03-G
翼と足は鳥のそれ。でも、頭部から胴体にかけては人間の女性のそれ。
もちろん、鳥の仮装をした人間ではない。
あいつはファミリア。人間の敵だ。
ハーピーかと思ったけど、それより一回りは小さく感じる。
それに、ハーピーは大人の女性っぽい胴体だけど、上空にいる奴の身体は、それより少し幼く見える。
確か、若いハーピーだからヤングハーピーだっけか?
安易な名前だけど、さすがにハーピーってだけあって、そこそこ強かったはず。
っていうか、なんであんな奴がこんなところにいるんだ。
ここ、オルトリンデの中央だぞ?
「くそっ! どうするんだ! ここからでは、攻撃しようにも届かないぞ!」
「!」
護衛の男性の声で、思考が途切れる。そうだ。ごちゃごちゃ考えてる場合じゃない!
そう思いつつ、腰に手を伸ばす。
「……あ」
そうだ。剣は無いんだった。
「このままじゃ、攫われてしまうぞ!」
「しかし! ここからじゃどうしようも……」
護衛たちが揉めている。その近くには、怯える花嫁候補たちの姿が。
周囲の上空に視線を巡らせる。
……見える範囲に、ほかのヤングハーピーは見当たらない。
あいつ1体だけか?
「……ん?」
ヤングハーピーの足に捕らえられている国王が、……何やらごそごそしている。
何してんだ?
「!」
国王が服の胸元から取り出したのは、なんとナイフ。なんであんなもん、……ああ、護身用か。
……って、それで何するつもりだよ!
「――!」
と思った次の瞬間、国王はそのナイフをヤングハーピーの足に突き立てやがった。
悲鳴のような奇声を上げ、ヤングハーピーは空中で身を捩る。
その拍子に、国王の身体が宙へ投げ出された。
「陛下ぁぁっ!」
護衛たちが、声を揃えて叫ぶ。
「くっ」
あたしはテラスへ跳び上がり、かなりの高さから落ちてくる国王へ向かって駆ける。
待て。駆け出してどうするつもりだ? 受け止めるのか?
あの高さから落ちてきた人間を、受け止められるのか?
でも、受け止めなきゃ国王の命が危ない。最低でも、骨折は免れないだろう。
「くそっ!」
獲物を落としたことに気付いたヤングハーピーが、国王を捕まえ直すために降下を始めた。
間に合うか?
いや、ホントに受け止められるのか? やるのか?
――やるしかねぇだろっ!
「おらああぁぁっ!」
目の前に落ちてくる国王目がけて、両手を伸ばして跳ぶ。
それは、ほんの一瞬のことだったんだろう。
でも、その時のあたしには、時間の経過がものすごく遅く感じた。
届け……! 届けぇっ!
「ぅがっ!」
とんでもない圧力と衝撃があたしを襲い、直後、身体が潰れるんじゃないかというくらいの衝撃と激痛が、背中から全身を駆け巡った。
「かっ、はっ……!」
息が、止まる……!
「げほげほっ、げぇっ、げふっ、が、がふっ……!」
苦しい。激しく咳き込む。
身体が痛い……。
「……うぅ」
「?」
すげぇ近くで、声がした。
……あたしの、上?
「――!」
思わず、目を見開く。
あたしの身体の上に、国王がいた。しかも、あたしがぎゅっと抱き締める形で。
国王の顔が、あたしの胸を押し潰してる……!
「!」
彼の顔がゆっくりと上がり、あたしと目が合った。至近距離だ。
「……イライザさん?」
名を呼ばれ、さらにドキッとする。
――いや、そうじゃねぇだろ!
上を見れば、迫り来るヤングハーピーの姿が。
「ナイフ! 早く貸せっ!」
「え?」
「ナイフだよ! さっき持ってたろ!」
声を荒らげながら、国王の右手を見る。――持ってねぇじゃねぇか!
どこいった? 瞬時に視線を巡らせる。
……あった! すぐそこの床だ!
