先か後かの話
第五章 魔術師協会事変はこれで完結です。
ユズは目が覚めて、ジェイドが壁に寄っかかって寝ているのを見た。手元に手紙が複数落ちている。オニキスからの端的な文面が見えた。自分を心配しているのかそうでないのかは分からない。ジェイドを布団に寝かせて、布団をかけてやる。「・・・ユズ」小さく呟かれたけど、目は開かない。寝言のようだ。トイレに行こうと、そっと部屋を出る。素足だったから、靴じゃなくスリッパを掃きたかったが、見当たらなかった。
トイレから戻って、居間を見渡せば、ジェイドのベッドで知らない子どもが寝ていた。保護した子どもとも違う。
物音が聞こえたのか、気配が分かったのか、アレクシスが部屋から出てきた。
「目が覚めたか、オニキス様に連絡は?」
「ジェイドが取ってたみたいだったけど・・・また連絡取れるようになったの?」
「ああ、奪われた荷物は全部取り返した。指名手配も解かれたし、お前が動けるなら明日にも特急に乗って移動する。転移魔法は一度行ったところじゃないとバラバラになる危険があるんだと。ここからジュピタルへは帰せるとは言っていた。お前、どうする?戻るか?」
ユズは首を振る。
「か、帰れって言わないでよ、もう捕まったり、怪我したりしないって約束するから」
「俺の部屋に来るか。少し話そう。」
ユズは背を押されて、アレクシスの部屋に入った。入ったのは、実は初めてかもしれない。夜中に密室で男女が二人きりになるのはいけないのではないか、とユズはおかしな思考になる。夜中じゃなくてもだめだと、こないだジェイドが身をもって教えてくれた。
「あ、アレク、私は病み上がりだし」
「何言ってんだ、お前の期待に添うことはねえよ。俺はジェイドとは違う。」
「期待なんてしてない!」
まあ、座れ、とベッドに座らされる。病み上がりだと言うのは知っている。彼女の顔の血の気はないように見える。アレクシスはベッドの向かい側の一人がけのソファに腰を下ろした。ラフな格好だし、色気がすごい。ユズは落ち着かないでプルプルと震えてそわそわと目を泳がせる。
「転移魔法が使えるなら、ジェイドだけでも先に国へ戻してやらないか。」
一度行ったところへは転移できるなら、ジェイドは国へ帰れるはずである。
「ああ・・・そうだね。」
ユズは言われて、ジェイドに思いをはせる。なるべく早く、彼を家族のもとに返してあげたい。それはユズも思っていたことだ。でもなるべく一緒にいたい。そういう個人的な気持ちももちろんある。
「ジェイドが、そういうなら、私はそれでいい。」
「そうか、お前が話すよりは俺が話す方が良いと思うから、明日話す。」
「どうして転移が使えるようになったの?」
「あの子どもみたいなの、妖精王なんだとよ。」
居間で寝ている子どものことをアレクシスは説明した。あれで250歳だということも。妖精王は高度な魔術がどこでも使い放題なのだそうだ。
「すごい人なんだね」
「人ではねえだろ。妖精だ。」
「それは、そうなのだけど・・・あ、あいつはどうなったの?」
メリッサのことをユズは聞いた。
「妖精王がねじ伏せた・・・が、あれは実体じゃねえから、実際には無傷だ。」
「・・・実体をなんとかしなきゃか。どこにいるの」
「ウラヌスタリアにいるらしい」
「ジェイドの国ってこと?」
アレクシスは頷く。中継が終わった後、すぐにエルドラドからアルベルトに向けて通信があった。魔法使い同士は独自の連絡ツールがあって、すぐに会話ができるようだ。と言ってもみんな連絡無精で、今まで誰もすぐにつながることはなかった。今回はたぐいまれな速さでつながったのは事態の切迫を示していると言ってもよい。
「・・・ジェイドを行かせて、危険じゃないかな」
