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戦いの終焉*

酷い臭いに溢れた森の中、ライチは懸命に走っていた。

スピードは遅いが体力だけはあるほうだ。足を止めずに走り続けよう。

しかしそんな彼女の体を何かが突き飛ばした。

咄嗟にライチは化け物だと思い逃げ出そうとする。だが掴まれた腕の感触は人のものだった。


「ライチ……」


4つに輝く瞳の女だった。この女もライチの元いたチームにいた。

そしてライチを一番虐めてきた女でもある。


「……ミントさん」


「どこ行くつもりだ……。お前……」


彼女は全身血に塗れ、紫の髪まで赤く染まっていた。


「ダブルさんと一緒にアクアさんの所に居たんですね」


「そうだ! アイツ、アレを使えばもう危険なことしないで済むって言ったのに……自治チームともコネが出来たって言ったのに……!」


「だからアクアさんを裏切った?」


「そうだよ! そもそもあんなことにならなけりゃ……! お前が死んでたらこんなことにはならなかった!」


どうやらミントも団長ではなくライチが死ねばチームは今も存続し、アクアを裏切ることもなく今こうして仲間の血に塗れることも無かったと思っているようだ。

それはライチも同じ気持ちだった。

あの時ライチが死ねていれば……。だがそれは結果論である。


「あの歯はどこで手に入れたんですか」


「枝に引っかかってたんだ……。元の持ち主が死んだ時にでも落としたんじゃないか。

それをアクアは御石と勘違いしてダブルに渡した……馬鹿な奴。

ダブルはアレが何かにすぐに気が付いて、使える奴に声を掛けたんだ」


彼女の二対の瞳は悲しげに見えた。そして怒りも混ざって見える。

ライチを長い腕で叩く。八つ当たりだ。


「全部滅茶苦茶にしてくれたな!

団長が死ぬことなかったのに! お前なんかが……!

お前はいつもそうだ! 何も知りません何も出来ませんって顔して人に引っ付いて、旨いところ掻っ攫ってく!

セシルにどう取り入った? その貧相な体でも売ったのかよ」


セシルは所謂地球人を集めているから……だからライチに声を掛けたのだ。

ライチはそれを言わずミントの腕を引き離そうともがく。


「離してください!

早く行かないと……」


「お前の仲間は皆殺しだよ。全部死ねばいい。

団長が死んだんだ、もうこの世に希望は無い」


ライチの頭が地面に叩きつけられる。脳が揺れ吐き気がした。


「安全なところをずっと探してる。

あんな化け物と戦わないで女神にも殺されない場所を」


「そんなものこの世界にありませんよ」


「うるせえ!」


腹を蹴られ今度こそライチは胃の内容物を地面にぶちまけた。

出てきたものは胃液だけだった。


「……ダブルは最初からアクアを殺すつもりだったんだろう。邪魔者だからな。

なら私も……お前を殺す」


ミントはライチの前髪を掴んで持ち上げる。

喉が反り、頚椎が痛む。


「生きる上でお前は邪魔者だ。目障りなんだよ」


殺したいのなら殺せばいい。自分はどうせ生き返る。だが今はダメだ……。

ライチはダブルに向かって唾を吐き掛けた。思わぬことに彼女の手が緩みその隙にライチは抜け出す。

そしてミントの腰から下がっていた大きなナイフを抜き取るとその腕に突き刺した。

4つの目が見開かれ喉から悲鳴が上がる。

その声に圧されるようにライチは数歩後退した。


「殺さないのか?」


落ち着いた声が後ろから聞こえる。

ハッとし振り返るとライチを見下ろすようにセシルが立っている。


「お前なら殺せるだろう?

自分より体格の良い男の目も潰せて見せたんだ……」


「セシルさん……」


セシルはしなやかな動きでライチの側に寄りボウガンの矢を渡して来た。


「あの女を殺すなら手伝う」


「殺しません……そんなことしません」


「なんでだ?

