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02-B

 時刻は昼過ぎ。少し遅い昼食をとった私たちは今、荷物をまとめるためにそれぞれの自室にいる。


 と言っても、持っていくべき物なんてそう多くはない。


 剣やナイフなどの武器はベルトに着けるから、服と下着、それと、武器を手入れするための道具類くらいだな、バッグに詰め込むのは。


 あと、私の部屋にある物といえば本だけど、本棚に並べられた物は全て読み終えているし、読み返したい本も無い。ここに置いて行くことを決めた。


 という感じで、ここを出る準備なんてあっという間に終わってしまった。



 窓辺でアマビスカの街並みを眺めていた私は、一つ息を吐き、ベッドへ向かう。

 そして寝転がり、薄汚れた天井を見つめる。



 ……この街に住み始めて、2年くらいか。


 確か、家が格安で手に入るっていう理由だけで、ここに住むことを決めたんだったかな。

 何も無い街だけど、私は住み始めた頃から結構気に入っていた。


 でもきっと、毎日が充実していたのは、あの子たちが一緒にいてくれたからだろう。


 試験を終えてヘルムヴィーゲに戻ったあの日、あの2人が一緒に暮らそうと言ってくれなかったら、今頃退屈な日々を送っていたんじゃないだろうか。


 思えば、家族がファミリアに殺されてから今まで、1人で生活していた時間はそう長くはない。

 誰かが、手を差し伸べてくれた。私のそばには、誰かがいてくれた。

 その中で、最も長い時間を過ごしているのが、テッサとリュシーの2人だ。


 あの子たちとは、特にリュシーの方とは一度仲違いをしてしまったけれど、また再会することができて本当に良かったと思う。


 仲直りできて、本当に良かった……。




 翌朝、荷物を持って外に出た私たちは、2年ほど過ごした自分たちの家を見上げていた。


「……これでもう、ここに戻ってくることは無いんだろうね」

 最初に、テッサが口を開いた。


「だろうな。あーあ、結構快適な家だったんだけどな」

 腰に手を当てて溜め息をつくリュシーに、「そだね」と同意するテッサ。


 私も、同意見だ。


「まぁ、また向こうで良さそうな家を探しゃいいわな。どうせ人のいねぇ家で溢れてんだろうし」

「だね。きっといい家が見つかるよ」

 身を翻し、歩き出すリュシーとテッサ。


 ……この家には、たくさんの思い出がある。できれば離れたくはない。

 でも、仕方ないよね。


「おい、マリサ。早く来いよ」

 背中に、リュシーの声が当たる。


 心の中で住み慣れた家に別れを告げ、2人の後を追う。


 そして敷地を出てしまえば、頭の中は、これから向かう場所のことへ切り替わっていた。




 アマビスカの中央広場で待つこと1時間。予定よりも少し遅れて、迎えの馬車がやってきた。


 協会員4人を含む、街に残っていた住民31人に対し、彼らのために用意された馬車は7台。

 詰めれば、1台に6人は乗れるはずだから、結構余裕があるな。

 7台の馬車全てに、御者以外に傭兵が1人同乗している。あれなら、西へ行く道中も安心だろう。


 住民たちが客車へ入っていくのを見ながら、私たちが乗る馬車へ向かう。

 1台だけ、妙に作りのいい馬車がある。これまでも、何度か見かけた馬車だ。


 それは傭兵支援協会が所有する専用の馬車で、普通の馬車より強度が高く、壊れにくい。

 繋がれている馬も、長距離を走れるように品種改良をされていると聞く。……見た目は、普通の馬とあまり変わらない気がするけど。


「えっと、マリサ・トレンスさん、テッサ・ヴェルレさん、リュシー・ヴェルレさんだね」

 御者を務める協会員の男性が、手元の紙を見ながら喋り出す。


「君たちの新しい拠点となるクエスタは、ここから北東へ40キロほど行ったところにある。到着まで、よろしく頼むよ」

 そう言って、協会員は客車のドアを開けた。


 この馬車には、護衛である傭兵が乗っていない。

 私たちがいるから大丈夫ってことだろう。


「任しときなって。あんたはなんにも心配しないで、馬車を運転してりゃいいのさ」

 協会員の肩をバシッと叩き、リュシーは客車へ入っていく。


 その後に私とテッサも続き、全員座ったところでドアが閉められた。


「じゃあ、出発するよ」

 協会員が鞭を鳴らし、馬車が動き出す。


 テッサとリュシーが、席の座り心地について盛り上がっている横で、私は窓から家のある方角を眺めていた。



 ……さようなら。




 飛びかかってくるバッタ型ファミリアのロングレッグス目がけ、剣を投げる。

 切っ先はぐしゃりとバッタの頭部を破砕し、入り込んでいく刀身は、鍔で引っかかって止まった。


 ぐらりと落下していくそいつに向かって跳んだ私は、ベルトから抜き放ったナイフを両手に持ち、バッタの身体を踏み台にしてさらに跳び上がる。


 逆手に持ったナイフをクロスして構え、死んだバッタの後ろから現れた別のバッタへ突撃。

 そいつが何かをする前に、両手を左右へ開き、一閃。ナイフは、そいつの頭部を両の眼球ごと砕いた。


 激痛を感じているのか、もがくバッタに衝突する直前で身体を縮め、そいつの頭を蹴って後ろへ跳ぶ。そして空中でナイフを投げれば、それは暴れるバッタの頭部に刺さり、とどめとなる。


 着地した場所の近くに、テッサがいた。


「キリが無いね……」

 辟易とした声を発するテッサ。私も同じ気持ちだ。


 何しろ、私たちを取り囲むように、後から後からぞろぞろとロングレッグスが歩み寄ってくるのだから。


 体長は優に1メートルを超す、その名の通り足の長い巨大バッタ。

 仲間と会話でもしているのか、それとも威嚇をしているのか、そこかしこで羽を擦り、チキチキという音を出している。


 こいつらは一度に産む卵の数が多く、天敵もいないため、孵化した途端に脅威の軍隊となる。

 私たちは運悪く、その軍隊のテリトリーに入ってしまったわけだ。


「でも、やるしかない」

 呟き、そばに転がっているバッタの頭から剣を抜き放つ。テッサは「やれやれ」と溜め息をついた。


「おらっ、何ぼさっとしてんだ! さっさと片付けて移動するぞ!」

 馬車を隔てた向こう側から、リュシーの声が聞こえる。


 その客車の窓には、協会員の不安げな顔が見える。


 ……こんなところでムシャムシャと食べられるわけにはいかないからね。

 これ以上集まってくる前に、なんとかしよう。


「私が行く。援護お願い」

 そう言い残し、私は駆け出す。最初からトップスピードで。


 向かう先のバッタたちが、一斉に動き出した。


 ――遅い。




 ロングレッグスの包囲網を破り捨てた私たちを乗せた馬車は、再度走り出してから1時間ほどで、目的地クエスタに到着した。


「……へぇ。なかなか雰囲気あるとこじゃねぇか」

 リュシーの口調はいつも通りだけど、そこにはわずかな緊張が混じっている気がした。


 わからないでもない。


 馬車を降り、並んで立つ私たちの前に広がっていたのは、アマビスカなど比べ物にならないほどに廃墟まみれの光景だったのだから。

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