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支度

その後、二人は短く言葉を交わした。


舞踏会の日取り。

会場。

出席者の顔ぶれ。


どれも、すでに予想の範囲内だ。

新しい情報はない。

あるのは、「避けられない」という事実だけだった。


「準備が必要だね」


ルーカスが、淡々と言う。


「はい」


エルフリーデも、同じ調子で頷いた。


感情の話は、もう終わっている。

残っているのは、どう立つか、だけだ。


「仕立て屋を呼ぼう」


それは提案というより、確認だった。


「王都の西側に、信頼できるところがある。各国の使節向けも手がけている」


「分かりました」


即答だった。


その日のうちに、予定は決まった。



数日後の昼前、屋敷の前に一台の馬車が止まった。


派手な意匠はなく、実務用と分かる簡素な造りだ。

だが、降りてきた数人の動きには無駄がない。

年配の職人を先頭に、助手たちが静かに荷を下ろしていく。


応接間はすでに整えられていた。

低いテーブルの周囲に椅子が配置され、壁際には空きが作られている。


助手たちは慣れた手つきで、採寸用の道具を並べていく。

巻き尺、木製の定規、留め針。

続いて、布見本が何枚も広げられた。


色も質感も異なる布が、応接間の光を受けて静かに揺れる。

それだけで、空間の空気が少し変わった。


年配の職人が一礼した。


「本日は」


視線が、自然とエルフリーデに向く。


「式典用で、よろしいですね」


「はい」


彼女は、はっきりと答える。

職人は、それ以上を聞かずに頷いた。


「主役ではありません。ですが、隅に控える立場でもありません」


エルフリーデが言葉を足すと、職人の目がわずかに細まる。


「承知しました」


簡潔な返事だった。


「では、場の性質を」


「各国の代表者が集まります。王族も、官僚も、商人も」


ルーカスが、補足する。


「どこかに寄せすぎない方がいい」


職人は、布見本の前へと二人を案内した。


「色は、抑えましょう」


並べられた生地の中から、派手なものを避ける。


「ですが、沈みすぎると埋もれる」


エルフリーデは、視線を巡らせる。


落ち着いた色合い。

深みのある青。

灰がかった緑。


「……これ」


一枚の布を指す。


「主張しませんが、光を受けると表情が出ます」


職人が、布を持ち上げて確かめる。


「良い選択です」


即座に、そう言った。


「立った時より、動いた時に映える」


次は、線だ。


首元。

肩。

背中。


「詰めすぎない方がいいですね」


職人が言う。


「装身具を活かす余地を残しましょう」


その言葉に、エルフリーデは一瞬だけ視線を落とした。


そして、首元に手をやる。


普段から身に着けているもの。

細い鎖。

小さく、だが確かな存在感のあるネックレス。


職人の視線が、そこに留まる。


「……なるほど」


感心とも、驚きとも違う声。


「そちらが、中心に据える品ですね」


「はい」


エルフリーデは、静かに答える。


「外す予定はありません」


「でしたら」


職人は、迷わず言う。


「余計な装飾は要りません」


首元は開きすぎず、詰めすぎず。

鎖が自然に落ちる位置を基準に、全体を整える。


「この方が、品が立ちます」


ルーカスは、少し離れた位置からその様子を見ていた。


口を挟まない。

評価もしない。


だが、ネックレスに視線を向けて、一言だけ言う。


「それで行こう」


それだけだった。


職人は、頷く。


「仮縫いは三日後で。本縫いは、その翌日」


日程が告げられる。


舞踏会まで、残された時間が、具体的な形を持つ。



仕立て屋たちが帰ったのは、日が傾き始めた頃だった。


応接間には、畳まれた布見本と、走り書きの寸法表だけが残っている。

先ほどまでの人の気配が嘘のように、屋敷は再び静けさを取り戻していた。


エルフリーデは、その場に立ったまま、無意識に首元へ手をやる。


そこにある重みは、変わらない。

奪われた時間も、取り戻した経緯も、今さら言葉にする必要はなかった。


「……いよいよですね」


ぽつりと零れた声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。


「そうだね」


ルーカスは、否定も強調もせずに答える。


「立つと決めた以上、準備するだけだ」


エルフリーデは、静かに頷いた。


ドレスは、まだ形になっていない。

だが、それは逃げるための装いではない。


あの場に立つための、装いだ。


舞踏会まで、あと少し。


準備は、もう確実に動き始めていた。

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