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器 -UTSUWA- 零  作者: 猿吉


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第十五章 転換点

朝から、実験は始まっていた。


今回の試作機の目的は明確だ。

すすが発現する原因を特定すること。

どの種類の感情に反応しているのか、それを見極めるための段階にある。


遊は、その危うさを知っている。


この研究所には、もう残っていない記憶がある。

柏木の事故。

あのとき、何が起きたのかを正確に知る者は、いまここにはいない。


だが遊だけは、断片として覚えている。


煤はただ発生するものではない。

引き寄せる。


人の内側にある、何かに反応して。


欠けているもの。

埋まらないもの。

満たされないまま残り続けているもの。


それに触れたとき、煤は形を持つ。


まるで、自分に足りないものを探しているかのように。


遊は、それこそが正体に近いと考えていた。


だからこそ、感情を特定する必要がある。


装置は完成品ではない。

三ヶ月をかけて作られたのは、あくまで検証のための機械だ。


どの感情に反応するのか。

どの条件で針が動くのか。


その結果が、そのまま次の設計につながる。


遊はモニターに視線を落とし、淡々と記録を続けている。


高宮の姿は、ここしばらく見ていない。


それでも研究は不思議なほど滞りがなかった。


外で動いているのだろうと、遊は思う。


実験に集中しろ、と言われたことを思い出す。

周りは自分が整えてやると、あの男は言い切っていた。


遊はわずかに息を吐き、意識を戻す。


ひよりが端末の前に立った。


「じゃあ、いくね」


いつも通りの調子。

少しだけ、声が軽い。


センサーが起動する。


波形は動かない。

直線のまま、何も示さない。


ひよりはモニターを見つめたまま、少しだけ首をかしげた。


「……あれ?」


そのとき、針がわずかに揺れる。


遊の視線が鋭くなる。


この揺れは、偶然ではない。


「おい。今、何を考えてた?」


ひよりはびくりと肩を揺らした。


「え、え? いや、その……」


言葉がうまく出てこない。


少し笑って、ごまかそうとする。


「な、なんでもないよ。ほんとに」


頬が、わずかに赤い。


自分でも分かるくらいに。


なんで今、こんなことで焦ってるんだろう。

別に悪いことしてるわけじゃないのに。


そんな言い訳のような思考が、頭の中でぐるぐると空回りする。


「そういうことじゃねぇよ」


遊の声が重なる。


逃がさない、という響きがあった。


ひよりは視線を逸らす。


「えっと、その……ちょっと、考えただけで」


言葉が途切れる。


うまく言えない。


うまく言ったら、たぶん余計におかしくなる。


胸の奥がざわつく。


押さえようとするほど、浮かび上がってくる。


伝えられていないこと。


ずっと、そのままにしていること。


届かなかった思い。


その瞬間だった。


針が大きく振れた。


明確な反応だった。


ひよりの目が見開かれる。


「……え?」


遊はすぐに顔を上げる。


確信に近いものが、胸の奥で形になる。


「それだよ!なぁ、今、何を考えた?」


一歩踏み込むような声。


ひよりは言葉に詰まる。


「え、あ、いや……その……」


うまく繋がらない。


頭の中がぐちゃぐちゃになる。


どうしよう。

これ、言ったら絶対変になる。


「ち、違うの、なんか……違くて」


自分でも何を言っているのか分からない。


遊はモニターを一瞬見て、すぐにひよりへ視線を戻す。


この反応は一致している。


欠けたままの感情。

満たされないまま持続する思い。


「今の感情は何だ?」


はっきりと問う。


「重要だ。再現できるか」


距離が近い。


ひよりは一歩だけ後ろに下がる。


「む、無理だよ、そんなの……」


声が少し上ずる。


頬の熱が引かない。


なんでこんなことになってるのか分からない。


ただ一つ分かるのは、


今さっきのあれが、

隠していたものに触れてしまったということだけだった。


装置は静かに動き続けている。


だが遊には分かっていた。


これは、ただの反応ではないということを。


飲み込まれる前触れに、よく似ている。


けれどその場の空気は、明らかに変わっていた。


「まさか、あの時の感情は…!?」


遊は咄嗟に柏木のことを思い出していた。


「いや、まさかな」


その恐ろしい考えを否定した。


しかし、実験がうまく行くということは、そのなんとも悲しい仮説が正しかったことを意味することが、遊にはわかっていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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