表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/28

04-A

 風切り音を纏った強烈な一撃が、頭のすぐ横を抜けていく。威力だけでなく、速度もかなりのものだ。

 だけど、当たらなければ問題無い。


「おっとっと……」

 足場が非常に悪い。地面に積もった雪が飛び散り、踏みしめた雪が固まって妙な感触を靴裏から伝えてくる。


 白い息は乱れていないけど、寒さで身体の動作が少し鈍い。

 剣をうまく握れないからと、手袋を外してしまった両手がじんじんと痺れている。


 そんな万全とは言えない状態でも、互角以上に戦えている。

 その事実が、心に余裕をもたらしていた。


 体勢を立て直し、剣を構える。

 一つ大きく息を吐き、眼前の敵を見据える。


 低い唸り声を上げながら私へ向き直る、白い怪物。

 雪の純白さとは若干異なる、ややくすんだ白の体毛を持つ、巨大な熊だ。


 突撃のために身を低くする熊に対し、私は地を蹴って駆け出す。

 縮まる距離。


 そして熊も動き出す。

 その一歩は、とても大きい。



 自らを鍛え直すため、大陸の国々を巡る1人旅を始めて、早4ヶ月が過ぎた。

 今私は、大陸北方を国土とする、ジークルーネという大国にいる。


 国土は大きいけど、その半分以上は、人が住めるような場所ではない。

 この国は、1年の半分くらいは雪が降っており、ただでさえ山だらけの大地を極寒の地へと変えるからだ。


 特に北部は、この国の人間にとってさえ未開の地。

 その先に海があるらしいけど、目にしたことがある人はほとんどいないらしい。


 そして今、私は数日間拠点にしていた街を離れ、次の街へ向かう道中にいる。

 汽車も無いので雪山を進むことになるんだけど、そこでは必ずといっていいほど奴らに遭遇する。



 人類の敵、ファミリアに。



 現れたのは、体長3メートル以上はある巨体。

 アイスバーグという名の、熊型ファミリアだ。


 大きめの山1つにつき、生息数は10体前後と少ないものの、遭遇すれば覚悟しなければならない。

 もちろん、死の覚悟をだ。


 まぁ、それは一般人の場合の話。

 傭兵である私に、そんな覚悟は必要無い。



「おわっと!」

 前足での一撃は躱したものの、雪に足を取られかける。


 だけど、動作の遅れは一瞬だ。

 横を通り過ぎて行く巨体目がけて身体を捻りつつ剣を振り、熊の右横腹を裂く。


 ――手応えが弱い。足場のせいにはしたくないけど……。


 振り返れば、すでに熊は次の攻撃に移っていた。

 その横腹は血で濡れているけど、傷はやはり浅かったようだ。


 それでも、少なからず痛みは感じているようで、若干冷静さを失っているように見える。


 一撃二撃と、突進しながら前足を繰り出してくる熊。

 後ろへ跳び、あるいは横へ跳んで全て回避した私は、熊が構え直す隙を狙って駆け出す。

 それに気付いた熊は、大声を張り上げて突進してくる。さっきまでとは比べ物にならない速度だ。


 ――好都合だよ!


