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第25話:強引な約束
「……」
スマホの画面を見つめたまま、指が止まる。
蔦谷とのトーク。
最後のやり取りは、昨日のまま。
――今日はごめんね、急に
――いえ、大丈夫です
「……」
それ以上、何もない。
(送るか……?)
打つ。
――この前の続きなんですけど
止まる。
(いや、重いな)
消す。
「……」
(何やってんだ俺)
ため息をつく。
そのとき。
――ピロン
通知。
「……」
開く。
紗季。
――今日、空いてます?
「……は?」
すぐに既読がつく。
――空いてますよね?
――空いてるってことで
――19時、駅前
「……」
(決定かよ)
少しだけ考える。
断る理由は、ある。
でも。
「……」
(……まあ、いいか)
指が動く。
――分かった
すぐに返ってくる。
――やった
――絶対来てくださいよ?
「……」
(逃げ場ねえな)
⸻
「いらっしゃいませー」
店内は、ほどよく賑わっている。
居酒屋。
「……やっぱここか」
小さく呟く。
(飯行こーで居酒屋なんだよな)
少しだけ苦笑する。
「陽斗さん、こっちっす」
奥の席。
紗季が手を振っている。
「……」
近づく。
「早いな」
「当たり前じゃないっすか」
「呼びつけといて遅刻とかないんで」
「……偉いな」
「でしょ?」
にやっと笑う。
「ほら座ってください」
「おう」
席に着く。
「とりあえず頼んどきました」
「勝手だな」
「任せてくださいって」
「……」
「今日のテーマは“飲みながら人生相談”っす」
「勝手に決めんな」
「もう決定っす」
「……」
苦笑する。
「で」
紗季がグラスを持つ。
「乾杯っす」
「……何にだよ」
「さあ?」
「……適当だな」
「いいじゃないっすか」
軽くぶつける。
「……」
一口飲む。
「……」
少しだけ、肩の力が抜ける。
「……で」
紗季がすぐに切り込む。
「例の人」
「……」
「どうするんすか?」
「……どうするって」
「そのまんまっす」
「……」
視線を落とす。
「……分かんねえよ」
正直に言う。
「……」
紗季が少しだけ目を細める。
「へえ」
「……なんだよ」
「いや」
一口飲む。
「ちゃんと迷ってるんだなーって」
「……」
「意外っす」
「どういう意味だよ」
「もっと即決タイプかと思ってました」
「そんなわけねえだろ」
「でも」
少しだけ間。
「好きなんすよね?」
「……」
言葉が止まる。
「……」
否定しない。
「……」
紗季が、ふっと笑う。
「分かりやすすぎっす」
「……うるせえ」
「で」
グラスを置く。
「じゃあ、なんで動かないんすか?」
「……」
言葉に詰まる。
「……」
頭の中に浮かぶのは。
黒崎の言葉。
「……」
「……仕事、だよ」
ぽつりと出る。
「……ああ」
紗季が頷く。
「なるほど」
「……」
「そりゃ引きますね」
「……は?」
「だって」
肩をすくめる。
「相手、プロの漫画家っすよ?」
「……」
「中途半端な男、一番嫌いなタイプっす」
「……」
刺さる。
「……」
「で」
紗季が少しだけ身を乗り出す。
「陽斗さんは?」
「……何が」
「どっち取るんすか」
「……」
言葉が出ない。
「……」
「まさか」
少しだけ笑う。
「両方とか思ってないっすよね?」
「……」
図星だった。
「……」
紗季が小さく息を吐く。
「それ、一番ダメなやつっす」
「……」
「どっちも失うパターン」
「……」
グラスを握る手に、少し力が入る。
「……」
「アタシだったら」
一拍。
「迷ってる時間で取りに行くっす」
「……」
その言葉は、ブレない。
「……」
「だって」
笑う。
「好きなら、それでいいじゃないっすか」
「……」
シンプルすぎる言葉。
でも。
「……」
どこか、引っかかる。
「……」
「ま」
紗季が軽く笑う。
「アタシはアタシで動くんで」
「……は?」
「言いましたよね」
にやっとする。
「チャンスだって」
「……」
「だから」
さらっと。
「今日はその一歩っす」
「……」
一瞬、意味が分からない。
「……何が」
「デートっす」
「……は?」
「デート」
繰り返す。
「……」
「ほら」
身を乗り出す。
「陽斗さんと飲んでるじゃないっすか」
「それは……」
「デートっす」
「違うだろ」
「違わないっす」
「……」
言い切られる。
「……」
紗季が笑う。
「まあ」
軽く言う。
「楽しければ何でもいいっすけど」
「……」
グラスを持ち上げる。
「で」
「……」
「アタシ、結構本気っすよ?」
「……」
その目は、笑っていない。
「……」
空気が、少しだけ変わる。
「……」
紗季がふっと笑う。
「ま、今日は楽しく飲みましょ」
空気を戻す。
「……」
佐伯は何も言えない。
「……」
でも。
「……」
少しだけ。
楽だと思っている自分もいた。
⸻
――踏み込んでくるやつは、いつも強い。




