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招かれる

屋敷に戻ってから、しばらく経った後だった。


日が完全に落ちきる前の、薄い夕闇が居間に差し込んでいる。

昼の光とも、夜の灯りともつかない、境目の時間。


エルフリーデは、低いテーブルの前に座っていた。

昼に受け取った封書は、まだ開かれていない。


隣には、ルーカスがいる。

仕事用の上着は脱ぎ、いつもより少し力の抜けた姿だが、

視線は自然と封書に向いていた。


「……それか」


彼が、静かに言う。


エルフリーデは、頷いた。


「はい」


それだけで、二人とも察していた。

これは、軽い知らせではない。


エルフリーデは、封を切る。

紙の擦れる音が、やけに大きく感じられた。


中身を広げ、二人で並んで目を落とす。



拝啓


多国間通商条約締結十五周年を迎えるにあたり、

本条約管理委員会主催による記念舞踏会を開催する運びとなりました。


本会は、条約締結国ならびに関係各国の代表者が一堂に会し、

これまでの協調関係を振り返るとともに、

今後の通商環境について意見を交わす場として設けられるものです。


例年同様、

レクシア王国関係者各位、

並びに連合商務調整局関係者各位にも

ご案内を差し上げたく存じます。


ご多忙の折とは存じますが、

ご都合が合いましたらご臨席賜れますと幸いです。


敬具


多国間通商条約管理委員会



読み終えたあと、しばらく沈黙が落ちる。


祝賀。

記念。

協調。


どの言葉も穏やかだ。

だが、その裏にある顔ぶれと力関係は、あまりにも明確だった。


ルーカスが、先に口を開く。


「……これには、アルディアも来る」


断定だった。


「必ず顔を出す。欠席した方が、かえって悪目立ちする場だ」


エルフリーデは、何も言わずに聞いていた。


ルーカスは、少しだけ言葉を選ぶ。


「君は」


一度、視線を外す。


「無理に来なくてもいい」


強い否定ではない。

だが、守る側としての結論だった。


「各国が集まる催しだ。君にとって、居心地のいい場所じゃない」


エルフリーデは、封書を畳み、膝の上に置いた。


それから、顔を上げる。


「……いいえ」


声は、落ち着いていた。


「行きます」


ルーカスの視線が、戻ってくる。


「エルフリーデ」


名を呼ぶ声に、制止の響きが混じる。


彼女は、首を振った。


「都合のいい時だけ、引っ込んで守られるのは……嫌です」


言葉を選びながら、続ける。


「公爵家養女として、連合の官僚として、そして――」


ほんの一瞬、言葉を区切る。


「あなたの隣に立つ人として」


逃げない視線だった。


「必要な時に姿を消して、危ない場面だけを避けて」


静かに、だがはっきりと言う。


「それでは、私がここにいる意味がありません」


ルーカスは、すぐには返さなかった。


怒りでも、反論でもない。

彼女の言葉を、きちんと受け取る沈黙だった。


やがて、低く息を吐く。


「……君らしいな」


それは、呆れではなかった。


「楽な場じゃない」


エルフリーデは、頷く。


「分かっています」


「それでも?」


「それでも、です」


答えは揺れない。


ルーカスは、しばらく彼女を見つめてから、静かに頷いた。


「……なら」


声の調子を切り替える。


「一人では立たせない。僕も、隣に立つ」


条件ではなく、約束だった。


エルフリーデの胸の奥で、

緊張とは別のものが、ゆっくりとほどける。


「ありがとうございます」


自然に、そう言っていた。


二人の間に、再び静けさが戻る。


だが、それは逃げの沈黙ではない。


舞踏会。

国際的な会合。

王宮も、過去も、避けては通れない顔ぶれ。


それらを前にしても、

二人の立場は、すでに定まっていた。


エルフリーデは、もう一度だけ封書に目を落とす。


そこに書かれているのは、丁寧な文面と、形式的な言葉。

だが、その裏にあるものを、彼女は理解している。


「……準備、必要ですね」


静かな声でそう言うと、ルーカスは短く頷いた。


「ああ」


それだけだった。


舞踏会の話は、まだ始まっていない。

だが、避けるかどうかを迷う段階は、すでに終わっていた。


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― 新着の感想 ―
タイトル「抱かれる」かと思いドキドキしました。 自立できていなかった主人公が少しずつ成長していて応援したくなります。
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