愛されることなど
化け物狩りは、おそらく公正なクジ引きの結果ジーナとオニツカが行くことになった。残りの面々は二人が帰ってくるまでの間好きなように過ごすことにする。
フリーズとエルシーと3人並んでダラダラと酒を飲む。
エルシーが酒を出してくれたのだ。これにフリーズは食い付き、半ば強引にライチを酒の席に誘った。
これから移動だというのに良いのだろうか、と思ったライチだったが、どうせライチの言うことなど聞かないしいっそフリーズが飲み過ぎないよう見張ることにした。
「っていうかエルシーって酒飲めるんだな」
今は人間の姿に見えるが本来は陶器の人形の体だ。
呪いが解けて以降彼女が何かを飲むたびライチも疑問に思っていた。
「液体は流し込めるから平気だ」
「でも取り込まれないんだろ?」
「香りが体に溜まっていくからこれはこれで楽しいぞ。
酒なら酔えるし……まあ、ある程度溜まったら排水しないと溢れちゃうけど」
「洗わなくて平気かよ」
「そんなの、水を同じ量流して排水すれば良い」
物理的な解決方法だ。
そう思いながらライチは酒を飲む。
「……美味しいのかそれ」
「元々酒は嫌いじゃない。
酔うのも夢見てるみたいで楽しいしな……」
「あ、そうだ。お前勝手に人の夢に入ってくれたんだったな」
フリーズが思い出したかのように悪どい顔になる。
反省してるんだしもういいでしょう、とライチが何度言ってもこれだ。
「わ、悪かったよ……。
……本当にあんな夢を……見させるつもりじゃ」
「ほほお? 悪いと思ってたらやることがあるよな?」
悲しげなエルシーと嫌な笑みを浮かべるフリーズに挟まれライチは慌てる。
「ま、まあまあ……もういいじゃありませんか」
「お前はいいかもしれないけどオレ様はそうはいかない。
そうだな……なんか、良い夢見させてくれよ」
「それは構わない。
出来るだけ良い夢になるよう努力はする……」
エルシー自身が夢を作るわけじゃないのだ。彼女は人の夢に入り込むことしかできず、大きな干渉は出来ない。
「それで恥ずかしい内容があったらこっそりオレに教えろ」
「……ん? お前に良い夢を見させるんじゃないのか?」
エルシーとライチは顔を見合わせフリーズを見る。
彼女はパン! と軽く机を叩いた。
「馬鹿野郎!
オレ様の夢には金輪際入れさせない!
他の奴らだよ。セシルとか、オニツカとか……。ジーナも本当は見たいんだけどなー。
ニコとライチはいいや。なんか重そうだし」
失礼なと思いつつも、恥ずかしいことをフリーズに知られたくないのでライチはお酒を飲みつつ彼女を睨むだけに留めておいた。
「……あのな、私は確かにお前達に申し訳なく思ってるよ。
お前達に、だ。フリーズだけじゃない。
他の人らが嫌がることはもうしないよ」
冷静なエルシーの言葉がありがたい。
ライチはそうだそうだと頷いた。
「ハア? つまんねえこと言うなよ」
「どうしようもないなーお前。
因みにどんな夢を見させるつもりだったんだ?
「そうだな……恋……?」
「恋……?」
「うん。セシルの女とか気になる。
コイツがあのサディストからどういう扱いを受けるのか心配だし」
その名前が出た途端、ライチも猛烈に気になった。そのせいで後半の彼女の言葉は耳に入っていない。
セシルがかつて好きになった人はどんな人なのだろう。
いや、今も好きな人がいる?
