十八.魔族長ラウムの目的
――風の鳴る村、シルフィネ。
風の国西方へ位置する兎耳族が静かに暮らす村。現風の勇者リーズはこの村の出身であった。
「あら、リーズちゃん、お帰りなさい。里帰り?」
「アンナさん。今すぐ村のみんなを避難させてくれ! 魔物の集団がこちらへ向かっている!」
「え? 大変! 分かったわ!」
村の入口に居た女性へリーズが声をかけると、村の住民達へその様子が伝わる。リーズは村の入口にて一人、魔物の襲来を待つ。
【近づいているわね、ワタクシ、シルフちゃんの出番かしら?】
「頼んだよ、シルフ」
纏っていた外套を脱ぎ捨て、背中に背負う大太刀を両手に構えるリーズ。すると前方の上空、咆哮と共に巨大な火球が飛んで来る。
「カザミドリ・序――風黄泉乃太刀」
シルフの力を籠めた精霊術。カザミドリは彼女が持つ大太刀の名前だった。カザミドリを真っ直ぐに振るった瞬間、巻き起こる旋風と共に、真空の刃が上空へと向かう。
猛烈な風により火球は軌道を逸れて明後日の方向へと飛んでいく。と同時に、真空の刃は上空へ浮かぶ巨大なキマイラへも届き、体躯を引き裂いていく!
グォオオオオオオ――
咆哮と共に降り立つ四体のキマイラ。普通なら国直轄の騎士団や小隊相手で戦うべき相手。
しかし、バニーガール姿となった風の勇者は巨大な猛獣を前に悠然と太刀を構える。
「私が相手してあげよう。猫型の獣よ、来るがいい」
太刀を抱えたまま、左手を前に出し、指を折って牽制する女勇者。牽制により猛る四体のキマイラが一斉に火球を放つ。
「ふ、何処を狙っている?」
四つの火球は地面で爆ぜるも、その場にリーズの姿はなく……。
四体のキマイラのうち、一体の体躯より飛散する緑色の体液。鋭い猛獣の爪で引き裂こうともう一体が迫るも、巨大な剛腕は空を切り、三体目の胴体へと突き刺さる大太刀。太刀を引き抜き飛び上がるリーズは、続け様に太刀を振るい、四体目の巨躯を風の刃で斬り裂きつつ吹き飛ばす!
「無駄だ。諦めろ」
いかに全てを斬り裂く強靭な爪でも、岩をも砕く牙でも、肉体を爆散させる程の火球でも、当たらなければ意味を成さないのだ。
「カザミドリ・破――黄泉送り乃嵐」
襲い掛かる四体のキマイラへ向けて太刀を振り下ろした瞬間、リーズの前方、キマイラが降り立った地面より吹き荒れる風。そのまま渦を成して上空へと舞い上がる風は竜状となり、魔獣の体躯を八つ裂きにしていく。
三メートルはあろうかという魔獣の胴体が轟音と共に舞い上がる。
真空の刃に引き裂かれた後、竜巻の消失と共に落下。そのまま地面へと叩きつけられるのだった。
「さぁ、高見の見物なんかしていないで、降りて来るんだな!」
四体のキマイラを仕留めたリーズが、大太刀を上空へと向ける。四体のキマイラが舞い降りた時、上空へ残る陰があったのだ。上空へ残るもう一体のキマイラには、白い仮面を被った貴族のような格好をした男の姿。
上空より舞い降りた男は、リーズへ向けて一礼する。
「あなたなら来てくれると思っていましたよ、風の勇者リーズ」
「お前、魔物を束ねる魔族長だな。どうしてこんな辺鄙な村を襲いに来た?」
「ええ、我は魔族四柱がひとり。魔族長――朱雀のラウム。どういうつもりも何も、この村はあなたの故郷なのでしょう?」
「ん? どうしてそれを?」
風の国の住民ならまだしも、勇者の故郷が何処かなんて情報、わざわざ知る必要もないのだ。魔族長が風の勇者の故郷を調べ、狙う事に疑念を抱くリーズ。
「ある筋からの情報ですよ。此処を襲ったならあなたが此処へ来るだろう……とね」
「その口振り……まるで私と戦う事を望んで……まさか!」
