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不条理な祝福を少女に  作者: アンソニー 計画
もう終わった話
56/56

誰の腕だったのか***

流血表現、グロ注意。本編の流血表現無理だった人はやめた方がいいかもです。

乾いた風がココの頬を撫でた気がした。そんなはずはない。彼はずっとこの高く空っぽの塔に押し込められているのだから。

石の壁にお情けの小さな窓があるが鉄格子に覆われてとても抜け出せそうにはない。いや、抜け出す気もない。

兄弟がここにはいるのだ。抜け出せば連帯責任として12人全員殺されるだろう。

そんなことされてたまるか。拳を強く握る。

また赤王が玉座に座れば彼らはここから出られるのだ。それまで耐えなくては。


「ココ」


末の弟のエミリオに呼ばれて彼は振り返る。

食事を運んでいたらしい。細い腕で古びたワゴンを押している。


「手伝うよ」


「ねえ、ご飯少なくない?」


言われてワゴンを覗き込む。

焼いた薄い肉に、魚の切れ端がほんの少し。


「……露骨に減らされてるよね」


青王に忠誠を誓わないココたちへの嫌がらせか、周囲への見せしめか。

エミリオの胸には薄らと骨が浮かんでいた。もうずっと長いこと、お腹いっぱいご飯を食べられていない。


「先生の分は?」


「あるけど、変わんないよ」


先生は黒王の側近であり、黒王が幽閉されることになったとき本来なら一緒に幽閉されるはずだったところを、今の王である青王に教師として働くようにとこちらの塔に入れられてしまったのだ。


赤王、青王、黒王。元は仲の良い女王たちだったらしいが、代を重ねるうちに民らを巻き込んで戦争をする仲となってしまった。

今は青王が国を陣取っているが、幽閉されている赤王……もしくは黒王を誰かが解放すればまた状況は変わるだろう。

それまでの間赤王の民も黒王の民も虐げられ続ける。


ココたち赤王の民は特に力が強いので少数に分けられ塔にまとめられている。

青王に忠誠を誓えば外に出て戦力として扱われると青王の側近は語るが、どこまで本当か信じられない。

現に頭の良い黒王の民である先生だって青王に何度も忠誠を誓っているのに、こうしてココたち赤王の民と幽閉されているのだ。頭の良い先生が味方につけば青王の利になるに違いないのに……。


