20.老犬
「セリス、ヨシムネに回復魔法をかけてやってくれ」
「えっ!? でもそうしたら、わたしの魔力は尽きてしまうわ。
リョーキが万一大怪我でもしたら……」
「そうでござる。いざという時にとっておくべきでござる」
「いや、おそらく、俺はこいつには勝てねえ。
噛まれれば一撃で絶命するだろう。
回復魔法なんて意味がないはずだ。
よしんば勝てるのならば、勝負は一撃で決まる。
それこそ回復魔法の世話にはならねえはずだ」
『リョーキ……、本気でいってるの?』
「ああ、これでも相手の強さぐらいは肌でわかる。
伊達に修羅場をくぐって来てねえ。
その俺の戦闘本能が告げるんだ。
勝ち目がないわけじゃないってな。
そういうわけだ。
セリス、ヨシムネ。
ここから去れ。
万一負けた時に次に狙われるのはお前たちだ。
それで街の奴らに伝えるんだ。
こいつはとんでもねえ奴だってことをな」
「そんな……」
「拙者はリョーキ殿の戦いを見届けることも許されんでござるか?」
「ああ、すまねえが……。
なにも無様な姿を見せたくないって言ってるわけじゃねえんだ。
ただ、万一のことを考えた安全策をとってくれという願いだ。
ヤンキー特有の心配りだと思って黙って言うことを聞いてくれねえか?
いわゆるヤンキー親切だ」
「ヤンキー親切……」
「リョーキ殿……」
その時ふいに思いもかけない方向から声があがった。
「殊勝なことだ。
それとも弱気がそれを言わせるのか」
『犬が……』
「「犬が喋った(でござるか)!?」」
「まあ、魔王の強さを超えているんだ。
喋ってもおかしくないだろうさ」
俺は、ヤンキー特有の素直さでそれを受け入れた。
犬は、なおも言葉を掛けてくる。
「儂は別に魔王の強さを超えているとは思わん。
奴らも馬鹿じゃない。
自らに牙剥く魔物をそこまで強化はせんじゃろう。
儂が魔王に歯向かって行ったところで返り討ちにあうのが必至。
まあ、もっとも逆らえんように調整されておるらしいがの」
「まあ、お前、尋常じゃない強さの犬が、魔王に届くか届かねえか、はたまたそれ以外の事情なんてこっちにゃ関係ねえ。
ただ俺はお前をぶちのめす。
場合によっては殺してしまうだろう。あるいはこっちが殺られるか。
俺はただ、己の拳での強さを求めているだけだからな」
「ふん。こんな場末に配属されて、魔王軍は何を考えているのかと思ったが。
少しは骨のある奴だとみておったのだがな」
「そいつはどうも」
「だが……、儂の煮えたぎる血を鎮められるほどの強さでもなさそうじゃ。
拍子抜けも甚だしい」
「やってみなければわからんぜ?」
「今の状態では敗北は目に見えておろう。
おそらく貴様の拳では儂の体に少々のダメージを与えるのが精々だ」
「こっちには切り札があるんだ」
「それに気付かぬ儂だと思うか?
手の内は既に読んでおる。それを知ってなおの物言いなのじゃが?」
犬はそういうとしゃがみこみ、伏せの態勢をとった。
かなりなめきっている奴のようだ。
「試してもみねえで」
「試したところで同じであろう。
じゃが、ひとつ提案がある。
儂も弱者をいたぶるのは好まん。
どうじゃ、ひとつ真剣勝負で挑まんか?」
「俺はいつでも真剣そのものだ。
ヤンキーは手抜きをしねえ。
いや、手抜きをするヤンキーは数居るが、そいつらは本物のヤンキーではない。
俺は、この世界に生きるただ一人の純潔のヤンキーだからな」
「スキルカードを見てみるがよい」
犬が唐突に言った。
『そうだよ、リョーキ』
「どういうことだ?」
『雑魚とはいえ、かなり強い犬を何匹も倒したから経験値が溜まっているはず。
一旦戦いが終了して次戦はまだ始まってない。
だから、今のタイミングなら新たなスキルをとったり、運が良ければレベルアップができるかも?』
「なるほど。
おい、犬。お前の言っているのはこういうことか?
