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結果と再会


 一次試験の三日後、センナはムジナと共に再び紫麗殿に来ていた。

 紫麗殿の前にはセンナと同じく試験結果を見に来た者たちで込み合っている。前にいる人たちが次々と肩を落として帰っていくのを見て、センナは胃の辺りが締め付けられる感覚に陥った。思わず目を瞑って、心臓の鼓動が落ち着くように胸に手を当てて深呼吸をする。


(駄目でもしょうがない。参加できただけでも一生の思い出になるもの)


 ぎゅっとつぶった目を恐る恐る開いたセンナは、張り紙の真ん中辺りに「五十四」の番号を見つけた。


「あ、あった!お爺様、あれ五十四ですよね?ありますよね?」

「ああ、見えておるよ。おめでとう」


 ムジナはセンナの輝くような笑顔を見て優しく頷いた。


「信じられません。私、また舞台に立てるんですね」


 センナの脳裏に過るのは、一次試験の舞の感触。都の楽師の演奏は美しく洗練されていて、それに合わせて舞うのは幸福な時間だった。

 ムジナに参加するか問われた時は大口を叩いたが、一次試験で目にした美しい豪族の娘たちを目にして、センナは完全に圧倒されてしまっていた。

 彼女達に混ざって舞う資格が自分にあるのかと直前まで重圧に押しつぶされるような気持ちだったが、案内人かけてくれた『舞は楽しいもの』という言葉で我に返った。試験とはいえ、板の上で舞ができる喜びを思い出したのだ。あの案内人の言葉がなければ一次試験の舞を楽しめなかったかもしれない。センナはそっと紫麗殿を見つめると、その中で今も働いているかもしれない案内人に心の中で礼を言った。


***


  興奮冷めやらないまま、宿に戻ったセンナは手渡された二次試験の概要についての書状を開いて、しばらく眺めるとそっと閉じた。


「お爺様。すみませんが、中身を読み上げていただけませんでしょうか」


 品物を店に届けたり、受注を受けたりといった家業の手伝いをすることもあるセンナは数を表す文字や、「皿」や「花瓶」のような見慣れた字は読めるのだが、この書状に書いてある内容についてはさっぱり分からなかった。


「どれ、見せてみなさい」


 ムジナが試験概要を読み上げる。


「日時は十日後、場所は紫麗殿。試験内容は、課題曲の中から一曲を選び、披露することとする。課題曲は『薫風』『紅葉』『黎明』。また、当日は候補者の関係者の見学を許可する。おお、どうやら私もおんしの晴れ姿がみれるようじゃな」

「お爺様が来て下さるのは嬉しいのですが、他の候補者の関係者…つまり貴族や豪族の方もいらっしゃるということですよね」


 センナは一次試験で間違えて入ってしまった部屋にいた娘たちのことを思い出して表情を固くした。


「舞姫になれば王族の前で舞うことが当たり前なのだぞ。これくらいで萎縮してどうする」

「は、はい…!」


 センナはムジナの叱責にその通りだと自分の甘さを痛感した。


「じゃが、そうなってくると今の衣装のままというわけにはいかんな」


 ムジナは顎に手を当てて考える。例年、二次試験は貴族や豪族が審査員を務めると聞いている。一次試験は楽舞局の人間が貧富の差を考慮し、純粋に舞の腕だけを判断しただろうが、二次試験は簡素な衣装で挑めば見劣りし、評価が下がるに違いない。

 そもそも、新しい衣装すら用意できない平民が独学で一次試験を通過することが異常なのだ。


「お爺様、そのことなのですが」


 センナは一次試験で貴族か豪族の待機場に迷い込んだこと、そして目を見張るほど美しい少女から簪を貰った経緯を話した。衣装を用意してくれたムジナの手前、衣装を馬鹿にされたことはやんわりと説明したが、ムジナは状況を察したらしく「それは大変だったなあ。よく頑張った」とセンナを慰めた。


「やはり、この簪はお返しした方がいいでしょうか」

「いや、その場には多くの者がいたのだろう。貴族や豪族の家同士は仲が悪いことも多いから、他家の前で言った言葉を反故にするような真似はしないはずだ。その娘の言葉通り売って、衣装を買いなさい」


 ムジナは宿の主人に芸館の知り合いはいないか聞いてみようかと思っていたのだが、新品が買えるならそれに越したことはない。センナが手にしている簪なら高級なものを選ばなければ衣装を上下一式揃えられるくらいの値は付くだろう。


