五人目の精霊
生徒たちが不知落コナラを持って森から出てくる。
三年生ともなれば、妖精魔法で妨害魔法を相殺して出てくるだけの技術があるし、二年は持てる知識で応用を編み出す柔軟さがある。
「······ん。不知落コナラだ。オッケー、これで最後のペアかな?」
サモンはペアを確認して、全員を見回す。
だが、まだレーガ、ロゼッタ、ロベルトのペアが戻ってこない。
あの三人ならすぐ戻ってきそうなものだが、どうした事だろう。
だが、そろそろ五時になる。探しに行く時間まで、あと二時間はある。
森の方から、三人の足音がした。けれど、あと三人足りない。サモンはチラと後ろを振り返る。
それぞれの方向から、ロンデール、シェリ、タリアムの三人が走ってきた。そこにレーガ達の姿はない。
(······緊急事態だ)
サモンはニコッと笑顔を貼りつけると、「お疲れ様」と生徒たちに声をかける。
「······課題をクリアした生徒は寮に戻っていいよ。今日はここまでにしよう。あぁ、そうだ。寮に戻ったらストレッチを忘れないように。明日はもっと難しい課題を出すからね」
生徒たちを帰した後で、サモンは表情をがらりと返る。
サモンの前に来て、口々にあった事を話す三人に、ため息をついた。
「報告!」
「「っ!? はい!」」
サモンの言葉に、ロンデールとシェリは背筋を正して順番に説明をした。
「不知落コナラを採取後、レーガ・アレストが、森の急斜面に落ちたロゼッタ・セレナティエを、救助に向かいました! 少し前に、森の中で爆発音を確認! 至急探索、及び救助を要請します!」
「不知落コナラを採取後、ロゼッタ・セレナティエが急斜面へと落下! 俺の警戒不注意によるものです。こちらも爆発音を確認! おそらくシェリ・ローデンバルトが聞いた方角と同じです!」
剣術学科の生徒は厳しく指導されているようだ。その分、きちんと冷静に報告出来る。
一番気になるのはタリアムだ。
さっきから半泣きで、オドオドしている。
サモンは「タリアム」と彼を呼ぶ。
タリアムは「ごめんなさい!」と深く頭を下げた。
「戻る途中で、レーガとロゼッタが落ちてきて! ロベルトが受け止めてくたんですけど、レーガの手が、爆弾の実を叩いちゃって、俺慌ててたから······上に投げたんです! そしたら──」
サモンはそこまで聞いて、森の方を見た。
斜面の傍で爆弾の実を上に投げたなら、起きる災害は一つ。
「······土砂崩れがっ!!」
タリアムの報告を聞き、サモンは息をつく。
「それぞれに言いたいことはあるが、今はそんなのどうだっていい。明日までに今日起きたことの報告書を書いて、自分に必要な反省だけなさい。寮にお帰りなさい。後は私がする」
サモンは三人に指示を出した。
三人が寮へと向かったのを見届けて、森の中へ突き進んだ。
***
(冷たいかと思っていた。そこそこに温かいんだな)
土の中で、ロベルトはそんなことを思っていた。
体を動かしたいが、土と二人分の体重でピクリともしない。
ロゼッタもレーガも、土砂に巻き込まれた衝撃で気絶している。
辛うじて息をしているが、密閉された空間ではそれもすぐ途絶える。
誰が助けに来ないだろうか。いや、誰も助けに来られない。
ストレンジ先生だって、ここに来るまで時間がかかる。
もう息すら辛い。
(誰でもいいから······)
そう願い、ロベルトも意識を手放した。
***
フラフラと、森の中を誰かが歩いている。
道の途中で起きた土砂崩れに、はぁ、と面倒臭そうにため息をついて。
「これしきで、ヒィヒィ言うとは情けねぇ土です。一体誰の支配下にあると? 少しばかり、考えが足りないようですね」