そこまで言いかけてリーズは気づく。魔族長が宮殿の攻めを部下へ任せ、わざわざこんな辺境の村を襲う事自体おかしいのだ。そうする理由があるとすれば、この村へよほど魔族が欲しがる物があるか、或いは……。
「そのまさかですよ。我の目的はあなた。風の勇者――リーズ・シルフィ。そして、あなたが持つ風精霊シルフの力ですよ」
「ふ、そういう事か。風の谷を脅かす魔族長を葬る丁度いい機会だ。成敗させてもらうぞ」
魔族長の姿が揺らぐ。それは闘気でも魔力でもなく……魔族のみが持つ特有の妖気。挨拶代わりにとリーズが大太刀を振り下ろす。
「カザミドリ・序――風黄泉乃太刀」
「【魔属性スキル】――魔の波動」
魔属性スキル――魔族が持つ妖気を魔力へ変換し、スキルとして発動する魔族固有のスキル。個体が持つ妖気の保有量が多ければ多い程、威力が増す事となる。
リーズが放つ真空の刃と、ラウムが放つ漆黒の波動がぶつかり合い、対峙する二人の中央でぶつかり合う。衝撃が起きると同時に巻き起こる風。しかしリーズは瞬間的に移動し、ラウムの背後を取り、素早く斬り付ける。
「その動きは予測済ですよ」
「爪?」
太刀が奏でる激しい金属音。ラウムが掌より長い銀色の爪を五指より伸ばし、剣戟を受け止めたのだ。真空の刃を巻き起こし、すぐに距離を取るリーズ。そこへ、主を護るかのように残っていたキマイラの腕が振るわれる。刀身で豪腕を受け止め、返しに一閃。女勇者は再び距離を取り、ラウムを見据える。
【膨大な妖気を隠してはいるけれど、戦えない程の相手ではなさそうね】
『そうだな、シルフ。このまま一気に片をつけよう』
念話で会話するシルフとリーズ。横から割って入るキマイラをスキルで仕留め、ラウムへ集中しようとリーズは考える。
「その移動術も精霊術ですか。厄介ですねぇ~」
「お前程度では、私の動きを捉える事すら出来んぞ?」
「そうですか。ならばこれならどうですか?」
刹那、周辺の空気が一変する。ラウムが何か宝玉のようなものを懐より取り出したのだ。宝玉が妖しく光ると同時、リーズは一瞬、何か眩暈のような、力が抜けたような感覚を覚える。
「さぁ、キマイラ。そこの勇者を喰らってしまいなさい」
グォオオオオオオ――
咆哮と共に放たれる火球を飛び上がり回避。体躯を斬り裂こうと太刀を振るうリーズ。しかし、太刀は巨大な爪によって受け止められ、もう片方の腕によりリーズの身体は後方へ飛ばされてしまう!
「くっ!」
「【魔属性スキル】――魔の波動」
飛ばされたリーズの横に立つラウムが漆黒の波動を放ち、宙を舞った彼女の身体が地面へと叩きつけられる! 素早く起き上がり、口元の血を拭う女勇者は魔族長を睨みつける。
「くっ、どう……なってる……?」
「教えてあげましょうか? 先程の宝玉はね。精霊の力を縛る不思議な宝玉なのですよ。あなたはもう、精霊術を使えないただの人間です」
四大精霊の力を縛る程の宝玉。通常なら考えられない事であったが、事実、リーズの身体を纏っていた風が、だんだんと弱まりつつあった。
『シルフ、シルフ! 無事か? 返事してくれ……!』
【まずいわ……ごめんリーズ……あなたとの繋がりが……】
リーズの呼び掛け虚しく、彼女を覆う風が消えていく。
シルフの声が遠くなっていく。やがて、風の勇者リーズを纏う風は消失してしまう。
「こんな事……許される訳がない」
「まだ足掻くつもりですか。では、暫く遊んであげましょう。キマイラ」
キマイラの放つ火球が、リーズの眼前へと迫っていた――
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