「分かりました。そうします」

「衣装もそうだが、曲目は大丈夫かい。課題曲の中に知っているものはあるかのう」


 センナは頷いた。


「『紅葉』は知っています。曲も振りも頭に入っています」


 そう言ったセンナの顔にはもう微塵の不安も見られなかった。


***


「ど、どうしよう…」


 ムジナの前で自信満々に宣言したのとは真逆の表情で、センナは道に立ち尽くしていた。

 簪はムジナが換金してきてくれるというので、センナは宿の主人の紹介で舞の衣装を扱っている店に行ったのだが、予想以上の数に圧倒されて、どれが良いかわからず途方に暮れてしまったのだ。一旦店を出た今も色とりどりの内衣の群れが頭を支配している。


「おい、道の真ん中で立ち止まるな」

「す、すみません!」


 後ろから声をかけられ慌てて振り返ったセンナは目を丸くした。笠を被ったその長身の男には見覚えがあった。というか、笠の下に仮面なんて変わった格好の武官はそうそういないだろう。


「あなたは…」

「ああ、君はあの時の饅頭娘か」

「その呼び方は止めてください!」


 あの晩、ライと名乗ったその男は面白そうに目を細める。


「これは失礼。そういえば私は名乗ったが君の名前を聞いていなかったな」

「私はセンナと申します」

「で、センナ殿はなぜ通行の邪魔をしていたんだ?」


 ライに促される形で道の邪魔にならないところに移動したセンナは言葉を詰まらせる。

 衣装に悩んでいたなんてこの男にいったら馬鹿にされそうだが、都の人間である彼の方がセンナより余程服に詳しそうだ。


「選姫の儀の二次試験のための衣装について悩んでいたのです」

「おお、一次試験を通過したのか。すごいな、今年は特に参加者が多くて激戦だったと聞いているぞ」


 ライが思いのほか嬉しそうなので、センナは少し意外に思う。

「武官様は選姫の儀についても情報を得られるものなのですか?」

「え、ああ…。まあ、俺は楽舞局に知り合いがいるからな。噂程度なら耳にする。それより、その武官様というのは止めてくれないか。今日は非番なんだ。ライでいい」


 言われてみればライは、初めて会った時の武官服ではなかった。非番ということは時間があるのかもしれない。センナは思い切って頼んでみることにした。


「ではライさんとお呼びしますね。あの、厚かましいお願いかとは思うのですが、衣装を選ぶのを手伝ってもらえませんか?」


 楽舞局の知り合いがいるライなら、選姫の儀に相応しい衣装を選んでくれるかもしれないと思ったのだ。

 まだ二回しか会ったことがなく、ずけずけと物を言う男だが、センナは不思議と彼が悪人ではないと信じられたし、どこか親しみやすい空気を感じていた。


「構わないが…。衣装なら女性に頼んだ方がいいのでは」

「都に知り合いがいないのです」

「そういうことなら、まあ」


 ライは気乗りしない様子だが、了承してくれた。


 センナは再び先ほどの店に入る。

 ライが笠を手で押さえて仮面が目立たないように苦心しているのを見て、センナはライが衣装選びの手伝いを渋った理由を察した。


「すみません。無理やり連れてきてしまって…」

「ああ、この格好は私の都合だ。気にするな。それで、曲は決まっているのか?」

「はい。『紅葉』という曲なので、扇は赤にして、内衣は淡い黄や緑、水色、逆に濃い緑や藍色、紫なんかも一般的と言われたのですが…」


 センナの顔が徐々に険しくなっていくのを見てライは吹き出しそうになった。相当悩んでいるらしい。


「まあ、赤が映える色は意外と多いからな。都では淡い色より濃い色が流行っていると聞くが」

「それはここの店主さんにも言われたのですが、私は目立つ容姿ではないので他の人と似た雰囲気だと埋もれるかなって」


 それに、貴族の娘達に囲まれた時に助けてくれた少女に『明るい色が似合っている』と言われたことが嬉しく、センナはつい明るい色に目が行ってしまっていた。

 一口に淡い色といっても内衣だけで十着以上候補がある。着物に目をやり眉間の皺をどんどん深くしていくセンナにライは苦笑して声をかけた。


「一度店を出よう。少し考えがある」


 ライは店を出ると「少し歩くがいいか?」とセンナに尋ねた。センナは困惑しながらも頷き、ライの後をついて行くと店ではなく民家が集まっている区域にたどり着いた。都の民家だけあって、センナの家より立派な造りのものが多い。その中の一軒の前で立ち止まったライは扉を叩く。


