メルダ・バヌ・エンター
少し長くなりました。
第三者の視点で進行しています。すみません読み辛いかも……しれません。
1087年秋、ランドル大陸東部・中部・南部にかけて原因不明の病が広がった。
東部にあるダルーン王国から、発症したと言われているその病は、発症地の名を取って【ハリブ病】と言われている。
特徴は、高熱が出ることと、致死率が高いことである。
大陸の中部にあるハキ神国も、既に1,000人以上が亡くなり、本教会を含め全教会は厳戒体制に入り、病の拡大を食い止めようと必死になっていた。
ハキ神国首都シバの正教会の【教会の離れ】も、病の拡大を避けるため、3日前から宿泊を断っていた。
例外として、レガート国の内乱時に逃げて来た、一組の母娘だけは長期滞在者として、身を寄せている。
母親の名は、サクラ・バヌ・エンター、27歳(元伯爵婦人で、現レガート国王バルファー・レガートとは、いとこ同士である)
娘の名は、メルダ・バヌ・エンター、1歳 ハキ神国生まれ(産まれた時に、稀少な緑色のハート型の印を持っていた)
本来ならサクラは内乱後、夫ランド・バヌ・エンター伯爵、息子エルビスと共に、レガート国に帰国するはずだった。
ところが身体の調子を崩し、サクラだけハキ神国に留まることになった。
翌年1人で迎えに来た伯爵は、1ヶ月程ハキ神国に滞在し、婦人サクラを伴って帰国の途に就いた。
しかしその直後、サクラが旅の途中で倒れてしまった。妊娠していたのだ。
身体のことを考慮して、ハキ神国のシバ正教会に事情を話し、体調が安定するまで保護してもらうことになった。
(レガート国でエンター伯爵は、教会にとても貢献していたので、直ぐに了承された)
またしても夫人を残し、伯爵は1人で帰国していった。
そして、5か月後の迎えを待っていたサクラに、ある連絡が届いた。
《 夫ランド伯爵、暗殺により死亡。息子エルビスは所在不明。伯爵家の存続を望む場合、1ヶ月以内に帰国し、所定の手続きを行うこと。なお、手続きなき場合は廃位とする》と。
知らせを受けたサクラは、ショックのあまり寝込んでしまった。
結局レガート国には帰らず、シバ正教会の【教会の離れ】で出産することになった。
生まれた女の赤ん坊のメルダが、《印》の持ち主だったので、教会の保護対象として、ずっと今日まで長期滞在していたのである。
サクラは、寝たり起きたりの体調だったので、イツキの乳母だったキヨが、《ハートの印》を持つ子メルダと母サクラの世話をしていた。
あれだけ厳戒体制をとっていても、病は入って来てしまう。
サクラが発病してしまったのだ。
メルダは感染を避けるため、そして、もしも感染していた場合の対応を考慮して、本教会の病院に預けられることになった。
本教会の病院は主に、医者や看護師を育てるための学校で、一般人を診療することはなく、教会関係者のみを診療している。まれに王族、高位貴族が患者になることはある。
ハキ神国首都シバには、ブルーノア大病院(一般人の為の病院)が在るので、学生達はそこで実習している。
「キヨ、メルダの様子はどうだ?母親と離れて寂しがってはいないか?」
「はいマーサ様。今のところ大丈夫です。しかし、メルダは産まれた時から声が出せません。ですからメルダの顔や瞳の様子で、判断出来る範囲の話ですが……」
キヨは、眠っているメルダの寝汗を拭きながら、シーリスであるマーサ様に答えた。
メルダは生まれてこれまで、1度も声を出していない。
産まれた時も、産声を出せなかったので、何か詰まっているのではと、慌てて確認したが、何も詰まってはいなかった。
声はしなくても、お腹が空けば泣くし、オムツが汚れても泣くし、声が出ないこと以外は普通なのだ。ただ、泣き声が聞こえないので、注意して様子を見る必要があった。
「マーサ様、メルダちゃんの能力は、いつ頃判るのでしょうか?」
「キヨ、それは誰にも判らないよ。イツキだって、まだ判らないことばかりだし……」
「でもイツキちゃんは、癒しと元気を与える能力だと、シーリスジーク様が仰っていましたが、まだ他にも有るのですか?」
う~ん・・・とマーサは腕組みをして考え、「それも分からない」と答えた。
《印》というものは、その能力を振るう場所に、現れることが多い。
腕に現れる者は、指導者になる者が多い。
頭は、知能や心に関する能力や、念動力に優れている。
首は、話すこと、言葉に関することに優れていて、足は、身体能力に優れている。
胴体部分は、火・風・水・土・植物系等の物を扱う能力に優れていることが多い。
顔は、視覚、嗅覚、聴覚、味覚等の能力に優れている。
手(肘より下)や指は、技術系の物作りや、楽器演奏、医術等に優れている。
メルダの緑色のハートの《印》は、右手の甲にある。ちなみに、緑色は誰も見たことのない色だった。
声が出せないから、技術系の方が良いかもしれない。