「オニツカはいいのか?」
「…………気にならないと言えば嘘になる」
「ふーん。
実際に夢に入り込みはしないけど、恋の話か。
酒の肴にはちょうどいいな。
ライチは好きな人いたりしたか?」
いきなり水を向けられライチは動揺する。
好きな人。
「い、いません」
「えー、同じ学校のあの子やその子を好きになったりしない?」
「いえ全然……」
「お前可愛いからモテそうなのに」
エルシーのサッパリした言葉に恥ずかしくなる。
可愛いなんてそうそう言われることはない。
「……やっぱお前って女の子が好きなの?」
「なんの話だ?」
「いや別に。
で? ライチちゃんはモテモテだったのかな?」
からかうようなフリーズの声音に何度も首を振った。
「そんなわけないですよ」
「フーン。
でも恋人の一人や二人いただろ?」
「いません」
「えっそうなの?」
「……私の母も、親友も、美人で可愛かったんです」
いきなりの言葉に二人は戸惑っているようだ。
構わずライチは言葉を続ける。
「特に親友は可愛くてモテてました。
本人にその気はないのに周りが放っておかないくらいに。
私は彼女の側にいたから余計に……可愛くないのが目立っちゃって。だから全然です」
それに誰が自分のことなど好きになるのだろう、と思う。
今まで生きてきた中で誰かに愛されたことはないし、愛される魅力というものが自分には無いと分かっていた。
散々多くの人に傷付けられてきた理由はそれだ。自分にある、直し方の分からないもの。
「そんな、お前はこんなに可愛いのに!」
突如エルシーがライチに抱きついてきた。
驚いて彼女を見る。なんだか体がくにゃくにゃしていた。
「エルシーさん?」
「ライチさえ嫌じゃなければエルシーと恋人になるって手もある」
「いやいやいや。何言ってるんですか……どう見ても彼女酔ってますよ」
「あれ」
「ライチ……お前は可愛い。自信を持て!
変なのに好かれるオーラがある!」
「変なのに好かれたくはないです……」
「お前のその少し無防備なところに付け込みたくなる輩は山のように!」
ライチを慰めるようにエルシーは背中を撫で擦るが、ちょっと痛い。
「落ち着いてください……ね?
私別に誰かと恋仲になりたいわけじゃないですから」
ふと、脳裏にセシルの顔が浮かんだ気がしたが、彼女はそれを振り払う。
酒が思考にまで回ってきたようだ。
セシルと恋仲になりたいだなんて……。
彼に対しての自分の感情はそういう類のものじゃないはずだ。多分。
「今こうやって皆さんでお酒を飲んだりお話ししたりする方が楽しいですし……」
エルシーの頭を撫でてそう呟くと彼女は感極まったようにライチの名前を呼んだ。そして顔を近づけ、カツンと歯がぶつかるほど勢いよくキスしてきた。
「エルシーさん!?」
「あー。人形に寝取られるとはな……セシルになんて言おう……」
「もっと呑もう! いっぱい呑めば気分が良くなるから!」
そう言ってまたキスしてくる。どうしたものか。
ライチは苦笑しながら彼女の体を押さえた。
「もう、キスしちゃダメですって……」
「すまん、感情が爆発した」
「本当に仕方ないなお前は」
……なんか男の声がする。
ライチがハッとして顔を上げるといつの間にかコムがエルシーの背後に立っていた。
その顔はいつもと同じく無表情だが、声には棘がある。
「コム! お前も呑みにきたのか?」
「な、なんであんたがここに……」
「邪魔するつもりはなかったんですが、エルシーに用があって……」
「何の用だ?」
そう言ってエルシーは嬉しそうに笑うとコムにキスをしていた。
彼女は酔うとキス魔になるようだ。
「やめろ」
「んー? なんで?」
コムの首に手を回し頬に顔を寄せて何度もキスをしている。
恋人のそれと何ら変わりは無いそれにライチはなぜか自分の頬が赤くなるのを感じた。
「ハア、酒飲むなってあれほど……。
大丈夫でした?」
彼の長い腕が布巾を取り、ライチの唇を拭う。
キスされたことより台布巾で拭われたことの方が嫌だった。
「……ハイ」
「台布巾使ってやるなよ」
「可哀想に。
もっかいするか?」
エルシーが彼から離れライチに手を伸ばした。だがその腕をコムが再度捕らえる。
「エルシーはこうなると中々冷めないんですよ。
あとはお二人で」
「あんたはどうすんの」
「……強制排水、です」
そう言って彼は軽々とエルシーの体を抱えるとサッサとどこかに行ってしまった。
その後ろ姿を呆然と眺めた後、また酒を飲もうとするが……。
「……強制排水って」
なんだろう?
