3
第3話:もう一度
コンビニの自動ドアが開く。
軽い電子音と一緒に、外の空気が流れ込んできた。
「いらっしゃいませー」
店員の声を背に受けながら、佐伯陽斗は棚の前で立ち止まる。
特に買うものが決まっていたわけじゃない。
ただ、気づけばここに来ていた。
(……また来てるな)
昨日と同じ場所。
同じ時間帯。
同じコンビニ。
自分でも理由は分かっている。
けれど、それを認めるのは、少しだけ気恥ずかしかった。
冷蔵棚から飲み物を一本手に取る。
キャップを軽く指で弾きながら、ぼんやりと店内を見回す。
(別に、会えるわけじゃないしな)
ただの偶然だ。
あれはたまたま。
そう思いながらも。
(……もし、また会えたら)
そんなことを考えてしまう自分がいる。
レジへ向かう。
会計を済ませて、袋を受け取る。
外へ出る。
夜の空気が、少しだけ冷たかった。
店の前のベンチに目がいく。
――昨日と同じ場所。
無意識に、足が止まる。
(……いないよな)
当然だ。
そう都合よく、同じ場所にいるはずがない。
そう思った、そのとき。
視界の端に、人影が映る。
ふと、目を向ける。
コンビニの明かりに照らされて、一人の女性が立っていた。
黒髪のボブが、夜の風にわずかに揺れる。
背は高く、すらりとした体型。
シンプルな服装なのに、どこか目を引く。
派手さはないのに、視線を奪われる。
綺麗だ、と。
自然に、そう思った。
けれど。
その整った顔立ちの中に、わずかな疲れが見える。
目の下に、うっすらと隈。
どこか、張り詰めたような空気。
(……あ)
昨日と、同じだ。
次の瞬間。
「……あ」
声が、重なった。
反射的に顔を上げる。
目が合う。
そこにいたのは。
「……昨日の」
同じ女性だった。
一瞬、思考が止まる。
本当に、いた。
「え、あ……」
言葉が出てこない。
どうしていいか分からない。
ただ立ち尽くす。
女性は、少しだけ驚いたように目を見開いていた。
それから。
ふっと、表情が緩む。
「こんばんは」
先に声をかけられた。
「あ、こ、こんばんは……!」
慌てて返す。
声が裏返る。
(落ち着け、落ち着け……!)
昨日と同じだ。
全然落ち着けていない。
「体調、大丈夫ですか」
絞り出すように言う。
「はい。昨日は、すみませんでした」
「いえ、あの……大丈夫なら、よかったです」
それだけで、ほっとする。
沈黙が落ちる。
何か話さなきゃと思うのに、言葉が出てこない。
「……また来たんですね」
ぽつりと、彼女が言う。
「あ、えっと……はい」
「私もです」
少しだけ、視線を逸らしながら言う。
その仕草が、どこか柔らかい。
(……あ)
昨日と違う。
そう思った。
ほんの少しだけ。
距離が、近い気がした。
「その……大丈夫なら、よかったです。本当に」
同じことを繰り返しているのに気づいて、少しだけ恥ずかしくなる。
「ふふっ」
また、笑われた。
「ありがとうございます」
そう言って、こちらを見る。
目が合う。
昨日よりも、長く。
「昨日、少し話して思ったんですけど」
「え、あ、はい」
「優しいですね」
「え?」
思わず間の抜けた声が出る。
「いや、そんなこと……」
「ありますよ」
はっきりと言い切られる。
「普通、あそこまで慌てないです」
「いや、でも……」
「自分のことみたいに、慌ててました」
その言葉に、何も言えなくなる。
(……そんなつもりじゃ)
なかった、はずなのに。
「……すみません」
なぜか謝っていた。
「どうして謝るんですか」
「いや、その……」
自分でも分からない。
ただ、何かを言わなきゃいけない気がして。
「……変な人ですよね、俺」
ぽつりと漏らす。
彼女は少しだけ目を細めた。
「そうですね」
あっさりと肯定された。
「でも」
一拍、間を置いて。
「嫌いじゃないです」
その言葉に。
心臓が、跳ねた。
「……あ、えっと」
うまく言葉にならない。
頭が真っ白になる。
どうしていいか分からない。
そんな自分を見て、また少しだけ笑う。
「昨日、ちゃんとお礼言えてなかったので」
「いえ、そんな……」
「ありがとうございました」
軽く頭を下げられる。
慌てて、同じように頭を下げる。
「い、いえ!本当に大したことしてないので!」
声が大きくなる。
また、やってしまったと思う。
「ふふっ」
やっぱり笑われる。
でも、それが嫌じゃない。
むしろ。
少しだけ、嬉しいと思ってしまった。
「……あの」
勇気を出して、口を開く。
「もしよかったら、その……」
言葉が詰まる。
何を言おうとしているのか、自分でも分からなくなる。
「……えっと」
焦る。
頭が回らない。
そんな様子を見て。
「はい」
優しく、続きを待ってくれる。
その視線に。
少しだけ、救われる。
「また、会えたら……その」
何を言っているのか分からない。
でも。
止められなかった。
「……嬉しいです」
やっとのことで、言葉が出た。
沈黙が落ちる。
一瞬が、長く感じる。
それから。
「……はい」
小さく、頷かれた。
「私も、そう思います」
その言葉に。
胸の奥が、じんと熱くなる。
名前は、まだ知らない。
何も知らない。
それでも。
昨日よりも、確かに。
距離が近づいた気がした。
夜の空気は、相変わらず冷たいままなのに。
なぜか。
少しだけ、温かく感じた。