丁寧な言葉遣いの男は、シャン、と一つ鈴を鳴らした。
すると、土はガラガラ音を立てて動き出し、土砂崩れどころか、爆発騒ぎすら無かったかのように元位置へと収まった。
道に寝そべる三人の子供に、男はまた、ため息をついた。
「あやぁ。助けを求めていたのは、土では無かったのですか」
男はしゃがんで、ロベルト達の頬をつんつんと強めにつつく。
呻き声を出す彼らを、男は頬杖をついて見下ろした。
「······無駄なことをしたじゃありませんか」
***
サモンは森の中を走る。
シェリとロンデールが爆発音を聞き、タリアムがその元凶。だが、それぞれがバラバラの方向から来たせいで、肝心な場所が分からない。
「ちくしょう。最初に場所を聞けば良かった」
サモンは自分の膝を叩いて悔しがる。
どこへ向かえばいいのかが分からない。
「ったく、面倒事が大好きな子達だ! 『妖精の』──」
途中まで唱えて、サモンは口を閉じる。
『ハイド・アンド・シーク』で探せる。けれど、それでは時間がかかってしまう。
体の半分が埋もれているのなら、それでも助かるだろう。だがもしも、彼らが生き埋めになっていたら?
(絶対に間に合わない!)
初めて誰かのために焦っている。
初めて誰かを助けられない恐怖を覚えた。
それが今であるのは運命の嫌がらせか!?
サモンは髪の毛をぐしゃぐしゃを掻き乱す。
深呼吸をした。
(······一回だけ。一度だけなら、許してくれる)
サモンは育ててくれた精霊との約束に、罪悪感を覚えながら意識を集中させた。
そして、ギュッと硬く閉じた目をゆっくりと開ける。
遠く、遠く、さらに遠くまで見渡す世界に、サモンは小さな彼らを探す。
どこかにいるはずの彼らの痕跡。爆発の跡を。
森の中で不知落コナラの採取なら、そう遠くにまで行っていないはず。
半径二〜四キロメートル程度。その程度なら見渡せる。
(全部私の目の前だ!)
──見えた!
ここから少し進んだ先で、土砂崩れが起きている。
せいぜい一キロメートル程度の距離だ。
土の下から、レーガとロゼッタの魔力反応もある。
「まだ生きてる」
それが分かればいい。
サモンはまた走り出した。
それはまるで風のように。
速くて、強い、東風のように。
飛ぶように駆けて、一分でそこに辿り着く。
ぶわっ! と吹いた風と共に、サモンは現場に辿り着く。
目の前にあったのは、ついさっき見ていた土砂崩れの現場ではない。
まるで、何事も無かったかのような道で、つい疲れて眠っているような生徒たちがそこに寝そべっている。
「どうして······」
サモンは、生徒たちのほぼをつつく男に目をやった。
琥珀色のベリーショートヘアに、エキゾチックな装いが良く似合う。気だるげな顔に桃色のアイシャドウは、少々可愛らしく見える。
「儂の森が、ペソペソと泣いていると勘違いしたから来たのですが」
「〜〜〜っ! 君はそういう事をするタイプじゃ無いと思っていたよ」
「貴方が見てきたものと正しいですよ。我が愛しい子、サモン」
「君は私と同様に人を嫌っていたと思ったんだけど? ヨクヤ」
ヨクヤと呼ばれた男は、鈴を二度ほど鳴らす。
地面がボコボコと浮き上がったかと思うと、それは三人の人間の姿となり、ヨクヤの様な見た目となって、三人を森の外へと運び出す。
ヨクヤはそれを見送りながら、腕を組んだ。
「姿を見られると面倒くせぇので、あのまま外に放り出します。いいですね?」
「構わないよ。手間をかけさせたね」
「えぇ本当に。儂が森全体にかけた外へ放り出す魔法を、わざわざ外に出られない魔法に方向転換してくれたんですから。何故『あべこべ小路』を? さらにあんなおもちゃみたいな魔物を森に放つなんて」
