#93 魔王
「…裏切り…つまりは、叛逆の王。うん、悪くない響きだ。」
すると男は、呆れたように深い溜息を吐いた。
『あのさぁ、状況分かってる?君達が死んだらもうこの世界はベアのモノになっちゃう訳だよ。頼みの綱の海上機関車も壊されちゃって、かつての英雄の血縁者も死んだ。この島に取り残されてどうやって生きていくつもり?それに君たちがこれから向かおうとしている所、どうせエアーズロックだよね?そんなところに行ったて今更何も無いんだよ。もう民族もいないし、伝説なんて存在しない。それにホッカイ島のベアを最北端に送ったみたいだけど、本当に無意味だから。もう話の最初から最後まで全てが無駄。一体この三年間、君は何をしていたんだろうね。』
冷静に繰り返される罵倒にアキは一言だけ返した。
「よく喋るね。」
その一言に男は怒りを覚えた。額に怒りの印が浮かぶ様が見えた。
『そう、よく分かったよ。どうやら君は意思疎通が計れないタイプだ。そんな君は、僕が殺さないといけないらしい。ベアの根源であり主であるこの僕が君を殺してあげるよ。魔王のベア、怒らせたらどうなるか思い知らせてやる。』
魔王、確かに男はそう言った。
あまり聞き慣れない言葉に一同は困惑した。
「じゃあ、君がベアの親玉って事で間違いないかな?」
「だからそうだって言ってるよね?」
「よしっ!イケ、皆を連れて先に行って!あいつが言ってたエアーズロックには、何かしらの手掛かりがあると僕は踏んだ!魔王様の言う通り、相手は僕じゃなきゃ駄目みたいだしね。」
彼は笑っていた。
しかし、それは喜怒哀楽の喜びや楽しさでは無い。
【恐怖】
それが彼をそうさせているのだ。
「…分かった。」
返事だけを告げ、イケは隊員達を連れてその場を去ろうとした
「…必ず…生きて。」
イケは静かに呟いた。
その声はアキには届いていない。
「イケ…お前はもう立派な隊長だよ。胸を張って良い、それを誰かが嘲笑うなら僕が盾になるよ。それだけの存在価値が君にはあるんだ。数少ない友人として、誇りに思う。」
『まったく、聞いてた通りだ。ホウジンゾクって本当に愚かなんだね。エアーズロックに行ってももう何も無いって言ってるのに、何でわざわざそこに向かわせるのさ。仲間殺しも大概にした方が良いと思うな。』
「何かが有るか無いか。そんなのは、己の目で見て確かめる以外真実では無い。他人の目は、信用に欠けるからね。特に君みたいな魔王様は特にだ。」
すると、魔王のベアは再び怒りを覚え、両手を広げると掌に黒き怨念のような集合体の吸収を始めた。掌に集まる度、怨念の呪うような叫び声が響いていた。
『つくづく思うよ。本当に君とは馬が合わないって。その生意気な口も聞けないようにしてやる。あの世でも極楽に過ごせると思うなッ!!』
アキは刀を鞘から抜いた。
一本の刀、その刃先からは禍々しいオーラを放っていた。それは闇のように暗く深く、底の見えない恐怖。負を司るように重く、邪悪の根源のような雰囲気であった。
『へぇ、妖刀ですか。随分な代物を持ち合わせているんだね。』
「いえいえ。ですが、これを持ってから僕は負け無しです。」
『それは楽しみですねッ!』
放たれた二つの黒き怨念は、耳障りな悲鳴のような音を響かせる。
それらが近付くと、無数の顔が集合しているのが分かる。怨念の集合体の表情、それは悲痛そのものであった。
【痛い】【怖い】【苦しい】【助けて】
それらの言葉が当てはまる。
何百何千もの悲鳴が交差する中、主である男は心底不幸を楽しんでいるようであった。
「魔王、その名は君にしか似合わないよ。」
アキは、妖刀で空を斬った。縦、横へ斬り、空には赤い十字が刻まれる。その十字はゆっくりと怨念の集合体へと近付き、それらは衝突した。
ぶつかり合う強大な力。
次第に赤い十字は怨念の集合体を貫通し、魔王のベアへと向かっていった。
『おぉ!凄い凄い!』
しかし、魔王のベアはそれを片手で払い、赤い十字は空の彼方へと消えていった。
怨念の集合体もそのまま上空で消え去った。
『今のは見事だったよ。あれを跳ね返す奴がいるなんて思わないもの。』
魔王のベアは、ゆっくりと手拍子をするようにこちらを見下ろしていた。そして、そのままアキの目線上まで降下してきた。
『これは賞賛に値する。褒美として君には選択肢を与える事にしたよ。一つは僕に殺される。もう一つは、僕の仲間になる。どうだい?魔王と叛逆の王が手を組む、実に美しいと思わないかい?それにこれは君にとっても悪い話ではないはずだよ。』
思わぬ提案にアキは呆然としていた。
「君の仲間になるメリットはなんだい?」
アキは唐突にそんな質問を投げる。
『世界最強のベアが味方になるんだ。それ以上に求めるものがあってはいけないよ。強いてメリットを上げるなら、君の安全を保証することくらいかな。』
魔王のベアはゆっくりとアキの元へ歩いて行く。
それを聞いたアキは高らかに笑う。
「そりゃあ凄い条件だね!」
『だろ?それじゃあ…』
二人は手の触れ合える位置で対面し、魔王のベアは手を差し伸べた。
しかし、アキはその手を思い切り払った。
「勘違いしないでください。世界で最も最低な条件って事ですよ。いやぁ、自意識過剰すぎて驚きました。安全の保証?じゃあその安全、危険に変えてあげるよ。」
『つくづく君って奴は…』
魔王のベアの怒りは頂点に達した。
至近距離で二人の技がぶつかり合い、大爆発を引き起こした。
二人は光と煙の中に引き込まれた。




