二十二.戦いを終えて
「レイよ。よくぞ、兎耳騎士団と風の谷を護り、シルフィネ村へ迫る魔族四柱が一人、ラウムを討伐してくれた! 心から礼を言うぞ!」
「ありがたき御言葉」
風の国を治める王からの言葉に傅くレイ。謁見の間、両サイドには騎士団の者達が一列に並んでいる。中央には騎士団長ティラミス、風の勇者リーズ、レイ、アンが並んでいた。
「此処に居るレイが居なければ、風の国は危機に瀕していたかもしれない。王よ、彼等に褒美を取らせるのはどうでしょう?」
「私もそれには賛成だな」
普段反対するリーズまでそう申し出る。風の王は、金貨や王家に伝わる武具の提供を申し出るが……。
「いや、それは断る」
「レイ様?」
レイは褒美を貰うつもりで魔族長を討伐した訳ではないと、断りを入れたのだ。リーズが『まさか、王からの褒美を断るなんて……馬鹿なの? アホの子なの?』と何やらブツブツ呟いている。
暫く考えている様子を見せる王だったが、すぐに名案を思いつく。
「レイ、聞くとそなたは冒険者登録をしたばかりと聞く。ならば、王の権限で金――Aランクの称号を授けるというのはどうだ?」
「なっ! だが、王」
高難度のクエストはそれだけ危険を伴うため、高ランクの者しか受けられない。そして、高ランク程待遇も変わって来るのだ。冒険者ランクを失い、再び冒険者として目的を果たさなければならないレイにとって、うってつけの報酬に違いなかった。
「Eランクだと受けるクエストや、ギルドの支援にも制限がかかる。悪い話ではないと思うが?」
「王よ、感謝する」
こうして、勇者パーティの一員として当時持っていたBランクを失っていたレイは、風の王ランスに認められ、一瞬にしてAランクを獲得するに至ったのである。
――そして、その夜。
「レイちゃん♡、アンちゃん♡、冒険者ランク昇格おめでとぉ~~! 今夜はお祝いよ~。乾杯~~!」
「「「乾杯~~」」」
風の勇者リーズの行き着けであり、兎耳騎士団の元団長である筋肉バニー――デラウェアがママを務めるお店、山里亭。この日の夜、風の谷での戦いを終え、レイとアンを招いての祝勝会が開かれたのである。
「凄いな、キマイラの肉ってこんなに柔らかくて旨いのか!」
「パインチーナ茸も幸せの香りがします~」
希少価値の高いパインチーナ茸や山菜のソテーにテールスープ。メインのお皿には丸い形のステーキ。これはあの日、風の谷を襲った銀ランクの魔獣――キマイラのランプ肉を使ったステーキだった。
「普段、出回らないお・し・りの新鮮なお肉だもの♡ これもレイちゃんが新鮮なお肉を回収してくれていたお陰よ~ん♡」
キマイラの肉は新鮮でないとすぐに硬くなってしまうため、希少価値が高い。魔獣の皮や羽根は魔法防御力にも特化しており、素材としても重宝するため、レイが戦いの最中、闇収納顕現によって死体を丸ごと回収しておいたのだった。
キマイラの鍛え抜かれた体躯。肉も締まっていて、特にお尻の肉が柔らかさ、締まり、脂身が三位一体となり、絶妙なバランスなんだそう。風の谷産の果実酒を手に、食も進む。
「よかったわね。レイはAランク、アンもBランクでしょう。これで高難度のクエストも受けられるし、ギルド選定〝二つ星〟のお店まで入る事を許されるわよ」
「はぅう~~私もBランクなんて、夢みたいです~」
レイとアンの向かいに座っていたリーズがそう告げる。そう、ランクアップしたのはレイだけではなかったのだ。レイをサポートしていたアンの姿もしっかり騎士団長が見ていた訳で、彼女も銅色のCランクから、晴れて銀色のBランクへと昇格したのであった。
「アンが居なければ、今回は俺も大変な事になっていたかもしれない。感謝している」
「わ、わたしは……当然の事をしたまでで……」
レイにもお礼を言われ、銀色の縁となったプレートを見つめていたアンの耳と頬が、だんだんと夕焼け色に紅く染まっていく。
「きゃーー照れたエルフのアンちゃん。可愛い~♡」
「ねぇねぇ~そのプレート見せて~~」
「ついでに昇格したメロンも触りたいわぁ~~♡」
「ねぇ~あっちのテーブルで一緒に飲みましょう!」
店員の兎耳達が照れたアンを取り囲み隣のテーブルへ連行する。プレートだけでなく、色んなところを触り始めるバニー。
「え、えっちぃのは嫌いですぅ~~!」
必死に抵抗するアン。揶揄う兎耳達。バニー達も遊んでいるだけのようで、微笑ましい光景レベルに留まっていた。そんな様子を横目で見つつ、レイはある事を思い出していた。
「何か考え事? レイ」
「嗚呼、ちょっとな……」
リーズに尋ねられ、彼女へ魔族長ラウムとの戦闘の事を話し始めるレイ。ラウムを倒した時、彼はそのあとの記憶がなかったのだ。脳裏が何かに支配されるような感覚。意識が戻った時、レイの頭はアンの膝の上だったのである。
「闇精霊ルシアには聞いたのか?」
