6.
「ただいま……って、なんだこの匂い」
帰宅早々、明人は怪訝な顔をした。
「おかえりなさい。苺ジャム作ってたの。換気はしてるんだけどねぇ」
どうしても、甘い匂いが部屋に残る……らしい。
作っていると感覚が麻痺してくるのだけど、外から帰ってきたばかりの明人がいうのだからそうなんだろう。
「ああ、あれか。久しぶり……っていうか数年ぶりというか」
「アキの場合、下手したら二桁年数ぶりなんじゃない?」
正体が分かったからか、顔をほころばせる。
私は一人暮らしを始めてから何度か作ったけれど、明人が自分で作るはずもなく。
「いや、一回、お前が作ったやつのおすそ分けもらったからそこまでじゃないはず。といっても年単位に違いはないけどな」
「……そうだっけ?」
記憶にない。
「甘いものはどっちかっていうと苦手なんだけど、これだけは別なんだよな」
うきうきと、という表現が似合う、軽い足取りでキッチンに顔を見せる。
そんなに好きだったのか……ごめん今まで知らなかった。
「味見していいか?」
「手洗いうがいしてからね。出来立てで、まだ温かいの。これはこれで美味しいから楽しみにしてくれていいわよ」
そう教えたら過去最高速度で明人が戻ってきた。……なんだか子供みたい、って言ったら怒られるかな。
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「美味い」
端的な感想に、ほっとする。
「そう? 良かった。なんだかんだで日本とこっちでは手に入る材料の質というか……癖? が違うから、口にあったようで良かったわ」
「違うものなのか?」
「特に砂糖がね。日本のは一定品質で、安く大量に手に入るけれどこっちはそうもいかないから」
今日はいつも買い物をするお店で苺がたたき売りされていたのでその気になっただけだ。
「そういうものか」
「うん。だから、って訳じゃないけれど、次作るのはいつか分からないし、当分先だと思っておいてね」
リクエストされる前に釘をさしておく。
「材料ぐらい、いつでも買ってくるぞ?」
「確かにこっちは砂糖が高いっていうのもあるけれど、そういう問題じゃないのよ」
「……そういえばおふくろも、あまり作ってくれなかったんだよな」
「瞳さんの気持ち、すっごくよく分かるわ。あのね、材料って、苺と砂糖だけなのよ。家庭によって微妙に違うし、私の母親と瞳さんも砂糖の量が少し違ったりするんだけど、基本はこの二つなの」
「それで?」
材料と作らない理由のつながりが分からんと、明人は首をかしげる。
「砂糖なの」
「それは聞いた」
「そうだけどそうじゃなくて。砂糖をね、苺とほぼ同じだけ使うのよ」
「……」
「そりゃこれだけ砂糖投入したら美味しくもなるわよねーって作ってると実感しちゃう」
「つまり、」
「カロリーが心配です。以上」
「……ああ、そう……」