「あらまあ!どなたかと思えば若様!こんなところで何をなさっているのですか?」


 家の中からはセンナの母より少し年上の恰幅のいい女性が出てきて、目を丸くしてそう言った。


「すまんな。少し部屋と笛を借りたいんだが、上がっても良いか?」

「若様の頼みをお断りする訳ないでしょう。狭い部屋ですが、お上がり下さい」


 ライと知り合いらしいその女性は明林と名乗った。急にやってきた見知らぬ小娘であるセンナにもとても丁寧に対応してくれたが、センナがライに連れられてきた理由を聞くと目を丸くして、少し咎めるような視線でライを見た。


(もしかして、武官が選姫の儀の候補者に手を貸すのって良くないのかな。ライさんは楽舞局に知り合いがいるって言ってたし)


 ライは「衣装選びを手伝うだけだ」と明林を安心させるように微笑んだので、明林は困ったように頷き、取り繕うように笛を探すために立ち上がった。

 手持ち無沙汰になったセンナは部屋の中を見回す。たまに息子が帰ってくる時以外は一人で暮らしているという家はなかなか広く、手入れも行き届いて綺麗だ。


「若様、笛というのは息子が昔使っていたこれでいいのですか?」


 明林はどこからか古びた横笛を取り出してきてライに見せると、ライは頷いた。


「ああ。懐かしいな、あいつは全く上達しなかったが」

「私も楽器はからきしですから。きっと似てしまっんでしょうね」


 明林の言葉にライが笑う。目と口元しか見えないのに、センナの目にはその笑顔はとても優しく映った。明林の息子とライはよほど仲がいいのだろう。


「センナ、私が横笛を吹くからそれに合わせて舞ってみてくれ。実際の舞を見れば衣装の方向性も提案してやれるかもしれない」


 ライの言葉でセンナはようやくなぜこの家に連れてこられたのか理解した。


「分かりました」


 突然やってきて舞を始めようとするセンナ達に明林は驚いた様子だったが、センナのために踊りやすいよう部屋の物を動かしてくれた。


 ライが笛を構える姿はなかなか様になっている。目を合わせると、ライは息を吸って笛を奏で始めた。

 笛の音に合わせて足を一歩前へ踏み出し、扇を顔の前に翳す。頭の中にしっかり入っている振りの通りに動きながら、センナは内心ライの笛の上手さに驚いていた。

 貴族はたしなみとして楽器を学ぶらしいと聞いたことはあったが、センナが出入りしていた芸館の奏者よりよほど洗練された音をライは奏でている。


 笛の音色に触発されるようにセンナの舞は優美さを増していった。扇の動きは軽やかでありながら静謐で、舞い踊る紅葉の静かな生命の輝きが表れている。

 センナの舞が深みを増していくのを見て、ライは笛の音をややゆったりとしたものに変える。センナはそれを感じ取ると少し微笑んだ。


(楽しい。一次試験も楽しかったけど、今はもっと楽しい)


 美しい衣装を身にまとっている訳でもなく、笛だけなので楽器の編成としても足りていないが、そんなことよりも自分が表現したいことを分かってくれる人の演奏に乗れていることがとても楽しかった。


 舞を終えるとただ一人の観客になっていた明林が笑顔で拍手を送った。


「さすが、舞姫を目指すだけのことはありますねえ。見惚れちゃって、今日は良い夢がみれそうですよ」

「ありがとうございます」


 手放しの賛辞が嬉しく、センナは満面の笑みでライを見る。


「すこいな。これほど見事だとは思ってもみなかった」

「そ、それほどでも…」


 ライに素直に賞賛されるとセンナはなんだか照れてしまった。


「君はどんな情景を思い浮かべて舞った?」


 ライの言葉にセンナはキョトンとする。


「情景…」

「紅葉は紅葉の舞い落ちる様を扇で表現する舞だ。一口に紅葉と言っても、いつどこで見ているのかで印象は大きくかわるだろう」


 センナは言葉を詰まらせる。


「そ、そこまで考えていませんでした」

「だろうな。君が内衣の色で悩んでいるのを見てそうだろうとは思っていた。普通は自分が舞で表現したい情景に合わせて衣装を選ぶ。青空に舞う昼の紅葉なら空色を、静かな山間なら濃い緑色を、といった具合にな」