「嗚呼。だが、ルシアも心核を融合していた影響で記憶が曖昧らしい」
それは、気を失っていたリーズも同様だった。レイの不安定な状態を間近で見た者はアンのみという事実。彼女が居なければ制御出来なかったと考えると恐ろしい話だった。
【だから、彼女が必要と言ったでしょう?】
『ルシアか』
【死を超越したリスクね。闇を制するも、呑まれるも、あなた次第よ、レイ】
彼女はそれだけ言い残して、意識から消える。今、それ以上伝えるつもりはないらしい。
「あの戦いで、私も気になる事があった。シルフの力が奪われた事」
「……ああ、この宝玉の事だろう?」
「なっ! レイ。どうして君がそれを持っている!?」
レイが懐より魔族長ラウムが持っていた妖しい宝玉――呪縛の宝玉を取り出したため、目を見開き驚くリーズ。
「キマイラと同じ理屈さ。奴を殲滅する直前、ルシアのスキルで回収した。危険な宝玉だと分かっていたからな」
危険であり、何か秘密があると踏んでいたレイは、戦闘時、あの宝玉を回収していたのである。すると、厨房よりデザートを持って来ていた筋肉バニーこと、デラウェアが、レイへ話しかける。
「その宝玉、よかったらあたしに預けてくれないかしらん?」
「え? ママ?」
「デラウェア?」
リーズとレイが同時に筋肉バニーを見る。デラウェアは続ける。
「あたしは趣味で魔法具の研究なんかもやっているのよ~ん? それ、相当特殊な魔法具の筈よ? その秘密が分かったら、レイちゃんも嬉しいんじゃないかしら?」
闇収納している状態でルシアに視て貰おうとも思っていたレイだが、元騎士団長からの申し出。悪くない話だと思ったレイは宝玉を筋肉バニーへ渡すのだった。
「分かった。お願いする」
「そう来なくっちゃね。解析結果はリーズを通じて伝えるわねん?」
「え? 私?」
突然名を呼ばれ、両耳がピクリと反応する女勇者。リーズへウインクだけした筋肉バニーは立ち上がり、隣の席へとデザートを持っていく。
「うへぇええ~~。レイ様ぁあ~~助けてくらは~い。もうだめですぅう~~~」
顔を真っ赤にして既に千鳥足のアンが隣の席のバニー達からようやく解放され、レイの隣へと座る。
「なっ、アン! 相当飲んでいるな?」
「うへへ~~、兎さん達に飲まされちゃいましたぁ~」
そのままレイへ腕を絡め、柔らかいメロンを押しつけるアン。その様子に向かいのリーズが慌てふためく様子で立ち上がる。
「ちょっとアン! えっちぃのは嫌いじゃなかったのか!?」
「えっちぃのは嫌いですぅ~~~ス~~ス~~」
そのまま寝息を立てて、眠り始めるアン。押しつけられた二つの果実をそっと離し、ソファーへ寝かせてあげるレイ。バニーの店員達も少々やり過ぎた事に反省したのか、レイへ謝罪を入れる。
「こら、お前達、やり過ぎだぞ!」
「ごめんなさい、反省してます~」
両手を腰に当てて叱るリーズに、平謝りするバニー達。山里亭での宴はこうして終わりを告げ、レイはアンを背負い、宿泊先の宿へと向かう。風の勇者リーズも同時に店を出る。
皆が寝静まった夜道、歩くレイとリーズ。先に話題を切り出したのはリーズだった。
「……お礼を言っていなかったな」
「何のだ?」
レイの背中からはアンの規則正しい寝息が聞こえる。リーズは何度か言いかけては呑み込む事を繰り返し、意を決してその言葉をレイへと告げる。
「あの時……助けに来てくれて……あ……ありがとう」
「当然の事をしたまでだ」
『自分が見ている前で誰かを死なせる事は俺の信念に反する』と、レイはそう付け加える。その言葉にフッと笑みを零すリーズ。
(ふっ、君らしい答えだな)
「また旅に出るんだろう? そして、残りの勇者にも、逢うつもりだったな」
「嗚呼。そのつもりだ」
火の勇者グラシャス、そして、水の勇者ロイド。精霊を縛る勇者の存在。レイは二人を止めるつもりだ。レイの言葉を聞いたリーズは、彼の前へと駆け出し、振り返る。そして……。
「なら、私を連れていけ!」
「は?」
思わぬ彼女からの言葉に驚くレイ。
「レイ、風の国を君は救ってくれた。闇の力を纏った君を、最初は疑っていた。でも、今は違う。……まぁ、でも……か、勘違いはしないで欲しい! あ、あくまでも私は、勇者に縛られた精霊を助ける目的で、君に力を貸してやろうと言っているんだ。ほら、悪い話ではない筈だぞ?」
「俺はアンと二人でも構わないぞ?」
「どうしてだっ!?」
まさかの否定に必死な表情となるリーズ。普段なかなか見る事の出来ないリーズの表情に、レイも顔が綻ぶ。風の勇者リーズは冒険者ランクSランク。実力も申し分ないし、これだけ心強い仲間は他に居ないだろう。
「冗談だ。よろしく頼む」
「レイ! さては、私を揶揄ったな!」
兎耳をピンと立て、頬を赤くするリーズ。
こうしてレイとアンのパーティに、頼もしい仲間が増えるのだった――