食事を運ぶと兄弟は大喜びでご飯にありつく。だがそれもあっという間に食べてしまうと彼らはまたぼんやりと、塔の中で思い思いの時間を過ごすことになる。

この塔の中でやることは無い。時間が無意味に流れていく。


轟音が建物中に響き兄弟たちはハッとした顔になった。唯一の出入り口が開いたのだ。

皆が与えられた2人一つの部屋を抜け出しワラワラと広間に集まる。


「私が対応するから」


先生は出て行こうとするエミリオの体を押さえ、しなやかな足取りで扉に向かった。

開いた扉の前には青い髪をした男が立っていた。奥にはココたち兄弟が渇望してやまない青空が見える。あそこに行くにはあとどれくらい耐えなくてはならないのだろう。


「まだ元気そうだな。しぶとい奴だ」


男が忌々しげに先生と兄弟を見比べている。

青王の側近だろう。


「なんの用です」


「雌化が進んでる……こんな弱っちい奴らといたらそうなるか」


青髪の男は先生に意味ありげな視線を投げる。

先生はココたちが最初出会った時よりも女性的な体になっていた。

コミューン内で最も強い者が雌になるのだ。塔の中で最も強いのは先生だろう……まだ若いココなんぞ比べ物にならないほど長いこと生きているのだから。


「そんなことを確認しに来たのですか」


絡み付くような男の視線を振り払うように先生が声を上げた。


「いや。

お前が嘘の報告をしていないか確認しに来ただけだ。

……13人。全員いるな」


「嘘なんてつきません」


「裏切り者のことなんか信じられるわけないだろ」


ピシャリと男が言った。裏切り者? なんのことだろう。

26の目が先生に向かう。だけど先生は俯いてこちらを見なかった。


「……食事の量を増やしてください。このままでは飢えて死んでしまいます」


「すべては女王の御心のままに。

お前の意見は聞かない」


「女王にどうか……」


「しつこいぞ」


青髪の男の顔が怒りに染まる。

彼は先生の髪を引っ掴んだ。痛みで先生が呻き声を上げる。


「先生!!」


「はあ、随分慕われてるんだな?」


男の目がココの方を向いた。その光の無い瞳にゾッとする。


「あの子たちには何もしないで」


「……偉そうな口を!」


男が先生を突き飛ばした。硬い石の床に先生の体が叩きつけられる。

ココは慌てて駆け寄った。


「先生……! 大丈夫!?」


「大丈夫だよ」


「いいか、お前たちは俺の一存なくてはここから出られない。

誰を慕うべきかよく考えろ」


男はそう吐き捨てると大股で扉の方に向かう。

あの扉は外側からしか開錠できない。

青王に忠誠を誓わない限りココたちが出ることは叶わないだろう。

それでも兄弟たちは青王に忠誠を誓うつもりはなかった。彼らは赤王の民なのだ。


「怪我してない?」


「してない。ありがとうね」


先生は立ち上がるとココの頭を優しく撫でてくれた。

先生は黒王の民だ。けれどこうして赤王の民のココたちに優しくしてくれる……。


「……裏切り者って……」


こんな優しい人が誰かを裏切ると思えない。そう思って見上げると先生は悲しそうな顔をしていた。


「私は黒王を裏切ったから」


「どうして?」


信じられない言葉にココは目を見開いた。兄弟たちも驚いて動けないでいる。


「……青王に恋をしてしまった」


「なんで、青王はひどい奴じゃんか! こんな風に僕らを閉じ込めてる!!」


「そう。ひどい人だった。

それなのに好きになってしまって、黒王を裏切った」


「青王のことが好きならなんで青王のところにいないの?

オレらと違って忠誠を誓ってるんでしょ?」


「裏切り者は側に置いておけないんだよ」


先生は悲しい顔のままだ。兄弟たちはなんでなんで、と質問を続けようとしているけれど、これ以上は先生が傷付いてしまうんじゃないかと思ってココは「それより、あの男なんだよ!」と叫んだ。


「先生に乱暴して……!」


「アレは青王の側近だから、私が目障りなんだよ。仕方ない。逆の立場なら私だって目障りだと思う。

……アレが嫌いなのは私だけだよ。君たちに何かしたりしない、大丈夫だからね」


宥めるように先生がココの背中を撫でた。だけど先生の手は微かに震えていた。


*


食事がさらに減らされている。受け取り口を何度見ても魚一切れしか入ってないのだ。

お腹が空いて空いて仕方ない。兄弟たちは飢えに苦しみ、木の椅子を壊してそれを煮て食べるものもいた。ココも食べたが木は美味しくない。それでも飢えるよりはマシだと思った。