 互いに速度を落とさず、肉薄。


 右前足を振り上げ、覆い被さるように迫る巨体。

 それに対し私は、身を低くして巨体の下へ潜り込むべく前方へ跳んだ。


 振り下ろされる前足。


 私は一瞬足をつき、再跳躍。わずかな方向転換も含んでいる。


 顔の横を、熊の前足が通り過ぎて行く。と同時に、一閃。

 ずぶりと熊の腹に入り込んだ刀身は、面白いようにそれを斬り進んでいく。


 私の突撃だけでは、こうはいかなかっただろう。

 熊の突撃速度があってこそ、それを借りて剣の威力を上げることができたんだ。


「よっと」

 剣を振り切ると共に、熊の身体の下から抜けた。


 着地と同時に身体を反転させ、さらに後ろへ跳んで体勢を整える。


 熊は太い叫び声を上げ、白い地面に突っ伏した。

 積もっていた雪が吹き上がり、風と共に私に届く。


 一つ息を吐き、まだ少し動いている熊のもとへ。

 私の足音に反応し、熊は弱々しい声を上げつつ、その場から動こうともがく。

 そのもがきも、弱々しい。


 放っておけば、そのうち死ぬだろう。

 だけど、そのせいでもしものことがあっちゃいけない。


 切っ先を下にして、剣を振り上げる。

 そして、熊の眉間へ振り下ろす。


 かなりの力を込めて振り下ろした刃は、眉間から侵入し、骨を貫き、脳を破壊して止まった。

 びくんと大きく痙攣した後、熊の身体はぐったりと脱力していく。


 敵の眉間から剣を引き抜き、真っ赤に染まった刀身を一瞥した後、その赤を振って落とす。

 地面の白に、赤が散る。


「あ~、寒っ」

 剣を鞘に戻し、コートのポケットから手袋を出してはめる。……全然温かくない。冷え過ぎたか。


 空を見上げる。

 遠くに灰色の雲があるのを確認し、フードを被る。


「さてと」

 急ごう。山の天気は変わりやすい。


 まだ青空の範囲の方が広くても、いずれ雪が降ってくるだろう。

 こんなところで吹雪にでも遭ったら最悪だ。


 バッグを抱え直し、歩き出す。


 ……それにしても、この雪を踏む感触、やっぱ慣れないなぁ。




 山道を吹き抜ける風が、強くなってきた。

 空はすでに雲に覆われ、今にも雪が降り出しそうだ。


 立ち止まり、周囲を見渡す。



 この国に入ったばかりの頃は、真っ白なこの景色を楽しんでいたものだ。

 でも、その気持ちはすぐに無くなった。

 理由は簡単。死ぬほど寒いからだ。


 オルトリンデでは経験したことのないこの寒さに、身体がなかなか慣れない。

 いくら着込んでも、この寒さをわずかに和らげる程度の効果しか得られない。

 身体の中から温めようにも、歩き続けるくらいしかその手段が無いんだ。


 だけど、永久に歩き続けられるわけではない。

 体力の限界ってものがあるのだから。



 せめて山小屋でもあればと首を巡らせてみたものの、地面も森も山肌も、一面雪化粧。

 建物らしき物は見当たらない。


 溜め息。……気分は最悪だ。


 自分以外に人がいないというのも、憂鬱になる一因だな。

 1人でザクザクと雪を踏みしめ黙々と歩くっていうのは、想像以上にキツイ。


「……」

 こんな時、彼がそばにいてくれたらなぁ……と、その顔を思い浮かべかけたところで、首をぶんぶん振ってかき消す。


 駄目だ駄目だ。そうやって甘えようとするから、強くなれないんだぞ。

 もっと気を引き締めて行かないと。


「……よし」

 もう少し麓に近い山道なら、人の姿もあるかもしれない。そこまで下りてみよう。


 そう考え、歩みを再開させた時だった。


「――!」

 何かの気配を感じ、後ろを振り返る。


 少し離れた場所に何かがいるのを、すぐに見つけた。


 ……あれは、狼?

 少し盛り上がった雪の向こうから、銀の体毛を持つ何かが覗いている。


「!」

 そしてぞろぞろと姿を現したのは、やはり狼。……多いな。10頭以上はいる。


 じりじりと近付いてくる狼たち。

 見れば、奴らは少しずつ広がり、私を取り囲もうとしている。


 ……彼らはファミリアじゃない。普通の狼だ。

 たぶん、私のニオイを嗅ぎつけたんだろう。

 獲物の、ニオイを。


 どうする?

 殺すのは簡単だろうけど、ただの野生動物である彼らを殺したくはない。


 どうしてファミリアじゃないんだと歯噛みし、素早く後ろを確認。

 後ろには、彼らの仲間はいないようだ。


「!」

 私の考えに気付いたか、群れの中の1頭が吠え、それを合図に一斉に狼たちが走り出した。


「くっ」

 身を翻しつつ、駆け出す。雪のせいで本来の速度は出せないけど、走るしかない。



 こうして、私と狼たちの追いかけっこが始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