手に《印》があり、目が見えない者の中に、治療や探査系の能力を持って生まれた者が、過去に3人くらい居たという話もある。
「とにかく、大切な存在ではある。しっかり面倒をみてやってくれ」
マーサはシーリスの仕事の合間に、不運続きのメルダの母サクラの相談相手になっていたこともあり、出産にも立ち会っていたので、ずっと親子を気に掛けて見守っていた。
メルダのいる病室から出ようと、ドアの前に立ったところで、廊下側からノックが聞こえた。
「こちらにマーサ様はいらっしゃいますか?」
「いるよ。どうぞ」
マーサは内側からドアを開けて、廊下に居た看護師を中に入れた。
「マーサ様大変です!イツキちゃんが高熱で、運ばれて来ました」
イツキ担当看護師リーズが、息をハアハア吐きながら青い顔をして報告する。
「何だって!イツキが」
「えーっ!イツキちゃんが」
マーサとキヨは思わず声を上げて、大変なことになったと顔を見合わせた。
キヨはイツキの乳母でもあるので、駆け付けたい気持ちでいっぱいだったが、今はメルダの側を離れられない。
マーサは、後で状況を知らせるからと約束し、メルダの病室を後にした。
「イツキの容体はどうなんだ?」
マーサが、イツキの病室のドアを開けながら、中に居る者に問う。
そこには、看護師リーズよりも青い顔をした、リースエルドラとシーリスヨンテが、イツキの右手と左手をそれぞれ握って立っていた。
「いつものように、私の部屋の長椅子で眠っていたんだ。声を掛けても起きないから、おかしいなと思って側に寄ったら……呼吸が早くて……」
「いつから、いつからエルドラ様の部屋に居たのですか?」
マーサはつい責めるように訊いてしまう。
「私は先程イントラ連合国から帰ったばかりだ!暑いから執務室の窓とドアを開けて、リーバ様に視察の報告に行った。それから自分の執務室に帰ったら、イツキが寝ていたんだ」
自分のせいじゃないと、言い訳をするようにエルドラはマーサに告げる。
「皆さん静かに!恐らくハリブ病です」
医師が病名を告げると、全員が失意の息を吐いた。
「薬は、何か薬は無いのか?」ヨンテはすがるような声で医師に問う。
「噂では、ヤダガ産の雪根草の根が効くと言うことなのですが、昨年からの暖冬で、この冬は害虫にやられ、収穫量が極端に少なくて、病院に納品されていません」
「在庫も無いのか?」
「はい、薬種問屋にも全くありません。前年度の分はダルーン王国の行商人が、殆ど買い付けてしまい、残っていないそうです」
皆言葉を無くしたままイツキの顔を見る。そして、ただ神に祈ることしか出来なかった。
翌日になっても、イツキの熱は下がらず、危険な状態が続いていた。
そんな時、不運な知らせが入って来た。ハリブ病に感染していた、メルダの母サクラが亡くなったという知らせと、メルダ自身も熱が出たという2つの知らせだった。
元々身体が弱いサクラは、恐らく助からないだろうと、医者もマーサも覚悟はしていた。しかしメルダまで・・・
「エルドラ様、リーバ様の力で治せないんですか?」
マーサは自分がとんでもないことを言っていると、頭では分かっているのだが、つい訊いてしまう。
「リーバ様は、180年ぶりに現れた、《予言の書》を解読できる能力をお持ちだ。《透視》による予知能力が有るからこその、解読なのだ。イツキのことを1番心配しておられるリーバ様が、ご自分でもどうしようもなくて、【青の聖堂】に籠られているんだぞ!」
「分かってますよエルドラ様……私だって分かってるんだけど・・・」
イツキの手を握りながら、日頃は男以上に男らしいマーサが、必死で涙を堪える。
暫く沈黙のまま時間だけが過ぎ、2人はイツキの側で何も出来ずに手を握っていた。
そこへ泣きながらキヨがやって来て、突然平伏して2人に懇願する。
「お願いします。私にもイツキちゃんの看病をさせてください!」
「キヨ、お前はメルダの看病で寝てないだろう?これ以上は無理だ」
エルドラは、キヨの気持ちも痛い程分かるのだが、身体の心配をして止める。
「では、ではここに、メルダちゃんを連れて来ます!私は少し休みましたから大丈夫です。2人共同じ病気なのですから、構わないですよね?どうぞ御二人は少しお休みください」
キヨは、2人が良いと言うまで、頭を上げず、ずっと平伏したままで懇願し続ける。
根負けした2人は、メルダを連れて来ることを渋々許可した。
キヨがメルダを連れて来て、子供用の小さなベッドを、イツキの寝ている大人用のベッドの横にくっ付けた。
イツキは時々目を覚まし、キヨがスプーンで水を飲ませると、また直ぐに眠ってしまった。
夕陽が沈みかけた頃、嫌な予感がしたと言って、突然ハビテが戻って来た。
シーリスのヨンテは「お前達は、本当に親子のようだな」と言いながら、ハビテにイツキが【ハリブ病】であると告げた。
ハビテは一瞬目の前が真っ暗になったが、直ぐに病室に向かって走っていく。
