷では妖精が見えるのだ。

「昨日は助かった。礼を言いたかった。」

ウィリアムは一本赤い薔薇をユズに差し出した。

「わあ、綺麗。くれるの?」

「一目惚れをした。結婚してほしい」

「あ、そうなの。ごめん、私好きな人がいるの」

「・・・好きな人」

「ジェイドだよ。」

隠すつもりも何もないのでユズは言う。それを言うだけで心が温かくなる。

「ジェイドとは婚約しているのか」

「正式にはしてないと思うけど、私はジェイドと結婚するよ」

「なら、しょうがないな」

ウィリアムは潔く諦めたようだった。ジェイドが良い男なのは幼い頃から知っている。武力はいまいちだが、その分気遣いもできれば、周りに働きかける力もあるから国民からも慕われている。

「なら結婚式は呼んでほしい。それなり祝いの品を贈ろう」

「うん、楽しみにしてる」

結婚式なんて夢みたいだな・・・とユズは妖精のダンスを見てため息をつく。

「ここで寝るな、部屋へ行け。」

「・・・もう、呼び出しておいて、勝手なんだから。」

だけどウィリアムは振られたのだ。一人にしてほしい。


ユズはとぼとぼテラスから居間へ戻って、アルベルトにお休みを言って、今度こそ部屋へ引き上げようと二階へ行く。ベッドに身体を投げ出して、やっと一息ついた気がした。

明日、ジェイドの国へ戻って、もう戦争になるのだ、と思えば眠れないんじゃないかと思ったが、思った以上に今日が疲れ果てたようだった。


コツンと窓に小石が当たって、外を見る。のろのろと身体を起こして窓を開ける。

「ユズ、入れてくれ」

「・・・え、不法侵入?」

「ばか、歴とした夜這いの作法だろうが」

夜這いに歴としたとかしてないとかあるのだろうか。木に登ってジェイドが手を伸ばすから、ユズはその手を取れば、身軽に彼は部屋に入ってきた。

「アレクに怒られるよ」

「バレなきゃいい」

それはデジャヴだな、とユズは肩をすくめた。

「戦の前の日は家族と過ごしたいだろ」

「・・・エルドラド殿下のところに行きたいの?」

ユズは別にオニキスのところに行きたいとは特段思わなかった。明日すぐに交戦準備に入ると言われてもユズには実感がなかったし、自分の役割のようなものもよく分かっていない。ジェイドのそばで彼を守れたらいいとは思うけれど。

「えっと・・・兄貴じゃなくて、お前のとこに来たんじゃん?意味分かる?」

「私を家族と思ってくれてるって意味?」

自信なさげに言えば、ジェイドは嬉しそうに頷いた。ジェイドはユズの手を取って、ベッドに座らせて、自分もその隣に腰かける。

「眠そうだな」

「うん、今日は疲れた。」

ユズが隙だらけだ。ジェイドはさらさらとハニーブラウンの髪の毛を撫でて、目を細めた。話なんかしてると寝てしまうんだろうな、と思う。

「そうか、じゃあ寝るか。」

「一緒に寝るの、久しぶりだね」

ジェイドが靴を脱がせてくれて、当たり前のようにちゅうっと唇に口づけた。ぽすりとベッドに寝かされて、角度を変えてまた口づける。夢見心地で、ユズはキスにこたえて、悪戯にシャツの裾から入って来る手にぞわぞわした。このまま、エッチしちゃうのかな、なんてぼんやり考える。眠気に勝てない。瞼が重い。性欲より睡眠欲が勝っている。

「寝たか・・・おやすみ、ユズ」

もっと話がしたかったし、愛の言葉を伝えたかったし、できることなら結ばれてしまいたい。だけどそれはジェイドの一存では決められないことだ。相手があるということは、そういうことなのだ。ユズの言うように、久しぶりに一緒に眠れる。どきどきと心臓が高鳴って、彼女のいい匂いに頭がくらくらする。体温が、生きていることを伝えてくれる。やっぱり思うのは、この温もりを失いたくないと思うし、叶うなら再び自分がこの腕に抱き寄せて確かめたい。だけどそんな日は来るのだろうか。戦争が始まってしまえば、近くないうちに自分も死ぬのではないかと、漠然と思っていた。悪魔をこのウラヌスの剣で倒せば・・・3年の期限を待たないで、消え去ってしまう気がするのだ。

目頭が熱くなって、ジェイドは腕で目を押さえた。死にたくないなんていまさら、思うのは、ユズを好きになりすぎたせいだろうか。欲が出るのだ。この子の未来に自分がいることを望んでしまう。そんなものは全部捨てたはずなのに。ジェイドは振り切るようにユズを抱き寄せて目をつぶる。さらさらと頭を撫でられて、目を開ける。綺麗な琥珀色の目がジェイドを見つめていた。