「オニキス様がいるし、大魔法使いが二人もいるなら大丈夫だろ。なんならアルもつけてもいい。そしたら三人だな。三対一で勝てねえってことは戦略ミス以外の何ものでもない。オニキス様に至って、戦略を見誤ることはないだろ?」
「魔法使いの戦いについてはあの人は分からないでしょ。私は少し不安だけど・・・・かといって私がいて何ができるかといえば、兄上以上のことはできない、よな」
不安はあるけれど、ユズが四の五の言ったってどうにもならないことだ。ジェイドが国に帰るメリットの方が多い。家族に会えるし、友人に会えるし、加護を集めたウラヌスの剣は悪魔を倒すことができる聖剣である。
「大魔法使いが三人いるなら、一人くらい戦略担当がいるだろ。妖精王はお前と同じタイプだが、ジェイドの兄貴は結構思慮深そうな感じだったぞ」
「・・・私ってどんなタイプ?えっと、ジェイドのお兄さんに会ったの?」
「お前は考えるより身体が動くタイプだ。会ってはない。妖精王と話してたのを聞いてただけだ。」
そう考えると、アレクシスは考えることもできるし、身体を動かすこともできる両立型というやつなのだろう。
「私だって結構考えてる・・・こともあるよ」
「戦においてはってことだ。俺に支持された方が動きやすいだろ」
「うん。」
「でも上に立てって言われたらできるだろ」
「・・・たぶん」
そんな場面は滅多にないから分からない。
「まあ、お前は動きたいように動いてくれて構わない。俺は合わせられる。とりあえず、二人でウラヌスタリアを目指す場合のことを少し話そう。」
ジェイドがいないとなると、野営の準備が必要だ。雨風夜露をしのげている今の状態がいかに恵まれているかが分かる。しかも季節は冬だ。彼女の立場を考えればなるべく駐屯地を設けて進んでやりたいがかなりの時間ロスになる。アレクシスは地図を出して、ユズに説明した。アーセナルを抜けて、アンドロメダ市国に入る。ここは三時間で通り抜けられる本当に小さな国である。クラウディア大国の首都には飛行場があって、そこからメビウスの国まで飛んでいける。オニキスも使ったこのルートが最短だ。ここからなら、一か月ほどだ。アーセナルを抜けるのにあと半月かかるというのだから、この国の広大さは大したものだ。
「ずいぶん・・・ジェイドはずいぶん遠いところから来てたのね」
たった一人で。ユズは改めてそれを思えば、涙が出てきた。
「今日はここで休め。俺は居間に行く。」
「あ、お、おやすみ」
「おやすみ」
アレクシスは話は終わったと立ち上がって出て行った。本当に何もしないのだな、とユズは驚いた。ユズはだから、これが普通と思ってしまっていた。でも普通ではないのだ。好きな子相手だと、普通は手を出したくなるものなのだろう、と今までの経験や聞いた話からそう結論付けた。だから手を出さないというのは相手にしていないのではなく、アレクシスの愛が深い故だということに今なら分かる。小さいころから、アレクシスは本当にユズを大切に思ってくれているのだ。現在進行形で。ユズには分かりにくくはあったし、口うるさいし、他の女とは普通に関係を持つのに。
「・・・分からん、アレクの愛情って複雑だ」
もう空は白み始めている。でもまどろみはやってくる。まだ完全回復はしていないのだろう。血が足りない。いっぱい寝て、いっぱい食べて、早く元気にならないと。
***
ジェイドは目が覚めた。ベッドにいた。自分はまたそんな欲望に忠実なことを全く記憶もないのにしてしまったのか。一緒に寝たら脳天から真っ二つだ。慌てて身体を起こすが、ユズはいない。ならセーフか、いやアウトだろ。というかユズはどこにいったのだろうか、ジェイドは居間への扉を開ける。午前五時くらいだろうか。
「起きたか、話がある」
「アレク、落ち着いてくれ、俺は看病してたんだ、本当だ、一緒に寝ようなんてつもりは全く、これっぽっちも」