放っておけばまたお前はこの女に攻撃される。

早目に始末するべきだろう」


フルフルとライチは首を振った。黒い髪が揺れる。


「彼女は裏切り者になったんです。もうどこのチームも入れません。

腕の怪我だって治るのに時間がかかります。このまま供物も捧げられずに女神に殺されるんです」


ライチの目は怯えたように揺れていた。

彼女のことを瞬きをしながら見た後セシルは頷いた。


「なるほど。そういう考えもあるか」


愉快そうに呟いた彼はボウガンを構え、それが何か分かる前のミントの頭に打った。

鋭い音の後彼女の体がゆっくりと倒れていく。目は見開かれたままだった。


「俺は気が短いから真似できそうに無い」


セシルは優しく微笑むとライチの頭を撫でた。

大きな手がライチの髪を乱していく。


「それで? 何があった」


*


木々の合間から斑点模様の獣の姿が見えた。

セシルが来てしまったのだ、とダブルは気がつく。

息を潜め木の陰に体を隠す。

頭からも腹からも血が溢れて止まらない。

今はまだ平気だがこのままでは失血死してしまう。


セシルが来る前に全てを終わらせるつもりだった……いや、セシルが居なかったからアクアへの攻撃を開始したのだ。

そもそもライチの奴が、普段はボーッとしている癖にこんな時に限ってアレが歯だと気付いてしまったばっかりに。

あの女は前から嫌だった。周りから殴られようと蹴られようと殺されようと諦めきった瞳を浮かべ抵抗もろくにせず、化け物に怯え供物を捧げることもままならない。

生きる気力が無いのだろうか。

自分が不死だからと周りが必死に生きようともがいている様を馬鹿にして見ているような気がした。

鼻に付く、腹の立つ、嫌な女だ。


ダブルは掌を退けて傷を見た。

真っ黒な肉の穴から血がコポコポと溢れている。

バカみたいな兎の面を付けた男の攻撃だ。

……アクアは結局攻撃して来なかった。彼を裏切ろうと思ったのはその為だ。

あの男は優しすぎて団長には向いていない。

裏切り者を殺すことが出来ない男。


彼女は周りを見渡した。

ここにずっといる訳にもいかない。仲間の元へ戻ろう。そうすれば手当てをしてもらえる……彼女が木陰から出た時だった。

砂利を擦る足音がした。


「……こんな所に……」


黒い髪の男。手には鉄の棒を持っている。それは赤い血で汚れていた。

人にも手を掛けたらしい。

ダブルは自分のナイフを構える。

こんな時に自分の祝福が攻撃的なもので無いことが悔しくなる。結局ここでも持てる者と持たざる者に分かれ、そして彼女は持たざる者となっていた。


この世界で必要なのは攻撃することだ。そうでなければ生き残れない。

生き残りたいからアクアを裏切って、あの歯を手に入れ、自治チームを懐柔した。自分たちに反抗的な討伐チームを潰し、そして化け物を街に絶対に入れないこと。それが彼らの望みだった。

