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マーセナリーガール -彼女たちのその後-  作者: 海野ゆーひ
イライザ編「花嫁募集」
21/28

03-G

 翼と足は鳥のそれ。でも、頭部から胴体にかけては人間の女性のそれ。

 もちろん、鳥の仮装をした人間ではない。


 あいつはファミリア。人間の敵だ。



 ハーピーかと思ったけど、それより一回りは小さく感じる。

 それに、ハーピーは大人の女性っぽい胴体だけど、上空にいる奴の身体は、それより少し幼く見える。


 確か、若いハーピーだからヤングハーピーだっけか?

 安易な名前だけど、さすがにハーピーってだけあって、そこそこ強かったはず。


 っていうか、なんであんな奴がこんなところにいるんだ。


 ここ、オルトリンデの中央だぞ?



「くそっ! どうするんだ! ここからでは、攻撃しようにも届かないぞ!」

「!」

 護衛の男性の声で、思考が途切れる。そうだ。ごちゃごちゃ考えてる場合じゃない!


 そう思いつつ、腰に手を伸ばす。


「……あ」

 そうだ。剣は無いんだった。


「このままじゃ、攫われてしまうぞ!」

「しかし! ここからじゃどうしようも……」


 護衛たちが揉めている。その近くには、怯える花嫁候補たちの姿が。


 周囲の上空に視線を巡らせる。

 ……見える範囲に、ほかのヤングハーピーは見当たらない。

 あいつ1体だけか?


「……ん?」


 ヤングハーピーの足に捕らえられている国王が、……何やらごそごそしている。

 何してんだ?


「!」


 国王が服の胸元から取り出したのは、なんとナイフ。なんであんなもん、……ああ、護身用か。

 ……って、それで何するつもりだよ!


「――!」


 と思った次の瞬間、国王はそのナイフをヤングハーピーの足に突き立てやがった。


 悲鳴のような奇声を上げ、ヤングハーピーは空中で身を捩る。

 その拍子に、国王の身体が宙へ投げ出された。


「陛下ぁぁっ!」

 護衛たちが、声を揃えて叫ぶ。


「くっ」

 あたしはテラスへ跳び上がり、かなりの高さから落ちてくる国王へ向かって駆ける。



 待て。駆け出してどうするつもりだ? 受け止めるのか?

 あの高さから落ちてきた人間を、受け止められるのか?

 でも、受け止めなきゃ国王の命が危ない。最低でも、骨折は免れないだろう。



「くそっ!」


 獲物を落としたことに気付いたヤングハーピーが、国王を捕まえ直すために降下を始めた。



 間に合うか?

 いや、ホントに受け止められるのか? やるのか?


 ――やるしかねぇだろっ!



「おらああぁぁっ!」

 目の前に落ちてくる国王目がけて、両手を伸ばして跳ぶ。


 それは、ほんの一瞬のことだったんだろう。

 でも、その時のあたしには、時間の経過がものすごく遅く感じた。


 届け……! 届けぇっ!


「ぅがっ!」

 とんでもない圧力と衝撃があたしを襲い、直後、身体が潰れるんじゃないかというくらいの衝撃と激痛が、背中から全身を駆け巡った。


「かっ、はっ……!」

 息が、止まる……!


「げほげほっ、げぇっ、げふっ、が、がふっ……!」

 苦しい。激しく咳き込む。


 身体が痛い……。


「……うぅ」

「?」

 すげぇ近くで、声がした。


 ……あたしの、上?


「――!」

 思わず、目を見開く。


 あたしの身体の上に、国王がいた。しかも、あたしがぎゅっと抱き締める形で。


 国王の顔が、あたしの胸を押し潰してる……!


「!」

 彼の顔がゆっくりと上がり、あたしと目が合った。至近距離だ。


「……イライザさん?」

 名を呼ばれ、さらにドキッとする。


 ――いや、そうじゃねぇだろ!


 上を見れば、迫り来るヤングハーピーの姿が。


「ナイフ! 早く貸せっ!」

「え?」

「ナイフだよ! さっき持ってたろ!」

 声を荒らげながら、国王の右手を見る。――持ってねぇじゃねぇか!


 どこいった? 瞬時に視線を巡らせる。

 ……あった! すぐそこの床だ!