「うるせえ、アルが起きる。この部屋で話そう」
ジェイドは近づいてくるアレクシスに反射で扉を閉めて抵抗した。バンっとうち開きの扉にジェイドは抵抗むなしく扉の餌食になった。
「俺が見たときはお前は椅子で寝てたよ。どうせユズが引っ張り込んだんだろ。」
そのあとユズはアレクシスの部屋で寝せたということだ。なら未遂だ。ジェイドは一安心した。真っ二つは避けられそうだ。
「ジェイド、単刀直入に言うぞ。」
アレクシスは話をごまかすということをしない。それは合理的に話せるという面では助かるけれど、言われる内容によってはグサグサ心が痛むから覚悟が必要だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。今結構ナイーブなんだ。ユズを、死なせてしまうかもしれなかった。俺が、俺がメリッサのことを調べたいなんて、言ったからだ。」
「お前の旅だ。お前に従う。ユズのことは悪かった。俺も目を離して、まんまと攫われた。目的は、グリフォンの血らしいぞ。セドリックが共犯だろって見解だな。」
「・・・セドを信じたのは俺だろ。俺のせいだ。」
どうやら本当にナイーブらしい。どうしたものか・・・とアレクシスは考えた。この状態で、話を切り出して、彼は頷くとは思えなかった。
「俺たちグリフォン領の騎士は、戦死は誇るべきものだ。そう、教えられている。」
「失いたくない、ユズも。お前もだ。」
「俺たちも同じだよ、ジェイド。お前を失いたくない。なあ、先か後かなんて話、したことあるか?」
アレクシスには珍しい話の切り出し方だ、とジェイドは思った。
「自分が相手より先に死ぬか、それとも後に死ぬか。」
ジェイドは首を振った。普通に考えれば、もう自分が先だとばかりジェイドは思っていて、今回はそれが覆りそうだったから、恐ろしかった。
「お前の状況を取っ払ったとしたら、どっちがいい。」
自分のこの呪いのことがなかったとして、ユズと出会えたわけはないのに、そんなことを考えるのは無駄な気もするが、アレクシスが綺麗なエメラルド色の双眸で見つめてくる。男でも見ほれるほどの容姿だ。真剣に考えなければいけない。
「・・・アレクは?」
「俺は、後だ。最期を看取ってやりたい。最後の最後まで、あいつの目に映っていてやりたい。あいつの最後に見たものが俺でありたい。」
アレクシスの答えはずっと決まっていたかのようにすらすらと口から出た。それは、確かに羨ましいかもしれない。
「・・・俺はさ、一回死んだことがあってさ。確かに悪くないって思って死んだんだよ。最後にあの子の目を見れたことが。」
そのときから、自分の中にはユズのあの目が残っている。それで、ずっと恋をしている。そんなことをいまさら実感して、バタバタと馬鹿みたいに涙が出てきて、部屋の中のティッシュをアレクシスに押し付けられる。
「・・・だめだな、こりゃ・・・ジェイド、ユズと離れてお前だけ先に国へ帰れっつったら帰るか。」
「・・・どうやって」
「妖精王が転移魔法を使える」
ジェイドは、雷に打たれたかのように、固まった。二人と、とりわけユズと離れることはもう金輪際しないと誓ったばかりだ。しかし手段がある。そして自分の帰りを心待ちにしてくれている人がいる。それなら悩むのはわがままなのではないか。建前なんやらユズに怒鳴ったくせに、自分が一番それに囚われている。
「・・・ユズは?ユズにはもう話したか」
ジェイドは動揺して、ドキドキと心臓がうるさくなるのに気づいた。
「ああ、お前が帰ると言うなら、それでいいと。なあ、ずっと帰りたがってただろ?」
ジェイドはすくっと立ち上がって、部屋を出た。
「あ、ジェイド、おはよう。」
「おはよう、ジェイド」
