イツキの故郷
馬車は間もなく、国境に差し掛かる。
俺にとってはいつもの道だが、イツキにとっては初めて見る景色ばかりだ。
「イツキ、お前が赤ちゃんの時にも、ここを通ったんだけど、覚えて無いよなぁ?」
「う~ん……なんか悪いおじさんに会ったような……」
おいおいイツキ本当に?本当に覚えてるのか?そんなはず無いだろうとは思うけど、イツキだから絶対無いとは言えないな、う、うん。俺は一人で、首を横に振ったり縦に振ったりする。
俺達は、ハキ神国からの出国を問題なく終え、ミリダ国の国境に向かう。
国境の検問所に着くと、教会の馬車を見た友人イザクが、笑顔で出迎えてくれた。
「珍しく馬車なんだな。急ぎの用なのか?」
「まあそんな感じだ」
レガート国の上級学校時代の友である俺達は、握手を交わして肩を叩きあった。
「ハビテ、早く僕も降ろしてよー!」
馬車の中から、イツキの文句が聞こえてきたので、ドアを開け、両脇を抱えてから地面に降ろしてやる。
「おい!まさかあの時の赤ん坊か?でかくなったな」
イザクは大きくなったイツキを見て、感慨深そうに言う。
「僕はイツキよろしくね」
イツキの天使の微笑みパワーが発動し、検査官から警備隊員、当然イザクまで満面の笑顔になっている。
そうだろう、そうだろう。イツキの笑顔には、癒しの力が込められてる。そして抱き締めても、抱き締められても元気が出る力まであるんだよ!
勿体無いから、当然お前らには触らせないけどな!
軽く手続きを済ませて、残念がる友人に手を振って、俺達は再び馬車に乗り込んだ。
次の目的地ダリには、色々な工業製品を売っている店が並んでいる。イツキの勉強にもなるので、少し寄って見学したり、買い物したりしようと思う。イツキの欲しがる物があれば、何か買ってやろう。
「イツキ、次の街ダリに着いたら、買い物をするぞ」
「買い物?買い物ってなあに?」
そうか、本教会から出たことがないから、当然買い物もしたことないよな。
「説明するより、見て覚えた方が良いだろう。一応お金の説明だけしとくぞ」
「うん、わかった。僕頑張るよ!リーバ様が、イツキはたくさん勉強して、修業をしたら、立派な人になれるって言ってた」
「うっ……修業をしたらかぁ……そうだな、頑張れ!」
修業の意味なんて、まだ分からないだろうになぁ・・・お前に出された修業の課題を見て、俺は倒れそうになったけど、リーバ様は「イツキならやれるはずだ」って譲らないし、「絶対に甘やかすな」とか無理なことまで念押しするしなあ。
『は~っ、俺にこの指令がこなせるんだろうか……』
確かにイツキの成長は、普通の子供とはかなり違うと思う。
今だって、お金の数え方を直ぐに覚えてしまった。
一度教えると、大抵のことは覚えているし、本人も覚えることが楽しいようだから、良いんだけど・・・
反動として、頭の中がいっぱいになったら、所構わず寝てしまう。体に無理してるからじゃないかと、つい心配になるよ。
馬車は無事にダリの街に到着し、今夜はダリ正教会の【教会の離れ】に泊まることにした。
ミリダ国の政情不安は、まだしばらく続きそうで、昼間でも警備隊や軍部が、不審者の見回りに忙しそうだ。
ハキ神国からの侵略や、貴族間の揉め事、国の基幹産業である工業製品の情報漏洩など、国王も頭の痛いことだろう。
その点【教会の離れ】だと、煩わしい身分確認や、旅の目的を調べられることもないので安心だ。
イツキを連れて町に出ると、初めての買い物に興奮したのか、あっちの店こっちの店と、俺を引っ張って行く。
「ねえねえハビテ、すごいよ!この箱の中から出て来た赤色の物が、こっちの箱に入ったら、違う形になってるんだ!」
「それは飴だ。なんか良い匂いがするだろう?赤い飴が、こっちの箱で冷やされて、固まって出て来るんだ」
「すごい、すごい」と言いながら、瞳をキラキラ輝かせて喜んでいるイツキを見ると、連れて来て良かったと、俺まで嬉しくなる。
「店主、大きめの赤と青の飴を3個づつ入れてくれ」
「へい、まいど」
先程から感動しきりで騒ぐイツキを見ていた店主が、笑いながら飴を袋に詰めていく。
「いいかイツキ、今からお金を払うぞ。店主1個いくらだ?」
「1個30エルだよ」
俺は財布を出して、小銭を手の平の上に並べる。
「さあイツキ、これが10エルで、これが100エル、全部で・・・」
「180エルかなぁ。30エルが6個だから180エルで合ってる?」
俺と店主はびっくりして、まじまじとイツキの可愛い顔を見る。
イツキはどうしたの?っていう顔で、こてんと首を傾げる。
『その顔が可愛い過ぎだけど、本当にお前は4歳児なのか?』
「いつから計算を覚えたんだイツキ?」
「う~ん、わかんないけど、いつも食堂でミユナさんがやってたよ」
そう言えば、ミユナさんが業者に食材注文する時、横で楽しそうに見てたな。ふう。
気の良い店主は、「小さいのに偉いな」っと言いながら、黄色い飴をイツキの口の前に差し出してくれた。
イツキが俺の顔を、うるうる目で見るから、食べても良いぞと頷いてやる。
「あ~ん」と大きな口を開けて、飴を口に入れて貰い「おいひーね」と笑う。あ~可愛さに癒される~。
次は大きなおもちゃの店に入ることにした。
本教会には子供のおもちゃらしい物など、殆ど無かったので、きっとイツキが喜ぶだろうと期待しての選択だ。
「…………」
あれ?イツキどうした……?