ライチは自分のグラスを弄りながら考える。
「多分無理矢理酒を流すんだろ……あー勿体ない」
「どうやって?」
「人形なんだから。
頭無理矢理外して逆さにすりゃいいんじゃない?」
それはちょっと可哀想な気がした。
コムが非道なことをするとはあまり思いたくないが、斧で軽やかに人の首を撥ねたり内臓を並べ替える呪いをかけたりと割と容赦がない。
心配になりライチは様子を見ることにした。
二人は宿の奥、エルシーの部屋にいるようだ。
そっと中を覗き込む。コムの声が聞こえてきた。
「酒飲んだら全然冷めないんだから飲むなって言ったよな……」
責めるような口調ではない。呆れたような響きがある。
浴室にいるらしく声がボワッと響いていた。
ライチは中に入って更に奥へと進む。
「んん……でも、酔うと気分が良い」
「仕事にならなくなるだろう」
エルシーの服が浴室の外に綺麗に畳まれて置いてあった。横には黒いヒールも並べられている。
浴室を覗く。
まずエルシーの真っ白な体が目に入った。
柔らかそうなラインを描きながらも質感は固く艶やかで水を弾いている。
人と同じ形をしているのに、肘や膝、腹部には関節が入っておりその隙間に紐のようなものが通っているのが見える。局部は形成されていないようだがそれを見たライチはどきりとした。
彼女のくったりとした人形の体を、コムは自分が濡れるのも構わず膝に抱えていた。
エルシーはお腹の球関節の隙間から酒を流している。
彼は時々労わるように彼女の顔を覗き込んだり肩を撫でてやったりしていた。
その表情は甘く優しい。その顔を見てライチの頬は熱くなった。
エルシーにはあるのだ。愛される魅力が……。
酷い秘密の悪夢を見られても、酒臭い口でキスをして来られても、許したくなる魅力。
不意に、鏡に映るライチとコムの視線がぶつかった。
何か見てはいけないものを見た気がしてハッとなった彼女は慌てて一歩後ろに下がる。
コムは僅かに目を見開いたあとフッと微笑んだ。
そしてライチの後ろを指差す。
出て行け、ということらしい。
彼女はお辞儀だけしてその場を後にした。
*
食堂に戻るとフリーズの横にセシルがいた。彼の長い尻尾がゆらめいている。
「おう、エルシーはどうだった?」
「大丈夫そうです」
というか、口を出せるような雰囲気では無かった。
「セシルさんも来たんですね」
「ああ。
酒の良い匂いがしたからな……」
彼は鼻が良い。部屋にいても嗅ぎ取ったのだろう。
「良いんですか? ジーナさんとオニツカさんに化け物任せてるのに……」
自分も飲んでいたのでとやかく言えないがそろそろお開きにするべきじゃ。彼女は不安げに瞳を揺らす。
「ちょっとくらい良いだろ。
それよりお前エルシーにキスさせたらしいな」
「え、っと、ハイ……」
させた、というか、された、なのだが。
ライチは頷いておく。
「ちゃんと抵抗しろよ。怒れ」
「エルシーさん酔ってたし」
「ほお、酔ってたら何しても良いのか?」
グイッとセシルに腕を引かれた。
「俺が何しても?」
「セシルさん……?」
セシルの手が腰に回る。彼の獣の足がライチの膝裏を押さえた。
「おいセシル……」
フリーズの呆れたような声音がする。
ライチはなぜか緊張していて、体が動かせなかった。
「俺も酔ってるから」
「いつもそんなだろ。
あんま調子乗るとオニツカがキレるぞ」
「……アイツな……俺に怒るんなら我慢しなきゃ良いのに……」
「何言ってんだ?」
「別に。
これくらい良いだろ」
「んー。まあ、オレは肉球を触らせてくれるならなんだって構わない」
頭上で交わされる会話がよく分からなくてそっと顔を見上げた。
セシルのエメラルドグリーンの瞳とぶつかる。
彼がスキンシップ過多なのは今に始まったことじゃない。会った時からセシルは何かあるとすぐにライチを抱きしめてくれる。
なのに何故か、今は猛烈に恥ずかしかった。
頬が赤くなっていく。今までも恥ずかしく思うことはあったが今日はそれよりもずっと……。
「……ライチも良いって」
「えっ、あのっ?」
「そんな可愛い顔するからエルシーにキスされるんだ」
そう言ってクスクス笑うセシル。
心臓が高鳴る。落ち着かない。今すぐこの体から離れなくちゃ、どうにかなりそうだった。
ライチはするりと半獣の体から抜け出すとフリーズの背中に抱きついた。
「なんだライチ。セシルよりオレが良い?」
「……なんでなんだ」
「そ、そのですね」
自分でも咄嗟に取った行動がよく分からない。
フリーズに抱きついたところで、財布をスられるだけだ。
「……マッサージを」
「ん?」
「マッサージをしなきゃと思いまして!