居間にユズとアルベルトがいて、アルベルトが色んな魔法を使って朝食を準備してくれている。ジェイドは挨拶も返さないで、ユズの手をつかんで普段アレクシスが使っている客間に入って、鍵をかけた。そしてぎゅうぎゅうとユズの体温を確かめるように抱きしめる。
「・・・どうした、落ち着いて」
「・・・国へ帰れる。」
「そう、ジェイド、アルベルトがすごい魔法使いで」
「お前は、俺について来てくれるんじゃなかったのか、俺が、望めば」
震える彼の声の涙の理由は、ユズには難解だった。嬉しいから泣いているのか、悲しいから泣いているのか、苦しいから泣いているのか、ない交ぜになっているのか。何と言葉をかければ正解なのか、分からなくて、言葉が出てこない。
「・・・ユズは!俺と離れても平気なのかっ、お前が・・・お前がそう言ってくれれば、俺は」
ユズはジェイドの背に手をまわして、ぽんぽんとあやすようにさすった。
「・・・ジェイド、愛してる。本当よ。離れたくない。一緒にいたい。私の気持ちだけで言うならあなたと一緒にあなたの国まで行きたい。あなたと過ごせる時間を大切にしたい。」
だけどきっと、周りが望まないし、そして彼も、その選択はしないのだろうとユズは思うのだ。抱きしめる、力が緩んでいく。ジェイドはそっとユズと距離を取って、左手を握る。
「苦しくて、今すぐ、死んでしまいそうだよ、離れたくない。お前を俺の一部にしてしまえたら、楽なのに。」
「すぐに追いかける。だから、待っていて。」
「アレクとユズが二人きりで旅するなんて、やだ。それにそれに」
子どもみたいにぽろぽろ泣くジェイドの頭を撫でて、ハンカチで涙を拭いてやる。
「ユズとそんなに離れるのは、俺は、耐えられない」
ユズはジェイドを居間に引っ張り出し、アレクシスは呆れて、アルベルトは本人がちゃんとそのに行きたいと思わないと転移魔法は成功しないぞ、とジェイドにパンを切り分けてくれた。
「男がそんなことで泣くんじゃねえ、俺は13から5年もこいつと会わなかったんだぞ、手紙一つのやりとりもしてねえわ。」
「ジェイドはユズがとっても好きなんだな、ユズも飛ばしてもいいが・・・やっぱりバラバラになるかもしれんな、魔法は原則に則って使わなければ危険なものだ」
子どもの容姿でアルベルトは大人の言葉遣いなので、違和感がある。本人はいたって250歳だと豪語している。
「ユズと、離れたら・・・俺は、死ぬ」
「はあ・・・もう何回か死んだところで生き返るんだろ。望み通り、殺してやろうか」
アレクシスは剣を抜いた。泣きべそをかいてユズに引っ付いているのを見るのが若干うざくなったからだ。
「では、ジェイドの気持ちに折り合いがつくまで、とりあえずは列車に乗ろう。愛しいフィアンセと離れ離れになる辛さは分からんでもない。愛は偉大なる魔法でな、人を殺しもするし、生かしもするものだ」
アルベルトは訳の分からないことを言い出し、一向に旅準備を急がせた。ジェイドが機能しないのなら、最年長である自分が取り仕切らねばなるまい、と張り切っている。アレクシスの当番のはずの皿洗いもちょちょいと魔法で終わらせてしまった。
「ちょっと待て、フィアンセではない」
アレクシスは大事なところなので否定する。
「大体合ってるだろ、俺は結婚を前提に付き合っているつもりだし、ユズだって指輪を受け取ってくれたし」
目元が腫れて、普段よりも目が小さくなったジェイドは目をこすりながら弁明する。ちなみにユズとずっと手をつないだままだ。アレクシスなりに気を遣った結果、無理に引き離せなくて、ずっとそのままなのだ。ナイーブとは便利な言葉だな、とアレクシスはため息を吐いた。
剣の中を出る前に、アルベルトはエルドラドと連絡を取った。
「エル、これから貴殿の国へ向かう。アンジェは元気だろうか』
