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路傍の神  作者: 立花
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川主

 初めは、ただ気になっただけの様な気がする。

 優しい彼女のかんばせを映す度、凪いでいた心が波紋が伝わるようにざわめいた。弾けるような、けれど優しい笑い声が耳に心地よく、次第に彼女の姿を映せば体が喜びにくねるようになった。

 それまでの自分のありように、不満は無かったはずだ。けれど、彼女を見つけてからは酷くつまらないように思えた。身の内にか弱き生き物を育み、田畑を潤し、人の乾きを沈めてきた。人からは感謝を捧げられ、たまに供物が供えられた。それだけの関係で、満足していた筈だ。

 けれど、ふと寂しくなったのだ。傍らに立つ若者に、はにかみながら笑いかける彼女を見て、自分の傍らに立つものが居ないことが酷く寂しく感じられたのだ。

 その寂しさは容易に欲に変わった。

 彼女に笑いかけてほしい。自分の横にきてほしい。常に自分の傍らにいて、寂しい心を暖めてほしい。

 一緒にか弱き生き物を見て、その一生を分かち合ってほしい。田畑を潤して、作物の成長と人の努力を見てほしい。人の渇きを癒やして、感謝される喜びを分かち合ってほしい。

 今までずっと独りきりでやってきたこと。見てきたもの。感じたこと。全て彼女と分け合いたい。


 そうするには、彼女に自分で川に入って欲しい。

 自らの足で、自分の広げるかいなに飛び込んできてほしい。

 だから、先ずは邪魔な若者をこちらに迎えた。

 意識を操作する事なんて容易い。しかし、自らの勝手で命を奪うことに些かの憐れみを覚えて、優しく受け止めてやった。苦しまないように直ぐに肺を水で満たし、根の国に迷わず行けるように送り届けた。

 次の日には、彼女の両親を。娘を亡くすことは彼らに強い悲しみを与えるだろう。ならば、そうなるより前にこちらに迎えてやろう。彼女を生み、育ててくれた者達だ。やはり、苦しまないようにしてやらなければ。根の国の母なる伊邪那美に託すとしようか。ゆっくりと休むがいい。

 そうして準備を整えて、後は彼女を迎えるだけとなる。

 我が心は期待と歓喜に震え、高ぶった感情は雨を降らせ、彼女を水面に誘う。

 さあおいで。

 それでも意識を操ることはしない。彼女の意志で、その足でこちらに来てこそ意味があるのだから。


 ああ。

 勢いよく飛び込んでくる彼女を、この腕にしっかりと抱き留める。

 志乃。

 志乃。

 これでお前は我妻になる。

 永久とこしえに、骨の髄まで愛してやろう。

 ぐずぐずに溶けるほどに。

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