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幕間 家族談話

公的な謁見の場ではない。

王族のみが集う、内宮の談話室。


夕刻の光が高い窓から差し込み、重厚な調度を柔らかく照らしている。

卓には茶が用意されていたが、まだ誰も口をつけていなかった。


沈黙を破ったのは、第一王子――

アウレリウス・フォン・レクシア・エーデルヴァインだった。


「――それで」


穏やかな声音。

朗らかさを帯びながらも、場を収める重さがある。


「例の件について、話があると言っていたな、ルート」


向かいに座るルートヴィヒは、背筋を伸ばしたまま頷いた。


「はい、兄上」


簡潔な返答。


「人生を共にしたいと考える相手が、できました」


一瞬。


室内の空気が、わずかに張りつめる。


最初に反応したのは、第三王子――

ヴァルター・フォン・レクシア・エーデルヴァインだった。


「……ほう」


低く、含みのある声。

筋肉質な体を椅子に預け、口角をわずかに上げる。


「仕事の報告以外を、お前の口から聞く日が来るとはな」


第二王女、マグダレーナが扇を軽く閉じる。


「それで?」


相変わらず切れ味のある口調。


「“できた”というのは、考え始めた段階?

それとも、もう引き返す気はない、という話?」


ルートヴィヒは、すぐには答えなかった。


「想いは、伝えました」


静かな声。


「先方からも、受け止める旨の返答を得ています」


今度は、はっきりと空気が動いた。


ヴァルターが、わざとらしく天井を仰ぐ。


「……あの仕事人間のルートがねえ」


半ば感心、半ば呆れたように。


「ずいぶん思い切ったものだ」


第四王子――

コンラート・フォン・レクシア・エーデルヴァインが、静かに問いを挟む。


「交際期間は?」


ルートヴィヒは、少し考えてから答えた。


「明確に、そう呼べる時間はありません」


少しの間を空けて、マグダレーナが、眉をわずかに上げる。


「……つまり」


扇の縁で、机を軽く叩く。


「最初から、人生単位の話をしたということね」


「結果としては」


淡々と、そう返す。


ヴァルターが、今度は盛大に息を吐いた。


「合理的と言えば合理的だが」


ちらりと弟を見る。


「相手の心臓に、優しい進め方ではないな」


コンラートが、淡々と続ける。


「お前、それは重い」


率直な指摘だった。


「普通は、もう少し段階を刻む」


ルートヴィヒは、否定しなかった。


「承知しています」


一拍。


「ですが、彼女に曖昧な立場を提示することは、避けたかった」


その言葉に、マグダレーナが静かに頷く。


「……なるほど」


口元に、わずかな笑み。


「最初から逃げ道を用意しないのは、あなたらしいわ」


ヴァルターが、ふと思い出したように言う。


「そういえば」


視線を細める。


「公爵家との養子縁組、あれもお前が話を通したんだろう?」


「はい」


短く。


今度は、全員が一瞬、言葉を失った。


コンラートが、ゆっくりと息を吐く。


「……最初から、将来を見据えた動きだったわけだ」


「彼女を、王宮の都合から切り離す必要がありました」


説明は簡潔だ。


「摩擦が最も少なく、確実だと判断しました」


ヴァルターが、ぽつりと呟く。


「告白の前に、外堀を埋め終えている……」


マグダレーナが、扇で口元を隠す。


「……ええ、重いわね」


だが、声音はどこか柔らかい。


ここで、アウレリウスが再び口を開いた。


「相手は」


短い問い。


「その覚悟から、退かなかったのだな」


「はい」


即答ではない。

だが、迷いもなかった。


アウレリウスは、静かに頷く。


「なら、十分だ」


それだけで、評価は終わる。


ヴァルターが肩をすくめる。


「人生を丸ごと差し出す覚悟に、真正面から応じた相手か」


少し笑って。


「……気の毒と言うべきか、立派と言うべきか」


コンラートが、弟を見る。


「自覚はあるか」


「何の、でしょうか」


「自分が、相当な負荷を背負わせているという点だ」


ルートヴィヒは、一拍置いて答えた。


「あります」


静かに。


「それでも、選びました」


マグダレーナが、低く言う。


「逃げなかった人を、ね」


ここで、第三王女――

イレーネ・フォン・レクシア・エーデルヴァインが、初めて口を開いた。


「……それなら」


淡々と。


「祝福しない理由は、見当たりません」


場の空気が、静かに整う。


アウレリウスは、最後にまとめるように言った。


「正式な段取りはこちらで整える」


王太子としての声音。


「ルート、お前は余計な政治的配慮を考えるな」


まっすぐに、弟を見る。


「選んだ相手を、最後まで守れ」


ルートヴィヒは、静かに頭を下げた。


「承知しました、兄上」


それで、十分だった。


談話室の空気は、ゆっくりと和らぐ。


ヴァルターが、茶に手を伸ばしながらぼそりと呟く。


「……本当に、手のかかる弟だな」


マグダレーナが、くすりと笑う。


「ええ。でも」


視線を弟に向けて。


「嫌いじゃないわ」


王家は、騒がなかった。


ただ――

一人の弟が選んだ人生を、

少し呆れ、少し誇らしく思っていただけだった。


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― 新着の感想 ―
 静かに受け止める素敵な兄弟…(*´・д・)さては諦めてるな?
素敵な兄ちゃん姉ちゃんやなぁ
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