 センナは目から鱗が落ちた気分だった。舞の衣装に表現者の思いがこもっているなんて考えてもみなかったのだ。


「私は、やはり未熟者ですね」


 肩を落とすセンナにライは小さく笑った。

「いや、何も考えず今の舞ができたなら、ある意味天才だろ。…私は先ほどの『紅葉』を見て夜を思い浮かべた。今まで見た中で一番深く静かな『紅葉』だった」


 ライの言葉にセンナは少し考える。


「月の綺麗な夜に、池を覗き込むと一枚の紅葉が舞い落ちるんです。水面の月が揺れて…」


 水面が凪いだら、誰かの顔がそこに映っている。


(そんな、ことがあったような…)


 センナのひとり言にライが首を傾げる。


「それを思い浮かべて舞ったのか?」

「いえ、夜の紅葉と言われて今急に思い浮かんだと言いますか…」


 センナも自分で訳が分からなくなって眉間に皺をよせる。


「私は舞には詳しくないですけど、お嬢さんの舞には何か澄んだ空気を感じましたよ。秋の少しひんやりした夜の空気。ぴったりじゃないですかねえ」


 困った様子の二人に助け船を出すように、明林が明るい声を出す。


「明林のお墨付きなら大丈夫だろう。詳しくないとは言っているが、何代もの舞姫の舞を直接見たことがあるからな」

「そうなんですか!」

「昔の話ですよ」


 明林に礼を言って屋敷を後にした二人は、衣装屋で夜を思わせる内衣を見つけることができた。最初は渋々だったライが何故か乗り気になって裳や奏衣を選び始める。


「あの、夜の雰囲気を崩さない程度に明るい色を入れることはできますか?普段は着ない色なので浮いて見えそうな気がして…」

「そういえば、最初に来た時も明るい色ばかり見ていたな」


 ライは並んだ奏衣を眺めて考え込みながらそう言った。


「先日、私は明るい色が似合うと言われたので…」

「随分単純だな」


 ライのからかうような言葉にセンナはムッとして、一次試験で貴族達の部屋に迷い込んだことと、そこで起こったことを話した。


「そんなことが…まあ、貴族や豪族の中には傲慢な者が多いからな。これからは一人で関わらないように気を付けた方がいいぞ」


 ライは渋い顔をして、センナに忠告する。


「でも、私を助けて下さった方はとても素敵でした。凛としていて、でも笑顔は優しくて。あと瞳が綺麗な山吹色で、大変な状況だったのに見惚れてしまいました」


 センナが瞳を輝かせて話すのを見て、ライは零すように笑った。


「君は、少し呑気すぎやしないか?」

「楽観的なのは長所です」


 センナは胸を張って言い返す。


「まあ、そのご令嬢の見立ては確かだな。君には明るい色が良く似合う」


 ライはセンナの胴体に淡黄色の奏衣を翳した。


「ただ、明るすぎると夜の雰囲気に合わないから難しいな」


 ライが真剣に選んでくれているので、センナも負けじと一生懸命選ぶことにする。


(分からないことだらけだけど、楽しいな)


 ライと衣装を選んでいると、驚くほどあっという間に時間は過ぎ去っていき、一式決めた頃には日が沈みかけていた。


「すみません、宿まで送っていただいて」

「また人さらいにでも遭ったら、私の責任になりかねないからな」


 ライの憎まれ口は相手に気を遣わせないためのものだと気づいたセンナは苦笑する。


「私、二次試験も頑張ります。あの、もしかしてライさんは二次試験を見に行ったりする予定があるんですか?」


 一次試験の前、ライは『一次試験に通れ』『楽しみにしている』と言った。もしかしたら、朝廷の官人は観覧できるのかもしれないとセンナは思ったのだ。


「どうだろうな」


 ライは謎めいた笑顔を浮かべる。


「せっかくだから、見に来て欲しいです」


 センナは真っすぐにライを見た。

 ライは目を丸くしてセンナを見つめ返す。


「約束は…できないが、善処する」


 二人の間を春の風が優しく通り過ぎた。


「センナなら、きっと貴族や豪族の度肝を抜く舞ができる。二次試験も絶対通れよ」

 ライの言葉にセンナは頷く。


「楽しみにしていて下さい」



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