21.提案
「そもそも、聖剣の、つまりはホリィの装備による補助的なパラメータの上昇効果で俺が強くなっても意味はねえんだ」
俺は、悩ましげに言った。
「ちょ、そんな」
セリスはややあきれ顔だった。
ヨシムネはひとり頷いている。
「まあ、犬を大量に倒したことはノーカウントということにしてしまおう。
あれは、セリスやヨシムネを護るための緊急避難措置だったからな」
言いながら、俺はスキルカードを弄った。
犬を大量に倒して得た経験値でレベルはあがっている。
そして、スキルの取得ポイントも結構溜まっていた。
まずは、気合スキルをマックスにする。
残りの全てを攻撃力に割り振る。
これで、現状の俺がとれる手段は全てとったことになる。
『ああ、リョーキ。
拳聖になってからだったら、もっとすごいスキルがあったかも知れないのに……』
ホリィが嘆くが俺は気にしない。
「さあ、犬っころよ。
またせたな。
勝負だっ!」
俺は気合スキルを限界まで発動させながら犬に向って行った。
もちろんホリィは置いて行った。
犬は、じっと待ち受けている。
「どうした? 来ないのか?」
「実につまらん。
儂が相手をするまでもないのじゃ」
「といってもお前以外に相手はいないぞ?」
「今のお前の力。
スキルをとって満足しているようじゃが、そこの女侍の足元にも及ばんぞ?」
犬はとんでもないことを言った。
「まさか!」
幼女の姿に戻ったホリィが驚く。
「いや、しかし……。
あり得ない話ではないでござる」
ヨシムネは犬の話に納得しかかっているようだった。
「もちろん、侍は素手というわけにもいかぬじゃろう。
剣の少女よ。再び剣の姿へと変わるのじゃ」
「どうして、あなたの言うとおりにしないといけないのよ!」
セリスが突っ込む。
が、犬は平静だった。
「自分たちの置かれた立場がわかっていないようじゃな」
犬は、くいっと首を持ちあげた。
するとさっき倒した沢山の犬の数倍の犬が現れた。
「そんな……。
これだけの数の強い犬がまだまだいたなんて」
セリスが絶望的に呟いた。
「さっきは、ボクの装備効果で犬を片っ端からやっつけたけど、今のリョーキは丸腰だよ。
これだけの数を相手に敵うわけないよ!」
ホリィは泣きそうになりそうだった。
「やってみるまではわからんだろう」
俺は言った。ヤンキーに諦めという文字はないのだから。
「待て。なにもこいつらにお前達を襲わせようというつもりではない。
ただ、言うことを聞くように環境を整えたまでのことじゃ。
侍の傷を癒し、カタナを持った侍と少年であいまみえよ。
勝った方の相手をしてやろう」
「そんな。
リョーキとヨシムネが戦うなんて……」
「なんて酷いことを」
ホリィとセリスはショックを受けているが、
「あいや、わかったでござる。
リョーキ殿言うとおりにするでござるよ。
セリス殿、回復魔法を。
ホリィ殿、しばらく力を貸してくれでござる」
「どうして!? ヨシムネ」
ホリィは納得がいかないようだったが、ヨシムネの顔に浮かんでいる表情を見て何かを感じ取ったようだった。
ヨシムネが簡単に犬の言うことに従っているのにはなにか訳、つまりは策があるということか。
しぶしぶながらホリィは聖剣ならぬ聖刀へと姿を変える。
「うむ。それでよいのじゃ。
侍と少年。
いくらでも時間がかかっても良い。
己の全てを出しきって戦うのじゃ。
勝った方と儂が相手をしてやろう。
ついでに、双方の回復も請け負ってやる。特別サービスといったところじゃな」
犬は回復魔法も使えるようだった。
なんて、すごくやり手の犬だろう。
魔王より強いかもしれない戦闘力を持ちながら、人語をあやつりしかも魔法まで心得ているということだ。
魔王軍の幹部に強化されたのがその全ての理由だろうか。
犬には謎が沢山ありそうだったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ヨシムネはカタナを構えた。
俺も、戦闘態勢に入る。
「二人とも!? 本気なの?」
「犬がやれと言っているのだから仕方ないでござる」
ヨシムネはどうやら躊躇はしていないようだった。
「これはあくまで儂への挑戦権をかけた通過儀礼。
ヤンキーの少年の強さは儂に遠く及ばぬどころか、その侍にも劣る。
劣る相手と牙を交えてやるほど儂は親切ではないのじゃ」
犬は高みの見物を決め込んでいる。
「リョーキ殿! 行くでござるよ」
ヨシムネがじりじりと間合いを詰めてくる。
俺には不思議とヨシムネの意図がわかった。
今の俺では犬に勝てないのはある意味では事実なのだろう。
だから、ヨシムネは自分との戦闘の中で俺に何かを掴ませようとしているのだ。
それは真剣勝負の中で生まれるひらめきにも似た何か。
技なのか、スキルなのか、それとも心理的な何かか。
それがなんであるかわからないが、犬へと少しでも近づくために俺はヨシムネとの戦いで学ばなければならない。
驚異の強さを誇る犬との戦いを勝ちへと誘うきっかけを。その道の存在を。
気合で強化された俺の肉体は、ヨシムネの剣を素手で弾き返す。
とはいっても、刃の部分に当たれば致命的ダメージは避けられない。
俺は剣の腹を器用に押しのけながら攻撃の隙を狙う。
相手の攻撃を躱すのではなく、ふところに飛び込んだうえで無力化する。
これは、街での特訓中にもさんざん行っていた行為だ。
が、それはヨシムネも同じこと。
俺の手の内など全てわかっているようだ。
ヨシムネはフェイントを入れながら、俺の体を切り刻む。
俺の体に傷がひとつ、またひとつと増えていく。
が、気合で強化された俺の体は聖刀といえでも簡単には切り裂けないようだった。
肉は斬られても骨まではダメージは達しない。
が、ヨシムネは非情にも俺の傷口を執拗に狙ってくる。
重ね切りされた傷口がどんどん深くなっていく。
脇腹、そして右肘、左の手首付近。
この三か所に狙いを絞っているようだった。
が、俺は違和感を感じた。
確かに有効な攻撃ではある。
しかし、何かが物足りない。
「ヨシムネ!