「うぁ!」

 国王の身体を突き飛ばし、起き上がりざま、ナイフを拾い上げる。


「離れてろっ!」

 そう国王へ叫んだ直後、ヤングハーピーの足があたしに迫る。


「らぁっ!」

 その足を避けつつ、ナイフを振る。手応えあり。視界の隅に、血の糸が伸びる。


 直後、ガラスの割れる音。そして、あたしの近くに落ちる、ヤングハーピーの足。


 ログハウスの窓に突っ込んだヤングハーピーは、すぐさま起き上がろうとする。

 だけど、片足を失い、なかなかバランスが取れない様子だ。


「剣を寄越せっ!」

 ヤングハーピーに視線を固定したまま、護衛たちに向けて叫ぶ。


 しかし、返ってくるのは戸惑いの声だけだ。


「早く! 剣をお渡しするんだ!」

 その時、国王の声が響く。


 それで我に返ったか、1人の護衛があたしのもとまで駆けてきた。


 あたしが伸ばした右手に、鞘に入った剣が渡される。

 そいつを抜き放ち鞘を捨て、割れた窓から室内へ。


 直後、ヤングハーピーが片足で床を蹴って襲いかかってきた。

 その赤い双眸は、恐怖に揺れているように見えた。


「おらぁっ!」

 正面から突っ込んできたヤングハーピーに、剣を思い切り振り下ろす。


 刃は敵を叩き落とし、そのまま頭蓋を破壊して両断した。

 噴き出す鮮血がびしゃっと顔にかかり、服を汚す。


 絨毯に染み込み広がっていく赤と、そこへ流れ込む脳漿を見つめながら、あたしはもう一度剣を振る。

 刀身に付着していた血や肉片が、壁や床へ飛んだ。


 深呼吸をして気持ちを落ち着かせた後、後ろを振り返る。

 まず目に入ったのは、あたしに剣を貸してくれた護衛の男性。


 テラスに出たあたしは、床に転がる鞘を拾い上げ、抜き身の剣と一緒に「ありがと」彼に返す。


 それらを無言で受け取った男性から、周囲へ視線を移していく。

 そこにいる人たちは皆、あたしを見たまま固まっていた。

 ……まぁ、大体予想通りの反応だな。


 そして、国王の方へ顔を向ける。

 彼はすでに立ち上がり、ほかの人たち同様、あたしをただ見つめていた。


「……怪我はありませんか?」

 聞くと、国王はハッとし、「え、ええ。あなたのおかげで」と返してきた。


 そこでようやく、まるで何かの呪縛から解かれるかのように、人々は動き出す。

 護衛たちは国王のもとへ駆け寄り、花嫁候補の女の子たちは一斉に喋り始めた。


「ふぅ」

 そんな中あたしは、テラスの椅子に腰を下ろす。



 ……こんな場所でファミリアが出たとなると、しばらく騒ぎになりそうだな。

 しかも、国王が襲われたとあっちゃねぇ。


 これはあたしら傭兵の責任だよな。あのファミリアがここに来るまで、誰も気付くことができなかったんだからさ。


 傭兵支援協会にも、かなりの苦情が入るんじゃないか?

 やれやれ……。



「イライザさん」

「! はい?」

 思考を中断し、あたしの前に立つ国王の顔を見る。


 彼は、真剣な眼差しをあたしに注いでいた。


「ありがとうございました。あなたがいなければ、私は今頃どこかへ連れ去られ、命は無かったでしょう。あなたは命の恩人です」


 何言ってんだ。思わず笑いそうになる。


「……国王様こそ、無茶しますね。思いもしませんでしたよ。まさか、ナイフでファミリアを刺すだなんて」

「必死でしたから……」


 傭兵以外のほとんどの人は、あの状況であんな判断はできないだろう。

 だけどあたしには、彼がとても冷静に行動していたように見えた。


「それで、どうするんです? 最終選考」

 一応、気になったので聞いてみると、国王は、ファミリアの死体が横たわるログハウスの中を見て、「中止にせざるを得ないでしょうね」と呟いた。


 あたしも、それがいいと思う。

 みんな、そんな気分にはなれないだろうし。


「……と言うより、もう必要ありません」

「?」

 国王が、こちらに向き直る。表情には、穏やかさが戻っていた。


「ほかの方には申し訳ありませんが、もう選考は終わったも同然なのですから」

「え……?」


 その言葉の意味がわからずにぽかんとするあたしに、国王はそっと手を差し出してきた。


「イライザさん。あなたに、大切なお話があります」




 星空の下に、故郷オラーリャの街並みが広がっている。

 駅舎を出たあたしは、ふらりと、家に向かって歩き出す。

 頭は、かなりぼんやりとしていた。


 あの時から今まで、ずっとだ。




「イライザ~!」

 通りを歩いていたら、後ろから名前を呼ばれた。立ち止まって振り返ると、シンシアが駆け寄ってくるところだった。


「帰ったなら、支部に寄ってよね。さっきイライザが歩いてたって聞いて、慌てて走ってきたんだから」

「ああ、ごめん。明日でいいかなって思ってた」

 正直、忘れてた。


「それで? どうだったの? 花嫁には選ばれた?」


「……」

 あの後、国王に言われた言葉を思い出す。


「……もしかして、駄目だった?」

 あたしが返事をしないから、シンシアは声のトーンを落としていく。


「シンシア」

「ん?」

「予備の服、役に立ったよ。ありがとね」

「え? 何? どういうこと?」


 さらに近寄ってくるシンシア。


「一体、何があったの?」

「ん~? まぁ、いろいろとね」

「そのいろいろが聞きたいの!」

「いいけど、あんた仕事は?」


 シンシアは協会員の制服のままだ。しかし彼女は、「そんなのいいの!」と声を張る。


「……わかったよ。あたしの部屋でいいよね? なんかもう、どっと疲れちゃったからさ」

「え~? 疲れたってどういうこと? ねぇねぇ」

「あ~、背中痛いわ~」

「背中痛いってどういうこと? ねぇ、イライザ~」



 ……今日という日を、あたしは一生忘れないだろう。


 だって今日は、記念すべき……。




 ――花嫁募集 END――

イライザ編は、これで終わりです。

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