ヨクヤはサモンにデコピンをした。
バチンッ! と音がするデコピンに、サモンも額を押さえる。
「貴方のする悪戯は、妖精のように厄介です。どうせやめろと言っても聞かないのでしょうが。程々にしろ」
「はぁい」
ヨクヤはため息をついた。
戻ってきた自分のかおの土くれ人形を見ると、鈴を一振りする。
土はボロボロと崩れて、地面に小さな山を作った。
「あと、内緒にはしておきますが、さっきの」
「なんの事かな?」
「とぼけるな。儂は見ましたよ」
ヨクヤは睨むような目でサモンを見上げた。
サモンは冷めた目で、ヨクヤを見下ろす。
「······使ったでしょう。精霊の力を」
ヨクヤはサモンの胸をつつく。意外と痛いそれに、サモンも何も言えなかった。
「散々説明しましたよ。それで覚えられねぇ頭はしていないでしょう。精霊の力を使うな。貴方は人間なのだから」
「ごめん。でも、一度だけなら」
「使うな。一度だろうと、数秒だろうと。儂らが貴方を守り続けてきた意味が無くなります。貴方への愛を、貴方が泥に放るな。愛しい子、お願いですから」
ヨクヤにそう言われるのは、弱ってしまう。
サモンももう何も言えなくて、「わかった」と返した。
ヨクヤは「次はありませんから」と鈴でサモンのおでこを軽く叩いた。
「さっさとあの人間共の元に行け。儂は散歩していただけなんですから、手間をかけさせないでください。面倒事は嫌いなの、貴方が一番知ってるでしょう」
ヨクヤは欠伸をしながら散歩に戻る。
自由な性格は、やはり精霊らしい。
サモンはヨクヤにこれ以上言えることも無いので、ため息混じりに森を歩いた。
***
森の外に出ると、ちょうどレーガたちが目を覚ました。
ロベルトは、二人を確認すると、強く抱きしめて胸を撫で下ろす。
「二人とも無事で良かった······」
「ちょっと、痛いわ」
「あはは、本当に、もうダメかと思った」
友達の無事に泣きそうな三人を離れて見つめるサモンに、レーガが目を輝かせる。
「あっ! サモン先生!」
レーガはサモンの前に来ると、ニコニコ笑う。その純粋な笑顔の前では、サモンの顔は薄汚れている気がした。
「先生が助けてくれたんだよね!」
「いや、······まぁ」
ヨクヤは、イチヨウと同様に人間に対して嫌悪感が強い。
故に、彼らに付きまとわれるのも、存在を認識されるのも嫌だろう。
そう考えたら、自分が助けた事にしておいた方がいい。
「やっぱストレンジ先生スか。も〜本当にダメかと思ってたんで」
「先生、ありがとうございます」
三人はサモンに頭を下げた。
サモンは「そんなのいらないから」と、三人を寮の方へと押しやる。
「ほら、今日はもう終わり。さっさと寮にお帰りなさい」
レーガとロゼッタは「はいはい」なんて笑って寮へと帰る。
ロベルトもレーガを追いかけた。だが、途中でふと、サモンの方に戻ってくる。
「あの、一つだけ。俺、埋められた時「誰でもいいから助けて」なんて、願ったんです」
「へぇ」
「でもすぐ意識飛んじゃって。今気づいたらここにいるんだけど······その」
魔法には疎いクセに、どうしてこんな時だけ勘がいいのやら。
サモンはため息をついた。
「あの時助けてくれたの、本当にストレンジ先生ッスか?」
サモンは答えなかった。
「くだらない事言ってないで、さっさと寮にお帰りなさい」
無理やりロベルトを寮へ帰す。ロベルトは疑問符を浮かべて、レーガの後を追った。
サモンはため息をついて、森を見つめる。
生徒たちの魔力に混じって、微かにヨクヤの魔力を感じ取れた。




