忙しいのに!
魔法学科は、剣術学科と比べると、五十メートル走のタイムも芳しくない。
剣術学科の男女合わせて平均7.2秒に対して魔法学科は10.6秒。特に、女子のタイムが響いてしまっている。
記録を顔に乗せたまま、サモンは準備室に寝転がって昼寝の体勢に入る。
タイムを伸ばすのなら、まずは基礎体力をつけなくては。それが無いまま速度を上げようなんて、話にならない。
基礎体力の付け方は、剣術学科に聞くのが早い。生徒なら、自分たちが受けている授業似合わせ、自分に合ったやり方を身につけている。
かといって、剣術学科だけが速かったわけでもない。
終わり五分前に、二十五メートルの障害物競走をさせてみた。
競技に出ない生徒も含めて走らせると、面白いことに魔法学科の方が速かったのだ。
飛び越える、くぐり抜ける、身を躱して、細い道を走る。
サモンがデタラメに繰り出した魔法のコースを、魔法学科はいとも簡単にこなしてみせた。それは、剣術学科には無い強さだ。
「さてさて、事前に立てた予定は全部水に流れた。今日はどうしてみようかな······」
なんて考えていると、準備室のドアがひとりでに開く。
ドアの隙間から、エイルに治して貰った妖精が、サモンの元まで飛んできた。
「やぁ、どうかしたの?」
サモンが手のひらを広げると、妖精は手の上に正座した。
まだ上手く飛べない妖精は、もう少しばかり休養が必要そうだ。やはり、元の羽ではないから、扱いが難しいのだろう。
それでも彼女はパタパタと、嬉しそうに羽を動かして見せる。
サモンは最初、妖精が再び飛ぶことは無いだろうと覚悟していた。だが、治療を引き受けたのは変態のエイルだ。
妖精の羽を千切ることもなく、傷も目立たせずに縫合する腕は、流石としか言いようがない。変人でなければ、きっと長時間かけても治そうなんてことはしない。
妖精はサモンに身振り手振りで話しかける。
「うんうん。『占いの森で』『妖精族の生徒が』──」
「『迷子になって』、『帰ってこない』······」
「······『誰も』、『探しに行けなくて』、『二時間も経つ』」
サモンは腐ったものを嗅いだように、顔をしかめた。
***
サモンの塔の傍にあるのとは別の、グラウンドの裏にある森。
そこは主に占術学で使う森で、『占いの森』と呼ばれている。
しかし、その森は黄色い線で囲った場所のみ生徒の立ち入りを許可していて、その他は全て立入禁止区域だ。
その理由としては、『森が人を惑わす』と言われていて、教師も生徒も、その森に囚われて帰ってこなくなった事件が多数発生しているからだ。
「あぁもう! やだやだやだ。何で私が行かなくちゃいけないんだ」
不平不満を垂れ流しつつも、サモンは草をかき分けて森を進む。
黄色いロープをくぐり抜けて、サモンは「おーい」と声をかけた。
「ちくしょう。私を呼んだのが妖精じゃなけりゃ、こんな遭難者探しなんざしないってのにさ。おーい、聞こえるかい? おーい」
サモンは文句を挟みながら捜索を続ける。
「面倒くさい。妖精のお手伝い」
サモンは杖を振った。
光がふわふわと浮き上がると、サモンは「探して」と言う。
「魔法学科一年、セイレーンの女の子だ。名前はハーリー・ミターツ。さぁ行って!」
光の導くままに、森を歩いていくと、折れた木の下に女の子を見つけた。
黒い髪が美しい、女の子だ。
サモンは杖を構えながらゆっくり近づいた。
「······ハーリー?」
「う······」
気絶しているようだ。
サモンは木の根元を触って確かめる。折れた木の根元は腐っていた。きっと、逃げきれなかったのだろう。
「妖精の浮遊」
杖を使って木を退かす。
少女の下半身は鳥の姿をしていて、サモンはそれで生徒であることを確認した。
「ハーリー、起きて。早くしないと、森に喰われてしまうよ」
サモンはハーリーの頬をぺちぺちと叩く。
ハーリーは顔を歪ませながら目を覚ます。
「······ぅ、ん」
「早くお起きなさい」
「先生······、足が」
ハーリーに言われ、サモンは彼女の足を診る。
軽く捻ってはいるが、骨に異常は無い。
ゴブレットを揺らして水を満たす。それを足にかけてやって、立ち上がらせた。
「さぁ行くよ。この森に居過ぎると、学園に帰れなくなる」
サモンはハーリーの手を引きながら、来た道を戻る。
だが既に、森の道が変わってしまっていた。
サモンが魔法を使った痕跡が散っている。
サモンは「ハイド・アンド・シーク」を使おうとしたが、物や人は探せても、帰り道までは探せない。
「さて、どうしたもんかねぇ」
サモンは頭をポリポリと掻いた。ハーリーは困った顔で「ごめんなさい」と謝る。
「私が、露巻きの蜘蛛糸を取りに来たから······」
「露巻きの蜘蛛糸? 朝露を潰さずに巻いた蜘蛛糸? それが取れるのはこの森じゃない」
「はい。間違えちゃったんです。······先生の塔の近くの森と、ここと」
「蜘蛛糸自体、簡単に取れるものじゃないよ。課題?」
「いえ、罰則です。······アガレット先生の授業に、遅れたので」
どうしてアガレットが教師をやっているのか、不思議でならない。
露巻きの蜘蛛糸なんて、簡単に取れるものでは無い。
夜のうちに雨が降らないと朝露は出来ないし、そもそも蜘蛛の糸自体、頑丈ではないから、朝露を潰さずに巻くどころか、蜘蛛糸が切れないように巻くのはほぼ不可能だ。
「ちょっと報告案件だなぁ。罰則はサモン・ストレンジの権限で無効。罰則指示は学園長から受けておくれ。はぁ、あの野郎のお陰で一体何人が迷惑被ってるんだろう。馬鹿馬鹿しいよ、あの野郎の頭と同じくらいね」
サモンは不満を垂れながら、空を見上げる。
面倒くさい。とても面倒くさい。
「ハーリー、空は平気だろう?」
「え? はい、セイレーンですから」
「なら、森を抜けよう。······空から」
サモンは杖を、空に突き上げた。
***
「アガレット先生にはこちらから厳しい処罰を下します。ストレンジ先生は下がって結構です」
珍しいお小言無しの退室に、サモンは「風邪でも引いたか」なんてぼやく。
とはいえ、ハーリーの件には、流石のエリスも頭が痛いらしい。サモンの事はお咎めなしの方が都合が良いのだろう。
「さてさて、アガレットもそろそろ辞職かねぇ。授業遅れに何で魔法材料なんか採って来させるのか意味不明だよ。あいつは戦闘魔法の担当だろうに」
サモンは独り言を呟いて、ふと思いついた。
「森······魔法材料······そうすれば······。ほほ〜ぅ、いい事を思いついた」
とっておきの練習方法に、サモンはついニヤニヤしてしまう。
だがこのままでは粗が目立つ。少し練ってやれば、生徒たちの体力も上がるだろう。
サモンは足早に準備室に戻った。ペンで腕に、思いついたことを書き記しながら。