『アンジェは息災だ。今朝から地上の浄化を始めてくれた。まもなくシールドが取れそうだ。普通の交通手段を使うのか?アルだけなら転移で来れるのでは?』
「そうだな、今朝アレクと話したが、ジェイドを送って、俺はアレクとユズについているのが良いのではないかと思ったのだ。ジェイドがいなくなれば、剣の空間魔法が使えなくなる。その代わりは俺が引き受けよう。ジェイドもアレクとユズの二人旅は反対していたから、それも解決だ。解決しないのは、お前の弟がユズから離れたがらないことだけだ。これが解決したらジェイドだけでも先に貴国へ送ろうと思う」
『ジェイドがわがままを・・・。少し話せるか。』
アルベルトはジェイドにエルドラドの声を届くようにした。
『ジェイド、聞こえるか』
「・・・・聞こえない!」
『意固地になってユズに迷惑をかけている場合か。みんながお前を待っているんだぞ、カサブランカをはじめ国民がこの二年半どんな思いでお前の帰還を待ち望んでいたか』
「今はそんなこと言わないでくれ!」
ジェイドは耳を塞いでも無駄なのに、そうして抵抗する。
エルドラドはこれは何を言っても無駄か、とアルベルトに波長を合わせた。
『昔から頑固なところのある子だ。面倒をかけるが、頼む。』
「ああ、可愛い弟じゃないか。しかと送り届ける故、安心してくれ」
話が終わったらしくジェイドは耳から手をどけて、ウラヌスの剣を持ち上げた。剣から出るのと同時にアルベルトが駅まで転移魔法を使った。同じ都市の中くらいなら、安全に運べるようだ。
「そういうわけで、ジェイド。俺がいたら、一か月かかるところを二週間くらいまでに縮めることができるし、野宿ももちろん心配ない。どうだ、先に行く気になったか。」
アルベルトがジェイドの懸念を少しでも緩和するように取り計らってくれているようだ。ジェイドはじとっとアルベルトを見て、ユズに張り付いた。敵だと思った。敵ではないのだが、ユズと自分を引き離そうとするやつらはみんな等しく敵である。
「・・・私がばらばらになるしかない。」
「こいつをいったん殺して、知らない間に転移させるってのはどうだ。」
「一日とて、この子ども体温を手放すつもりはない」
もうユズはジェイドをほとんど背負って移動していた。いい加減に切れそうだったが、アレクシスは我慢した。ジェイドの気持ちに踏ん切りがつくまでは見守ろうと思う。ジェイドも成人前だとはいえ、子どもではない。やらなければいけないことは分かっているが、自分の本意と齟齬が生じている。離れたくないが、離れなければならないのが分かっているから、こうなのだ。こう思いのままに行動できる彼がアレクシスは少し羨ましかった。こういう精神の甘えは一流の騎士を目指す自分には許されない。
列車も特等席を取って、食べ物も飲み物も妖精たちが勝手に手配してくれる。アルベルトの名前は世界政府をも動かすらしく、特急列車は最初に乗った時よりは数段に速かったし、乗務員はあくせくと走り回っていた。
「いやだ、一か月が二週間に、たとえ一週間になったとしても、俺はお前と離れたくない」
普通に聞くだけなら、恋人から言われてとても嬉しいセリフだ。しかしただのわがままである。
「そう・・・なら、キスをしてあげるのはどう?」
「え・・・お別れのキスなんてしない!俺は!」
ジェイドは何でも悲しい方に結び付くようだった。
「離れてしまえば、もう二度と会えなくなったり、会っても記憶がなかったり、別に運命の人が現れたり・・・アレクとどうにかなったりするかもしれないだろ」
「小説の読みすぎでしょ。アレクとはどうにかならんわ。」
「お前、そこだけ否定するな、普通に傷つく。ジェイド、いい加減にしろよ、まず、ユズから離れろ」
「俺とユズを引き離すなら、アレク、俺はユズと駆け落ちする!」