その望みを叶えてやりダブルは持てる者になる。

誰かの歯……ソイツの祝福がそういったものだったのだろうか?化け物を操る能力がある歯だ。


「……近付いたら殺す」


「まあ待て。なあ、話をしよう」


「なに?」


「あの歯だよ……俺だって、化け物と戦わないで済むならそれが良い」


彼は鉄の棒を地面に投げた。金属の音が響く。


「取引しよう。

俺ならアンタを助けてやれる。見ただろう、俺の祝福を。

アンタに俺の血を貸してやる」


黒い瞳がダブルから流れ出る血を鋭い視線で見た。


「代わりに私の所に来る……? セシルを裏切るってわけだ」


「そうなるな」


ダブルは自嘲的な笑み浮かべる。裏切り者の周りには裏切り者しか集まらない。

そして裏切り者はいずれまた裏切る……。

自治チームのあの4人だって、最初は渋っていたのに甘い蜜を吸えると分かった今じゃすっかり協力者だ。


「信じられない」


「俺が血を貸したら……その分俺の血は無くなる。暫く動けないだろう。

その間に俺が信じれるかどうかを判断したらどうだ?」


男が手を差し出した。

彼女は逡巡する。だがここで血を貰わなくてはその内死んでしまう。

もし彼が何かしようとしたらすぐさま殺せば良いだけだ。生き残った仲間も、ダブルが歯を持っている限りは助けてくれるはず。

そっと、男に向かって手を伸ばした。


「貸借契約は成立だな?」


「ああ……。

だが何かしたらすぐに殺す」


彼女は例の歯を見せつつナイフを構えた。怪我をしているとは言えまだ動ける上に化け物だって呼び出せる。

だが彼は「血を貸すだけだ」と笑う。

男の手がダブルを包み込む。

じんわりと暖かい……どうやら血が流れ込んでいるらしい。

本当に血を貸すだけだと分かりダブルはホッと息を吐いた。

セシルも見る目がないものだ。

こんなにあっさり寝返る男をチームに入れていただなんて。

少数精鋭でアクアとは違うと思っていたのだが……。


不意に、違和感に気がついた。

血を貰っているのに眩暈がする。異常なほど心拍数が上がり息が荒くなる。


「俺の勝ちだ」


声がボヤけて聞こえた。


「何を……」


男はニヤリ笑う。

嫌な笑みだった。


「さっきクスリを飲んどいたんだ……そしてお前は多量の薬物が入った血液を流し込まれている。

急性中毒だよ。お前の体に効果あって良かった。お気の毒に」


何か言いたかった。だが口が渇き呂律が回らない。

男の手が離れていく。


「は、は。俺は賭けに勝った……」


この男は。

薄れゆく意識の中ダブルは思う。

この男は、彼女が血液を借りるか分からないにも関わらずクスリを飲んでいたのか。

彼女は何かしようと体を動かすが激しい動悸が邪魔をする。このままでは死ぬ。


「さすがに、血が足りない……。

ギリギリの勝負ってところか? ハア、サイコーだよ!

俺はお前が血を借りる方に賭けたんだ。危うく、俺が、死ぬところだった。

このスリル! これだから賭けはやめらんねえ!」


下卑た笑いが辺りに響く。

ダブルは歯を握ろうとした。せめてコイツだけは殺す。

しかし手に力が入らなかった。歯が掌から零れ落ちる。


「歯は貰っておく。集めてるんだ。

……さて、セシルの教えに従ってトドメを刺してやるかな」


歯が奪われていく。全て、何もかもが奪われる。

結局ダブルは持たざる者で、そしてこの男は持てる者だった。だから賭けに勝てたのだ。

彼女は小さく笑みを浮かべ「おめでとう」と囁いた。


*


アクアは既に事切れていた。

傷だらけになりながらもフリーズは、ニコは、化け物を殺し裏切り者を消した。

そしてアクアの分断されたチームは化け物を巻き込みながらも殺し合い殆んどの者が肉片と化してしまっている。

余りに凄惨な光景にライチは目を瞑る。

こんな光景はもう二度と見たくないというのに。

セシルの守護もありチームの団員たちはなんとかこの凄惨な状況からは逃れられたがひどく疲れ切っていた。


「……ジーナは?」


苦しげにフリーズは口を開いた。

彼女は死んでいくアクアを抱えながら慣れない弓を引き続けたのだ。

片手なのも負担を増しただろう。


「自治チームを呼んでもらってる……けどまあ、これじゃあなんも……。

酷いな。ここまでになるか?」


「誰かの祝福か刑か……そのせいじゃない?

皆興奮していたから」


「……そういやアクアの祝福は伝播だったな」


闘志や信頼などの好意的な感情だけではなく、怒りや殺意までも伝播してしまった。

四肢がもがれそれでも喉元に食らいつく男の死体からライチの視線が離れない。

異常な光景だ。アクアは死ぬ間際に煮えたぎる様な殺意を抱きそれがそのまま団員たちに伝わっていった。


ギュッと目を瞑るが地獄のような光景は瞼に焼き付いて離れない。

団員たちの怒声や悲鳴、皮膚の引き裂かれる音、肉の叩きつけられる音、助けてという掠れた声、未だライチの耳に残っている。


「ライチ」


セシルに呼ばれ慌てて彼女はセシルの側に寄る。

パシャパシャと血が跳ねる。


「大丈夫か?」


「ハイ、いえ、……良い気分ではありません」


彼の手がライチの小さな手を包み込んだ。

そうしてやっと彼女は自分が震えていたことに気が付いた。


「……ニコとフリーズと先に戻ってろ。

俺は自治チームを待つ」


「ハイ」


「ゆっくり休め」


優しい声だった。

その声音にライチの中で罪悪感が湧き上がる。


「そういえばオニツカは」


「忘れるなんてひどいな」


ふらふらと木陰から男が出てくる。オニツカだった。

衣服はボロボロで顔も真っ青だが、薄い笑みを浮かべている。


「フリーズ……俺の血を増幅して」


「オレの能力奪ったんじゃなかったのかよ」


嫌そうに言いながらも彼女は心配そうな目を向ける。


「利子分は使い切った……はあ。貧血だ」


「良いけど、他人の物を増幅するのは得意じゃないんだよ。

血の気が多くなっても文句言うなよ」


「今更。

あとセシル。これ」


オニツカが何かを差し出す。

灰色の汚いもの。

ダブルが持っていた、例の化け物を操れる歯だ。


「……結構集まってきたな」


セシルは嬉しそうに口元をほころばせた。


「誰かの遺骨。これが必要だ……」


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