十九.風の谷《ブリーズバレー》総力戦
先陣部隊で仕留めきれなかったレッサーデーモンが風の谷へと降り立つ。中にはゴブリンが背中に乗っており、都の住民を喰らわんと棍棒を持ち、奇声をあげる。
しかし、しばらく風の谷を駆けていたゴブリン達は首を傾げる。兎耳族やエルフなどの亜人、そして、冒険者。いつも賑わっている風の谷に、人影が見当たらないのだ。
「誰かをお探しかしら~ん♡ 街の住民はみーんな避難させたわよ~ん」
すると、街を破壊すべく灰色の体躯を揺らしていたレッサーデーモン一体の身体が上空へと舞い上がり、民家を壊そうとしていた数体の悪魔が後方へと吹き飛ばされた。
ゴブリン達の視線が集まる中、ゆっくり近づく人影。 レッサーデーモンが火属性の初級スキル――ファイアボールを放つも、人影に当たった火球は一瞬で弾け飛ぶ。
「んんー? 今、何かしたのかしら~ん♡」
それは紛れもなく兎耳だった――
鍛え抜かれた大胸筋を子刻みに動かす兎耳は、ゴブリン界の常識を超えていた。彼等の常識では、兎耳の雌は犯す対象だった。しかし、ゴブリンの瞳には、眼前の兎耳が雌なのか……雄なのかすら分からない、異形の存在として映っていたのだ。
「此処にはあたししか居ないわよ? さぁ、いらっしゃい、ボウヤ達♡」
飛び掛かる数体のレッサーデーモン。が、何が起きたのか分からないまま、銅等級の魔物は皆、一瞬にして吹き飛んでしまう。続けて一体のゴブリンが異形へと迫るも、迫った時には既に、ゴブリンの腸に拳がめり込んでいた。
現・山里亭のママ――デラウェア・プロティーン。ママは騎士団長の座を退いた後も、街で何か起きた時、地下シェルターへと住民を避難させ、街を護る役目を担っていたのだ。そう、あのバニーガールの従業員たちも、もとはデラウェアのお付や部下だった強者達なのである。
デラウェアの手に光る銀色のナックル。しかし、ママの武器はそれだけではない。最強バニーが持つ筋肉の前に爆ぜる火球。背後を狙ったゴブリンが棍棒を振るうと、広背筋に当たった棍棒はグニャリと曲がってしまう。
「キ……キェエエエエ!?」
「あら、魔物が怯えてどうするの?」
デラウェアと視線が合った時には背後を狙ったゴブリンの命は尽きていた。残った数十体のレッサーデーモンとゴブリンを前に、デラウェアがポーズを取り……。
「おい、お前等……街を襲いに来るって事は、自分達の命が尽きても問題ないって事だろ?」
突如、ドスの利いた声に戦慄する魔物達。右腕を前へ真っ直ぐ突き出すだけで、轟音と共に筋肉バニーの前方へ巻き起こる嵐。口調が変わった筋肉バニーにより、魔物たちが蹂躙されるまで、そう時間はかからなかった。
◇◆◇
「先程までの威勢はどうした?」
眼前に出現したレッサーデーモンを斬り捨て、上空へ浮かぶキマイラの口腔より放たれる火球を躱すレイ。黒フードの悪魔――ヴィネは悠然とキマイラの背中に乗り、空中より地上に魔物を召喚し、レイへ襲わせているのだ。
「ちっ……キリがないな。どうする……」
【レイ、私がついているわ。必要なコトは〝創造〟よ】
レイの脳裏にルシアの声が響く。闇闘気により、レイ自体、ダメージを受けてはいない。しかし、上空へ浮かぶ悪魔を仕留めなければ、次から次に魔物を召喚されてしまうのだ。
すると、上空へ浮かぶキマイラの体躯へ向けて、何かが飛来する。バランスを崩した魔獣は地面へと着地。黒フードの悪魔は一瞬焦りの表情を見せるも、すぐに次なるキマイラを召喚し、上空へ舞い上がる。
「レイ。こいつらは私に任せろ」
「ティラミス。あっちはもういいのか!?」
キマイラの体躯を穿った刃は、街へ攻め入っていた魔物達と戦っていた騎士団長の投げた剣だったのだ。大盾でゴブリン共を蹴散らした後、キマイラに突き刺さっていた剣を引き抜き、騎士団長はレイの横へと立つ。
「あっちは他の者に任せても問題ない程度の魔物だ。それにあっちには私の師匠も居るしな」
「師匠……成程な」
レイは、その師匠が筋肉バニーの事であるとすぐに気づく。そして彼は、あの筋肉バニーなら魔物の殲滅は時間の問題であるだろう……とも思うのだった。
「レイ様――。みんなを避難させました! 私も一緒に戦います!」
「アン!」
続けて銀翼鷲に乗ったエルフ、アンが合流する。アンは、先程の女魔導師をはじめ、戦いで傷を負った者達を避難させていた。こうして三者が揃い、上空へ浮かぶ悪魔を見据える。
「面倒になって来ましたね、そろそろ終わりにしましょうか」
黒フードの悪魔が指を鳴らした瞬間、一瞬にして十数体のキマイラが出現する。
「風の刃でも一体ずつか。銀翼鷲を使うか」
「いや……風の刃……そうか。俺に考えがある」
アンとティラミスへ耳打ちするレイ。目を丸くしたのは騎士団長だ。
「まさか……そんな事が!? いや、考えている暇はないな。わかった」
「レイ様、上です!」
アンを庇うように立ち、レイが上空のキマイラが放つ火球を魔剣で斬り払い、消滅させる。レイの背後に立つアンは、両手を握ったまま、目を閉じ、旋律を奏で始める。
エルフの奏でる歌声が、淡い光の微粒子となり、レイを包み込んでいく。やがて、レイを覆っていた闇闘気が揺らぎ、レイとアンを狙い、上空より飛来していた複数の火球が一瞬で弾け飛ぶ!
