表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
器 -UTSUWA- 零  作者: 猿吉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
59/62

第五十九章 導こうとする意志

夜は静かに研究都市を包み込んでいた。


窓の外に広がる町には無数の灯りがともり、人々はそれぞれの帰路を歩いている。


その温かな景色とは対照的に、研究棟の一室だけは、昼と変わらぬ白い光に照らされていた。


壁一面へ投影された数値。


炉の出力推移。


都市ごとの消費量。


人口変動。


出生率。


災害発生率。


食糧生産量。


膨大な情報が幾重にも重なり、一枚の未来図を形づくっている。


鷹宮は腕を組み、その数字を静かに見つめていた。


表情は変わらない。


喜びも焦りもない。


ただ、数字だけを見ている。


数字は嘘をつかない。


感情は人によって姿を変える。


怒りは正義となり、


悲しみは憎しみとなり、


優しさでさえ、ときに争いを生む。


だが数字は違う。


誰が見ても同じ答えを示す。


だからこそ、未来を考える者は感情ではなく、結果を見なければならない。


鷹宮はそう信じていた。


資料を一枚めくる。


炉が稼働した場合の未来予測。


資源問題の解決。


飢餓率の減少。


医療技術の飛躍。


災害被害の軽減。


一つの技術が、数え切れない命を救う。


その可能性は、確かにそこにあった。


「……間違ってはいない。」


誰へ向けた言葉でもなく、静かな独り言だった。


一つの決断が一万人を救うなら。


十万人を救うなら。


百万人を救うなら。


その決断は、正しい。


そこに迷いはなかった。


人は未来を恐れる。


だから目の前だけを見る。


だが、未来を見る者がいなければ、人は同じ過ちを繰り返す。


誰かが先を見なければならない。


誰かが選ばなければならない。


鷹宮は、自分がその役目なのだと思っていた。


研究室を出る。


長い回廊を歩く足音だけが静かに響く。


窓の向こうには、夜の町。


親子が笑いながら家へ帰る。


老夫婦がゆっくりと歩く。


仕事を終えた若者たちが楽しそうに語り合っている。


その景色を見ても、鷹宮は足を止めなかった。


彼が見ているのは、一人ではない。


町でもない。


国でもない。


もっと大きな流れだった。


百年先。


二百年先。


その未来で、人々が笑って暮らしている世界。


そのために今日の選択がある。


そのために今日の犠牲がある。


犠牲を望んでいるわけではない。


むしろ、一人でも多く救いたいと思っている。


だからこそ。


避けられない犠牲は、最小限に抑えなければならない。


それが最善だと、鷹宮は信じていた。


人は迷う。


迷うから立ち止まる。


立ち止まるから、多くを失う。


ならば。


迷わない者が導けばいい。


正しい方向へ。


正しい未来へ。


それが、自分に課せられた役目なのだと。


ふと、回廊の窓へ自分の姿が映る。


その視線は、どこまでも冷静だった。


いや、冷静であろうとしていた。


人を救うためには、自分が揺らいではならない。


誰かの涙に流されてはならない。


誰かの悲しみに立ち止まってはならない。


大きな流れを見失った瞬間、多くの命は救えなくなる。


だから。


感情は切り離す。


迷いも切り離す。


ただ未来だけを見つめる。


その瞳は、夜の闇よりも静かだった。


そして誰にも聞こえないほど小さな声で、鷹宮は呟く。


「人は、自ら正しい未来へ辿り着くことはできない。」


「だからこそ、導かなければならない。」


その言葉は、誰へ向けられたものでもない。


けれど、その響きはどこか、炉の思想と重なっていた。


鷹宮自身は、まだそのことに気付いていない。


彼が見つめる先にあるのは、人々が穏やかに暮らす未来。


その願いだけは、遊とも、ひよりとも、何一つ変わらなかった。


違っていたのは、その未来へ至る道だけだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。引き続き『器』の世界をお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