二十三.闇夜の密談
薄暗い部屋、ランプの灯りのみが照らしている。
真っ赤な血を注いだかのようなグラスを手に持ち、口に含む二人の男。
「計画は順調そうだな」
「嗚呼。無論だ。あんたへもその内いい報告が出来ると思うぜ」
ランプの灯りに映える赤髪。向かいに座るは額に光る紋章が刻まれた褐色肌の男。
「その内愚かな人間共は、自分達の知らぬ間に、魔族によって支配される事となる」
「あとは時間の問題だ。それに……邪魔な風の勇者もそろそろ葬られた頃だろうしな」
不敵な笑みを浮かべる二人。その時、部屋の扉が開け放たれる! よほど急いでいたのか、両膝へ手をついた小柄な男は、シルクハットを脱ぎ捨て、肩で息をしている。
「おいビーン。魔族長を前にして、お前は礼儀も知らぬか?」
「申し訳……ない……ブネリ殿……緊急事態だ」
圧倒的な存在感を示す褐色肌の男。名をブネリ――そう、彼も魔族長の一人であった。
これが突然の闖入者なら、消し炭になっていたところだろう。しかし、ビーンと呼ばれた小柄な男は、この部屋へ入る事を許された数少ない人間の一人であった。
左眼のモノクルに触れ、小柄な男は呼吸を整える。魔族長の向かいに座っていた赤髪の少年が、笑いながらモノクル男へ話しかける。
「おいおいビーン、余裕無さそうじゃねーか。いつもの性格悪そうな高嗤いはどうした?」
「グラシャス殿。今は冗談を言っている場合じゃないのですよ。計画の練り直しです」
「何があった?」
赤髪の少年――火の勇者グラシャスが、空いていたグラスへワインを注ぎ、ビーンへと渡す。ビーンは注がれたワインを一気に飲み干し、彼等へある場所で起きた事の顛末を報告する。
「魔族長――朱雀のラウムが死んだ」
その言葉に、一瞬眉尻をあげるグラシャス。
一方ブネリは一切表情を変えず、黙ってビーンの報告を聞く。
ビーンの計画はこうだ。
精霊の力を封じる宝玉をラウムへ渡し、風の勇者を葬る。そして、風の国を支配させるよう仕向け、シルフの力を手に入れる計画。
しかし、朱雀のラウムは死に、呪縛の宝玉も回収し損ねてしまった。彼の計画は全て水の泡となって消えたのだ。だんだん酒が回って来たのか、ビーンが声を荒げ始める。
「くそっ、あの宝玉を手に入れるのにどれだけ苦労したと思っているんだ! 兎耳共を奴隷として売り捌く計画。そして、シルフの力を奪い、その力で魔法具を生産する計画も練り直しだ。魔族長ともあろう者が、闖入者に殺られるとは……」
酒を呷り、呪詛を吐くビーン。 そしてこの時、ビーンが放った闖入者という言葉にブネリが反応する。
「待てビーン。ブネリは風の勇者リーズに殺されたのではないのか?」
確かに風の勇者リーズ以外にも強者は存在する。
風の国には騎士団も存在し、現役を引退したと言われる元騎士団長は、歩くだけで暴風を巻き起こす〝伝説の兎〟として有名な存在。
だが、ビーンは今、確かに魔族長ラウムが闖入者に殺されたと発言したのだ。
「シルフの力は確かに奪われていましたよ。風の勇者は死ぬ直前だった。だが、そこへ傭兵か何か知らないが、漆黒の軽鎧に身を包んだ銀髪の少年が現れた。そいつに殺されたのです。くそっ……忌々しい!」
「ん? ……少年だと!?」
『どういう事だ?』と問い質すグラシャス。報告によると、漆黒の軽鎧に身を包んだ少年がエルフと共に現れ、闇のような力で魔族長ラウムを圧倒したという。
風の勇者ならまだしも、魔族四柱であるラウムが、ただの少年に殺されるなど、考えにくい話だった。
「銀髪の少年か。まぁ、俺の相手じゃないだろうが、面白い奴も居たもんだな」
あくまで余裕の表情を崩さないグラシャス。誰が出て来ようが自分の相手にはならないだろうという確固たる自信があるためだ。
「余としてはラウムが死んだ事で、ラウムの領地をいただく機会を得た事になる。むしろ好都合だよ、ビーン」
上機嫌に語るブネリ。グラシャスの様子からも焦燥という二文字はなかった。
ようやく平静を取り戻したビーンは、左眼のモノクルに触れ、空になったグラスを置く。
「流石ですなぁブネリ殿、グラシャス殿。あなた方が居るからワタシも闇に潜む事が出来る。闇は何処にでも潜むもの。我等は人間社会を裏から掌握しますよ。では、ワタシも忙しいんでね。これにて失礼します」
報告を終え、立ち上がったビーンは脱ぎ捨てていたシルクハットを手に取り、二人へ恭しく一礼する。そして、帰り際。振り返ったビーンが指を鳴らし、グラシャスへ警鐘を鳴らす。
「ああそうだ、グラシャス殿」
「なんだ?」
「あの銀髪少年……マークはしておいた方がいいかもしれませんよ。確か、名前をレイと名乗っていたか……」
「レイだと?」
その名に既視感を覚えるグラシャス。あの日、自らの炎で葬り、炎の中で消失した少年と同じ名前。
「……まさかな」
漆黒の軽鎧に銀髪……自身が旅をして来た少年とはかけ離れた容姿に、グラシャスは脳裏に浮かんだ想像を自ら否定するのであった。