「イツキ!俺だぞ、ハビテおじちゃんが帰って来たぞ!」
ノックもせずに病室のドアを開けて走り寄り、高熱のため荒い息で寝ているイツキを抱き締めた。そしてポロポロと涙を溢しながら、髪を撫でたり体を擦ったりする。
「キヨ、これは雪根草の根だ!直ぐに医師に煎じさせてくれ」
「ああ……ハビテ様。ありがとうございます。直ぐに、直ぐに煎じて来ます」
キヨは絶望の淵から、希望の光が見えたような気がして、雪根草の根を持って走り出した。
「イツキ。もっと早く帰って来れば良かった・・・ごめんな・・・」
イツキの顔を優しく撫でながら、ポタポタ涙を流す。その涙がイツキの顔を濡らす。
「ハ、ハビテ、どう……どうちたの?どちて……泣いてるの?」
「イツキー!目が覚めたのか?直ぐに薬が来るからな。もう少し……もう少し頑張れ!」
2人が会話しているところに、リーバ様が入って来られた。
後ろから「リーバ様!病が移ります。お止めください!」と言う、エルドラ、マーサ、医者の声がする。
「私はリーバだ!死にはせん!」
とうとう我慢出来なくなったリーバ様が、皆の制止を振り切って、イツキに会いに来てしまったのだ。
「リーバ様、もうすぐ薬が来ます」
「何?薬が手に入ったのか?」
「いいえ、イツキを本教会に連れて来る途中、ヤダガで買っておいた物です」
「「「オーッ!!良くやったハビテ」」」
全員から歓びの声が上がる。そして皆で神に感謝し膝をついた。
そこにキヨと医者が、待ちわびた薬を持って部屋に入って来た。
「こ、これはリーバ様……」2人はそこに居るはずのない、リーバ様を見付けて固まった。
「早く来い!この子等に早く薬を与えよ!」リーバ様は手招きをして医者を呼び入れる。
「じ、実は、根が少し傷んでいて、1人分しか薬が作れませんでした……」
「「「…………」」」
皆の視線は、一斉にイツキの方に向けられる。メルダの命も大切だが、イツキは【予言の子】なのだ。決して死なせてはならない存在でる。
その時イツキがうっすらと目を覚まし、虫の息でキヨに尋ねた。
「ねえねえ……この子……だあれ?」と。
「この子はメルダちゃんです。キヨにとって、イツキちゃんと同じくらい大切な子です」
虫の息になりかけている2人の子供を見て、キヨは胸が潰れそうだった。
「わかった。ハビテ……メルダちゃんを、僕の……隣に、ね、寝かせてぇ……」
イツキはメルダの方を見て、力なく笑う。イツキの願いにキヨはとうとう泣き出した。
「イツキ、先にお薬飲もうなっ」
ハビテはイツキを抱いて、薬を飲ませようとする。しかしイツキは、ゆっくり首を振る。
「大丈夫……お薬は、は、半分にして。そしたら僕は……僕は元気になれるから……は・や・く」
その時、イツキの体から金色のオーラが光り出て、メルダをゆっくりと包んでゆく。
その金色の光を視たハビテは、メルダを隣に寝かせ、薬を半分にして、2人に飲ませた。
途中で回りから「やめろー」とか「ハビテお前ー」とかいろいろ声が飛ぶ。しかしハビテは【予言の子】であるイツキの言葉と力を信じて賭けた。
誰も何も言わず、ただ、段々呼吸が弱っていくイツキを見ていた。
静寂の中、苦しそうな2人の子供の息だけが微かに聞こえ、窓の外はすっかり暮れて、見上げた夜空には星が煌めいていた。
全員で祈り続けて30分くらい経った頃、奇跡的にメルダが目を覚ました。
そして、隣で眠る、今にも息が止まりそうなイツキをじっと見詰めて、小さな右手を、緑色のハートの形の《印》を持つ右手を、イツキの身体にそっと伸ばした。
ぼんやりその光景を見ていたハビテは、ガタン!と椅子を後ろに倒して立ち上がった。
皆は驚いてハビテを見る。もしやイツキが・・・と、最悪のことを考えた。
「レモン色の光が・・・右手のハートの印から強い光のオーラが!」
ハビテは何故か、その見たこともない、レモン色のオーラが、治癒能力だと直感した。
それからほんの数分後、信じられない奇跡の光景を、皆が見ることになる。
なんと自分で体を起こして、イツキがベッドに座ったのだ!
イツキはみるみる内に顔色が良くなり、呼吸も普通に戻ってきたのだ。
これが、これがメルダの《印》の能力なのだと、全員が理解し神に感謝した。
願いを叶えてくれたハビテに手を振った後、イツキは小さな手で、メルダを優しくそっと抱き締めた。
「ありがとう」と、にっこり笑ってメルダに礼を言い、イツキは眠っている可愛いメルダの頬にキスをした。
「アーン!アーン!」
メルダは元気な声を上げて泣き出した。それは全員が初めて聞くメルダの声だった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話から、新章に入ります。
イツキの視点で進行する予定です。
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