溜まったポイントでスキルをとって、さらに進化した俺と戦いたいということか?」
「そういう意味で受け取ってもらってかまわんのじゃ。
もうひとつ付け加えておくならば、お主が戦いに負けたとしても後ろの女二人には手はださん。
見逃してやろう。お前の負けっぷりをとくと拝ませてやればよいじゃろう」
「犬にしてはなかなかにサービス精神が旺盛だな」
「元々の契約上、お前を仕留める、あるいは足止めするのが儂の役目じゃからな。他の連中をどうこうせよなどという命令は受けておらん」
犬は一段とリラックスしている。
まるで俺が取るに足らない相手のようだ。
それは事実なのかもしれないが、目に物を見せてやろうという意気込みがこちらにないわけではない。
俺はスキルカードを見た。
見慣れないクラスが選択候補に挙がっている。
「ちっ、ヤンキー王にはまだなれねえようだな」
『そんなクラスあるかないかも……。
って、剣聖!!
リョーキ、剣聖のクラスが!!』
「剣聖?」
「なに? リョーキ殿。いまなんと?」
「いや、剣聖ってクラスが選択肢にあがってるんだ」
「まさか、剣聖とは剣士の最高峰。
よほどの修練を積みそして選ばれたものにしか到達できない伝説上のクラスでござるぞ?」
「どうして、剣なんてつかわないリョーキが剣聖に?」
『もしかしたらボクのせいかも。
ボクを装備するだけで、剣士としての基礎能力は大幅に上昇して、誰でも大剣士クラスの技量を身に付けることができるんだよ。
だから、ボクを装備している状態での能力値アップにスキルカードが反応したのかも』
俺は、ホリィから聞いた話を他の奴に伝えてやった。
別に伝える義理はなかったが、なんとなく気になってそうだったからだ。
「剣聖であれば。
その魔王よりは弱いかもしれないが、滅法強い犬に届くかもしれぬでござる」
「でもヨシムネ。
さっきもそうだったけど、それに前もそうだったけど、ホリィちゃんの剣ってリョーキが使ったら切れ味ゼロのナマクラになるんじゃないの?」
「それは……。
おそらく、伝説の聖剣。使い方によって力を引き出すも殺すも使い手の意識次第でござる。
拙者は使ってみたからわかったでござるが、使い手の意図が、潜在意識がその攻撃力に生半可なく反映されるのが、聖剣なのだと思うでござる。
事実、剣であった時のホリィ殿の攻撃力は拙者にとっても不可解なほどに低かったでござる。
が、拙者の愛するニホントウの形となった時には、信じられないくらいの攻撃力を生んでくれたのでござる。
それはひとえに、剣を使う時の拙者の気持ちと、カタナを使う時の拙者の高まりがストレートに伝わって攻撃力にまで反映されたということでござろうとおもうでござる」
「そうなのか? ホリィ」
『それは多分あると思う。
リョーキはボクを使っていてもどこかで刃物で敵を斬るという行為に躊躇しているから』
「それであんなナマクラになったわけだ」
『相性が悪いのかもしれないね』
「なにをだらだらと。
さっさと剣聖へクラスチェンジして、聖剣での攻撃に切り替えればいいであろう?
それしか儂に勝つ術はないんじゃからな」
「俺の気持ち次第ってことか」
『リョーキ?』
「だが、断る。
俺はあくまで拳で生きる男だ。
それを曲げしまったら俺は俺でなくなる。
俺が俺でなくなるくらいなら、魔王を倒して元の世界へ戻ることも、元の世界でヤンキー全国制覇を行うことも、意味がなくなるのだ」
『それなら!』
突然ホリィは姿を変えた。
元の幼女の姿に戻った。いや、元々が聖剣だから、こっちの姿が仮の姿か?
「リョーキ、聞いて!