「何だ……この圧は……!?」
魔族ヴィネは戦慄する――刹那、周囲の空気を重く感じたのだ。頭を地面へ押しつけられるかのような感覚。魔族長であるラウムが本気を出した時に見せる妖気……いや、それ以上の重圧。
「ティラミス、今だ! 【死属性スキル】――死喰魔装」
「【風属性スキル】――風迅斬撃!」
ティラミスが剣より放つスキルは、真空の刃を収束させ、風刃の塊を斬撃と共に飛ばす上級スキルだった。しかし、その技は、上空へ浮かぶ悪魔……ではなく、レイへ向けて放たれていた。
レイを包む魔装――漆黒の衣が風刃を喰らい、呑み込む。その瞬間、目を見開いたレイは魔剣を天へ掲げ、自らを覆う闇闘気と共に、風刃諸共放つ。
「終わりだ。【死属性スキル】――黒魔滅葬!」
風属性を加えた漆黒の斬撃が、目に視える刃となって、宙へ浮かぶキマイラの体躯を真っ二つに斬り裂いていく。上空へ浮かぶ魔族ヴィネも、キマイラの体躯諸共、縦割りとなり……。
「ヴァ……カ……ナ……」
そのまま地面へ落下する肉塊となった魔物。ラウムの側近であったヴィネの魂は消滅し、肉体はあっけなく霧散する。
「や、やりました!」
「流石だな、レイ」
「嗚呼」
闇闘気は元の質量となり、顕現させていた魔剣を消失させるレイ。彼の脳裏に闇精霊の声が響く。
【喰らった力をそのまま利用する……よく気づいたわね、レイ】
『嗚呼、以前ガルシアの力を喰らった時、闇闘気とは違う力を感じた事があったからな。騎士団長の風とアンの闘気を増幅させる歌があれば、いけると思ったよ』
アンの紡ぐ歌には、その歌により、様々な意匠が籠められている。今回彼女が歌った歌は、精霊を讃え、闘気を引き出す歌であった。一時的に扱える闘気を増大させ、風属性スキルを重ねて敵へと放つ事で、レイの新たな技が完成したのであった。
「街へ侵入した魔物が討伐されるのも時間の問題だ。風の谷は守られた」
「やりましたね、レイ様」
「そうだな」
しかし、悪魔を仕留めたレイの脳裏に、一抹の不安が過っていた。『国を守る戦いがこんな簡単でいいのか?』という疑問が浮かんでいたのだ。その疑問へ呼応するかのように、ルシアが反応する。
【おかしいわ……】
『どうしたルシア?』
【シルフの持つ風闘気が……弱って来ている? 有り得ないわ……】
『なんだって!?』
レイは自身が感じていた不安の原因に気づく。風の勇者リーズが戻って来て居なかった。瞬間移動が使える彼女ならば、敵を殲滅した時点でこちらへ帰還してもおかしくはない。それに、風の谷を攻めて来た魔物の中にも魔族の長らしき者が居なかった。ヴィネが魔族長と考えるにはあまりにも弱すぎたのだ。
「ティラミス。リーズが向かった村はこの谷から西の方角だったな」
「嗚呼、それがどうした?」
「もう少し銀翼鷲を借りるぞ」
「おい、レイ待て!」
銀翼鷲の背中へ飛び乗るレイを呼び止めるティラミス。
「え、待って下さいレイ様!」
ただならぬ様子に気づいたアンがレイの乗る銀翼鷲へと飛び乗り、銀色の翼は大空へと舞い上がる。
「レイ様、どういう事ですか?」
「リーズが危ない! シルフィネへ向かう!」
「え? まさか、そんな!」
消えつつあるシルフの気配。突然の報せにレイとアンは風の勇者リーズの下へと急ぐのだった。
【読者の皆様へ】
下にスクロールすると、作品に評価をつける【☆☆☆☆☆】という項目があります。
お楽しみいただけましたら、どうか応援していただけると嬉しいです!