先生はお腹が空いてないからと言って貰った魚をみんなに配っているが、ガリガリに細くなった腕を見ずともそれが嘘だとわかっている。

空腹は全ての力を奪っていく。起き上がって何かをする気力が湧かない。

ココは同室のエミリオと抱き合って一日中眠っていた。

誰かの温もりがあると少しだけ飢えがマシになる気がした。


*


何日経っただろうか。

出入り口の扉が開く音がすると、先生がヨロヨロと立ち上がった。痩せ細った足が体を扉の先に運んでいる。

ココは床に寝そべってその様子を見ていた。もうずっと起き上がっていない。


「何を、やって……この子たちが飢え死にする!!」


前回同様青髪の男が無感情な目で骨と皮だけのココたちを見下ろしていた。

先生が怒鳴るところをココは初めて見る。まだそれだけ元気があったのか。

ココは、怒る気力すら湧いていない。


「なんだ、まだ生きていたのか」


「何を……」


「そうだな、最期に教えてやるよ。赤王が脱走した。民を連れてこちらに戻って来てる。

まず実子のお前たちを助けに来るだろうな。だけどそうはさせない」


青髪の男が腰に下げていた剣を取り出した。


「お前たちの死体で出迎えてやろう」


空腹で朦朧とする頭では青髪の男の言っていることが半分もわからなかった。ただわかるのはこれから殺されるということだけだ。

ココはエミリオに手を伸ばした。エミリオもこちらに手を伸ばす。

硬い手のひらだった。兄弟たちは手を繋ぐ。

一緒に死ねるなら寂しくない……。


「こ、殺す気なのか? この子たちを。この子たちが何をした? 何も……」


「お前だってわかってたはずだぞ、マックィーン。

コイツらは交渉の材料だ。赤王との交渉に失敗したらコイツらは殺されるのは当然なんだ。

何のために飢えさせたかわかるか? 抵抗させないためだ。

赤王の民だからな……子供とはいえ13人で抵抗されちゃ勝ち目が無い」


剣が外からの光を反射してキラリと光った。

先生の黒い鱗も光を反射しているけれど艶が失せたそれは微かな光しか返さなかった。


「待って、クリスチャン……。殺さないで。殺さなくたっていい、何もできない子供なんだ」


「俺に楯突くなよ」


「お願い……お願いだから殺さないで。お願い……します。どうか」


先生は石の床に頭を付けた。鈍い紺色の髪が流れる。

青髪の男は一瞥もくれずこちらにまっすぐ向かっていた。


「お願いです。殺さないでください。この子たちは外のことを殆ど知らない。

お願いだから……!!」


「うるさいぞ。

……お前、青王に忠誠を誓ったんだろ? ならお前がやるべきなのは命乞いじゃなくて、コイツらを殺すことだろう」


「そんなの」


「できないってか? やっぱり裏切り者はダメだな」


痩せぎすの子供の顔が剣に写っていた。


「やめろ! その子たちに近づくな!!」


先生はヒステリックに叫ぶと男の体に飛び掛かった。だがずっと栄養のとっていない体だ、簡単に跳ね除けられてしまう。


「しつこい奴だ……まあ良い。まずはお前からだ」


涙に濡れた先生の顔が、狭まった視界に入り込む。

乾いた唇をなんとか動かす。


「たすけて……」


赤い瞳が見開かれた。けれど先生が立ち上がる前にココの体は半分に切り裂かれた。

先生の絶叫が聞こえる。


*


先生は兄弟が殺される間何度も阻止しようと立ち向かったが、こんなに弱々しい力ではクリスチャンに敵わなかった。

殴られ続け腫れた顔を死体の山に向け絶望していた。

クリスチャンは血に塗れた剣を兄弟の服で拭う。


「さて、お前はどうしたものか。殺さなかったのは一応、青王の恩赦があったからだが……」


彼は鍛えられた青い脚で先生の腹に蹴りを入れた。何も入っていない胃袋から胃液をぶちまける。


「お前が目障りで仕方ない……。黒王の民のくせに、青の王女を好きになった?

そんなの信じられるわけないだろ。それなのに馬鹿みたいに何度も何度も忠誠を誓って……ムカつくんだよ」


顔を踏みつけられるが、先生の目線はココたちに向いたままだ。

赤い鱗を持つ体は汚い深紅に染まり、生臭い血の匂いが塔の中に充満している。


お前がこうやって失敗するのは何度目だ?

かつていたお前の部下たちはお前の命令によって落石に巻き込まれて全員潰れ死んだよな。

そして今度は大事にしていた子供が殺されているのにお前は何もできないで蹲って泣くことしかできない。

偶然生きながらえているお前によってどれくらいの人が死んだ……?