アレクシスと戦う選択肢はジェイドにはない。逃げるしかできない。ユズはジェイドの耳に口を寄せた。大人になって好きな子に耳打ちをされるのは存外くすぐったくて、ドキッとした。
「ウラヌスタリアで再会したとき、ぎゅーってしてあげる」
もう、本当に、きゅんとする。片時も、離れたくない気持ちは全然落ち着いてくれない。むしろ増すばかりだ。
「・・・あと、暗い時に、お部屋に行ってあげる」
それは・・・、明るい時はだめだった、キスの先の続きをしていいということなのだろうか。ジェイドは耳打ちをし返す。
「ユズは俺を何で懐柔するつもりなの、国に行けばお前のお兄様もいるんだからそういうのは無理だろ、本当に、殺される。」
そしてそれで国へ帰る決心をすると思われているのは心外だ。自分はそんな、即物的な欲求で動くことはない・・・、と信じたい。
「ジェイド、お前の時間はどう使おうがお前の勝手だよ。家族だってお前と過ごしたいだろうって俺とユズは言ってんだよ。お前がそういうの全部擲ってユズを選ぶってことは、ユズにも少なからず、負担にはなるぞ。こいつは、言わねえけど、そういうのは考えてる。」
ジェイドは、う・・・と言葉に詰まった。アレクシスの言うとおりである。ユズの重荷には、なるべきじゃない。
「剣だけが必要なら、それを送ることもできるぞ」
アルベルトは提案してみる。
「剣がなけりゃ、こいつはただの足手まといだ」
「アレク辛辣過ぎない!?俺、ナイーブだって言ったよな!」
「もうだいぶ回復してる、ナイーブな奴はユズとこそこそ話したりしねえ」
「加護をもらったのはジェイドだから、剣だけ行っても、たぶん召喚はできない、気がするけど。」
ユズは剣に加護を集めたが、集めた本人がやはり重要だと思っている。それはジェイドも妖狐の本を読んで、認識した事実と相違ない。やはり自分が行かねばならぬのだ。ふう・・・とため息が出る。そしてユズの手をぎゅっと握る。
「離れたくない」
「大丈夫、またすぐ会える。兄上に結婚のこと説得しておいてよ」
「え、絶対無理、ユズの兄上はたぶん俺と話してくれない。」
「そんなことない、もう弟のように思ってる」
「ないないない」
アレクシスはそれはジェイドに同意した。あのオニキスがユズの結婚相手にジェイドを認めるとは思えない。マリカの結婚相手は家格が上すぎて反対もできなかった反動がユズに全投入されている。自分でさえ、懐に入り込むのは苦労したのだ。彼が妹の結婚相手に望むのは自分と等しい武力があること、それのみである。
「ユズは、寂しくないのかっ」
「朝言ったのが私の本音だよ。それで動ければ楽ではあるけど、多くの人があなたを待ってることは急務?ってやつでしょ。ジェイドは王弟殿下だ。立場のある人なんだよ、私なんかを優先させてたら・・・?」
ユズは途中で何が言いたいのか分からなくなって、眉をしかめた。ジェイドはそれに少し笑って、握っていた手を少し緩めた。
「ユズには、一国を傾ける力があるってことだな、違いない。」
「違うと思う。」
ユズに即答されたが、だんだん気持ちの整理がついてきた。
「行くよ、行くけど・・・行ってらっしゃいのキスを「させるか、アル、殺っちまってくれ」
変換がおかしい。
「アレク!人の心を持て!」
「持たん、早く行け。ユズから離れろ」
ジェイドがアレクシスとすったもんだしている。アルベルトは転移魔法を発動して、ジェイドの身体が光る。
「ユズ、必ずまた会おう」
もう二度と会えないかのような大げさぶりだ。本当に小説の読みすぎだ。ギュッと左手を握っていた彼の右手が透けていく。ぐいっと彼の襟を引っ張って頬に唇を寄せる。
「またすぐ会えるよ」
ユズは男前に笑ってジェイドを見送った。
あとがき
●ジュピタル王国 グリフォン領
ユズ