「怖いの?」

「・・・お前は怖くないのか」

「私がジェイドを守ってあげる。」

怖いものなんか何にもないよ、と子どもに言うようにユズは言う。

「そのために来たんだから」

ユズはジェイドの国を助けるために来たわけじゃなく、ジェイドを助けるために来たのだと言う。それが間接的にはウラヌスタリアを救うことになるのかもしれないけれど。

「今、俺のものになってくれないか」

翡翠色の目が、情欲に駆られたようにユズを見つめ返す。ジェイドはどうしても刹那的にしか考えられなくなっていた。ユズを今、自分のものにできなければ、そんな機会きっと一生ない。それが辛くて、涙が零れる。ユズはその涙をキスで掬う。

「私、ジェイドが後悔することは反対だよ」

「本心から、思ってることだ」

確かにジェイドの本心なのかもしれない。だけど別の本心も彼にはあるのをユズは知っていた。どっちも彼の本当の心なのだろう。

「お前が好きで、大事にしたい・・・誰にも、渡したくない。死にたくない。」

自分は死ぬから、アレクシスと幸せになれなんて言っていたことが、懐かしい、とユズも鼻の奥がつんとなる。

「愛してるんだ」

どうして、嬉しいはずの言葉がこんなに苦しいのか、ユズには分からなかった。彼の命の有限だけがこの苦しみを助長しているのは事実なのだろう。

「ジェイド、私きっと、あなたが死んだら一緒に死んであげる。それくらいあなたが好きだよ。」

「そんなのっ、ダメに決まってるだろ」

ジェイドはユズの額に額をぶつけて叱った。

「でも好きなの。どうしようもない。それくらい許してほしい・・・。あのね、あなたと生きられないなら、私、セックスとか一生しないで死にたいのよ」

「う・・・ユズ、なんでそんな、悲しいこと言うんだ。」

ユズはだってまだ16になったばかりで、あんなにそういうことに興味津々なくせに、そんな悟ったことを言わないでほしい。ジェイドがそうさせているならやっぱりこの気持ちを彼女に打ち明けるべきじゃなかったし、彼女を傷つけてでも突き放すべきだったのか、と感傷的になってしまう。

「え・・・嬉しくない?貞操を守るのカッコいいでしょ」

「嬉しくない!・・・ん?・・・俺にもくれないんだろ?」

「うん。あげないよ、だってジェイドは死んじゃうんでしょ」

「ふ、なんだか理不尽じゃね?死にたくて死ぬわけじゃないのに」

ジェイドに貞操を捧げてから、それを守るというのなら分かるのに、ユズはジェイド本人にもくれないと言うのには少し笑えて来た。


「ねえ」

ユズの綺麗な目をジェイドは見つめ返す。

「迎えに行ってあげるから、帰っておいでよ」

ドクンドクンと心臓が鳴っている。ジェイドは突然眠たくなった。

「来たらだめだ・・・お前を連れて行ってしまうかもしれない・・・」

もう夢の中で話しているのか、現実で話しているのか、ジェイドには分からなかった。


日の光が窓から入って来ていた。目を開けて、隣を見ればユズの安らかな寝顔があって、幸せを感じる。窓から来たから窓から帰るのが習わしだけど、面倒になって、布団から出られない。ジェイドは朝、布団のぬくもりから抜け出すのは苦手だった。ましてや隣にユズがいるのだ。

やっと身体を起こし、解けていた髪の毛を結んでいく。

「私がやってあげる」

「おはよう、起こしたか」

「おはよ、今起きた」

ジェイドの髪の毛を三つ編みにして、髪紐で結んだ。

「ねぇジェイド。」

ジェイドはユズのほうを見ようとしたけど、ユズはそのまま聞いてほしいと言う。

「悪魔を倒したら、・・・あなたを殺さなきゃいけないんだって。」

「・・・」

「悪魔に呪われたままの魂を聖獣に食べてもらえば、救済できるんだって。だから聖獣がいるうちに、あなたは死ななければいけない。」

ジェイドはウラヌスの剣をギュッと握った。止めたはずの涙がポタポタと床に落ちていく。


「私が、」

ユズはジェイドの肩を押して、今度は自分のほうを向かせた。彼の握っている剣をその手の上から握る。そして、琥珀の双眸はジェイドの翡翠をまっすぐに見つめた。

「私が、あなたを・・・必ず助けてあげる。」

それは、そうすることで、自分の魂が救われるということなのだろう。


いつか、最後に彼女に見つめられて死にたいと思ったことを、ジェイドは思い出す。愛する人に殺される・・・自分はまだましだ。でもユズが自分をこの手にかけるなんて、惨い運命を担わせるのはどう考えても残酷で、ジェイドには到底受け入れられない。一回目に死んだときとはもう気持ちも何も違うじゃないか。


「意志あるところに道は開ける・・・私はあなたの役に立ちたいの。」

ユズの強い視線は、今まで見たどんな彼女の目よりきっと美しくて、悲しくて、愛おしかった。





物語も次章がクライマックスです。ここまでお付き合いくださりありがとうございました。


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