「良い様だな、マックィーン。

……黒王の軍を率いて闘うお前は美しかった……。次の女王はお前かもしれないと思ってしまったほどに。

だがお前は落ちぶれた。そうやって自分の吐瀉物にまみれて死ぬのがお似合いだよ」


ズリズリと、先生の服でクリスチャンは靴底を拭う。


「美しかったお前はもういない。ただ目障りなだけだ……。

とっととお前を殺してここから出るとするか」


「どうやって?」


「は?」


「扉は閉まってる……」


「何を言って……」


クリスチャンがパッと出入り口を見る。

鉄の扉は固く閉ざされていた。


「なっ……!? どういうことだ!? 誰も扉に近づけなかった……」


「さっき別の側近が扉を閉めてたよ……」


信じられないというように彼は顔を歪める。

持っていた剣がガチャンと音を立てて床に落ちた。


「誰が……なんで……?」


「お前が私を目障りだと思うように、別の誰かもお前を目障りだと思ってたんだ……。

……くだらないな、こんなことに、巻き込まれて死んでしまうだなんて……」


先生は体を引きずるとココの切り捨てられた上半身を抱きしめた。

軽い体だった。


「助けられなくてごめんね……」


「クソ!! おい、誰か!!」


「誰も助けになんか来ない」


誰もが女王に気に入られようと、足を引っ張り合う。女王たちもまた一つだけの玉座に座ろうと足を引っ張り合う。

なんなんだろうかこの世界は。

けれど自分もその中の1人でしかなかった。


マックィーンはパニックに陥っているクリスチャンの腰に剣を突き立てた。

人を刺すだけの力はまだ残っていたらしい。硬い骨が刃の侵入を阻止してくるが体重をかけて深く深く突き刺す。

剣先が腹から顔を出した。


「なっ、はあ!? なんなんだよ……!! 何しやがる!!」


「なんで助けてあげられなかったんだろう」


「ふざけるな!! 離せ!!」


突き飛ばされ先生はあっさりと剣を離してしまう。

クリスチャンは立っていられずその場に倒れ込んだ。真っ赤な血が石の床に流れていく。


「ふざけるな、ふざけるな。俺は女王の寵愛を受けてるんだぞ!! こんなことが許されると思うなよ……!!」


クリスチャンは怒号を飛ばすが、最早それしかできないのだろう。

殺してやる! と喚くだけで立ち上がることすら叶わない。荒い息を吐き、信じられないというように見開いた目で自分に突き刺さった剣を見ている。


先生はまたココを抱きしめた。ひどい空腹が彼を支配していた。


「……兄弟で一緒にいたいよ」


ココは光の無い淀んだ瞳を先生に向けた。


「わかってる。みんな一緒にいようね」


「外の景色が見たいよ……」


「うん。見よう」


ココの乱れた髪を先生は優しく撫でる。


「……おい、誰と話してるんだ……」


クリスチャンが呻き声を上げた。血がゴポリと口から溢れ出る。


「先生……残しちゃ嫌だよ」


「残さない。全部、食べるね」


マックィーンの牙がココの腹を貫いた。

鼻腔から血の香りが広がって脳が痺れた。久しぶりの味だ。

ゆっくりと肉を咀嚼する。なんて美味しいのだろう。


「美味しいなら良かった」


ココは微笑む。その唇にもマックィーンは食らいついた。カサついた皮膚はしょっぱくて肉の甘味をより引き立てる。

黒い喉を鳴らす。食べているのに食べたいと思った。


「ああ……美味しいよ」


一口食べるごとに力が湧く。

今ならココたちを守ってクリスチャンを殺すことなど容易かっただろうに。


「お前っ何やってんだよ……!? 何と話してるんだ!? クソ!! 誰か助けてくれ!!」


クリスチャンは無様に叫び血を垂れ流しながら扉へと向かう。

頑丈な鉄の扉を拳で叩きつけた。


「誰か!!」


彼が騒いでいる間もマックィーンはココを喰らい続ける。舌に触れた途端蕩ける甘美な肉。

これならいくらでも食べられる……13人なんて余裕だろう。


「なんで食ってるんだ!! お、お前コイツらが大事だったんじゃないのか……」


クリスチャンの悲鳴はもはや聞こえない。

マックィーンは夢中になってココの舌にしゃぶりつく。


「エミリオも食べてね。一緒じゃなきゃ嫌だよ」


「大丈夫。ちゃんと、全員……一緒に……」


一緒にここを出よう。青い空を見て、乾いた風を感じよう。


マックィーンが全員食べ終わる頃にはクリスチャンはとっくに死んでいた。

苦悶の表情を浮かべた男の腰から剣を引き抜く。鉄の扉には血の跡が付いていた。何度も何度も拳で殴っていたのだろう。クリスチャンの手は鱗が剥がれ灰色の肉が見えていた。

扉は押しても引いても開く気配は無い。

だが、しばらく待っていると扉の奥に人の気配を感じた。


「……クリスチャン?」


多分クリスチャンを閉じ込めた側近だろう。


「……死んだよ」


マックィーンが答えると警戒するように扉が薄く開いた。

その隙間に腕をねじ込み無理矢理扉を開ける。


フワリと風が舞った。

ずっと望んでいた真っ赤な空が彼を押し潰さんばかりに広がっている。


「な、なんだお前は……!?」


扉の先にいた青い鱗を持つ男が動揺したように武器を向けてくる。

構わずマックィーンは一歩踏み出す。久しぶりの砂の感覚。


「その血は……!? お前がクリスチャンを殺した?」


武器を向けたまま男は扉の隙間から塔の中を覗き、そして悲鳴を上げた。


「なんだよこれ!?」


男が慌てた様子で走り去っていく。

砂が舞い上がりキラキラと日の光を反射した。

青王はあちらにいるのだろう。マックィーンはクリスチャンの剣を片手にそちらに向かう。

横にはココたちが付き添っていた。


「赤王迎えに来てくれるかな」


「来てくれるよ」


そう答えるとココは安心したように目を細める。

……ココはどうしてこんなところにいるのだろう……自分が食べたはずなのに。……食べた?

なんで……。

私は何を……。


「先生? どうしたの?」


ココは困った顔をしてこちらを見上げていた。


「……わからない……」


マックィーンはココの頬に触れようと手を伸ばす。

けれどその手は虚しく空を切った。

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