本作主人公。グリフォン侯爵家令嬢。第三子。自分の気持ちを表に出すのは苦手。難しいことを考えるのは苦手。ジェイドが二人きりだといちゃいちゃしたいみたいで困っている。聞くだけならいいが、実践への耐性はない。アレクシスも変な独占欲を出してきて困っている。兄上に会ったらアレクシスのことだけは報告しようと思っている。ジェイドが女々しいと男前になる。
アレクシス
グリフォン侯爵家直属、アンダーソン家の跡取り息子。ユズの気持ちに寄り添おうと行動を改善中。わりとうまく出来ているかもしれない。今は結構良好な関係であると自分では思っている。ユズの気持ちはジェイドにあることは理解はするが、立場上も気持ちの上でも認められない。ユズの気持ちが一生自分に向かなくても不屈の心で愛してる。
オニキス
ユズの兄。グリフォン侯爵家長男。秀でた武力を誇る。悪魔をも恐れさせるえげつない戦い方をするため、悪魔内ではこいつとは戦いたくない、と情報共有をされる。たとえ加護を攻略されたとしても、恐れられている。
妖狐の里より
セドリック
はぐれ鬼。霊力があれば高度な妖術を使える。下等悪魔と契約中。それなのに札のために行動を共にと申し出る。敵なのか味方なのかはっきりしない。
ナターシャ
絶滅危惧種吸血鬼。変化の術なら成り代わりレベル。元人間であることはセドリックには言っていない。セドリックと契約しているが、セレスティン・グリフォンへの恩義があるため、ユズに対し思い入れがある。
●ウラヌスタリア王国
ジェイド
女々しいが一応ヒーロー枠。王弟。悪魔の呪いで余命幾ばくもない。今回は国のことを考えて、魔術師協会に介入すると決めた。ユズが全くわがままを言わないし、自分にも気を遣っているのが分かるのでもう本当に悲しい。ユズに自分の気持ちをぶつけてみたところで、どうしようもないのに、怒ってしまったからさらに自己嫌悪で女々しくなる。国には帰りたいが、ユズとは離れたくない。葛藤に葛藤をして、帰らねばならないことを渋々受け入れる。
エルドラド
ジェイドの兄。現在国王代理。別名ヘルメス四世。ひっ迫する国政への対応と、世界状況への対応に疲弊が出てきた。一人で抱え込める案件ではない。だって大魔法使いになって5年も経ってない、もう最年少と言っていいのに・・・という本音は決して表には出さない、賢者。オニキスにも叱責されるし、しっかりせねばとは思うが、自分が動けないので手詰まり状態。行動派の魔法使いが多い中、まとめ役をしなければならないのもストレス。ジュリアナが来てくれて本当に嬉しい。ジェイドに会いたい。
●大魔法使い関係
メリッサ三世
ジョセフィーヌ・ダグラス。発明の魔女。シミカドル爆弾を発明。この世界の緑化を推奨。そのために人間を排除する結論を出す。悪魔と手を組んだのか、利用しているのかは不明。聖獣の加護を攻略する悪魔を開発中。
パトリオット七世
妖精王の末裔。アルベルト・ルシアン・ド・オベロン。容姿は子ども。250歳。青く光る銀色の髪の毛に青紫の瞳。あらゆる妖精を従えることができる。中級悪魔なら恐れをなして逃げ出す。人間と美しいものが好き。だまされやすいのでしっかりした人間の側近が必要。アレクシスが気に入った。
ジュリアナ三世
大聖女。シスター・アンジェリーナ。年齢は25歳だが、10歳からジュリアナ三世を賜っている。歴代の大聖女の記憶を継承しているに加えて賢いのでエルドラドと同じ年だが、大魔法使いの先輩である。聖なる力を意のままに操れる。治癒や浄化に特化しているものなので悪魔や魔獣もまったく怖くない。聖獣とはお友達。夢で聖獣のいる世界に行ける。ジュピタルでの状況はラルフ以外からは聞いていた。ラルフはやはり聖獣の世界でも引きこもり。そろそろウラヌスタリアへ行くか・・・と重い腰を上げるが、あちこちで重病人やけが人を治療してしまう。聖女の性。




