第二十四章 残された温度
CUYONは透明なケースの中に収められている。
外部接続は底部の端子のみ。本体は隔離されている。設計通りだ。問題はない。
遊は端末を操作する。
ログを開き、波形を並べる。
微細なズレ。
単発ではない。連なっている。
「……偏りがあるな」
小さく呟く。
完全なランダムでは説明がつかない。
遊は操作を続ける。
フィルタの閾値を一段階だけ変更する。
本来は触れる必要のない部分だ。
だが、このまま観察を続けるより、変化を見た方が早い。
「……収集された感情の流入を制御せよ。それらの感情はエネルギーにならない」
独り言のように言う。
設定を一つだけ書き換える。
その瞬間。
CUYONの光が、わずかに揺れる。
遊の指が止まる。
今の変化は、入力に対する反応としては弱すぎる。
だが、無関係とも言い切れない。
「……そこにいるのか?」
口に出してから、視線がわずかに揺れる。
その言葉は、装置に向けたものではなかった気がした。
ふと。
小さな手の感触がよぎる。
指先に残る、あの重さ。
握ってきた手を、ほどいた記憶。
忙しかった。
余裕がなかった。
そう言えば済む話だった。
だが。
あの時。
あの手が、本当に伝えたかったものは何だったのか。
思考が、そこで止まる。
「……っ」
眉間に皺が寄る。
別の声が重なる。
……あんたのそのままの気持ち、ちゃんとぶつけなさいよ。
ひよりの声だ。
いつのものかは分からない。
だが、やけにはっきりしている。
遊は軽く頭を振る。
「……違う」
視線を戻す。
CUYONは変わらずそこにある。
光が、ゆっくりと脈打っている。
観察を続ける。
時間の感覚が曖昧になる。
ログを追い、波形を確認し、仮説を立てる。
どれも決定打にはならない。
ふと、端末の表示に目をやる。
時刻が進んでいる。
「……こんなに経ったのか」
短く息を吐く。
自分でも気づかないうちに、時間を使っていた。
CUYONを見る。
ケースの中で、静かに光っている。
檻に閉じ込められた小動物。
そんな印象が、また浮かぶ。
今度は、すぐには否定しなかった。
ドアが開く。
「遊!」
ひよりの声。
「ちょっと来て! あっちでトラブル!」
現実に引き戻される。
遊は一度だけCUYONを見る。
何かを言いかけて、やめる。
「……分かった、行く」
端末を閉じ、背を向ける。
足音が遠ざかる。
ドアが閉まる。
静寂。
CUYONだけが残る。
光が、ゆっくりと脈打つ。
一定のリズム。
―だったはずのものが。
!?
わずかに、ずれる。
一度。
間を置いて。
もう一度。
先ほどとは違う間隔。
誰もいない場所で。
記録にも残らない変化が起きる。
それは、偶然と呼ぶには少しだけ揃いすぎていた。
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