ボクは聖剣だけど、ヨシムネに対してニホントウの姿を取ったことでもわかるように自在にいろんな武器の形態をとることができるんだよ」
「ああ、知ってるぜ」
「たぶん、たったひとつあの魔王よりは弱いらしいけどありえない強さの犬に勝つ方法がある」
「聞くだけ聞いてやる」
「メリケンサック、あるいはカイザーナックル。
なんでもいいけど、僕はリョーキのスタイルに合わせた武器になる」
思い詰めたホリィ。それは自分の聖剣としての生き方を捻じ曲げる行為なのかもしれない。
ホリィはホリィで俺の意見を尊重し、自分を殺してまで策を練ってくれているようだった。
「でね……」
と続けるホリィを俺は制した。
「ホリィよ、それは素手とはいわぬ。
鉄パイプであれ、メリケンサックであれ、光りモノであれ、一対一の戦いでは絶対につかわないのが俺のポリシーだ」
「違うの! さっき、聖剣モードで装備効果で剣聖のクラスが出たじゃない。
だから、今のリョーキなら、剣じゃなくって拳、ボクが拳の攻撃に特化した武器になって装備すれば、拳聖、あるいは拳神にだって手が届くかもしれない」
「で、その後は素手に戻って戦うってことだな」
「そうだよ。
それなら、リョーキの生きざまを捻じ曲げることにはならないでしょ?」
「ふむ、面白い。
相手が拳神であれば、多少は楽しめるというもの」
犬が興味深そうに呟いた。まだまだ犬の余裕は消えていない。
それはそうだ。
犬の戦闘力は53万あるのだ。
魔王の戦闘力は一説には30万だったが、それよりも強いということになっている。
そもそも魔王の戦闘力が30万というのは見積もり上の説だ。
人間が人間である以上、到達できる強さは20万に満たないと言われている。
だから、パーティを組んで魔王に向っていくことが推奨されている。
そもそも20万などという戦闘力に到達できた人間は確認されていないのだ。
伝説として、剣神や拳神、といったクラスを極めたものが10万以上の戦闘力に到達したと語られているのみなのだ。
俺が拳神になれたとして、そして気合やその他のスキルで己を高めたとして、53万は遠い頂だ。
だが、そこまで差を詰めれば戦いようによってはあるいはというレベルにまでなるかもしれない。
勝率は3割を超える。
が、俺はホリィに言った。
「そういうのは、システムの隙をついたずるだ。
装備を変えて地力を高めて、クラスをとって装備を変えるなどという面倒かつ不正すれすれの行為だ。
そして俺はずるは嫌いだ」
そして俺は、スキルポイントを割り振っていく。
正当な手続きで己の力を増すことには躊躇が無いのだ。
決戦直前。ここで得たスキルが戦いを大きく作用することは必至。
「じゃあせめて、邪魔にならないようにするから。
ボクを装備して戦ってよ。
使わなくたっていいからさ。
じゃないととても戦闘力53万の犬には勝てないよ」
「ホリィよ。
約束だっただろう。
一度は俺の好きにさせてくれ。
それで負けたら、その時は俺はホリィの言うことに従う。
試してみてえんだ。
素のヤンキーが、拳だけでどこまでいけるのかを。
それにちょうどいい相手に恵まれた幸運をむざむざ捨てるわけにはいかねえ」
「ほう、あくまで一人で向かってくるか」
犬が立ち上がった。
「おうよ、準備はできたぜ」
「ならばくるがよい。弱きものよ。
その強さ、見極め、そして思い知らせてやろう」
こうして俺と犬のリベンジマッチが始まった。
俺は犬に向って駆け出した。
拳を握りしめながら。己の力のすべてを拳に込めて。
俺の、異世界ヤンキー道はここから始まるのだ!
流石にもう、書いていて無理だし、飽きました。
読んでくださっている方もそこそこいるようですが、そんなに面白くないでしょう?
それがわかってるから書くのがつらくなってきました。
この後犬にまた負けて、でも犬は事情を抱えた幼女で、セリスとヨシムネと犬(名前はコロ)で、魔王を目指して旅に出る予定なんですけど、多分もう書けません。
すんませんでした。