「うぁ!」
国王の身体を突き飛ばし、起き上がりざま、ナイフを拾い上げる。
「離れてろっ!」
そう国王へ叫んだ直後、ヤングハーピーの足があたしに迫る。
「らぁっ!」
その足を避けつつ、ナイフを振る。手応えあり。視界の隅に、血の糸が伸びる。
直後、ガラスの割れる音。そして、あたしの近くに落ちる、ヤングハーピーの足。
ログハウスの窓に突っ込んだヤングハーピーは、すぐさま起き上がろうとする。
だけど、片足を失い、なかなかバランスが取れない様子だ。
「剣を寄越せっ!」
ヤングハーピーに視線を固定したまま、護衛たちに向けて叫ぶ。
しかし、返ってくるのは戸惑いの声だけだ。
「早く! 剣をお渡しするんだ!」
その時、国王の声が響く。
それで我に返ったか、1人の護衛があたしのもとまで駆けてきた。
あたしが伸ばした右手に、鞘に入った剣が渡される。
そいつを抜き放ち鞘を捨て、割れた窓から室内へ。
直後、ヤングハーピーが片足で床を蹴って襲いかかってきた。
その赤い双眸は、恐怖に揺れているように見えた。
「おらぁっ!」
正面から突っ込んできたヤングハーピーに、剣を思い切り振り下ろす。
刃は敵を叩き落とし、そのまま頭蓋を破壊して両断した。
噴き出す鮮血がびしゃっと顔にかかり、服を汚す。
絨毯に染み込み広がっていく赤と、そこへ流れ込む脳漿を見つめながら、あたしはもう一度剣を振る。
刀身に付着していた血や肉片が、壁や床へ飛んだ。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせた後、後ろを振り返る。
まず目に入ったのは、あたしに剣を貸してくれた護衛の男性。
テラスに出たあたしは、床に転がる鞘を拾い上げ、抜き身の剣と一緒に「ありがと」彼に返す。
それらを無言で受け取った男性から、周囲へ視線を移していく。
そこにいる人たちは皆、あたしを見たまま固まっていた。
……まぁ、大体予想通りの反応だな。
そして、国王の方へ顔を向ける。
彼はすでに立ち上がり、ほかの人たち同様、あたしをただ見つめていた。
「……怪我はありませんか?」
聞くと、国王はハッとし、「え、ええ。あなたのおかげで」と返してきた。
そこでようやく、まるで何かの呪縛から解かれるかのように、人々は動き出す。
護衛たちは国王のもとへ駆け寄り、花嫁候補の女の子たちは一斉に喋り始めた。
「ふぅ」
そんな中あたしは、テラスの椅子に腰を下ろす。
……こんな場所でファミリアが出たとなると、しばらく騒ぎになりそうだな。
しかも、国王が襲われたとあっちゃねぇ。
これはあたしら傭兵の責任だよな。あのファミリアがここに来るまで、誰も気付くことができなかったんだからさ。
傭兵支援協会にも、かなりの苦情が入るんじゃないか?
やれやれ……。
「イライザさん」
「! はい?」
思考を中断し、あたしの前に立つ国王の顔を見る。
彼は、真剣な眼差しをあたしに注いでいた。
「ありがとうございました。あなたがいなければ、私は今頃どこかへ連れ去られ、命は無かったでしょう。あなたは命の恩人です」
何言ってんだ。思わず笑いそうになる。
「……国王様こそ、無茶しますね。思いもしませんでしたよ。まさか、ナイフでファミリアを刺すだなんて」
「必死でしたから……」
傭兵以外のほとんどの人は、あの状況であんな判断はできないだろう。
だけどあたしには、彼がとても冷静に行動していたように見えた。
「それで、どうするんです? 最終選考」
一応、気になったので聞いてみると、国王は、ファミリアの死体が横たわるログハウスの中を見て、「中止にせざるを得ないでしょうね」と呟いた。
あたしも、それがいいと思う。
みんな、そんな気分にはなれないだろうし。
「……と言うより、もう必要ありません」
「?」
国王が、こちらに向き直る。表情には、穏やかさが戻っていた。
「ほかの方には申し訳ありませんが、もう選考は終わったも同然なのですから」
「え……?」
その言葉の意味がわからずにぽかんとするあたしに、国王はそっと手を差し出してきた。
「イライザさん。あなたに、大切なお話があります」
星空の下に、故郷オラーリャの街並みが広がっている。
駅舎を出たあたしは、ふらりと、家に向かって歩き出す。
頭は、かなりぼんやりとしていた。
あの時から今まで、ずっとだ。
「イライザ~!」
通りを歩いていたら、後ろから名前を呼ばれた。立ち止まって振り返ると、シンシアが駆け寄ってくるところだった。
「帰ったなら、支部に寄ってよね。さっきイライザが歩いてたって聞いて、慌てて走ってきたんだから」
「ああ、ごめん。明日でいいかなって思ってた」
正直、忘れてた。
「それで? どうだったの? 花嫁には選ばれた?」
「……」
あの後、国王に言われた言葉を思い出す。
「……もしかして、駄目だった?」
あたしが返事をしないから、シンシアは声のトーンを落としていく。
「シンシア」
「ん?」
「予備の服、役に立ったよ。ありがとね」
「え? 何? どういうこと?」
さらに近寄ってくるシンシア。
「一体、何があったの?」
「ん~? まぁ、いろいろとね」
「そのいろいろが聞きたいの!」
「いいけど、あんた仕事は?」
シンシアは協会員の制服のままだ。しかし彼女は、「そんなのいいの!」と声を張る。
「……わかったよ。あたしの部屋でいいよね? なんかもう、どっと疲れちゃったからさ」
「え~? 疲れたってどういうこと? ねぇねぇ」
「あ~、背中痛いわ~」
「背中痛いってどういうこと? ねぇ、イライザ~」
……今日という日を、あたしは一生忘れないだろう。
だって今日は、記念すべき……。
――花嫁募集 END――
イライザ編は、これで終わりです。