店に5、6歩入った所で固まってるけど、大丈夫かぁ?もしや眠くなったとかかな。
「ハビテ・・・これなーに?」
店中をぐるりと見回し、たくさんの種類のおもちゃが並んでいるのを見て、目をぱちくりさせている。
「ここにある物は、おもちゃと言って、子供の遊ぶ道具だ」
そう言いながら、俺はいくつかのおもちゃを手に取り、実際に遊んでみせる。
ボタンを押すと、小さな玉が出て来て、10点とか30点とか書いてある的に、玉が転がって当たると、的が倒れるというおもちゃを試してみる。
次に、版の上に兵隊と怪物?が5体づつ並んでいて、版の左右のレバーを、押したり引いたりしながら、相手を倒すおもちゃをやってみる。
「わーい楽しいね!」2人で出来るおもちゃで遊べて大喜びだ。連れて来て良かった。
「そのおもちゃは、この春の新作で、まだどこの国にも置いてないんですよ」
笑顔の店主が出て来て、自慢気に言う。
確かに見たことのない商品だな。これを買えばイツキも誰かと遊べるだろう。少し高そうだが、教会で子供達を遊ばせるためという名目で、買わせて貰おう。
「イツキ、これ買おうと思うけど、どうだ?」
「えっ、いいの?これなら馬車の中でも遊べるね。うれしいなぁ」
イツキも気に入った様なので支払いしよう。ここはファリスの権限で、教会払いにさせて貰おう。
今年から神父の身分証明書に、年齢欄が出来たので、若いファリスでも、あまり怪しまれなくなった。
さあそろそろ帰ろうかと、イツキを探して店内を見ると、何かを手に持って、じっと立っている姿が見えた。
何か気になる物でもあったのかと近付いてみると、中古品売り場でイツキがポタポタと涙を流している。
「どうしたイツキ?何かあったのか?」
慌てて近寄ると、イツキは首を横に振り、手に持っていた箱を俺に渡す。
それは、片手で持てる位の、小さなオルゴールだった。このオルゴールの、何を見て涙を流しているのだろうか?
俺は不思議に思い、全体を確認しながら、緩んだネジを、少しずつ巻いていく。
そして流れてきたメロディーをじっと聴いてみる。
ん?これは【レガートの子守唄】だ!
「ハビテ・・・ぼく・・・このメロディーを、聞いたことがあるんだ・・・ずっと・・・ずっと前に」
そう言いながら、イツキは何かを思い出そうとしているようだ。
もしも、もしもこのメロディーを、本当に聞いたことがあるとしたら、レガート国民が歌ったとしか考えられない。何故ならこの歌は、レガートの首都ラミル地方のみに伝わる古い子守唄で、他国では歌われていないはずだからだ。
『もしイツキが本当に聞いていたとしたら、それは母親のカシア以外に考えられない』
カシアはラミルから来たと、カイ正教会のトーマ様がおっしゃていた。
イツキの記憶力って……
「イツキ、このメロディーは、お前の母さんが、お前のために歌っていた子守唄だと思う」
泣いているイツキをそっと抱き締めて、初めて母親の話をする。
「おかあさん・・・?ぼくの?」
「そうだ。今から向かうレガート国が、お前とお前の母親の故郷なんだよ」
俺はその小さなオルゴールを、自分の金で買って、イツキにプレゼントした。
その日からイツキは、どこに行く時も、必ずオルゴールを持って行くようになった。
明日はいよいよ、イツキと俺の故郷、レガート国に入国だ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話からレガート国での生活が始まります。
明るいテンポで進行させたいと思っています。