手を抜くとはどういうことだ!」
半ば推測だったが、俺の言葉は的を得ていたようだった。
「見破られてしまったでござるか。
しかし、手を抜いているわけではござらん。
勝利のための最善手を打っているだけのこと」
何時しか俺は犬のことなどすっかり忘れていた。
この、最強の刀を手にした剣士。いや侍。
それがたとえ女であったとしても、滅法強い犬を除いて、俺が出会ってきた中で――前の人生でも異世界ででも――もっとも強い相手だ。
こいつに勝ちたい。
俺の意識はいつしかそのことで占められていた。
ヨシムネの攻撃は鋭く、速い。
致命撃を受けないのがやっとである。
が、それは本気の攻撃ではないと俺は看破した。
だが、ヨシムネはそれは策であるという。
ということは、と考えて閃く。
そうだ。ヨシムネは今自分の流派を封印している。
すべての太刀筋は上段、中段、下段、様々な方向から迫ってくるが単調なものだ。
本来のヨシムネの剣技は亜流とも我流ともそして邪流とも呼べるトリッキーなものだ。
それを使っていないっていうことは。
可能性は二つ考えられる。
ひとつは、単に手を抜いているということ。
そしてもうひとつは、じっくり蓄え、使用の時を待っているということだ。
俺は後者だと狙いを付けた。
いつか来る。
単調な攻撃になれた俺の隙を狙い澄ました攻撃が。
俺は神経を研ぎ澄ませた。
「もういい。もういいよ。
二人とも、戦いをやめて逃げましょうよ。
滅法強い犬は無理でも、他の犬ぐらいなら二人で力を合わせたらなんとか逃げ道ぐらいは」
セリスが割って入る――もちろん割って入ったのは言葉だけで、真剣に戦いを続ける俺とヨシムネの傍にもよってこれない――が、
「いや、それは無謀というものでござろう」
と、ヨシムネは一旦剣を引いた。
そして説明口調になる。
「あらたに現れた多数の犬たち。
その数はさっきの犬の数倍。
それだけでも厳しいのは目に見えている上に。
強さは先ほどの犬たちよりも数段上でござろう。
万一にも包囲網を突破できる可能性はござらん。
滅法強い犬の言うとおり。
拙者か、リョーキ殿の勝ったほうが一騎打ちでわずかな勝利に期待をかけるほうが、可能性としては高いでござるよ」
「まあ、滅法強い犬と戦うのは俺だがな!」
戦いの最中に何を休んでいるんだと言わんばかりに俺はヨシムネに攻撃を仕掛ける。
いわゆるヤンキー蹴りというキックだ。
だが、洗練された俺のヤンキー蹴りはそんじょそこらの蹴りではない。
いや、蹴りの威力自体はそうでもないのだが、いわば牽制の技であり、そこから続くパンチの連打への繋ぎ技なのだ。
「笑止!」
だが、ヨシムネはそれを見越して、蹴りを躱すでも受け止めるでもなく、ただ、俺の軸足を斬りに来た。
なんとも秀逸なタイミングで俺の反応が遅れる。
脛を斬られた俺の左足から血が迸る。
やはり。
先制ではヨシムネの体に攻撃を当てることは難しいようだった。
ならば、後の先。
つまりはカウンター気味の攻撃しかないだろう。
俺は防御を固めた。
といっても仁王立ちしているだけだ。
固めたのは気合。
若干減少した気合を再度込めなおす。
あと気合が発動できる回数をチェックする。
まだまだ十分だった。
ヨシムネを倒し、犬っころと戦うには十分なほど。
だが、それもヨシムネを倒すことができてからの話だ。
俺は、ヨシムネの剣筋に注意を払った。
そしてその時が来る。
単調で基本的だったヨシムネの太刀筋が一瞬邪悪に震えた。
思いもよらぬ方向からの攻撃。
それは、俺の受けた傷を執拗に攻めてくるのではなく。
一直線に俺の脳天をかち割るべく振り下ろされている。
「リョーキーー!!」
セリスからは俺が脳天をかち割られたように見えただろう。
だが、俺は一瞬の出来事の中で覚醒していた。
振り下ろされる刀に対して、拳で迎え撃った。
それは、気合で極限まで硬化させた俺の自慢の拳だ。
そして、その拳が狙うは刀の腹。
左右の両の拳で、達人が行う真剣白刃どりの要領で。
刀を挟み込んでいた。
が、ひとつ。違うのは、それを掌ではなく、拳でやったということだ。
ポキリというやけにあっけない音を立てて、ホリィが、聖刀が真っ二つに折れた。