フリーズさん、頭が重くて首が痛いって言ってましたよね?
首のマッサージしますよ!」
「は!? いや! やめろ!
頚椎はダメだ、頚椎はっ! おい、セシル!! 助けてくれ!」
「どうしよっかなー」
頚椎なんてマッサージしませんよ、首の筋ですよ。
ライチはそう言いながら彼女の首をゴリっと掴んだ。
「あ……死……?」
「生きてるぞ」
「もう少し強くしたほうがいいですか?」
「今すぐオレから離れてくれ」
「何やってんの?」
パッと3人揃った動きで振り返る。
オニツカとジーナが見たこともない顔でこちらを見ていた。
「人を働かせて酒を飲んでいたと……ずいぶんなご身分ですね」
「理性が働かなくなるほどの酒なんだから相当美味しいんだろ?
俺にも飲ませてよ」
「……お帰り」
セシルが引き攣った笑みを浮かべる。その後ろにフリーズが隠れた。
「……化け物たくさんいたよねえ。他の討伐チームもいて奪い合いみたいな感じで倒してさ……。
疲れちゃったよ」
「本当に。全身痛くて堪らないわ」
笑ってるのに怖い。ライチは救いを求めるようにセシルを見たが彼は首を振った。
「怒りが収まるまで謝り続けれるしかない」
怒りを抑えた二人の笑顔を見る。普段こんな風に笑わない分余計に怖い。
やっぱりあの時フリーズを止めておくんだった。せめてお酒じゃなくてお茶か何かにしておけばよかった……。
後悔しても遅い。
「あの時危なかったよね。ほら、化け物が俺を抜けてジーナの方に向かったとき……」
「ああ。ほんと、ヒヤヒヤしたわ。
まさか3人が楽しく酒盛りしてるなんて知らないで、必死で戦って頭をもぎ取って」
「本当にすみませんでした……」
鐘が鳴ってもオニツカとジーナの泉のように湧き出る嫌味をライチは必死で聞いていた。
*
たくさん寝たはずなのに散々嫌味を言われたからだろうか、なんだか頭がまだボンヤリした。
自分のやらかしに落ち込んでいたライチだがフリーズとセシルはケロリとした様子で「アイツら怒るとしつこいんだよな」とかなんとか言っている。
「……でも、私たちが悪いですし……」
「逆の立場になってみろ、オニツカ絶対酒呑んでるね。
アイツ陰険なんだよ。オレたちが動揺するのが楽しいから怒ってるだけだって」
「……聞こえてるけど」
それは当然だろう。何せニコの部屋に一同顔を合わせてるのだから。
「今のはライチが言った。オレ様は何も言ってない」
「えっ……」
なんでそんなすぐにバレる嘘を。
戸惑うライチを見てオニツカが怪しげに笑った。
彼女の喉がグッと鳴る。今のは自分は悪くなかったのになぜ……。
「それより僕たちこれからどうするんだっけ」
ニコは仕切り直し、というように手を叩いて話を進めさせる。
「昨日言ったように二手に分かれて行動だ」
「私とオニツカがセシルと一緒にケイトの所に行くんでしたね」
「ああ、そうだったね。道中楽しみだね」
「……フリーズ変わる?」
「いや。オレはニコとライチを守らなきゃいけないから」
フリーズはきっぱりと断った。
可哀想だがライチもセシルから視線を逸らした。
もうステレオサウンドで嫌味は聞きたくない。
「まあ、ライチも頑張れよ」
セシルの不穏な言葉に一体なんのことだ? と顔を上げた。
そして揉め事を起こさずに街を移動できる面子ではないと気がついた。
ニコもフリーズも絶対に何かやらかす。




