サモン式のやり方で
サモンがグラウンドに向かうと、赤組の生徒たちが汗を拭いて、水分補給をしていた。
「ストレンジ先生! グラウンド周回終わりました。魔法科に合わせて、男子五周の女子三周で調整してます。これから十分間ストレッチを始めます」
ロベルトがサモンに報告し、ロゼッタが「ストレッチ開始!」と合図を出す。
それぞれがペアを組んで、バラバラにストレッチを始める。
サモンはストレッチをしようとするロベルトを引っ張って止めた。
「剣術科のストレッチは何をしてるんだい?」
「へ? えーと順番に、手首足首回して、背伸びの運動、肩回し、屈伸運動して、上体捻り、上体逸らしして。えーとあとは、アキレス腱伸ばして、股関節の柔軟······スね」
「ふぅん。······いいよ。ストレッチして」
「はい!」
ロベルトは少し遅れてストレッチに参加する。
体力の向上だけなら、剣術学科に合わせるのがいいだろう。けれど、それでは魔法学科がついていけない。ストレッチの仕方は、少し考えた方がいい。
ストレッチが終わった頃を見計らい、サモンは生徒たちを連れて、自分の塔のある森へ向かった。
***
「サモン先生、何をするの?」
「面白いことをね」
サモンは畑の柵に掛けた、二つ袋を外すと、剣術学科と魔法学科に分けて中の紙を引かせた。
「同じマークの生徒とペアを組んで。休んでいる生徒がいなければ、余ることは無いはずだよ」
生徒たちは紙を見ながら、お互いのペアを探す。
ロベルト、レーガ、ロゼッタもバラバラにペアを見つけた。サモンはよしよし、と頷く。
全員がペアを見つけると、サモンは森を指差した。
「これから君たちは森に入って、ある物を探してもらう。それを早く見つけて、無事に戻って来る。まぁ、今日の練習はこれだけだ」
「ある物? ストレンジ先生、何を探せばいいのよ」
ロゼッタの質問に、サモンは腕を組んで返事をした。
「どんぐり」
「どん、ぐ、り······」
生徒たちからくすくすと笑う声がした。
笑わなかったのはレーガとロゼッタ、ロベルトくらいなものだ。サモンの言うことは大体が突拍子もなく、無理難題。それを、クリアして来いなんて、一体何時間かかることやら。それを知っているからこそ、笑わないでいられた。
案の定、サモンが言うどんぐりは、普通のどんぐりではなかった。
「『不知落コナラ』と呼ばれるどんぐりを、ここに持っておいで。魔法科は多分『八千どんぐり』または、『爆弾の実』で習っていると思うが。剣術科は魔法科に聞きながら探しておいで。ただ探して帰ってくるのはつまらないから、妨害魔法を森に掛けるよ。アンタたちが森に入ってからきっかり五分後にね」
まだヘラヘラ笑っていられる生徒が過半数もいる。サモンはそれを意地悪な笑みで眺めていた。
(戻って来た時、笑っていられる生徒は何人いるかねぇ)
「さぁお行きなさい。杖の使用制限は森に入ってから分かるよ。えーと、今は三時だから······夜七時までに戻らないようなら、探しに行ってあげよう。さぁ誰が一番最初に『不知落コナラ』を見つけられるか、楽しみに待っているよ」
サモンの合図で生徒たちは一斉に森に入っていった。
サモンは懐中時計を出して、ワクワクしながら五分待つ。
***
森の中では、魔法学科と剣術学科が話しながら森の中を探す。
ロゼッタとペアを組んだロンデールは、「さっきのストレンジ先生が言ってたヤツ」と、ロゼッタに尋ねる。
「変な名前のどんぐりを探すんだろ? 何で上向いてんだよ」
ロンデールは地面を見ながら森を進む。
ロゼッタは「言ってたでしょ」と杖を握ったまま話した。
「『八千どんぐり』または『爆弾の実』。魔法のかかったコナラって名前の木から採れる実のことを指すけど、実際にはどんぐりなんて可愛い物じゃないわ」
「へぇ、棘でも生えてんの?」
「それなら良かったでしょうね。ストレンジ先生は優しいわ。正式名称で言ってくれた。『不知落コナラ』──その名の通り、落ちることを知らない木の実よ。地面に落ちる事なく育ち、栄養と魔力を膨大に溜め込んだ······」
ロゼッタは動きを止めた。
ロンデールも止まって彼女の見上げる先を見る。次の瞬間にはあんぐりと口を開けた。
直径一メートルの巨大などんぐりが、自分たちの頭の上にある。ツヤツヤとしていて、黄色い筋が入っていた。
ロンデールがパクパクと口を動かす横で、ロゼッタは「やりやがったわね」なんて悪態をつく。
「巨大どんぐりの事よ」
最大三メートル、魔法の掛かった木から採れる実でも、八千個に一つの魔法材料。その大きさゆえに潰されて死傷者が出た例もある。中に溜め込んだ魔力が、衝撃で爆発する事故なんてしょっちゅう起きている。
故に、『八千どんぐり』。『爆弾の実』なのである。
「こんな危険な物を採ってこいなんて、あの先生何考えてんのよ」
「これを、どうやって採取するんだ?」
「魔法を使えばいいわ。『飛針火花』」
***
森の外では、手持ち無沙汰なサモンが畑の雑草抜きをしていた。
「······そろそろだろうねぇ。魔法の制約に気がつくのは。さてさて、どうやって切り抜けるんだろう」
懐中時計を確認する。
あと三十秒で五分になる。
サモンは蓋を閉じると杖を抜いた。
「さぁてさて、遊びの時間だよ」
サモンは杖を振り上げた。それは宣言したきっかり五分後の事だった。
***
ロゼッタは杖を見つめてわなわなと震える。
ロンデールも不安そうに彼女の顔を覗き込む。
「どうした? 魔法で採取すればいいんだろ?」
「······ない」
「え?」
ロゼッタは悔しそうな、恐れたような顔で言った。
「······魔法が、使えないのよ」




