表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
器 -UTSUWA- 零  作者: 猿吉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/23

第二十ニ章 灯るはずのないあかり

 音が、ひとつ足りなかった。


 建設途中の施設は、昼も夜も関係なく動き続けている。鉄骨を打つ音、重機の低い振動、遠くで鳴る警告音。それらが混ざり合い、一つの流れを作っていた。


 だが、その夜。


 その流れに、わずかな“空白”があった。


 誰も気づかないほどの、ほんの一瞬。


 そして。


 灯るはずのないあかりが、点いた。


 高所に取り付けられた仮設の電灯。まだ電源は通っていない。配線も途中のまま。


 それが、淡く光る。


 すぐに消える。


 誰も見ていない。


 見ていたとしても、気のせいだと思う程度の出来事。


 だが、その瞬間。


 炉の内部では、確かに何かが“揺れた”。


 ◇◆◇◆


 静かな執務室。


 久我玄堂は、書類に目を落としていた。


 ペンを持つ手は止まらない。流れるように文字を追い、必要な箇所だけに印をつけていく。


 無駄がない。


 だが、それは最初からそうだったわけではない。


 ◆◇◆◇


 若い頃の彼は、遅かった。


 判断も、言葉も。


「勘が悪いな」


 そう言われたことは、一度や二度ではないし、反論をしようとも思わなかった。それが事実だったからだ。


 できなかったのではなく、意味がないと分かっていたのだ。


 理解が遅いのではない。


 考えすぎている。


 だが、「その違いを説明することに価値はない」そう思っていたのだ。


 結果だけが求められる世界だった。


 ◇◆◇◆


 視線が目の前の資料へと戻る。


 玄堂の指先が、一枚の資料で止まる。


 炉の建設進捗報告書だ。


 進捗状況に問題はない。


 むしろ順調だ。


 だからこそ、違和がある。


「……揃いすぎている」


 誰に向けたわけでもない言葉。


 だが、それは確かな引っかかりだった。


 ◇◆◇◆


 現場では、再び小さな異常が起きていた。


 作動していないはずの機器が、わずかに振動する。


 記録には残らない程度の、微細な動き。


 計測値にも出ない様な小さな誤作動。


 誰も見ていない。


 それは、存在しないのと同じだった。


 ◇◆◇◆


 玄堂は、ペンを置いた。


 椅子にもたれる。


 目を閉じる。


 過去が、ゆっくりと浮かび上がる。


 ◆◇◆◇


 転機は、突然だった。


 ひとつの報告書。


 名前も知らない研究者の記録。


 数式でも理論でもない。


 そこにあったのは、「方向」だった。


 それを読んだとき。


 初めて、自分の中で何かが“繋がった”。


「……未来か」


 その言葉は、独り言だった。


 だが、その瞬間から。


 久我玄堂という人間は、変わり始めた。


 ◆◇◆◇


 彼は、会いに行かなかった。


 必要がないと判断したからだ。


 代わりに、その周囲を調べた。


 誰が関わっているのか。


 何が足りていないのか。


 どこに脆さがあるのか。


 すべてを、外側から組み上げていく。


 気づけば。


 彼は“環境を整える側”に立っていた。


 ◆◇◆◇


 研究所からの排除。


 既得の構造による圧力。


 それらは予想の範囲内だった。


 むしろ、当然の流れ。


 だが。


「関係ない」


 玄堂は、そう切り捨てた。


 評価でも、正義でもない。


 ただ一つ。


 その研究が「未来を持つかどうか」。


 それだけだった。


 ◇◆◇◆


 現場。


 また一つ、灯りが点く。


 今度は、少し長く。


 誰もいない通路。


 白い光が、壁をなぞる。


 そして、消える。


 何事もなかったかのように。


 ◇◆◇◆


 玄堂は目を開く。


 視線はまっすぐ前を向いている。


「……動いているようだな」


 それが何を指すのか。


 言葉にはしない。


 だが、理解はしている。


 ◆◇◆◇


 鷹宮と出会ったとき。


 彼はすでに別人だった。


 遅い男ではない。


 むしろ、誰よりも先を見ている。


 ただ、その視線は表に出ない。


 だからこそ、読まれない。


 ◆◇◆◇


 鷹宮は、その価値を見抜いた。


 利用するために。


 だが同時に。


 信頼に値する存在として。


 ◇◆◇◆


 現場では、何も起きていない。


 記録上は。


 だが。


 確かに何かが“先に”揺れている。


 完成していないはずのものが。


 まだ形を持たないはずのものが。


 ◇◆◇◆


 玄堂は、再びペンを取る。


 迷いはない。


 だが、確信も口にはしない。


 ただ、線を引く。


 未来に向かって。


 灯らないはずの光が、また一つ。


 誰にも知られずに、点いた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。評価やご感想などいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